2003年12月02日(火) 安野モヨコはだからブスって言われるんじゃないのか?��
昨日の続きです。
「美人画報ワンダー」(安野モヨコ)を読んであきれた、という話なんですけども。 この中の単行本書き下ろしページで「えーっ」と思った箇所はまだありまして。 ええと、なんでも、連載中「ブス」って言われて傷ついて仕事できなくなったとか書いてあるんですよ。
腹立ちませんか? わたしは立ちました。
いいわけがましく「もともと美人を目指すってコンセプトなんだからそんなこと言わなくっても」みたいなことを書いてるんですけど、そういうのはプロならお金もらってる原稿の中で言っちゃいけないと思います(友だちとか家族に言うのはいいと思いますけどね)。 美人を目指すという企画の時点でブサイクって言われるリスクは負ってるわけで。 つうか、まあはっきりいっちゃいますが、女はよっぽどきれいでない限り自分より目立っている女のことをブサイクとかなんとか言いたがる傾向があります。 ましてやただメディアに出ているだけではなく美容について語ってんですからなおさらです。 そういうのも込み込みの企画でしょう。 そのへんは自分の読みが浅かったと反省すべきであって、被害者ぶるところではないと思う。
でもってその後、「こういう悪口に晒されて傷つくわたしはきたない悪口に耳を傾けてしまうから美しくない、ほんとうに美しい人は美しいものを見分ける力があって、悪意とかそういうものには耳を傾けない」とか言っててですね。
あのー精神論ぶちかまして許されるのは美輪明宏くらいになってからだと思いますよ…。 なんかこう、どうしてモノカキの女って「傷ついてでもそれを乗り越えたわたし」を美化して書きたがるのだろう。 もっとおもしろおかしく書けばいいのに。 自分のことになるとかっこうよく書こうとするから叩かれるんじゃないかと思います。 ぶっちゃけ、たぶんこういうこと書くからブスって言われるんだと思うんだよな…。
ほんとの女優さんやモデルさんの「美しさ」と違って、「きれい」ってほんとは実体のない概念だと思います。 美意識ってほんとに人によって違うし。 だからこそ誰でも「きれい」になれそうに思えちゃうのかなあ。 100メートルを9秒台で走ることはできなくても2キロやせるとか新しい洋服を買うとかは誰にでもできるしな。 でもなんつうか、実体がないからこそあんまとらわれても意味ないよなーとかわたしなんかは思っちゃうんですけどね。 やりたいようにやってるほうがいいと思いますけど。 半端なナチュラルメイクよりビジュアル系のほうが笑える分おもろいつうか。 なんかね。 「きれい」っていうなんつうかあいまいなわりに絶対的ななにかファッショな概念のこわさを思うというか。
まあとにもかくにも、さんざん「わたしは傷ついたけど乗り越えてきれいに近づいている」といってる安野モヨコの写真がやたらソフトフォーカスなのが一番噴飯モノだったなあ、と。 そういうことしてるから以下略。
ある意味逆ベンチマーキングできる本ではありました。 |
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