2003年06月15日(日) 映画的�◆岨厂鬚蝋イ�んが子どもは好き
ばんわ。井ノ本です。
やっと見ました、「運動靴と赤い金魚」。 イラン映画です。 いらない映画ではなく。 暑さのせいで小ネタにもひねりがありません。
初めてイラン映画を見たのは「友だちのうちはどこ?」でした。 子どもがまちがって友だちのノートを持ってかえってしまい、返しにいかなきゃってんでその友だちのおうちを探し回るというただそれだけの映画。 なんの予備知識もなく見たので驚いた記憶があります。 えっほんとになにも起きないの!?って。 マトリックスとかのようなぐにゃぐにゃしたりなんかえらいもんが振ってきたりするよーな映画にもおフランスのシルブプレでセシボンな映画にも食傷気味だったから見る気になったのではありますが、ここまで何も起こらんとは! ほんとにただ探してるだけ。 なのに無性におもしろい。 それにまた驚いた記憶が。 えっなんでこんなにおもろいの!?
別にいわゆるハリウッド映画とか嫌いじゃないんですが、見てて案外疲れるのも事実で。 俳優の演技も衣装もセットも大仰すぎて。 おなかいっぱいになるんです。 緩急のつけどころが見ててようわからんくなる。 ディズニーランドみたいな、 「さあエンタテイメントの世界へようこそ!力いっぱいエンタテインしますですよ!ほらほらもっと楽しんで!楽しんで!つうか楽しめやオラオラオラ!」 っていう迫り来る感じに胸焼けが。 なもんですから「友だちの〜」のまるで日常そのままのような抑えた内容と映像が非常に新鮮だったのも事実。 でも抑えただけなら小津安二郎映画も似てはいる。 有名ですが延々同じところにカメラを置いてワンカットで撮ったりして。 あの撮り方も「日常」のようなものをとても意識してたのではないかと。 しかし小津映画もあれで結構フィクショナル。 ちゃんとストーリーがある。 ささやかな内容だろうとちゃんと起があり承があり転があり結がある。 だから安心してこれは映画ダーと思って見られる。 んだけど「友だちの〜」は緩急がぐしゃぐしゃで。 ほんとにカメラ抱えてその場その場で撮ったものをそのままつなげたんじゃないのかとさえ思わせるような展開。 とはいえあとで何度か見返してみて実際はかなり計算されてるなあと思ったのも事実。 それもすごいよなあ。 素のように見せるってことがいかに難しいか! 自然な演技ほど難しいもんです。 大げさな演技とかベタベタな演技のほうが実は楽。 「友だちの〜」はそのへんの素人さんを集めて撮ったそうなのですが、 素人さんほど映画なんていうとぎこちなくなるもんなのにほんとに素。 そうさせるように撮っていくってとんでもない。 映画丸ごと素のように作れるってなんてこった。 とまあわたくしはイラン映画にシャッポを脱いでしまったわけです。 「友だちの〜」の続編(後日談?)の「そして人生はつづく」もそんなようなすごさでござんした。
で、「運動靴と赤い金魚」。 ストーリーはやっぱり単純です。 貧乏なおうちの兄妹の話。 お兄ちゃんが妹の靴をなくしてしまって、でも貧乏だから親に買ってといえなくて、ふたりでお兄ちゃんの靴を代わりばんこにはいていたんだけど、学校のかけっこで三等賞になったら靴がもらえると知ってお兄ちゃんが一生懸命走る、という。 ほんとにこれだけ。 監督さんは「友だち〜」とは違うんですがやっぱり似ている。 子どもが主人公の映画っていうのもそうですが。 内容が、っていうんじゃなくて、なんというか雰囲気が。 「友だち〜」の監督さんはイランの巨匠みたいな人らしいのでみんな影響を受けたりするのかもしれません。 にしても雰囲気が似るってどゆことなんだろ。 イラン映画では子どもをモチーフにするのがわりと伝統的らしいとは聞きますが。 うーんなんていうんだろう。 すごい子ども好きな目線で映画を撮ってるナーというか。
子役はあんまり好かんです。 毛嫌いはしませんがどっかわざとらしい気がする。 ああ演技だなって見えてくる。 でもってその演技を通して大人がその子をどう扱ってるかってのも透けてくる。 子どもって結構大人の目線に敏感だ。 どう見られてるかでもってどうしたら喜ばれるか子どもなりに考えてやってる。 そういうのがどっかで鼻につく。 子どもが、じゃなくて、そうさせてる大人に。
わたしの見てきたイラン映画では子どもがそういう大人の顔色を伺うような表情があんまりない。 それこそさっき書いた素のまんまあれこれ考えていろいろやっている感じ。 子役は好かんですが子どもは好きです。 子どもが子どもらしくうろちょろしてたりちょこまかしていたりするのはとてもほほえましい。 映画を撮ってるひともそう思ってるんじゃないかなあ、 と思わされるような雰囲気があるのです。 たいしたことのない、でも子どもにとっては大事件が起こって(ノートを持ってきちゃったり、靴をなくしてしまったり)、うろうろする子どもをただ撮ってる。 ただ撮るってのは意外と辛抱強さが必要です。 好きじゃなきゃ続かん。 もしくはもっそい好奇心がなきゃ。 だからきっとこの映画撮ったひとたち、子ども好きなんだろうなあ。 または子どもに興味津々なんだろうなあ。 とかなんとか思った次第。
日常つーのは誰にでもあるものですがそれを形にしろと言われるとなかなかできない。 まあ日々流して過ごしてるってのもあるしそうでもせんと身がもたんというのもありますが。 でもたまにこういう映画を見ると、なんとなしわたしも毎日をもうちょっと楽しくすごしたいものだにゃー、とか思わされます。 ありふれてることに囲まれてるからといって、それが思考停止する理由になるわけではないなあ。と。 なにがきっかけになるかわかんないなあ、としみじみ思いましたです。
だからといってきっかけがフジテレビになるとは思わないんですが。 |
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