気がつくと、ハルオは長い急斜面の坂の途中にいた。 彼は自転車を漕いでいるが、スピードを出し過ぎるのは危険なので、わずかにブレーキを利かせながらも落ちていくようなスピードで駆け下りていた。 ハルオは本当は、ブレーキなど利かせずに一刻も速くその坂を駆け下りたかった。 だが、以前クラスメイトの男の子が、ブレーキをかけないまま坂の下まで下りてから一気にブレーキをかけた為、顎に大変な傷を負ったのを見ているので、余計慎重になっていた。
それにしてもなぜハルオは急いでいるのか? 急いでいるというよりも、後ろから走って追ってくる男から逃げているのだ。 ただ、ハルオは追ってくる男が酷い形相をしながら自分を追ってくる理由がわからなかった。 その男は顔をありったけ歪めながら走り、ハルオに迫ろうとしてきた。 自転車のハルオと同じスピードで追ってくるのが不思議だが、そういった超人的なところが余計追ってくる男の恐ろしさに拍車をかけているように彼は感じた。 その追ってくる男は坂を駆け下りていくハルオとほぼ同じスピードに走り、離されることなく彼についてきた。 ときどき、追ってくる男がもう少しでハルオに追いつきそうになると、ハルオはその男の顔にめがけてめい一杯に手の平を伸ばしピシャリと叩きつけた。 それで一瞬怯んだかと思うと、またすぐにその男はスピードを上げ、ピッタリとハルオの後ろにつき、そうかと思うといつの間にか彼を追い越そうとするのだ。 ハルオは何度も追ってくる男の顔をピシャリピシャリとやりながら、早くこの急な坂を駆け下りたいと願い続けた。
やがてもうすぐでその坂を降り切るという段階になると、ハルオは徐々にブレーキをかけ始めた。 そしてやっとの思いでその坂を下りきった途端、ハルオは振り出しに戻されるかのようにさっきまで駆け下りていた坂の頂上に立っており、さっきまで追ってきていた男にこう言った。 「ボクシングの選手にはスタミナが必要だ。今から俺がこの坂を自転車で駆け下りるから走ってついてこい」 そう言うと、ハルオはその坂を見下ろしてこう続けた。 「それにしても長い坂だな」
―END―
ついしん 「薬菜飯店/筒井康隆」に収録されている短編「ヨッパ谷への降下」を読んだ。 この幻想的な世界観は他人がマネして創れるものではないだろうと思った。
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