「別れた」 電話の向こうでAは言った。 夏を前にした、じめじめした空気が私にまとわりつく。 今日関東では梅雨明けが宣言されたらしい。 「え…なんで?」 親の目を気にしながら私は尋ねた。 私はその時ちょうど、親の部屋でPCに向かっていたのだ。 「あ〜いや、なんかね…」 心なしか、いつもより抑揚のない声でAは続けた。
『部活との両立が出来ないから』 そうあの好青年は言ったらしい。 私にはそれがただの、むなしい別れの口実にしか聞こえなかった。 いや、そうでしかなかったのだろう。 だけど私には、なんだか信じられなかった。 初めから冷めていたAとは逆に、あれほどAを想っている様に見えたあの好青年の口から、まさかそんな言葉がでるとは予想もしていなかった。
「最低じゃねぇ?」 …まぁ確かに。 逢いたいと言っていたのもあっちだった。 Aはあまり欲もなく、どちらかと言えば尽くしてあげていた。 友達より彼氏を優先し、部活が終わるまで待っていたりした。 しかも、何人もの男に手を出していたのを、好青年に悪いと思って全部手を切ったのだ。 珍しく続いているなぁと、周りの誰もが思っていた。 そして、楽しみにしていた夏休みを目前にして、これだ。
「あたし男運ないんかなぁ…」 今にも泣き出しそうな声。 その割に、直後にAは鼻で笑った。 「あ〜ぁ。また新しい男探そっかな!」 この感情の起伏の激しさには驚かされる。 「あぁ、うん。頑張って」 「T冷めすぎ〜!まぁいーけどさぁ。てかむかつく!男ってやっぱ自己中なんやね〜私もう彼氏作らないでおこうかなぁ。んで、遊びの男だけつないでおく♪本命一人に絞るん、もう嫌やわ!」 一度に喋るAについていけず、私は曖昧な相づちを打つ。 「あ〜。強いね」 いつもなら私ももう少し乗って話を進めるのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。 私は親に怪しまれない程度に、Aの話を聞いていた。 Aは少し不審がった様だが、仕方なかった。
そうこうしているうちに、時計は9時半を指してた。 私は慌てて電話を切ろうとした。 電源を入れたままのPCが気に掛かった。 話の途中で、気が咎めたが、電話を切らざるを得なかった。 「ごめんね」
明日はAの話を詳しく聞こう。 雨が降らないことだけを願って、私は受話器を置いた。
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