xxxxxx 表面張力(仮)

虚実入り乱れても記録
20010802--



2002年03月31日(日)

御連絡

 完全に徹夜した.昼近い.ようやく終わりそう.
 明日から新しい部屋.本格的に仕事が始まる.

 昨日の健康診断の結果を聞きに,来週の土曜に来ることにしておいてよかった.荷物が少し残っていた.来週はこれを送るようにしよう.
 健康診断は,寝不足二日酔い朝食のためか,ちょっと怪しそうな気配.何か医者に言われるだろうか.

 まだノートを買っていない.家でパソコンが使えるように購入を急ごう.
 だから.
 会社ではできるかどうかわからないので,更新は途絶えるかもしれません.多分まあまあ元気で生きています.どうなるかなんて誰にもわからないけど.
 それでは.


2002年03月30日(土)

なんとかしてくれ

 只今,院生部屋片付け中.
 誰かなんとかしてくれと叫びたくなる程に混沌とした様相.ここ三日間で卒業式やら分析やら準備やらをどうにかこなす.先程,親切な後輩二人の助力によってようやくどうにか宅急便で段ボール箱の山を発送.これで引っ越しの大部分を終えた.後は部屋を片付けるだけだ.たつ鳥跡を濁さず.さあさあさあさあさあ.


2002年03月26日(火)

花の余韻

 人の日記で,今日は桜が綺麗に満開だったことを知った.そうだったんだ,と思った後すぐに同じ地域の人かどうかわかってないことに気づいた.でもいいんだ.素直に「ああ見たかったな」と思うことにする.
 そういえば今日は,昼御飯を買いにローソンへ歩いていったコト以外に外に出ていない.そのまま泊まってしまったからマジだ.
 なんとなく,それも寂しいなあと考えてみている.


 日付的には次の日の午前4時.どこかの部屋からくしゃみが聞こえる.
 宵っ張りだね,なんてレベルではないか.


 自分の感情が宙ぶらりんになっていることに気づいている.面倒だから仕掛けてしまおうかとも思うけれど,そうすると絶対に大事にできないコトをよく知っている.
 元々大事なのだ.きちんと大事にしたいのだ.
 おざなりにしてはいけない.面倒だからと色々な手続きから逃げてはいけない.だってまだワタシは動いていない.それなのにソノコトを無視して勝手に行動してはいけない.

 さっさと何かを提示して欲しい.そうしたら考えるから.
 でも,急いてはコトをし損じると言うしな.


2002年03月25日(月)

今でも大事に想っているが

 自分の中で,自分に決断を迫られている.
 でもまだ足りない.もう少し背中を押すモノを下さい.それがないと覚悟が決まらない.逃げ続けてきたワタシに覚悟を決めさせるモノを.


 でも,こういった状況だから.
 もう君とは,ワタシの中で本当にさよならだ.


2002年03月23日(土)

夜桜

 母校の並木道で花見.
 といっても道路の脇にシートを広げるので,できるだけひっそりとしたところを選ぶ.それでも通行人の視線が痛い.お仲間達(多分母校の在校生)がいるのがありがたいといったところか.
 提灯に桜が美しい.風が吹くとはらはらと時間の流れを止めるかの如く空中に舞う.
 実際には余りの寒さにかたかた震えながらの酒盛りだったが.

 在学時のサークル仲間の集まりである.気心も知れた仲.先輩も後輩も同輩も意外に集まって,私も含めた幾人かの送別会も兼ねている.カラダの中から暖まるべく,ウォッカが先に空く.体育会系の飲み.
 仲の良い後輩とよく喋る.
 彼に姉がいるからだろうか,年上ぶりながら甘えられる楽な相手ではある.殊更に連絡をとったりはしないが,会うと一番仲がよい.無条件の信頼を寄せている.


 大学へ戻って作業の続き.Dさんといろいろ話す.
 どうなのかな.よくわからない.


 昨夜の,小中学校からの友人との飲みは違和感と人生の重さをひしひしと感じさせられてしまった.少なくとも,その会合では私は真剣に向き合うことはできる.しかし,どうしようもない違和感が,今後の付き合いの邪魔をするだろう.
 そして私はそれでいいとも思っている.何もかもが違いすぎる.


2002年03月22日(金)

拒絶するという甘え

 これもやはり昨日の続きになる.

 ワタシは「自分の傷ばかりにいつまでも囚われていたくはない」と書いたが,こうやって明記することは.このことを自分自身に言いきかせていることに他ならない.囚われてがんじがらめになっている自分の姿を,ただ言葉を換えて表現しているだけなのだ.
 そんな笑ってしまう程の,笑うしかできないような傷など負ったことはないのに,ただ裏返されたコンプレックスや嫌悪感でしかないのに,どうしてワタシは翻弄されているのだろうと不思議に思う.それでも逃れられていないのだ.時々ふと気づいてしまう自分の姿に眩暈がする.


 「あなたには分からない」というセリフを吐く人のことを何一つ言うことはできない.
 コミュニケーションを,ある方向において殆ど拒絶しているような人間にいったい何が言えるのだろう.


 一番大事なことは一言も口にしない.ああこの人に言ったらいけないよなと気遣っているようで労っているようで,それは自分への言い訳でしかなく,本当はこの人にこそ言わなければならないことにも気づいている.人と関わりたいのなら,深い理解を得たいなら,それこそ言葉にしなければならないのに.
  言ってもしょうがないじゃん
  この点についてはどうしようもないじゃん
 冷めたつもりでそう思う.そうしていれば拒絶された時の痛みを味わうことはない.
 そして続けて思うのだ.どうせこの人はワタシのことを大事になんて思ってないから.そうやって諦める.そうやって手を放す.それが素晴らしく傲慢な態度であることも知っていて.


 こんなことを人に説明したりはしない.自分が言われたら十中八九むかつくからだ.腹の中でそんなことを考えて,何もかもわかってるものまあいいわ,ってな顔をされたら非常に苛立つ.なら最初から近づいてくるんじゃねえと言い捨てたくなるだろう(言わないが,多分言わないが).
 だから,そう思うから何も言わない.何も言えない.ただ曖昧に笑うだけだ.誤魔化して,ただ抱きついて甘えて,言葉で甘えるかわりだと言わんばかりに身体的に甘えるだけだ.


 これをコミュニケーションの拒絶と言わずして何と言おうよ,おい.


 別に,コミュニケーション至上主義でもなんでもないけれど.
 自分の奥の方で求めているのは結局そういうことだと気づいていると,どうしても滑稽だなと笑わずにはいられないのだ.ただ臆病で小心者で,それなのにプライドが高いだけなのさ.
 ああ,ただそれにさ.
 自分の持っている傷なんて,結局自分以外どうしようもできないじゃん.言ってもしかたないなーと思うじゃないか,そうじゃないか.違うかな.


 ………….
 うわーなんだか深刻ッポイですよ奥様.そんな眉間に皺刻まなくてもいいんですよこういうの.ただ痛い人なだけなんだよ.見ていて「いたた…」と感じてしまうような人なだけ.
 ああホントに,こういうことを書くと「やっちまったよ」と感じるのはワタシも同様でございますことよ.いつもそうやって感じた瞬間に消去して,ただつらつらと別のことを書き出したりもするんだけどさーけどさー.
 結構,探すとこれまでもこのテーマで色々書いているのですよワタクシ.消去してないのよ全然.夏とかは狂ってたから散々書いているし.さるさるの頃かなーと思っていたらここに来てからもがんがん書いてる.
 好きねー暗いねー.なら書いちまえー.
 てなわけで勢いでアップ.

 ああちなみに,今日一日.
 自由落下でどこまでも.作業もちょっとはしてるけどな.


2002年03月21日(木)

傷とコミュニケーション

 堕落の一日.ノーコメント.


******
 「羊飼いの唄」のゆきさん,リンクをありがとうございました.いつ頃ココをお読み下さるのかも分からぬままにココでリンク返しでございます.メールで,とも考えましたが,先に日記にて.
 最近の日記でテーマになさっていた「アナタなんかに分からない」については,常に心に留めている事だったので,本日,ゆきさんの日記を拝読していて突如,自分のHNが出てきたときには吃驚しました.ずっと「そうだよなあそうだなあ」と自分の内側に照らし合わせながら読ませて頂いておりました.
******


 関連事項として,ワタシの日記では2月1日.この件についてはときどきコッソリ書いていたりしているけれど,ワタシはこの「アナタになんか分からない」についてよく考えている.いや,考えているわけではない.心に留めている,常に.
 ここでは特に繰り返さない.ワタシは折に触れて書いているし,何よりゆきさんが本当によく,「そうなのよそうなのよ」と頷いてしまう程によく述べられているので書くことがない.ワタシは考えるだけだ.自分自身のスタンスを考え続けるだけ.

 少なくともワタシは,笑っちゃう程の傷を負うことがあってもコミュニケーションを拒みたくはない.このように考えるのはまだ,人を拒絶するセリフを吐かざるを得ない深さの傷を負ったことがないのかもしれない.そうかもしれないが,それでもワタシはそのように思うのだ.
 自分の傷ばかりにいつまでも囚われていたくはない.
 (何よりもその前に,そんな見事な傷はあえて負いたいものではない)


 傷のハナシになったので,勝手リンクを一件.「コーヒーもう一杯」の3月19日の日記で,フリークスさんがワタシのリクエストに応じて下さった文章.最後に書かれている教訓は,実は自分でそっと気をつけているコトだったりする.そうならないようにならないようになりませんように.
 自分かわいさの余り,そんな状態になりたくはないから.


 この間,読み終えた本に『裏庭』(梨木香歩著)がある.これは児童文学ファンタジー大賞を受賞しているが,良質なファンタジーであると同時に人間の「傷」についてはっきりと書き込んだ物語でもあった.
 ワタシはレビューなどは不得意なので特に書かないが,本日の話題に多少は関連するかもと考えてリンクしておく………いや,単に気に入った本だから書きたいだけかな.



 追加.
 なんつーか,過去の日記を読み返す出なく思い返すだけでも,こんな内容をそれなりに書いていることに気づいてしまいましたことよ.ああホントに拘っているのねワタシって,などと呆れを通り越して感心してしまったよのことよ.ホントにまあ.
 25年も生活していると,さすがに「傷一つない」なんて過去は持ち合わせていないのは当然だろうなわけでして.だから自分が持っているそれなりの擦り傷を眺めては「まあ他人もそこそこに持っているだろうな」と想像する程度のことは誰にだって可能なわけで.
 ただ,そういった余裕のないときに「不幸自慢」が始まってしまう.そして相手もまた余裕がなければ「不幸自慢合戦」に発展するわけでして.
 うっとうしいコトこのうえないぞ.俺.

 ワタシには幸いなことに「アンタになんか分からない」と言うような友人はいなかった.過去にいたのかもしれないが,そういう人はワタシの記憶から消えていくのか,思い出そうとしても出てこない.
 いや,いたかな.ああいたか.でも特にどうでもイイコトが多い.当時は幼かったから,拒絶されたら「ああそう」とココロの中でふいと離れてしまっていた.
 それを言うと今も幼い.どうでもいい人間の場合だとココロの中で切ってしまう.大事な人間であれば絶対に切らないだろうけれども.
 どちらかっていうと,どうしてこう拘るのかというと,自分自身がこの傲慢で幼いセリフを吐いてしまいそうな人間だからだ.自戒の意味で拘っていないといけないのだ.ワタシは打たれ弱いから.その上,喜劇系だから.
 気をつけよ.


2002年03月19日(火)

桜色

 寝不足ながらも充実した時間を過ごし,懐かしい元ボスやお世話になった先生方とともにお昼御飯を食べに学外へ出た.久しぶりの母校は桜が咲き始めていて,その並木はほんのりと限りなく淡い桜色だ.
 この並木を歩いていた日々が遠くなったことを実感する.
 当時は,始めたばかりの研究の方法が…「研究」というものがよくわからずに,よくわからないなりに行動していた.今日は数年分の研究の成果をお見せするべくここにやってきている.
 ワタシは成長したのだろうか.


 大学に戻ってきてからマトモに仕事を進められていない.
 眠い.
 忙しいんだってばよと言いきかせても動いていない.残りの日数を計算して愕然としてしまう.間に合うのかワタシ.


 桜さくらサクラ.桜が咲いている.
 これまで26回,春を迎えている.そのうちのたかだか2回だけなのに,その桜の記憶が今年のワタシを哀しくさせる.
 今年は君と桜を見ない.今後,君と眺めることはないだろう,そう考えることは後ろ向きかもしれないけれど,それでも多分,その通りだと思う.
 仕方ない.別れなんて必然だ.
 現在の喪失感を嘆くより,共通の記憶があることを喜びたいと思う.


2002年03月18日(月)

不在の春

 19日の時間で言えば4:08.感覚で言えば28時だ.明日(ていうか今日),母校の元ボス他ずっとお世話になっていた方々に卒業論文を持っていく.ただの重い紙の束と言えばそうなのだが,どうにかこうにかやってきたコトを見て頂きたくて.
 ワタシの場合は学部時代から引き続いて同じテーマで研究を行っていたので,本当に引き続いてお世話になっていたのだ.
 準備は終わったので,もう少ししたら休む.


 本日についてはコメント不要.
 とにかく,最低限のことは終わらせた.まあいいんじゃん?


 桜が咲いていた.ナズナ,仏の座,オオイヌノフグリ,菜の花.
 柔らかい淡い緑が枝の先に花のように咲いているかの如く芽吹いていた.
 春だね.

 なのに君はいない.


2002年03月17日(日)

ソレが近づいていることは触覚が理解する

 昼間,ちょっとした文章で一気に落ち込んで不安定な状態に陥った.これだけならば通常だけれど,今回はあの感覚がすぐ側までやってきた.
 久しぶりだった.
 夜ではないのでさすがに側までやってきただけだった.しかし本当にすぐ側で,ああもう背後までは来ているなとぐるぐるする頭で考えていた.自分が落ちていかないようにするのが精一杯でしばらく固まっている.そっちを見てはだめだ.気づいたら呑み込まれる.そんな感じ.
 院生部屋のドアは半開きになっている.今,誰か来たらこの金縛りのような感覚は解除される.けれどもしワタシが心をそこそこ許している人だったら逆に危険.多分,しがみつかずにはいられない.

 ワタシの半分は誰も来ないことを,もう半分は心許している人が来ることを望む.

 そうして数分.
 動けるようになって深呼吸して落ち着いて,何事もなかったかのように歯を磨いているところへ****さんが「Nがどこにいるか知ってる?」とやってきた.
 ああこれが縁というモノなんだ.
 よかった,数分ずれていて本当に良かった.そう,偶然のカミサマに真剣に感謝した.肺の奥底から息を吐いた.
 もしちょうどのタイミングで****さんが現れていたら,ワタシの様子に気づいたとしたら.
 多分ワタシはしがみついていたに違いなかったろう.


 身体的接触は良くも悪くも色々な種類の距離を詰める.
 身体的な刺激は強く作用して時に理性を酔わせる.


 たかがしがみつくくらいで何があると,わかってはいる.わかってはいるがしかし,それらが予想外の方向に進むことがあることも知っている.その件についてはそこそこ経験させて頂いた.もういい.もうごめんだ.
 あんな感覚が巻き起こるたびにおかしくなっているようなら,やってられない.
 けれど,それでもやっていくしかないこともワタシは知っている.


 やる気ゆるゆる.どうするよ,俺.


2002年03月16日(土)

同じ夜

 遅く来たから泊まって作業.同部屋の人々がまだいる.彼らが泊まらないといいのだけれど,まあどうなることやら.まだ終電には時間があるけれど.
 夜中は一人で作業をしていたい.シンとしているのが好き.ときどき現れる先輩方と少し話して,お互いにお互いを侵さない程度の時間を一緒にいてまたお互いの作業に戻る.それくらい.
 ときどき私の甘えが人の邪魔をしてしまうことがあるけれど,基本的には気をつけるようにしている.用事がある時でも寂しい時でも,少し時間を頂けばあとはそれぞれの,一人の時間だ.
 夜に作業をしていることは,それが夜であることに意味があることがおおいだろうから.少なくとも私はそうだ.


 奴がまだ日本にいた頃は違った.夜になると,より一緒にいたかった.実際にはお互いに実験やら分析やらあるから一緒にいられるわけないんだけれど,お互いに泊まっていると,どこか少しでも一緒に過ごせないかと機会を窺っていた.一方的に私が.
 やはり,私は甘かったんだろうと思う.その甘さが現状を作ったのだと思う.
 夜は,少なくともここでの夜は,一人で作業をして考えて考えを練る時間帯だ.一人のための時間だ.奴にとっては本当にそうだったろう.私はまだ,そうやって使えていなかった.そして奴の時間を侵していた.
 勿論,奴だって夜を二人の時間として使う時もあったけれど.
 違った.色々なことが違ったのだ.そんな大事なことが違った私達がずっと一緒にいることなんてできるはずがなかった.


 一人でも二人でも.
 闇に隠れて,でもしんしんと静かな,音が遠くなったような引き延ばされたような時間はとても大事.自分を見て,考えていることを見て,相手を見て.
 研究所にいる時には思考の時間.
 もし二人でいる時間なら,ワタシは同じ夜の人がいい.


2002年03月15日(金)

曖昧だったカレンダーの空白

 泊まった日のカラダは妙に重い.
 まだ睫毛の先にぶらさがる眠気に惑わされそうになりつつ,そんな重いカラダを引きずって母との待ち合わせ場所に向かう.今日は引っ越し先の大家さんへ御挨拶をする.そして部屋の採寸.

 和風な部屋になる.畳で砂壁の部屋の雰囲気を尊重したいのだ.
 大きな家具は殆ど無印良品で揃える.雰囲気は一定にしたい.ばらばらの個性を纏め上げてカラーを作れる程のセンスは持ち合わせていない.なにより資金がない.ああいった生成は好きだし.
 細かいモノは骨董市などで少しずつ手に入れていく予定.楽しみ.家から持ち出すのは服と本くらいだ.本当に自分の部屋になるんだなと思う.

 朝御飯を食べないで動いていたせいか,単に調子が悪いのか,怠いし熱っぽいし腹を下すし泣きっ面に蜂どころではない.そんななかでも食べた食事はたいへん美味しかった.
 シアワセ.


 不穏な腹を抱えつつ,母と別れて大学へ.これまで滞っていた未定の予定が一気に決まり出す.大学に来たのは正解だった.曖昧だったカレンダーの空白がざくざく埋まる.
 自分がいつ何をしておかなければならないのか明確になる.安定.あとは体調を戻して明日からさくさく作業を進めよう.

 明瞭な輪郭を持って生活していきたい.それがいい.


2002年03月14日(木)

淡々

 淡々としている.
 時間の流れも感情の起伏も周囲の出来事も,色褪せたわけではなくただ淡々と感じられる.静か.ただ心を揺るがすことがないのか,単に眠ったような休息の状態にあるだけなのか.
 本当は数日,ごろごろしたい.
 引っ越しが終わって修了して実験の目処がついたら,その頃には少しのんびりとできるだろうか.のんびりした気分になれるだろうか.
 焦っているのかな.


 もう本心なんて聞きたくはない.聞いてみたい気持ちはないと言えば嘘になるけれど,聞いたって仕方ないという思いの方が強い.
 ワタシは常に相談する.相反する感情同士で話し合う.その結果,より強い方に行動させることにしている.純度100%の感情なんてない.様々な色のモノを抱えて,どれかを選択するだけだ.その選択だって,混濁しているモノを選ばざるを得ないのに.

 君は今,シアワセな気分でいるのだろうか.
 それをちょっと知りたい.知り得ないけれど.


2002年03月13日(水)

狡賢くて結構だ

 朝の7時過ぎまでカラオケにいた.
 送別会で,二次会三次会と流れに流れての結果.歌い続けて9時間なんて,初めてだ.高い声がでなくて普段から男性歌手の曲ばかり歌っているのに,そんな酷使した喉でglove?の曲を歌ったら声が潰れた.セクシーなハスキーボイス.単にバカである.
 数人で疲れ切って大学に戻り,作業を少し終わらせて3時間程眠る.でも,こういう日は仕事にならないのはよくわかっている.案の定.


 ていうか,やる気が少し損なわれているだけなのだが.


 私の本質は甘ったれなのだが,それを見せたくないというプライドがあり更にそれなりに表面に出さない狡賢さは持っている.やり方の下手な人の行動を一々批判するくらいの技術はあるしその批判を心の内に留めておくコトくらいはできる.批判している自分の行動を振り返ってせせら笑う程度の自己分析もしている.
 イヤな奴.
 しかし,甘ったれの部分以外は特に改めようとも思わない.狡賢くて腹黒くて自己陶酔で結構だ.
 自分にとって許せない行動をしないでいられるなら根性悪くて構わない.

 甘ったれだけは直そう.それが許せない行動をさせている.


 でも,今は少しだけ思う.床の上で日がな一日,猫のようにじゃれあって眠りたい.
 結局,甘えたいんだよな.


2002年03月11日(月)

甘えなのか放棄なのかについては不明だが

 土日,温泉旅行に行ってきた.高校時代からの友人達と,である.
 20時間にも満たない滞在の近距離旅行で,目的は純粋に「温泉と宿泊」だった.そのかわり宿のグレードはかなり高く設定.女将に「あらお若いお嬢さん方で」と微笑まれるくらいに年齢不相応な宿にした.といっても世の中の高級旅館がどれほどするかは知らないので,とりあえず「我々にしては」超高級.
 ゆるゆるした時間だった.彼女達とあんな時間が取れるのは,次は何時になるだろう.


 今日からは忙しくなる.今日は忙しくしていないけれど予定されている事柄は遊びも含めて山積みだ.どれもこれも自分のため.計画的に建設的に,予行練習と思ってこなしていこう.


 自分は甘えん坊だろうとは思っていたけれど,やはりその認識は正しかったようだ.確信犯で甘えているところもあるのだが,基本姿勢は甘ったれだ.友人に「甘えん坊だもんねえ」と言われてとにかく納得.そんな私の友人には長女が多い.
 べたべた甘える,などというわけではないが,周囲の人間が物事をいろいろしてくれるなら任せてしまう傾向はある.友人関係の継続がなされているのも友人達のお陰だ(単に不精者というのかもしれないが).

 ただ,ナニを甘えているのか具体的によくわかっていない.
 甘えている自覚はあるのだが,私は具体的なナニかにおいてどのように甘えているのだろうか.俗に言う「甘えん坊」のイメージではなかったりする.積極的な甘えではなく消極的なものだというイメージがあるのだが,果たしてその認識は正しいのだろうか.
 ていうか,イメージだけで語られている時点で私はこの件について正確に把握していないことが明らかだし.
 もう少し詰めて考えていこう.甘ったれのままでいたくはないのなら.

 このままでは,私は誰かと関係を築けないだろうから.


2002年03月06日(水)

眠気が訪れるまでカラダが動かなくなるまで

 春は哀しい.

 新天地へ移るので浮き立っていることは確かだ.でも哀しい.寂しいとも少し違う.近いけれど少しだけ.ぼんやりと,眠りたい.眠らないとおかしくなるよ.
 単に眠い言い訳かもしれないけれども.


 なんでこの時期を忙しなく慌ただしくするのだろう.こんな時期はゆったりとのんびりと,三月ウサギではないけれどお茶でも飲んでぽやぽやする方がずっといい.ただでさえ内側がざわざわざわめくのに,外側までざわざわしていたら混乱するじゃないか.
 こんな日は,ぎゅーと腕で自分を抱え込んでごろごろしているのがいい.


 花粉で眠れないと言う・・・・・・はもうお帰りになってた.
 今夜こそ眠れるといいですね.

 隣で寝てあげましょーかなんて言わない.言いたいのは一人だけ.でもそいつもいなくなった.さようならお元気で二度と会わないかもしれないけれども.
 まあだいたい,眠るのを邪魔していたし?


 それに,隣にいるのなら別に誰だって構わないし.
 言って欲しいならいくらでも言う.隣に寝ようか?体調がマトモなときなら全然おっけー.
 ただちょっとだけ.読書と勉強の邪魔はしないで.ただ乾いていて.からっからに乾燥していてくれ.そしたらもう,いくらでもいくらでも.眠気が訪れるまで.カラダが動かなくなるまで.



 と思う程まで荒んではいないが,眠りたい.
 知恵熱が下がらない.下がれー下がれーさっさと下がれー.


2002年03月01日(金)

関係の名称に固執しない選択と,生じる寂しさと.

 バイト先からの帰り.地下鉄の駅から大学へ向かって歩いていた.春が間違って早く来てしまったかのような暖かい日だったけれど,日も暮れるとそれなりに寒い.朝,慌てていたらマフラーを忘れた.首周りが寒いなと思いつつ,内側から暖まるべくせくせく大学へ歩く.
 ぼんやりと寂しさについて考えていた.携帯電話が普及したのもインターネットが普及するのも,ただ誰かと繋がっていたいからなんだろうなと思う.
 私もそのうちの一人であることは確かだ.
 ただ生来が無精なので,それ程熱心に繋がりを持とうとしないだけの話.大事なモノは少しでいい.手に負えない.

 だから希薄な関係しか築けない.それでも仕方ないのかもしれないと思う.

 ああでも,こうやって「希薄な」と言う時点で今のワタシはただ寂しがっているだけで,寂しさを「希薄」という言葉で自分に対して説明しようとしている.周囲の人から与えられたものを見ないようにして,自分の寂しさに浸ろうとしている.
 それはただの自己満足だ.


 対義語かどうかは別にして.
 「希薄」な関係と「濃密」な関係を分けるモノはなんだ.客観的な事実を並べ立てても境界には近づけないように思う.それは限りなく主観的.その関係を自分が(そして相手が)どのように捉えているか.
 それは関係の名前に依らない.だから関係の名称に固執しても,関係の中身はかわらない.大事なのはなんだろう.この時点で思いつくことは,「人は独りであること」「尊重すること」「大事だと思うこと」なのだけれど,書いていてイマイチ恥ずかしい上に,書けば書く程ワタシの中からずれていく.

 英語のみならず,日本語から君はおかしい,と周囲から評されているので,これが実力なのかな.むむ.


 ちょっと思う.
 関係の名称に固執しなければよかったのかな,などと,ちょっとだけ.
 でも逆にも思う.何か,関係を表す名称を背負う程の感情や覚悟が欲しかったのだとも.人を大事に思うとはそういうことだ,とも.
 矛盾.むむむ.





-+-+-+-お知らせ-+-+-+-
 少し,出かけたり住む家を探したりするので,もしかすると更新が数日間はないかもしれません.気分のムラではなくて必然的に生じるものでございます.御了承下さいませ.
 カウンタが11111になったときに「ありがとうございますー」と記そうと思っていたのですが(なんとなく),いつのまにやら過ぎてしまいました.ああでも,お越し下さる皆様,ありがとうございました.

‥‥020301 海棠



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 ご来訪、ありがとうございます。
 あまり更新されませんが、その期間はおそらくきっと、元気にやっています。

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