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2020年10月23日(金) 偶然に会う

夜に自転車で帰宅する途中、前から自転車で来た人が、私の前で止まり「先生、お久しぶりです」と言われました。暗い事もあり、私はすぐには誰かわかりませんでしたが、よく見ると5年前ほど前に空手をやめてしまった道場生でした。私は人の顔を忘れない方だと思うのですが、何故その道場生がすぐ分からなかったというと、その道場生は小学生の時に道場を退会していたのですが、今はもう16歳の高校生になっていました。私の中ではその時の印象が強いのでなかなか思い出す事が出来なかったのです。私の道場にいた頃は可愛い顔をしていたその道場生もすっかり大人になり、キリッとした良い顔になっていました。しっかりとした挨拶をしてくれたのと、今でも小さい頃からやっていた野球を続けていると聞き、とても嬉しくなりました。久しぶりに昔の道場生と会い、その道場生が良い成長をしていると、その子の成長に関わった一人の大人としてとても嬉しいものです。


2020年10月22日(木) 出来る稽古は

腰が治ったと思ったら、今度は膝を悪くしてしまいました。おまけに首まで悪くなり、悪いところがあちらこちらに出て来てしまいました。でも出来る稽古はたくさんあるので、それをしっかりやっています。私ももうすぐ50歳ですから、身体と相談しながら稽古して行きたいと思います。


2020年10月21日(水) 動禅

空手道の稽古をする時間は、自分の命と向き合う時間にもなります。なので空手の稽古と言うのは動禅の時間です。でもそれはみんなで行う稽古ではなく、自分一人で、自分と向き合いながら行う稽古の時間です。自分と向き合う事で自分の命と向き合います。それを行っていなければ、いざ自分の命をかけて戦わなければ行けない時に十分に力を発揮する事が出来ないと思います。


2020年10月20日(火) どう生きたいか?

自分がどう生きて行きたいか?自分がどう生きて行くか?それを真剣に考えて決断し行動したのは、1番最初は20歳で東京に出てくる時、2番目は23歳で指導員となり内弟子になった時、3番目は29歳で大森道場を開設した時、4番目はそのすぐあと自分の先生が極真会館を離脱する時に自分は極真会館に残ると決めた時です。今その時々を思い出して見て、自分もなかなか頑張ったなと思います。そして極真会館の方々を含めたくさんの方々にお世話になったなと思います。私というたった1人の人生に、どれだけの人が関わって頂いてお世話になったか?分かりません。本当に感謝しています。


2020年10月19日(月) 薫習

「薫習」という言葉があります。お香を扱っている人はお香の匂いがし、木を扱っている人は木の匂いがします。それは、いつもそれに接しているからで、それを「薫習」というのだそうです。自分がいつもしている行いや、自分がいつも思っている事や、自分がいつも考えている事や、自分の生きる姿勢などが、その人に薫習され、いつとはなしにその人に染み込んで、それがその人そのものになっていきます。そして、それがその人の匂いになっていきます。私も薫習がするような人間になりたいと思っています。空手の道着を着ていなくても、空手の技を出していなくても、自分の生き方や立ち振る舞いから空手の匂いが出るような人間になりたいと思っています。そして私が出すその匂いで、自分の周りに居る人にも良い影響を与えられるような人間になりたいと思っています。私自身、どこまで行けるか?分かりません。でも生きている限りそれを追い続けて行きたいと思います。生きている限り稽古し続けて、昨日よりは上手くなり、今日よりは上手くなって、さらに一歩、さらに一歩と進んで階段を登って行きたいと思っています。


2020年10月18日(日) 人生の最後に

「鬼滅の刃・無限列車編」を観に行きました。私も長男も号泣でした。帰宅して妻に「秀行は本当に純粋で熱いんだね!だから内容が分かっているのにあれだけ泣けれるんだろうね!」と言われたので、私は「イヤ!あれで泣けなかったら、いったい何で泣けるのだろう?」と返すと、妻は私がかなり早い時点で号泣している事で冷静になってしまったそうです。ちなみに私が号泣したポイントは炭治郎が自分の見ている夢を断ち切って現実に進む所でした。あとはもう勿論、煉獄杏寿郎の所です。人生が良かったかか?が分かるのは、人生の最後に笑っているか?だと思いました。


2020年10月17日(土) 誰よりも

私は空手道が誰よりも好きだと言う自負があります。それだけは絶対に負けないと思います。だって私は32年間も一心不乱にこの空手道に邁進してきたのですから、今でも毎日、謙虚な気持ちで空手道の稽古に邁進しているのですから、そして自分がこの世から居なくなる瞬間まで、それは続いて行くと思います。


2020年10月16日(金) 人生

これは私がいろいろな人の人生を見たり聞いたり、本で読んだりして感じた事です。人は自分の為だけに何かを一生懸命遺そうとした事は、結局は自分が居なくなった世の中では、いつか全てを失う事になり、自分が生きた証を残す事も出来ない。ですが、人が自分の為でだけではなく誰かの為に一生懸命に何かを遺そうとした時には、世の中に自分が生きた存在とその意義を遺す事が出来る。そう思いました。私も自分の生きた意義をこの世の中に遺せるよう頑張りたいと思います。


2020年10月15日(木) 空手道をやっていて

空手道をやっていて良かったと思う事がたくさんあります。先ずはとても健康です。空手道をやっているから身体に気を使い、良い生活習慣が身に付き、良い食生活が身に付いたと思います。そして空手道を学ぶ上でいろいろな柔軟体操や基本稽古や移動稽古や型稽古をしているおかげで、咄嗟な時に機転を効かせて自分の身体を動かす事が出来ます。なので大きな怪我をする事がありません。こんな経験はたくさんあります。バイクが突っ込んできたのをサッとかわす事が出来たり、躓いて転んだ瞬間に回転して受け身を取り怪我をしなかった事もあります。危ないっ!そう思った瞬間には、勝手に身体が動いていて自分を守る適切な行動をしたという感じです。たぶんそういう点では同じ47歳の人よりも反射神経も機敏に動く事も柔軟に動く事もかなり長けていると思います。


2020年10月14日(水) やっぱり子供の気持ちは

やっぱり子供の気持ちは母親の方が良く分かっているなと思う事がありました。長男は少し前に自分から組手競技クラスの稽古に参加するようになりました。それにつられ次男も参加するようになりました。長男も次男も組手競技クラスが楽しいと言っているそうです。私はせっかく電車に乗って稽古に来るのだから中級から2クラス稽古した方が良いと思い、それを長男と次男に少し強制するように言いました。長男も次男もその場では「押忍」と了承しましたが、妻には「中級クラスから稽古に行かなくてはならないのなら、もう組手競技クラスに行くのも嫌だ」と言っていたそうです。妻には「2人とも空手に行って、稽古が楽しかったと言って帰って来るのだから、それ以上は強制しない方が良いんじゃない?あまり強制するとせっかくヤル気が出たのに嫌になってしまうかも」と言われました。確かに考えてみれば、私にも子供の頃に同じような経験がありました。それを思い出し、考えを改めました。これからも同じような事があるかもしれません。その時にはやはり妻の意見をよく聴いて判断したいと思います。


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