何を隠そう、僕は世界で一番ミスチルが好きな人間だ。 ミスチルといっても、ミス・チルトハンドル(運転者の体格に合わせて上下に調節できる自動車のハンドル代表の未婚女性)のことではない。 また、もし人間以外の動物の中に、ミスチルのことが一番好きなものがいても、それは認知できないことなので割愛させていただく。 それにしても、なぜ自分のことを世界で一番ミスチルが好きな人間だと断言できるかって? 言い忘れていたが、世界には色んなミュージシャンがいて、僕はその中で一番好きなのがミスチルだと自分で決めている。 一番に、ミスチルが好きなのである。 なので、ミュージシャンの中で、という条件をつけるなら、一番(に)ミスチルが好きな人間は、世界にいくらでもいるだろう。 ただし、皆一番タイである。 ただ、タイだろうと何だろうと、僕は世界で一番(に)ミスチルが好きな人間なのである。
ところで、ある友人から<『くるみ』のPVに感動した>とメールで伝えられた。 また、違う友人がウェブ日記に<(『くるみのPVに』)ちょっぴり泣けた>というようなことを書いていた。 そこで問題。 『くるみ/Mr.Children』のPVを見ながらカラカラと笑っていた僕は、異常でしょうか? 余談ですが、僕は『掌』のPVの特殊効果に感動しました。 以上。(別に<異常>とかけたつもりはない)
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ついしん 確かに僕は、『くるみ』のPVで感動も泣きもしなかった。 そこで、無理矢理自分のそういった生理現象(感動すること、泣くことをしなかったという点に関して)を説明するならば・・・ 僕にとって『くるみ』の歌詞の、そういう世界感には、なじみがあったからである。 なじみがあるので、心地よいとは思うけど、新鮮味に欠けたのだ。 よって、感動も泣きもしなかったのだろう。 そしてソレのPVに関して言うと、映像のシュールさに面白さを見出してしまったので、たぶん感情のベクトルが反対側に向いてしまったのだと思う。 それになにより、受け狙ってるもん、あのPV。 笑わない方がおかしい。(自己肯定) ちなみに『掌』は曲自体にも、PVとのコラボ加減にも感動した。 とにかく、掌は最高だ。 よく創ったな、と我ながら(ウソ)思う。 また、まるで僕が創ったような歌詞(歌詩)だとも思った。 僕が創ると、5分ももたない長さになっちゃうけどね。 というのはいい過ぎかもしれないが、まぁ、要は常日頃思っていることと、『掌』の歌詞がかぶっているのにビックリしたのは事実。(ウソではない) また、歌詩に共感できるのも最高だと思う一因だが、メロディーの肉厚ぶりが、より歌詩に説得力を持たせた気がする。(恥ずかしい表現だ) 個人的には『優しい歌』以降のミスチルの曲では一番いいと思う。
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