「幻」 N夫人の息子は言った。 隣のクラスのB−L君は僕と同じ小学生だっていうのに受験勉強に励んでいるらしいよ。なんで他のみんなよりあんなに必死なんだろう? するとN夫人は言った。 みんなと競争しているのよ。 彼女の息子は再び疑問を持った。 じゃあ僕は競争しなくていいの?B−L君はやってるよ。 するとN夫人。 お前は競争したい? したくない。 ならしなくていいの。 何で? 何ででしょうね。ただね、競争するたってそれで勝ち負けが決まる訳じゃないのよ。 ・・・ 勝か負けるかじゃないの。 ふーん。 実際N夫人の息子はよくわからなかった。 勝ち負けじゃないというのはどういうことなのか? 負けより勝ちの方がいいのではないのか? N夫人は言う。 まだお前はそんなこと・・・いいえ、疑問を持つ事、質問をすることは大切よ。でもその質問に私が答える事はまだ難しいの。だからまだ考えなくていのよ。何か一つのこ勝負に挑むんじゃなくて、お前はお前なりに何かに興味を持ちなさい。そして楽しみなさい。そうすればいずれ分かるの。 うーん。 少年はまだわからないという顔をしていた。頭の中が宙ぶらりんになっていた。 N夫人は言う。 世の中には幻がたくさんあって、勝ち負けなんてその一つに過ぎないの。だからそれよりも如何に楽しむかを考えればいいのよ。 まるでそれは独り言のようだった。彼(息子)には聞こえなかったみたいだ。 彼には幻なんていう観念自体、まだ理解できないだろう。
N夫人の息子は大人になった。 つまり、親元を離れ、自活できるまでに至ったということだ。 彼は今になり、母親のあの言葉を思い出していた。 <世の中勝ち負けでない。興味をもち、楽しみなさい。> その言葉を頭の中を反芻させていた。 そういえば母はこんなようなことも言っていたような気がする。 <世の中・・・幻・・・> 世の中は幻だと言っていたのか? はっきりとは思い出せないでいた。
彼は最近、現実の中でこんなことを体験していた。 彼は競馬を好んだ。 贔屓の馬に賭ける事もしばしばあった。 しかし、その馬に賭けた途端、彼はいつも自室のベッドの中に埋もれているような感触を覚えた。 なのでいつもどの馬が勝ったのか?自分の予想は当たったのか?分からずじまいだった。 なのに彼は楽しかった。 何でかじぶんでも分からなかった。 結果を知らずして、どうして楽しいのだろうか? 僕は競馬場に行き、馬券を購入し・・・ いや、本当にそんなことをしたのだろうか? はっきりとは分からなかった。 まるでそれは幻のようだった。 確証が得られず、ぼんやりとしていた。 同様に彼は勝負をする時、つまりそれを意識する時は決まって次の瞬間ベッドの中に体が埋もれていた。 最近そういうことが続いていた。 <勝ち負けなんて・・・> 勝ち負けなんて? <その一つに過ぎないの> どの一つなのだろう? 何の一つだというのだろう? それでも彼は嫌な気持ちにはならなかった。 そう、それは楽しいことなのだから。
ある日の朝、彼は気づいた。 ベッドの横には沢山の馬券とスポーツ新聞の数々が散らばっていた。 彼はそれを見て思った。 いや、実際には何も思いなどしなかった。 頭が空っぽの状態になった。 視覚的に自分がベッドの横に立っていることしか理解が出来なかった。
しばらく経った。 確かに馬券や新聞はまだ散らばっている。 これは夢ではないのか? 彼はそう思った。 急に今までの競馬場で賭けをして楽しんでいたことを忘れていった。 もうすぐそんな思い出は消えていってしまう。
床には馬券が散らばっている。 なんで散らばっているのだろう? 彼には分からなかった。 なぜか、彼は涙を流した。 理由は分からなかった。 (END)
「幻2」 僕はS太郎。 僕は最近自分の事が気になる。 というか、自分以外の人のことが気になる。 つまり、自分は他人に比べてどうなのか?が気になるのである。 自分は価値のある人間なのだろうか? 価値がなくてもいのだろうか?
僕が誰より優れていて誰より劣った存在かなんてことは分からない。 優れているとか劣っているとかいう事は、ひとつの事象の対比だけでは判断できないからだ。 とっても判断のし難いことなのだ。 しかし、僕は思う。 きっと僕はZURUZURU君よりは優れているだろう。 近所のMI−チャンよりもいいだろう。 おなじく近所に住んでいる二歳年上のwrg:@あg◆))_f。:なんて問題外だ。 あいつは態度がいちいちデカイ。 もちろん奴よりも僕の方が優れているだろう。 何倍も何百倍もいいだろう。 でもZURUZURU君やMI−チャンのことはそうじゃない。 彼らはいい奴だ。 一緒にいて気持ちがいい存在だとでも言っておこう。
反対に僕よりも優れている人もいる。 例えば先日ノーバル賞を獲ったH研の種科さんなんて凄いなと思う。 人の役にたつことを開発したらしい。 僕もそんな風になりたいな、と思う。 現時点ではまだまだ僕は彼に劣っている。 まぁ僕はまだ子供だしね。
でも僕はそんなことは言わないんだ。 何をって? つまり、人前では誰が僕より優れていて誰が劣っているか、なんてことをだよ。 まぁ「種科さんって凄いね。」なんて程度の事はこの前家族の前で話したりはしたけどね。 それにwrg:@あg◆))_f。:の事が嫌いだってことなんかもZURUZURU君と話したりしてたっけ。 案の定ZURUZURU君も奴のことを嫌いだって言ってたよ。 それを聞いて僕は安心したよ。
何で言わないかって? それは一言で言ってしまえば、それを口にした瞬間、それは幻となってこの世の果てへと消えていってしまうからだよ。 惨いもんだね。 言いたくても言った途端にそれが幻だってことが分かってしまうからね。 だからあえてそんなことはしたくない。 僕がそれを言わない限り、それはこの世に存在するのだから。 (END)
―END―
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