「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2009年02月26日(木) 新しい一歩

 帰国の朝、6時半頃目が覚めました。ご飯を食べて荷物をまとめ、8時に部屋を出てフロントへ。後半のホテル代は11日分で121ドルと洗濯代30000ドンでした。
その後、長く住んだ分いろんな話をしたオーナーの娘さんとタクシーが通る道まで歩きました。娘さんはもうすぐ離婚されるので「新しい人生を楽しみましょうね」と話をしてお別れしました。
 通勤時間のために、道路はバイクでいっぱい。空港に着いたのは通常より20分遅れの1時間後のことでした。
 持ち込み荷物の検査で引っかかってリュックの中身を全部出して検査になりました。こんなことは初めての上、心当たりがありません。リュックには乾きたての下着をそのまま押し込んでいましたから机の上に下着が並びました。でも気にしている余裕がありません。散らばった下着を見ながら(これも衣類の一種に過ぎないなぁ)と思いなおしました。
 定刻の11時5分。ホーチミン発タイペイ行きの飛行機が飛び立ちました。(長く住んだ土地よ、又ね)という思いが自然に浮かびます。機内のテレビ画面の地図からベトナムという国が消えたとき、ベトナムが遠くなったようで寂しくなりました。そしてすぐに、一年間暮らせたということがうれしくなりました。
 タイペイで、乗り換えのために飛行機を降りました。今度はセントレア域の飛行機に乗るのです。そのタラップを歩き名古屋へ向かう飛行機に足を一歩踏み入れたとき 「ここから又始まる」 と思いました。つまりベトナムの生活は私の人生の途中の一こまであるということです。
 タイペイの空は曇っていました。(今日は町が見えないなぁ)と思っていたら、飛行機が雲の中を通過して上空に出た途端にまぶしい太陽の光が差し込んで、窓枠いっぱいに雲のじゅうたんが広がりました。そのきれいなこと。(あの上を歩いてみたいなぁ)とは、いつの時代も思うことです。
 午後8時、飛行機はセントレアに到着。迎えに来ていたファシリテイターと数ヶ月ぶりに再開しました。外に出ると冷たい空気に一瞬身が引き締まりました。暑いところから寒いところへ帰ってきたことを意識に入れなおしました。
 車が道を走り始め、道路に出て日本語の看板が並んでいるのを見ていたら又寂しくなって、とうとう涙が出ました。こういうのを「逆ホームシック」と言うそうです。私はベトナムに心のふるさとが出来たのだと思います。一年間楽しい出来事がたくさんあって、又行きたい・住みたいを持って日本に帰ってきたのです。
 新しい家に帰ってきたのは夜10時過ぎでした。日本の父が家の掃除などをして暖房器具も揃ってあったので、私は「自分の家に帰ってきた」という気持ちになりました。私の新しい生活が始まったのです。


2009年02月25日(水) Why

 朝起きて何をしようかと吟味して、午前中はまとめをして午後から荷物の再点検をすることにしました。それから、今日は一日一人で過ごすこと。最後の日に「ベトナム」を感じたいからです。
 散歩に出たら、顔の皮膚が、やけどをしたあとのように引きつって、恐怖映画に出てくる人々と同じに見える人が物乞いをしていました。私は傍を通るとき怖くて目を逸らしました。 しばらく歩いてもその映像が離れませんでした。
 自分はどうして「怖い」と感じるのかなぁを自分に問うているうちに、それは子どもの頃に恐怖映画を見たり、周囲の人々にそのような写真を見せられて脅かされていたからだと思いました。例えば「ゾンビ」という言葉がありますが、そのような言葉だって、いつかの時代に恐怖映画を作った人が考え出した言葉だと思うのです。それなら、その映画を見なければ、今の自分は平気なのか、それは分かりません。けれどこのことを探求した私が今「怖い」という感情が自分の心の傷から来ていることが分かって安心した、ということは私の感じたものは私にとっては正しいと思いました。それから今度はその人と話が出来るような気がしました。

 時々「日本に帰る」ということを寂しいなぁと思います。私は日本に居てもベトナムに居ても楽しい自分が居ます。することがあってそれを進めることも楽しんでいます。そして「寂しい気持ち」が湧いてくるのは何故か、不思議です。
 友人と会えなくなるから?違うのです。今はコンピューターというものがあって、私は世界のどこに居ても話したいとおもう人と連絡を取ることが出来るからです。それなら「ベトナムで生きたいと思っているから?」これも違うのです。私はどこの国でも自分を試して生きていけるし、いろんな国に行ってどこに居ても生きられる自分を感じたい気持ちすらしているのです。
 それなら、寂しいという気持ちは何故?。分からないけれど、Whyを探しているうちにその気持ちは何処かへ行ってしまいました。


2009年02月24日(火) あっという間の一年間

 最近は友人に会うと「一年は早いねぇ」と話します。私は一年間何をしたかなぁ。
 最初の3ヶ月は言葉を勉強しました。日本に居るときは、通学は3ヶ月を目安にしてていたけれど成長する自分がうれしくて時期が過ぎても通いました。「優先順位は?!まだ行ってるの?!」の導きがあっても通いました。ある日、学校に行くということが精神史を変える作業になっていると気付きました。楽しみの延長が自然に心の作業につながっていたことを知ってうれしくなりました。
 テコンドウも習いました。再び「優先順位は?!」の導きがあったけれど、どうしても通いたかったので内緒で通いました。試験も受けました。その後すぐに引越しをしたので帯はもらえませんでしたが、覚えた技がその後に意外なところで効果を発揮しました。練習していてよかったなぁと思いました。4ヶ月目頃、来た当初よりも楽に動いている自分を感じました。その頃、長期滞在し帰国間近の日本の友人が「慣れた頃に帰るなんて寂しい」と言いました。私は自分の動きを振り返りました。自分は3ヶ月情報収集をして、今はその先を知りたいと思っていると実感。友人と私は「新しいことをするには、そのことを知るのに3ヶ月くらい掛かるんだね。それから、あそこに行ってみよう・あれをしてみようと行動範囲が広がってくるんだね」という意見で一致しました。
 しばらくのち、本格的にまとめに入りました。ある時の2日間、没頭しすぎて頭が痛くなりました。それから、自分に耳を澄ませるように意識しました。してみると「なんまること」ができるようになりました。「出来た分が出来た分だよね」ということで、散歩と称して遠出もしました。
 10カ月目頃、帰国が目に見えたとき焦って「真面目にしておけばよかった」と反省しました。けれども、目の前に広がるクチの自然とニャチャンの海と周囲の人々との触れ合いも楽しかったので、遊びに行くために早起きしてまとめをしました。

 そして明後日帰国。今日は夕方から日本女性の友人と会いました。意気投合したのは「一人で生きるって気楽で楽しいよね」。友人の生き方はタンポポの綿毛のように自由に生きている私と似ているのです。意見が分かれたのは「体罰は少しくらいあったほうがいい」と言う友人と「体罰反対。自分にやさしくすることを知っていたら、他者にも自然にやさしくなれる」と言う私。私は「意見が分かれたね」と言って終了しました。友人が「今の若い人は自分の意見がない」と言いました。私は「私も同じだったよ。過去は、病院の中で先生の指示することが出来ればそれでいいと思っていたんだよ。それが出来ていれば大丈夫だと思ってたんだよ」と言いました。「本が出来たら、その本を持って、自分が生きた町の駅に立って売るの」と公表しました。私は、自分の本がどのような形になっても、行商はして歩こうと思っています。自分の作ったものを自分で売るというのが面白そうだからです。


2009年02月23日(月) ありがとうベトナム

 あと3日で帰国です。一年という月日は過ぎてみればあっという間。楽しいこと事がたくさんありました。そして、病気をしたときには日本に 帰りたいと思いました。住む場所は、今の場所も入れると全部で5箇所でした。その中で最も親しんだのは、ベトナムの人々と家族のように暮らしたクチの生活です。 広い自然とその中で生きる生き物に囲まれて暮らしたその場所は、私の心のふるさとのような気がしています。自分は、その場所にいつでも帰ることが出来るような気がします。私がこのように思うのは、その空間を「過去の精神史を変える」という作業として利用したからだと思います。そして、ニャチャンもダラットもその他の場所でも、行く先々で楽しいことがありました。
 私は帰国したら、日本の人々や自分の子ども達にベトナムの話をするでしょう。そのとき、クチに出来た新しい家族や他の場所で出会った心の友の話もします。いつかまた、ベトナムに来ることがあるかもしれません。そのときは又、Mamo と遊んでください。私は日本に帰っても、自分の心を大切にして人生を楽しみます。
では、皆さん又ねぇ。
 と、ベトナム語で書きたいなぁと思う私の頭に、一年間私の通訳をしてくれた女性が数人浮かびました。 心から、ありがとうございました。この文章はYen Emさんが手伝ってくださいました。

Chào các bạn
3 ngày nữa Mamo sẽ trở về Nhật Bản.
Những ngày tháng trong một năm qua Mamo đã có rất nhiều niềm vui.Đã có lúc vì bệnh, Mamo chỉ muốn quay trở về Nhật Bản liền.Nơi cư trú tất cả đã là 5 nơi. Nhưng vui Nhất Mamo đó là thời gian sống ơ Củchi đã sinh sống với người Việt Nam giống như với gia đình. Đó là nơi mà thiên nhiên bao quanh và động vật sống xung quanh, đã làm cho Mamo cảm giác đó là quê hương của mình.Nơi đó đã làm cho Mamo cảm giác lúc nào mình cũng có thể quay lại như ngôi nhà của mình.và Nơi nào cũng vui lắm.
Khi trở về Nhật chắc chắn tôi sẽ kể với những người Nhật, những người bạn và những đứa con của tôi về Nhật Bản.Lúc đó,Mamo cũng sẽ nói với họ "Mamo đã có một gia đình mới tại Củ Chi và có những người bạn mới đã gặp tại Việt Nam"
Có lẽ một lúc nào đó Mamo sẽ quay lại Việt Nam, lúc đó hãy đi chơi, nói chuyện với Mamo nữa nhé.
Các bạn hãy giữ gìn sức khỏe nhé.Mặc dù trở về nước nhưng Mamo sẽ sống vui vẻ, lúc nào cũng quan niệm Tấm Lòng là quan trọng nhất.Mamo luôn luôn coi trong tấm long.
Cám ơn những cô gái đã giúp đỡ Mamo dịch những điều Mamo muốn nói sang tiếng Việt trong suốt một năm qua.Mamo thành thật cám ơn các bạn.
Tạm biệt các bạn!!Hẹn một ngày gặp lại.
Đoạn văn này Em Lê Thị Hoàng Yến đã giúp tôi dịch sang tiếng Việt.Cám ơn Yến em gái của Mamo.


2009年02月21日(土) 1級上

 昨日と今日、2日間続けて「パソコン事件」が起きました。何があったのかというと、パソコンが「プチン。キュ〜ン」と気弱な音を立ててそれと同時に電源が切れたのです。「キュ〜ン」の音は画面が消えていく足音のような感じ。保存していないデータは全部消えます。音がしたとき、思わず「あーーっ!!!」と叫び声。「あ」に濁点が2つ付きましたョ。20分くらいで回復しましたが、ファイルはありません。昨日は2時間作業した分が消えました。「こまめに保存したほうがいい」と反省して、今日はボードを打つたびに保存をしました。ところが…途中で30分くらい、その作業を忘れてしまったのです。気分よく指を滑らせているそのとき再び「プチン!」。「ひゃあ〜っっ!!!」「何でぇ〜〜」とその場で両手でグーをして子どもが「いやだいやだ」をするように振りました。面白かったのはその後の自分です。
 私はパソコンを本体が冷えやすいところに移動させ、それから何も考えずに冷蔵庫を開けて果物を洗っているのです。(あれ?)と思いました。たぶん、ショックの気持ちを「食べるということ」に変えようとしているのでしょう。面白い代替行為だなぁと思いました。それから(いつもこんなことをしていたのかしら。カロリーの少ない果物でよかった…)と、のんきなことも思いました。そのあと、待機状態の黒い画面に向かって「残ってる? ない? たぶんないでしょう?」と話しかけたり、「うぇ〜ん」と言って、わっしょいのポーズをしたり狭い部屋の中を歩いたりしていました。そんな自分を見て(ショックを体で表現しているなぁ)と思いました。しばらくするともう一度(あれ?)と思いました。なぜなら、言葉と動作のわりには心の衝撃が小さくて「また、やっちゃった」と気楽に思っている自分を見たからです。
 15分後、パソコンは回復しました。再開して第一に「プチン!」を防げるよう、1級上の対策を練りましたョ。


2009年02月20日(金) 心を語るお友達

 大学で知り合った空港の近くに住む女の子が帰国する私にお別れを言いに来ました。手作りの小指サイズの星を箱詰めして 「プレゼント」 と渡されました。手作りの星は、お金を使っていただくよりも気楽に感じられました。帰国を知って、いろんな人がお土産を持ってくると言ってくださいますが、私は 「荷物がいっぱいなので」 と言ってお断りしています。時には 「日本の人にお土産を買った?」 と尋ねらることもあります。そんなときは 「私はお土産を買わない人で、私の友達はお土産がなくても大丈夫な人です」 と答えます。女の子は 「帰る前にどこどこに行こう」 と誘ってくださいましたが、優先したい事があるのでお断りしました。
 別れたあとにメールが来て 「どうしてあなたに会いに行ったか分かる?」 と私に問いました。 「分からない。どうして?」と尋ね返すと 「私も心のことを勉強するのが好きだから」 と返事が来ました。私が自分の心を大切にしていると、私の周りにもご自分の心を大切にする友人が集まるのですね。ベトナムで出来た友人の殆どは、心を語ることの出来るお友達です。


2009年02月16日(月) 健康な思考

 2日間ネット回線がつながりませんでした。それでも作業は出来るもの…。今は、目が開いている間は95%本のことをイメージしているような状態。あとの5%のうちの1%は帰るときの荷物や日本に帰ってからのこと。もう1%はご飯とトイレと人々との会話。もう1%はお散歩。もう1%は時々迷い道に入る。最後の1%はお休みタイム。1%で平均7時間眠っています。
 今日は散歩のとき、2年前に泊まったホテルのオーナーに会いました。(あれ?!)と思ってみていたら、相手の方も同じように私を見ています。「私のことを覚えていますか?」と聞くと「少し」と言いました。「どうしてベトナム語を話せるの?」と言うので「少し勉強しました」と言いました。その私の視界にお顔なじみの別のホテルの人が手を振っていました。健康な思考で生きているといろんなことが楽しいのです。健康な思考というのは、自分のことを一つや二つのことで束縛せず、いろんなことをさせてあげるようなアイデアが浮かんでくることかしら。


2009年02月15日(日) ぬくもりあるもの

 テレビで、「桂離宮」のことが流れていました。その建物で使われている柱。その木に出来る天然のしわは100本に1本あるかないかの貴重なものだと言います。だから、価値があって値段が高いそうです。私はクチの友人の家を思い出しました。自分の家を作るのに庭の大木を切って使った友人の家族。人々が自然のものを自らの手で伐採し日にちをかけて作った家。家を作るための道具として、そこに使われている木と桂離宮のそれのどこかに違いがあるのかしら? 高価になって人々の手が届きにくいものになってしまうものとは、それは本当に人々にとって貴重なものかしら? 私が大切にしたいのは友人の家の木だなぁと、つい1ヶ月前に寝起きした木のぬくもりを思い出しました。


2009年02月14日(土) 大きなものを買う人

 お散歩。今日は道に、花束を売る人が並んでいます。今日は何の日?と考えていたら、2日前にベトナムの友人に聞いた話を思い出しました。今日はバレンタインデーという日なのです。私は興味がありませんから、花を眺めて通り過ぎます。この国の人もこれらのイベントが全て、商業の世界に私たちの心を満たすと思わされていることに気付くといいなぁと思います。
 大きな電気屋さんに入ってみました。お店の中はヤマダ電機の作りと同じです。大画面のテレビが並んでいます。(これを買う人が居るのだなあ)と、路上で暮らす人々とこのテレビを買う人々の層が頭の中で並びます。以前住んでいたクチ県では、テレビがないお宅が多いので、朝晩は公共のラジオが町に響いていました。
私が前回宿泊していたホテルは12畳くらいの広さで、テレビは14インチの小型テレビ。部屋の隅に置いてありました。ベッドに寝転がってテレビを見るとき(画面が小さくて見にくいなぁ)と思いました。4畳半部屋に大画面のテレビは見づらいですから、大きなテレビを買いに来る人は大きな家に住んでいる人だと思います。大きな家に住むと、それに見合うものがほしくなる。大きなものは持ち運びが不便です。私はバックパッカーを目指してよかったなぁと思いました。
 夕方、家賃を10日分払いました。10日で110ドル。光熱費と掃除込みでこの値段ですから安いと思います。


2009年02月13日(金) 素的

 昨晩布団の中で、Mamoってどんな女の子かなぁと考えた。Mamoは好奇心の世界で生きる女の子。素的そのものです。 そんな私はいつも楽しい。まとめも簡単なところからしていくと、それが持続できているという能力になって少し難しいところもしてみようと思えるようになるのだね。あとどれくらい出来るかな。どこまで出来るかしてみよう。


2009年02月12日(木) 一秒針

 時計の針を見ていると面白い。一秒一秒間違わずに前に進む。Mamoが天使になって針の先にくっついていたらどうだろう、なんてことを想像する。Mamoちゃんが針と一緒に前に進む。いつもニコニコして、世の中を笑顔で眺めている。一秒先に動くたびに体がぴょんと揺れるかな。針が時計の下に来たらどうするのかな。両腕で針につかまるかな。それから、滑り落ち防止に足も絡めるかな。そんなときも、きっとニコニコしている。Mamoは天使だから背中に羽がついてる。
いつも一秒ずつ、自分に素直に生きよう。


2009年02月10日(火) 好奇心

 心が落ち着いた日。自分の心を丁寧に見るといいのです。私に一番必要なことはこの作業。その積み重ねが、次のことが出来る自分につながっています。
いろんなことは練習しているうちに出来るようになるものでしょう。あることが出来るようになるためには、そのことが出来るようになるだけの作業と時間が必要なのです。それで今はその準備期間。
 ところで今日は日本の研修生さんだった女性と久しぶりに話をしました。嬉しかったです。女性は「私も心の傷を癒やしています」とベトナム語で言いました。私も、いつも同じ。そしてこんなときにはいつも、心を表現するベトナム語をもっとたくさん知りたいと思います。
 心のことに付いてのベトナム語をベトナム料理の名前を覚えるよりも早くに覚えました。ちなみに、最も多く知っているベトナム語の食材は野菜。いつも興味を持てたところから広がって、これからも増えていくと思います。
 外に出ると、通りの人に声をかけられます。今回は一つの通りでホテルを3つ引っ越して、それ以前に利用したところもあるので顔を知っている人が増えますし、よく歩くうちに目があって、挨拶するようになったりもします。知っている人が増えていくのも嬉しいです。
 もうすぐ日本に帰るので、こちらで出来た友人が会いたいと言って連絡を下さいます。昼間は本書きを優先したいので、夕ご飯の時間に会えたら嬉しいと伝えます。最後に同じことを言います。それは「私たちは いつも 自分の心を 一番大切にして 暮らしましょうよねぇ」です。


2009年02月09日(月) 心の余裕

 昼間銀行に行った。滞在期間は17日。ベトナムドンが丁度良く終わるように一番少ない金額を降ろした。帰国日までをカウントダウンしている自分を見て思う。このカウントダウンは不必要な気がする。なぜなら、続きがあるということを思えば帰国する日も経過の中だから。
 とはいえ期限があること。何が残っているのか確かめたら「仕事の引き出し」ということになった。私は相変わらず、一つの引き出しに絞って進めるといいのか、引き出しを揃えるということを優先すればいいのか迷いの中に居る。引き出しは一つ一つ丁寧であることが前提。けれど期限がある今、誤字脱字を探したり文章を並べ替えたりする作業は引き出しがあってから出来ることのような気もする。
 ということで、今日も思いつくことをしている。アイデアはいくつも浮かんでくる。浮かんだアイデアという引き出しを見て、あと二つ手があればなぁと冗談のようなことも思う。
 昼に外出したときには買いたかったものを買った。それは「足バトミントン」(本当の名前を知りません)。羽子板の羽のようなものを足の甲で打つ遊びでベトナムの人は自分の後ろに来た羽を足で打って返す。上手だなぁと感心する。いつかしてみたい遊びだった。
 夕方はそれをもって公園に行った。練習していたら小学校低学年くらいの男の子が来て、して見せてくれた。上手。なりたい自分になるためにはそれができる人を見習うといい。時間を忘れて遊んで心も体も喜んだ。
 夜、トランクの中を整理していたら子ども達の手紙があった。4人の子の母は、一番始めに届いた手紙もベトナムに持ってきた。
 時間を忘れて読んだ。あとから届いた一番下の子どもは、私が家を出るときに渡した手紙を持っていると言う。まだひらがなを知らなかったあの子にも手紙を書いたんだなぁと、その自分を思い出したくて、自分の中から探し出す。心の引き出しを開けるのに時間がかかるくらいに、必死だったあの頃。当時の自分の文章をもう一度読んでみたいと今思う。
 会いたい気持ちが湧いてくる。それがかないそうな現実が近づいていることに落ち着きをなくす自分も居る。それでも対面する日の映像が浮かんでいる。
 「会いたい」という気持ちは何かなぁと自分に問う。
寂しくなったのだろうか。でも、寂しいから会いたいというのは変だよ。それに、親が寂しくなったからと言って子どもに会いに行ってはいけないョ。
 改めて、いろんなことは経過だということを自分に意識させてトランクを閉めた。

 一日の終わり。やっぱり今の動きがそれでいいのか気になる。つまり一日中気になっている。私は今、本作りを楽しむ余裕がなくなっている。それで、今ある引き出しをノートに上に書き出してみた。あれとこれと…その中身は、すぐに編集を依頼できるものと、途中だけどいいですか?のものと、集めただけなのです、が並ぶ。つなぎの意味は分からないままだから、単純に引き出しを並べた本のイメージが湧く。そうしているうちに、これもあったらいいなぁが浮かんでくる。もっとていねいに時間を使っておけばよかったなぁと反省も浮かぶ。しかし、今まで出来た分が今までの私に出来た分。明日も楽しむ自分を意識しよう。不安になったときにはその原因をとりのぞけるように動けば大丈夫のはずだから。


2009年02月08日(日) 世界中

 今日は、預けていた荷物を取りにクチへ行きました。友人はいなかったので、別の友人に連絡して手伝ってもらいました。
その友人と食事をしていたら、宝くじ売りの人が数人来ました。一人目のとき、友人が「要らない」と言いました。それから「日本にもある?」と聞いたので「あります。でも私はしません」と言いました。友人も「私もしません」と言いました。
 二人目の売り子さんが来たとき、私が「私はそれは嫌いです」と言いました。すると友人があとで「嫌いということは言わない方がいいよ」と言いました。私が「どうして?」と聞くと「もしも怖い人だったら…」と言いました。私は「あの人は怖い人じゃないと思います」とか 「それなら手の平に書いておいて、人が来たら手を見せます。何人も来るから、両手に書いておきます。そうしたら、一度に二人来ても大丈夫ですよ」 とか冗談のように言いましたが、そのあと「言いたいことを素直に言えるのが一番いいです」と言いました。友人がその私の言葉を受け入れてくださったので、私たちは心の話になりました。
 私は「人々は、嬉しいときや楽しいときは人に伝えますが、悲しいことや嫌なときは伝えられません。それでは心がかわいそうです」と言いました。
友人は「そうです。ベトナム人も同じです。ストレスになります。私はよくラジオで心の勉強をします。言いたいことを言うとき健康。反対は病気になります。Mamõ の本は心の本だから、それを書いてる?」と言いました。
「はい。そればかり書いています」
「日本に行ったら Mamõ の本を買いたい」
 彼女は元研修生さんで、帰国後に日本の男性と結婚されたので2,3ヵ月後に名古屋に戻る予定なのです。
「私は読めないけど、旦那さんに読んでもらいます。Mamõ いい?」
 ベトナムで私の書く本のその内容に興味を持って読みたいと言って下さった人は初めてなので、嬉しくなりました。それから、心の話が出来る人が一人増えたことも、それが日本で続くことも喜びました。
 折に触れて心を語ってきた一年間のことを思うと、私には国境や国籍という言葉は浮かばなくなりました。きっと、世界中どの国に住んでいても同じことが言えるのでしょう。


2009年02月07日(土) 新

 今日は嬉しいことがありました。それは、数日前までまとまらなかった一つのパラグラフがまとまったのです。文章はまだ校正が必要ですが、「書く」ということにおいてこれまでとは違う新しい感覚を味わいました。だから、今日は今までで一番嬉しい日です。


2009年02月06日(金) 選択

 昨日ホテルを移動しました。今度は、窓は1メートル四方の窓から太陽が差し込み、夜は白熱灯の電気がある部屋です。広さは前のホテルの半分くらいですが、掃除が丁寧なのか室内がきれいなので気に入ったのです。値段も少し安くなりましたョ。それで、帰国までこの部屋で過ごすことにしました。
 
 午前中にベトナム旅行記が終わり、午後から保育園の引き出しに入りました。内容が多いので、その分時間がかかりそうです。
書いてある文章がまとまっていないところもあります。文章にまとまりがないということは心がまとまっていないということで、今からまとめなおすよりも使えるところを使ったほうがいいでしょう。
 それより、私は今、「今引き出しを整理していていいのかなぁ」と自問しています。でも、私はいつも浮かんでくることをその順番でしているのです。もしも他にいい方法があるとしても、今の私に出来ることが今出来ている方法だということ…でいいかなぁ。それに、大丈夫かなぁと考えるより思いつくことをしたほうがいいはずですから。
 私は、私の書いた文章が誰かの楽しみの材料になるとき、私も嬉しいです。本には自分のことを書いているのみなのに、それが人々の楽しみの一つになるなんて「いい偶然」だなぁと思います。そして私も文章を読むとき、自分が読んで気持ちのいい文章を選んで読ませてあげることにします。


2009年02月05日(木) 真の姿

 今日は最初に一つ文章を校正しなおして、それからベトナム引き出し用の昨年の旅行記をまとめなおした。今日は半分で終わりにした。理由は、最初にした文章の校正のほうにエネルギーを使って後半はスローペースになったから。文章を見直すという作業は、思いついたことを書くということよりも少し上の術が必要だと思う。大切なのは集中力。それ以前に、思いついたことを書くときに頭で纏まったものが指先につながるといい。
 ちなみに、一昨日文章を練っていたとき本当に楽しかった。そのときの私はその文の出来がどうかということとではなく心がゆったりして、まるで遊んでいるみたいだった。私はきっと初めて文を練るということを楽しめたのだと思う。それから後もその楽さを感じていたくて、その感覚を何度も思い起こし心に沁み込ませている。今までの自分を思えば、「楽しめる」ということは「出来る」ということよりも一つ上の技術のように感じる。傷の中で書いてきた私がやっと、新しい世界の入り口に立てたような気もしている。
この楽を持続できたら、物を書くという楽しみが自然に仕事につながることもあるかもしれない。それも人生の小さな点として。

 夕食はホテルのすぐ傍の面屋台でフーティウを食べた。15,000ドンだから、この辺りの相場を考えると安い。
 お店の女性が話しかけてきた。年は?結婚してる?子どもは居るの?ベトナムへ来た当初からある質問。始めは全部を答え、次は全部に答えないということをした。それから「それを知りたいのは何故?」を質問できるようになった。ある映画の中のショーン・コネリーは「質問とは当事者に関係のあることのみするものだ」と言っている。たぶん、質問をしている女性にとって、私の子どもが5人でも10 人でも同じだと思う。
 でも、今日は“発声”ということをしたかったから軽い気持ちで答えた。その私に冗談も浮かんだ。(ベトナム中の人が4人の子ども達のことを知っている。もしも子ども達がベトナムに来たら“あの時の…”と言う人がいたりして…)。
 このように楽に話をしている自分を見て、今このとき、一つ一つを楽しんだらもっと楽になれると未来の自分を思った。
 食事が終わって散歩した。ホテルから10 分も歩くと路上市場がある。道には痛んだ野菜やごみが散らばっている。外国の人が集まる通りの近くにも現地の人と同じように生活できる場所があると始めて知った。
 それから、2007年べトナムに来たときのことを思い出した。あの時見た、ホテル街の人々の笑顔と4区の友人の家の傍で出会った女性の表情が脳裏に並んだ。後者の女性の表情はホテル街の女性のそれとは対照的だった。当時私は「どちらが真のベトナムの姿だろうか」と探した。今は、私には黙った女性の表情のほうが真の姿のように見えている。なぜなら、ホテル街の人々の笑顔はその人々の収入を得るための術の一つのように思えるから。
 1年前の自分と今の自分を思い比べているうちに、今回の旅のエピソードがベトナム旅行記の続きになるような気もしてきた。それから、プラスの私の人生がつながっていることを実感した。
 自分の心を一番大切にしてきてよかった。素直でプラスが気持ちいい。私はもっとそのようになりたい。そうであることが私の真の姿だと思う。
なりたい自分になれるよう、明日も心に添って生きよう。




2009年02月04日(水) 脳にいいこと

 今日は近くの公園で縄跳びをしました。裸足で飛びました。でも…大変です!
Mamõ ちゃんは30 秒くらい飛んだところで息切れがして続けられませんでした。過去最高に運動不足です。
明日は足が筋肉痛になると思います。

 夕方もう一度公園に行って、今度は歌を歌いました。以前、日本の人にお腹の筋肉を使って歌うことを習ったので、それを意識しています。池に向かって歌います。時々通行している人が近寄って私を見ます。でも歌いたいから歌っている。それでいいのです。
 あんまり気持ちがいいので、道路に出たときも歌いました。そうしたら…。池の前に居るときよりも声が聞こえなくなりました。私の声よりバイクの音のほうが大きいからです。バイクの音が便利だと思ったの初めてです。
 夜は映画を見ました。実はこの2日間、ベッドに入っても頭が冴えて寝付けないのです。左脳が活躍しすぎているような感じなので、意図的に 「映画を見て遊ぶ」 ということをしたのです。
 映画では、主人公のアーノルドシュワルツネッガーが、悪い人が入っている電話ボックスを両手で持ち上げたので笑えました。笑うと右脳が喜んだ気がしました。
 あら。今気が付きましたが、スキップも歌も、そちらから来ている欲求だったのかもしれません。
 


2009年02月03日(火) ☆☆☆

 午後、うれしいことがありました。嬉しさと暑さをミックスしてビールが飲みたくなったので、安く売っている所まで歩いて買いに行きました。帰り道では鼻歌が出てきました。それからスキップしました。スキップは先週もしましたから、今日で2回目です。自分のことですが、少女が跳ねているみたいで面白いです。
 スキップを大またでするとどうなるのかなぁと思います。こんなときの私の頭には、子どもの頃に見たテレビアニメの 「フランダースの犬」 の主人公の男の子ネロがスキップしている様子が浮かびます。でも、ここは人とバイクがいっぱいなので控えています。それに今日は、ビールの泡が増えないように工夫しましたから、スキップは手ぶらのときにするほうがいいです。そういえば、先ほど書いたテレビアニメのネロは手ぶらです。

 今泊まっているホテルは1泊15�砲任后F�本でホテルを借りることを思うと安いですが、今まで住んでいた家の値段からするとすると ☆☆☆ 級の値段です。その値段に比例して、広い窓とお日様の光が入る、いい部屋です。ちなみに、私は視力が少ないので、暗いところや蛍光灯の光の下でパソコンを見るとすぐに疲れます。だから、本当にいいお部屋。移動したくなるまでここで暮らす予定です。

 まとめ作業の中で、「まどろむ」という言葉を知りました。「うとうとすること」 や 「少し眠ること」 を言うそうです。英語もあるのかなぁと思って探してみたら「Doze」とか「Lumber」 という言葉がありました。「どうぞ」 とか 「ランボー」 とかではなくて 「Doze」 と 「Lumber」 です。面白いですねぇ。


2009年02月02日(月) チャイルド

 私は文章を書くのが下手です。それに今は勉強を始めたばかりです。
 でも、今日は自分に「上手だね。よく書けてるよ」と言いました。それは何故かと言うと、私の中に「私の書いた本を評価される」と怯える自分が居るのを発見したからです。確認の言葉を聞きたがっていたのは、書いたものを否定されてきたチャイルドでした。

 今日もまた、楽しい一日でした。


2009年02月01日(日) なりたい自分

 午後、ベトナムの友人と会いました。持ち帰れない荷物を引き取ってもらうためですが、心のことや生き方の話しが主なもので、私の人生を語った時間にもなりました。
 本の話もしたので新たなアイデアも浮かびました。そこで感じたことは、本に対する友人の反応を見て新しいアイデアが浮かんだということは、本というものは独自のものですが、そのものを読む人々が居るということが前提にあるという予感です。
 私が 「自分の本を持って日本を行商して歩くの」 と言うと、友人が 「私もMamoちゃんと一緒に駅に立って本の宣伝をしたい」 と言いました。私は 「それ、いつか出来そう」 と答えました。友人はベトナムの人ですが、私には本当に、いつかそんなことが出来そうな気がしました。それは、本を作るということを形にしようとしている私と、「いつか日本に」 を目標に歩いている友人の生き方が、私の中で Link していたからだと思います。
私もその友人も「なりたい自分になれるように」 生きているのだと思います。


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