「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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女の子の自分を喜んでいる私。 今日は保育園で、偶然にも、かわいい会話をしました。場所はいつもの会議室。 成長痛を訴えて来た女の子に、「痛いと悲しいけど、どれだけ大きくなれるか楽しみにしておいてね。楽しみにした分だけ背が高くなって、心のきれいな、かわいい女の子になれるよ」。 隣にいた別の女の子が「わたしも?」。「もちろん!」「Mamoちゃんも?」「もちろん!…んん?Mamoちゃんもまだ大きくなれるかな?」。「うん!」 そうですよね。私は背は伸びませんが、体にもう少し筋肉が付いて、それから、心ももっともっと、大きくなるでしょう。 プラスの会話に、自分の目が、大きくまん丸くなっているのが分かりました。
引っかかっていると思っていたものは、過去の見方をかぶせて、自分で引っ掛けていたものであることを感じました。知ったのだから、変えていけばいい。だから、新しい見方をするのが、ますます好きになりました。 もっともっと、自分に好きなことをさせてあげよう。
先週の日曜日、靴を買いに行きました。安いお店に行ったので、白地に青いナイキのマーク入りの靴と、もう1つ、青い模様の入った靴の二つを手にしました。でも、その後、一目で女の子だと分かる明るい色の靴が欲しくなり、1つは棚に戻しました。色に男女はないのですが、女の子の自分を感じたことが嬉しかった。 それから、最近、髪の毛が伸びてきて暑いので、仕事に出かけるときには髪の毛を二つに結んでいます。少し前まで、ボーズになりたい私がいました。 でも今は、鏡に映るお下げ髪の自分が気に入っています。 日常の生活の中で、自然に、過去に出来なかったことをして、自分を楽しませてあげているみたい。
女の子は、お肌も柔らかい。 女の子に生まれてよかった。 女の子を意識している自分が好きです。
今日は、久しぶりに看護婦さんをしました。足に怪我をしたお子さんが来たので、ガーゼとテープで保護しました。そして、テープの上から女の子の絵を描いたら、女の子は「うちの名前書いて」と言ったので、名前を書きました。女の子は部屋を出て行った後、大きな声で「かわいい〜」と言っているのが聞こえてきて…。むむむ…。なにやら起こりそうな予感がしました。 30分後に来た別の女の子、風の便りを聞いたらしく…「あの子の痛いところにテープに名前かいたの?」。「うん」「ふーん」「ん〜?」「うちも書いて」「はいはい」。女の子はニコニコして帰っていきました。 昼休みに、面白いものを撮影しました。何が面白かったのかは、下の写真を見て想像しましょう。 夕方、赤ちゃんクラスのお散歩の時、街路樹のイチョウの木にたくさんの実が付いているのを見つけました。それから、なんと、白いサギソウが咲いているのも。サギソウはかわいい可憐な花で、以前から気になっていたのですが、本物を見たのは初めてで嬉しいやらカワイイやら。仕事中に付き、カメラがないのは残念でした。でも、場所を確認したから、今度写真を撮りにいってこようかな。
園長さんに、職員旅行の不参加を伝えました。 これはいったい何でしょう。
ザリガニ捕りをしました。 始めにイカせんべいに糸を付けて水の中に垂らしたら、ザリガニは両手(?)を広げてはさみを開いて、パクンと食いついてきました。そしてえさをお腹で抱えて丸まって、まるでラッコみたい。水の中でせんべいを抱きしめている姿がなんとも言えませんでした。(昔、陸に居る虫の仲間で、土を団子にして丸める生き物を見たことがありますが、まるきり同じ形でした) ザリガニがしっかりえさを掴むまで待って、えさとザリガニの団子が出来上がるのを見届けたら、エイッと引き上げて袋へ。あっという間に、11匹も捕まえてしまいました。 捕まえられたザリガニは袋の中で、はさみをチョキチョキ動かしていました。水の中に返そうとして、地面に出したら、11匹が四方八方に動き始めて、写真を撮るのが大変でした。 ちなみにザリガニも食べられるそうです。えさにするために捕ったばかりのザリガニを剥かれたら、えびのような白い身が入っていました。今度はもっと大きなものを捕ってみたいな。
今日は野球も楽しかったな。 人は、楽しみがあるから生きていられるのではなくて、生きようとするから楽しみを見つけられるんだ。
ではでは、Baseballへ行ってみよう。
過去の性の虐待や死を見るとき、心細くなることがある。こんなときには、「そうだよね・そうだよね」と心を傾けられたくなる。 けれど、私の変わりに何かをしてほしいとか、今の自分を判断してほしいのとは違う。ただ、「そうだね。そうだよね」と、それでいい。 そして、もう大丈夫かと思っても、過去の場面はいくつもある。だから、何度も何度も、自分自身に「大丈夫だよ」と伝えている。 性の傷は暴力の傷と同じだという人も居る。そうだろう。けれど今はたぶん、頭では分かっている私だろう。心に感じ取れれば、楽に癒していけるだろう。
死の傷を見るときには、「生きていてもいいよ」と自分にしっかりと伝える。 今の私が、「少しでも壁を薄くするために、自分に、生きていてもいいよと伝えている」と語るのを見て、笑う人も居る。3年目の私の言葉としてはおかしいのだろうか。…おかしいかな。でも当事者の私にとっては、大切な言葉だから、いいや。
考えてみれば、名古屋へ来る前に、自分の心が過去の傷で傷ついていると知り、自分で癒やしていけると知ったときから、私の心の事について、誰かに助けてほしいと思った事は一度もなかった。パートナーに、自分の過去を語ったときでさえ、当時の私は具体的な癒やし方は知らなかったけれど、「助けてほしいと言っているのじゃないの」と涙ながらに訴えていた。 あの頃は精神薬を持ち歩き、生きているのが精一杯だったのに、どうして自分を訴えることが出来たのかと、不思議な気持ちもする。 そうか、否定されることの辛さから、否定されなければ大丈夫だと感じ取っていたのかもしれないな。
自分で心の傷を癒やしていく気持ちは、今も、これからもきっと同じだ。 これまで生きてきた私が居るから、これからもきっと自分で出来るはず。 私の、生きる力だ。 だから、やっぱり、死なずにここまで来た自分は大きな能力だ。
一人で生きよう。 誰かに判断を求めたり、他者を基準にするのは違う。自分のスタンスを持って生きよう。どこまで成長したかは、後から感じられるものだろう。
今日も、うがいの紙芝居の作成をしました。絵を描いて遊んでいるみたいで面白くて、気が付いたら昼休みの時間に入っていました。 月末は提出書類などの作成に時間を使うので、毎日少しずつですが、出来上がりを想像すると嬉しくなります。 昼休みに公園に居たら、すずめが砂あびをしていました。傍で見るのは2回目。写真に撮ろうとして窓を開けたら飛んでいってしまいました。 私も空を飛びたい。砂浴びは…海に行ったときにします。 ちなみに、守山市の小幡緑地公園に、気になるくらいに高い木があって、いつか登ってみたいと思っています。 あ〜、又登りたくなっちゃった。
赤ちゃんも、1歳5ヶ月くらいになると、ゆっくりと語りかければ、私の言葉を理解して、私と一緒に移動して遊びながら物を運んだり出来るのです。赤ちゃんが、人として成長したのですよね。すごいですね。それに、こんなに小さな赤ちゃんと、語り合えるなんて。 自分が子どもを見ていた頃には、こんな小さなことを楽しむ心の余裕はありませんでしたが、この頃は小さな感動の連続です。 今日は、育児は楽しいものだったのだと、改めて実感しました。
夕方、雷雨が来ました。子どもの頃稲妻は恐かった。でも今日は、稲光を見たくて、雷雨の中を車でうろうろして、高い場所を探しました。 残念ながら稲光は見えませんでしたが、自分のしたいことをさせてあげたので、心は満足しました。
来月1歳になる赤ちゃんが居ます。今はハイハイですが、今にも歩き出しそう。 今日は部屋の隅で手を離して自分の足で立つことを楽しんでいました。今日はタンスにつかまって両足で立ち、それからちょっと中腰になって、それからもう一度しっかり立って、そうしているうちに、どこかでひょいと手を離すのです。 時々バランスを崩してこちら側に倒れこんできそうになります。こちらは倒れてきたら受けとろうと、とっさに手を伸ばしてしまうのですが、赤ちゃんは、ついに私の手を必要とはしませんでした。 赤ちゃん明らかに、「立つ筋肉で遊んでいる」よう。その表情は嬉しそうでした。育児をしていると、こんな小さな楽しみがあるのですね。 赤ちゃんの動きを見ていると、私にも、まだまだたくさんの可能性があると思えてきます。 大人は、子どもの育ちを見て、自分にもある可能性を引き出していけるんだなぁ。 心を勉強していると、ますます自分を育てていけるのだなぁ。
先日の育成会では、子育てについて語り合いました。誰も皆、子どもの育て方が分からずに、手探りここまでやってきたのだと感じました。そして、親は、その時をどれだけ大切にしていても、子どもに何かが起きたときには、親として何が足らなかったのだろうと、自分を省みるものなのだ、とも感じました。 私も過去には、社会の情報に流されて翻弄し、疲れ、子どもを傷つけてしまいました。そこには、「親のような子育てはしない・私のような人間が出来たら困る」がありました。 けれども世の中に正しい情報は皆無に等しかった。今回子育てについて語り合ったことで、何かに迷ったとき・原因を探そうとしたとき、真実を見つけられるような社会のあり方が必要だと改めて感じました。 そして、子どもの傍には、子どもが何かに疑問を持った時、正しいものを正しいと語れる大人が居ることが、大切なのだと思います。
私は、何が正しいかを見つけようと出来る自分を信じて進んでいこう・自分を信じていられることが、社会の情報に流されず、次の自分を育てていくことに繋がるのだと改めて感じました。
いつも、今を生きよう。
今日は連休最終日。朝のPitching練習の後は、家でゆっくり過ごしました。この頃は、今まで知らなかった自分に出会うことが続いています。そして、少し分かりにくいと思うのですが、めぐり巡って本来の自分に戻ってきた、と感じていて、めぐり巡って戻ってこられたことを嬉しく思っています。心の傷も、1つ癒やせたら、次の1つが見えてくるようで、本当に、ベールをはがしているような感覚です。だから、私は今日、心に感じる自由を、全身にしみ込ませていました。 夕方、心友親子が遊びに来ました。3人で、パピコのミニを食べながら遊びました。家にあるイスが新幹線になったりスペースシャトルになったり、救急車も登場して、面白かった。人は、大人も子どもも、何ででも遊べるのですね。 明日から仕事。休みの間は、結果的には心の傷を癒やすことに集中していました。明日からも、本来の私を持続できるよう、いつも能力能力。
今日は、いろいろと楽しんだ一日。 なぜか…。私は今朝、「休みを利用して、今日一日、感じたそのままに動いてみよう」と心に決めたのです。 Baseballに始まって、暑さが増して疲れたらすぐに引き上げ、途中でジュースを買って飲んで、飲み終わったごみを捨てて。家に帰る途中で銀行へ行くのを思い出し、銀行に行ったり、回り道して写真を撮りに行ったり、それからパソコンで遊んで本屋へ行って…こうして意識してみると、私は実にたくさんの思考の元で動いているようです。 夜、昨日見た「ビック・ウェンズデー」という映画の続きを見ました。サーファーが、20年に一度やってくるという5メートルの波に乗るのです。くるんと巻いた波の輪の中をくぐって、体が波に平行するくらいに傾く場面もって、片方の手で波をなでているんですよ。すごいですね。
今見えている私は、どんな私も私。 おだやかな自分ならいいと思います。 そして、人生は自分で選択できるものだから、おだやかに生きられるように自分を導いていけばいい。 プラスの発想が浮かぶ自分は居るのだから、感じたものを大切にしていけば、日常の動きの中で新しいことを進めていけるのです。 心に何かを掴んだら、掴んだことを自分でしてみよう。
稲武のベトナム研修生さん達のお宅へ遊びにいきました。今日も少し日本語とベトナム語の勉強をしました。 寮の庭にはベトナムの野菜やトマトが植えられ、庭全体が菜園のようになっていました。違う国の野菜もしっかり育つのですね。すごいですね。 研修生さんが、中の野菜を一種類採って、簡単な料理を作ってご馳走して下さいました。そして、おいしかった野菜をおすそ分けしてくださったので、早速、家でも作ってみることにします。 夜、「ビッグ・ウェンズデー」というタイトルの映画を少しだけ見ました。 青い海でサーフィンをする青年たちの映画ですが、その波乗りのきれいなこと…。それから、波しぶきの美しいこと。私は海が大好きです。
今日も、今を生きられた。明日も今を生きよう。
今日からしばらく連休。 なんとなく、野球の練習をたくさんしようという気持ちですが、今日はHPを修正して、新しく買ったカメラをパソコンに取り込めるようにしました。小さなことだけれど、これが、今を生きるということでしょう。 どんな自分でいるかは、自分が決められることなのだと思います。ありのままに生きる自分を意識して、心を見つめていきます。 きっと、まだまだ面白いと思います。
追伸 昼間、Gobamcanで暮らしている男の子とバランスボールでバレーボールをして遊びました。 私は、Gobamcanに住む男の子は皆、やさしさを持っていると感じます。人は皆、本当はやさしいのだと思います。 私はこの空間を利用して、心の傷を癒やしていきます。
今日もまたBaseball ですよ。
この頃特に、同じ自分でいる生き方をしようとしている。 一途に意識している。少し忘れていても、気が付いた時に、もう一度意識している。 だって、もっと心の自由な自分になりたいから。もっと成長する自分を見てみたいから。 心を基準にして生きるために、自分を持続させる。 こういうことだと思う。 プラスの生き方が出来る自分を大切にするんだ。 いつもいつも、大切にするんだ。
Baseball
2,006年8月6日、裁判所から和解条文が届いた。 私の希望した内容が間に入って、裁判所の第5号法廷で、互いを前に読み上げられたそのままが記載されていた。条文の日付は8月3日だった。 同8月7日、法務局へ預けられていた金額を頂く手続きに行った。今週中には私の通帳に戻ってくるだろう。 同8月8日、先日の裁判の先方さんから和解金を入金したという文書が届いた。 同8月9日、銀行へ行ってみたら、約束した和解金が振り込まれていた。 決まってしまえば早いのだな。そして、早くに対応して頂いたことを嬉しく思う。 夜、裁判書類を整理して保管した。ファイルの重たさが懐かしかった。何年か後に、今とは違った自分として読み返すだろう。
これで、ひとまず終わった。 恐かったけれど、力に屈せず、自分を伝え、学んでいこうと出来たんだ。 自分の為に、自分で進んでいくことが出来たんだ。 和解条文の文章が嬉しい。 自分の思いを大切にして動いた事も嬉しい。 それから、よくやれたと思う。 一昨日買ったデジカメは、新しい体験をさせてあげられた自分へプレゼント。
これからも、自分の能力を大切にして、やさしく生きよう。過去を見つめ、先を見るためにも、持続へつなげよう。そして、心の壁を解かしていこう。
本当に力のある人は、力を使わず生きていける。
夏休みが意識にあるせいか、自分自身のあの夏休み、この夏休みを思い出しました。 子どもの頃両親が働いていて、いつも家に居なかった為に、私達姉弟3人の心のぶつかりあいが増したのだと思いました。 私の親は、子どもの命よりも仕事を選んでいたのです。
でも、仕事は、生きるために必要な手段。鹿を捕るためと言われる方もいらっしゃいます。私は仕事を楽しみます。 大人ももっと遊んでいいということです。
私は今日はお休み。 午前中、裁判所の近くを走ったら、裁判の手続きの為に、初めて一人で来た日の事を思い出しました。ドキドキしていたけれど、自分を伝えたい一心でした。いろいろな方に成長のきっかけを頂いたと思います。 午後、デジカメ買いにヤマダ電機へ。いいなと思うものは少々お高めで、商品の前で腕組をしてしまいました。 面白かったのは、買いたい自分と待ちたい自分もどちらもいいと思えたこと。もう少し見送ろうかと思いつつ、お店の中を散歩していたら、別の案が浮かんできて、万事解決。 少々お高めではありますが、ついに買ってしまった。 自分で納得するまで時間をかけて買えたことが嬉しい。うれしいうれしい。 大切にしようっと。
Baseball へ行きましょう。
今日は私の誕生日。私は40歳になりました。40年、生きた。 親からの話では、私は40年前、2100gの未熟児で仮死状態で生まれ、外界に出た後にも泣き声をあげなかった為に、背中をパンパンたたかれたと聞いています。 子宮から出てくる赤ちゃんは、自分の力で産道を潜り抜けて出てきます。私も、そうして生まれたはず。ただし、私は苦しかったに違いない。
そして、赤ちゃんの私はかわいらしく、あどけないことをしていたのではないかと思います。 それが、こんなに大きくなって、今では自分の心を基準にして生きていける。新しい私の年齢は、3歳です。 人は自分を変えていけるのです。私はもっと変わりたい。
ありのままでいいよね。 心に感じたそのままで。
30代最後の一日。 今日は、何か知らないけれど、心の底からワクワクしてきました。 何か分からないけれど、私は嬉しいのです。 まるで新しいスタートを切ったかのよう。
Baseball もよ。
裁判 実は、前回の裁判準備の後7日くらい後、私は次へ進もうとして和解する事を決めていました。 その後、状況が少し変わりましたが、2006年2月17日から始まった民事調停および裁判は、本日和解を受け終了しました。 2月からの6ヶ月間、いろいろなことを見て、聞いて、学ぶ機会を得ました。 未知の世界に対する小さな不安と世間にあふれる言葉の中で右往左往しながらも、プラスを意識して一人で進めることができました。 自分のあらゆる真実を、ありのまま認め、対峙し、法律の世界を少し知り、そして、広い視野で先を見ようと出来た事をよかったと思っています。 相手の方と交わした約束があるので、今後少しの期間、その事に時間を使います。 そして、ここも通り道。この経験は私の将来に大きく役に立つでしょう。 これからまた、ニュートラルで生きていきましょう。
今夜は半月。部屋の窓からきれいに半分になったお月様が見えました。
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