「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2004年08月31日(火) 目玉焼き

 休日の朝ごはん。

フライパンで焼いた目玉焼き。

黄身の部分は半熟で・・。右手に箸を持ち卵のちょうど真ん中に当たる端っこから、そーっと切れ目を入れ始める。

黄身の部分に箸の先がかかる時、私はちょっぴりドキドキする。

箸が通ったその先から黄身が流れ出るその瞬間、

白身というお皿の中に黄身がふんわり収まっている・そんな切り方が無いかと考える。

私は私がしている事の一部始終を見つめている。箸を持つその指先にまで、私の心が届いている。

何時もいつも、私はこんな風に生きよう。何があっても自分を意識し、ゆっくりのんびり生きていこう。

 そんな事を確認しつつ、今日もまた充実した時間を過ごした私です。ところで台風一過の本日の空には“うろこ雲”が広がっていました。もうすぐ秋がやってくるのですね。私は今年の夏、夏の自然を全身で感じることが出来ました。そしてこれから訪れる秋をどんな風に見つめる事が出来るのかを楽しみにしています。
23:00


2004年08月30日(月) 社会への疑問

 私はこの頃仕事先を変えようと考えているので、2週間くらい前からあちこちの求人広告を眺めてます。新聞折込の募集広告を何度か続けて見ていると、同じ企業が何度も求人募集を出している事が分かります。私の職場からは、私が7ヶ月前に就職した時と同じ求人募集広告が7ヶ月の間続けて出されています。そして、職場のある人は先日 「何時の時代も人手不足だ」 と語っていました。さらに求人広告に掲載されている内容から、慢性的な人手不足は医療関係だけではなく日本中の企業で起こっているのだと捉える事が出来そうです。この事を考えると、社会全体が変わる事で今感じている働き辛さの原因が見えてくるのではないかと思えます。

 町には人が溢れているように見えるのに、日本中で人手不足が続いている原因は何でしょうか。企業の側は例えば7ヶ月以上も同じ募集をかけ続けなくてはならない理由や採用した人がすぐに辞めていく理由を考えた事があるのでしょうか。私の眼から見て、企業の側が見つめているのは数字として現れる金額・経済の部分のみのように受け取れます。そして社会全体が慢性の人手不足の中に居るのだとしたら、社会全体も又、経済の部分だけを重視しているという事になります。

 私たちが 「働くこと」 で心の疲れを感じたり、その事に起因して自ら死を選んでしまう人が増え続けているのは、私たちが常に心を大切にされていない環境で働かされているからだと言えるのではないでしょうか。

 私は自分が持っている能力以上の働きは出来ません。そして私は自分が持っている能力を最大に発揮して働いていけるような職場に居たいと思っています。過去・戦後から伝わってきたらしい「量産主義」は終わりにして、心を大切にする事を始める必要があるのです。もしも「働く人の心を大切にする企業」があるならば、私はいつまでもその場所から離れることなく、楽な環境で働き続けられるのです。何故なら、「心を大切にする」ということは、他のどんな悪条件とも対峙することが出来るきっかけになるのですから。その為に今、私は常に「心」をもち仕事をする事をしているのです。私が自分のペースを大切にしながら働いていく事は私にとって大切なことなのです。


 日歯連と橋本派の政治献金疑惑の内容が新聞に載っていました。橋本前首相といえば、私は何年か前にマスコミの中で彼の私生活が大きく取り上げられていた事を思い出します。そして、少し前の診療報酬引き上げの時に増えてしまった負担額と自分たちが支払っている医療費を見比べてがっかりした自分も覚えています。この二つの部分が、4億円という想像も出来ないような巨額の不正金で繋がっていたのですね。私は診療報酬の引き上げに付いてどれだけ不愉快さを感じても、私が日本で暮らしている限り、引き上げられたとおりの医療費を支払っていくより他に方法がありませんでした。
さらに私が自分で働いた分の金額のみを受け取り生活している事や、私が収入の一部を税金として毎月欠かさず納めている事を考えると、私は今回のような政治家の出来事に怒りを感じます。このような事から、私は政治の事をもう少し知りたい気持ちがしています。20:00


2004年08月29日(日) “牧場”の同居人

 今日、自宅の“牧場”で、トカゲちゃんに出会うべく待ち構えている私の目に、きらりと光るものが通り過ぎました。 こんな時に慌てて近寄ってはならないのです。

「玉虫でなくても良いから、きらきら尻尾の“バーバートカゲ”(←と言う名前らしい。私は3日前その姿を見かけたのです)に出会いたい。」 私がそう思いつつ首を伸ばしてみると、目の前に出てきたのはトカゲの赤ちゃんと思える小さな小さなニホントカゲでした。そのトカゲは生まれたばかりではないようですが、全長は私の小指の半分ほどだったので・・2センチくらいでしょうか。雨に濡れているためか身体がつるつるに光っていてひょうきんな顔つきをしていました。

私が調べた結果によると、我が家の庭のトカゲたちは、同じく共存しているらしいバッタを食べて成長しているようです。今日はトカゲの赤ちゃんの他にも、たくさんの生まれて間もない生き物たちに出会う事が出来ました。私が生きているすぐ傍で新しい命が生まれている事を考えると、私の心もほんのりと温かさを感じます。私は全ての生きものと共に暮らしているのですね。

 ところで私たちのファシリテイターは、我が家の“牧場”に除草剤を噴霧する計画を持っていたようですが、私が「計画延期のお願い」をする前に、除草剤噴霧を中止した事を私に伝えてくれました。良かった良かった・・。これで又、私は元気なトカゲちゃんに会うことが出来るでしょう。15:00


2004年08月28日(土) 視線

 今日は夕方プールへ行ってきました。
 私はプールで泳ぐのは久しぶりなのですが、今まで最も身体の軽さを感じました。そして「こんなに身体が軽いのは何故だろう」と考え気が付いた事は・・私が人の視線を気にしないで「泳ぐ事だけ」をしているということ。これまでに何度でもプールに来て水に身体を浮かせ水と戯れていた私。でも過去には殆どの場合、どこかで人の視線を感じながらの行動だったように思います。実際の私は過去にプールへ来る度に、「クロールの練習をしたい」 と考えていましたが、これまで一度も一人で練習する事ができずに居ました。そして今日、私は一人でクロールの練習を楽しみ、水中にもぐり、疲れたら途中で止まって休み、自分の感覚を感じながら、水と触れ合う事が出来たのです。

 私は水の中で身体が冷えてきた事を感じつつ、最後に幼児用の小さなプールに入ってみました。そこには1ヶ月くらい前、プールの端で立ちすくみ大きな声で泣いていた女の子と女の子のお母さんが居ました。今日、その女の子はプールの端から端まで楽に大きなしぶきを上げて泳いでいました。私は水中に身体を沈め、女の子の動きと一緒に沸き立つアブクも眺めて楽しんでいました。そしてふと水中を見渡すと、室内の電気が水の中で反射して、水中全体がアブクと一緒にキラキラと輝きながらゆれていました。それはとてもきれいで、私は自分の体の上にも降りそそいでくる反射の光りを、一人水中で楽しみました。それから水の中で身体全体を伸ばしてみると、水が私の身体に吸い付いてくるようで、私は水という衣服でこの身をまとっている事を想像し、「着ていても分からないほど心地よい衣類があるだろうか」 と、とりとめの無い事を考えては心でくすくすと笑っていました。

水の中・・。
私の身体は、水の中で浮こうとします。本当は人が水中で浮くことよりも沈むことのほうが難しいのですね。私は水に浮いた時、自分の体が水に浮いている時の、水面と空気との境の感触を肌に感じて楽しんでいます。この感触は、「こそばゆい」 とか 「くすぐったい」 とか、とても表現しずらいのですが、とにかく心地よく、私は水面に半分だけ身体を出してくつろぐ事が好きなのです。

 心の底から満足してプールを後にし、私はもうひとつの冒険・「一人でラーメンを食べに行く」事をしたくなりました。でも・・一人でラーメン屋さんに入るのには抵抗がある・・けれど・・今日はそれをしてみたい。そして出来るような気がしたのです。
私は家に向かって走っている車の方向を急遽変更し、数分後にラーメン屋さんのドアを開けました。入ってカウンターに座ると店員さんが私にメニューを聞いてきました。「大丈夫、慌てて決めなくても良いはず」
話しかけられた私の戸惑いはいつもよりもうんと小さいものだと感じました。私がふと前を見ると、カウンターの奥に、慣れない手つきで大きな中華なべを揺すりながらチャーハンを炒めている男の子がいて、その隣には大きなお鍋と慣れた手つきで麺をゆでている人が居ました。私にはそのどちらも楽しそうに見えました。

社会にはいろんな仕事があり、そのどれも、その場所では大切な作業で、そのどれも私が経験を積む事で出来てしまうようにも思えました。現実には私にその仕事は不可能だとしても、私が目の前の事を肯定的に、発展的に見られることが大切なのだと思います。それは私自身が目の前の事を楽しんでいるということなのだと思えます。23:00


2004年08月26日(木) 自然治癒力

 私は小学校低学年から時々頭が痛くなるようになり、以降は頑固な便秘と過換気発作や貧血を繰り返すまま大人になりました。
私自身が自分の身体の不調を「自分の問題」として意識したのは27歳・長女を出産した後の拒食状態の自分に気が付いた時、そしてその気付きから更に 4年後、私は心の不調から医者に駆け込み「うつ病」という診断を付けられる状態となりました。その後の4年間、私は薬を持ち歩き、何かあれば医者に駆け込み「医者と薬に依存した人生」を送ったのですが、その中で「薬をやめたい」 と思えた理由のひとつは、心のどこかで自分の心のストレスが過去の虐待によるものだと感じていたからかもしれません。
 自分の身体の不調をを医者を頼らず自分で取り組んでいこうと決めた後にも、過去と同じように頭痛や歯痛や慢性疲労などを繰り返しながら生きてきましたし、症状としては現在でも小さい形で私の中に残っていることを感じています。
 これらの症状は、左半身に左半身に感じることが多いのですが、私には親からの虐待を主に左側から受けていたということ実がありますから、私は危険を感じると左半身を硬直させ危険から自分を守ることをして生きてきた経験を通して、現在も過去と同じ方法で自分を守ろうとするのだと思えます。

 仮に歯痛などは奥歯をかみ締めることで起きるのであり、例えば私は2004年7月のロス留学時に酷い歯痛で辛い経験をしましたが、 「言葉が通じないことへのストレス」を感じていた私が「何とかなるね・・」という心になれた時歯痛がなくなったというようなことは、私の中では日常の出来事でした。つまり私の場合、外傷など直接の原因が無い痛みに関しては、筋肉の過度な緊張で起こることが多いと言えると思うのです。更に眼精疲労の延長で頭痛が起こることや、肩こりと歯痛と頭痛の繋がりなどは世間一般でも知られていることだと思います。
 重複しますが、私がたびたび身体の不調を感じることになっていた直接の原因は過去の親から受けた虐待です。  
その私が今、身体の不調の根本原因である心の傷を癒やす作業と共に取り組んでいることは体力作りです。
私は毎朝ストレッチと腹筋をしていますが、その時出来るだけ全身の力を抜き自分の呼吸を意識し、自分がどの位置に酸素・血液を運びたいのかを意識しながら取り組んでいます。このことは思考が飛びやすい私にとって、意識を集中させるための練習にも繋がるので、特に大切にしています。
もうひとつ大切なことは骨や神経を守る為の筋肉をつけることだと思います。その為に私は適度な運動を取り入れていますが、運動に関しても自分の身体の状態と相談しながら、ゆっくり優しく取り組むことです。

 過去には・・。バスに乗れば不安に襲われ今にも飛び降りたい衝動に駆られ、デパートで店員さんと話をすると動悸がしていた私。その時の私に出来たことはトイレに駆け込み心が静まるのを待つことか、持っている薬を飲み込み時間の流れを待つことかのどちらかで、それでも外に出ることをやめなかったのは、「自分の生活の中に子どもが居る」という母親としての思いのみでした。

 今、私が他者ではなく自分を意識し自分の心の状態を知り過去と対峙し続けていくことは、私の中にある 「自然治癒力」 をより豊かにするものだと確信しています。私は「自然治癒力」 を 「私の命を守る為に私自身に備わっている・私をより楽に生かそうとする力」 だと考えています。
そして私が 「自然治癒力」 を意識したうえでのさまざまな取り組みは、私自身が自分の心を一番大切にし、常に自分に優しく丁寧に生きていく為のひとつの方法です。


2004年08月25日(水) 動き

 今日は夜勤明けです。
夜勤も終わりに近づいた朝5時。今回のペアとなっていた看護婦さんが急に体調を崩されたので、私は急遽、二人分の仕事をすることになりました。この事は 「人手が無い事」 とは別の問題で、体調が悪ければ休むのは当然であり、私は自分が出来ることだけをしてみようと思いました。今回はたまたま具合の悪い利用者さんが少なく施設全体が楽なペースで仕事を進められていましたので、私も躊躇することなく介護さんに協力を求めることが出来ました。そして私自身はいつもとそれほど変わらない形で作業を終え、さらにフロアの行き来の為に階段を往復した事で朝から適度に運動が出来てしまったのです。そんな私の仕事を終えた後の疲れは、いつもと同じくらい心地よいものでした。

 一人の利用者さんは今朝私に 「離婚したから寂しくなったでしょう?」 と言いました。私は離婚したことで「寂しい」と思ったことが一度もありませんが、社会では離婚がまだまだマイナスのイメージで捉えられているのですね。 そして、社会には 「寂しい」 という言葉があったのだと考えている自分を眺めて・・その言葉が頭から外れていた自分に不思議な感覚を覚えました。私の場合は当時の辛さから自分を救う為に離婚しましたが、初めから 「前向きな離婚」 だと思っていましたし、今これほども自分を感じて生きることが出来ているのだから、離婚に関してマイナスの発想はありえません。

 最近の私は寝る前に自然に「明日は何をしようかな」を考えられるようになっています。いろんな思考に振り回されていたのはつい一週間前のことで、私は自分が日々成長している事を実感します。そして今 「考える事よりも動くことが先だろう」 という気がしています。「行動し、結果を見て必要があれば考える」ということかもしれません。そしておそらく動く為に最低限必要なことは、これまでの経験の中で無意識に考えられているのではないかと考えられるので、これから私が何かを考え続けている時には、マイナスの思考を遣っていると思っても良いのかもしれません。何故なら、私が今を生きているならば、次の事をするために浮かぶ思考の全ては更に次のことへと発展し、浮かんだ事を頭の中に止めておくことなど到底出来ないはずだから。
そして子どもは常にこの状態で生きているのではないかと思います。プラスの中で生きる子どもは目に映る全てのことに興味を持ち次々と新しい発想を展開していくのです。そしてその発想は全て生きるためにプラスに浮かぶはずなのですが、社会から否定され、「生き延びる為に」マイナスの発想を学習してしまうのですね。

 こうして考えてみると、私は自分の頭が以前とはかなり違う状態にあり、過去とは違うレベルで楽に動けている事を感じます。この状態を長続きさせられるように、更に次の行動へと動く私です。20:00


2004年08月24日(火) 一人でいること

 今日は夜勤入りなのです。最近ようやく夜勤の前の「朝寝」が出来るようになり、今日は10時過ぎまで布団で過ごすことができました。それからゆっくりと朝食を摂った後、銀行へ行き所要を済ませ・・。
このように一日を一人で過ごしていると、いろいろな事を思います。一人で過ごす時の私の思いは 「今日は曇りだ」 という小さな事から始まり、職を変える時期を何時にしようかとか書きかけの記事をどうしようかとか、それから部屋の能力のリストを見渡したり、メモ書きを眺め 「今は何を優先しようか」 と考えたり・・。そして私はいろんな事を考えながら、これが 「今を生きている自分なのだ」 と実感します。その中でちらりと職場の事を思ったりすると・・その途端に自分を忘れる私になっていたりするのです。傷があるとはこういうことですね。そんな時、私は過去の思考をポイッと捨てて新しい私を取り戻すのです。

ところで先日、何年かぶりにイチジクを買ったのでインターネットで検索してみました。
イチジクは意外に栄養価のあるフルーツなのですね。そして私たちが食べているのは イチジクの 「実」ではなく「花」の部分だそうです。私は子どもの頃イチジクをたくさん食べた記憶がありますが、このようなことは始めて知りました。自分自身が現実に興味を持っていると、こんな予備知識も得て、そこから更に新たな興味が沸いてくるのですから、毎日が小さなワクワクの連続のように思えます。


 昨日は仕事の帰りにバッティングセンターに行きました。私はボールをバッドに当てることは出来るようになってきたのですが、どうにもへっぴり腰の気配です。野球に詳しくないので本当の事はわかりませんが、理由は「ボールがこちらに来るまで待てない」ためかもしれません。
心に焦りを持たないで、ゆっくりとかまえると良いかもしれません。
今はもう、私に関する全ての事が私の判断を待たずに事が運ばれることはないのだから、私はいつも自分の心を見つめながら、ゆっくりと落ち着いて考えていけば良いのです。15:33




2004年08月23日(月) 意識

 私は8月20日の夜、「自分を責める自分」を見つめた。以降自分を責めない練習をしている。
今日の私はどうだっただろう。因みに私は日に何度かは 「やってしまった・・」 と思うようなことをするが、今日はそんな自分をも肯定出来ただろうか。今日一日を振り返ってみよう。

私は今日、より早い心の切り替えを心がけた。やさしく自分を意識することを心がけた。最近はずいぶん「自分」の感覚を常に感じられる時間が増えている。そんな自分も意識した。

もう今は、仮に何かを 「やってしまった」 としても、私は「間違い」とか「失敗」という言葉を使わずに過ごしたい。何があっても自分を責めずに、そこから自分を意識していけばよい。世間で言われている「間違い」や 「失敗」は私の中では全てプラスの始まりとなるのだ。
いつも自分を意識して、全てがプラスに動くように考えていくのは当然のことなのだ。

もしも今、私の中にマイナスの人格が存在するのなら、私がマイナスをプラスに変えていくことが大切なのだと実感する。私を変えていけるのは私一人だけなのだから。


それから、今私はスポーツを通して集中力と体力を高めうとしている。能力になった集中力と体力を癒やしの作業に活用しよう。私は必ずそうしよう。私の動きの何もかもが、癒やしの作業の役に立つ。今心の底からそう思える。

今は野球が楽しくて仕方がない。というよりも、あのグランドに立ちバッドを振って走りたい。
その為に何をすればいいだろう。毎日素振りをして、毎日グローブとボールを持って、毎日イメージトレーニングをしよう。


2004年08月22日(日) 花火

 夜、何処からか花火の音が聞こえてきたので、花火の音の方向へ車を走らせてみました。花火は家からそれほど遠くないところで見つけることが出来ました。花火が打ち上げられている場所は距離的には遠いようなのですが、暗い空に輝く光りはとても大きくてきれいでした。私はいつの間にか集まっていた近所の人たちと一緒になって 「きれいですねぇ」 と声を上げていました。そして豪快に上がる花火を見ながら「花火が見たい」と感じた自分の欲求を自分自身で満たす事が出来たことに、「小さなステップアップ」を感じていました。それは、過去には自分の中のいろんな欲求に振り回され、優先順位を確認することまで出来ては居なかった私が、今日は「私」の心で感じた事を、私の意志で優先出来たという事によるひとつの達成感かもしれません。

 花火は予想以上に長い時間上がり続け、やがて私は最後まで見届けたいという気持ちと帰りたいという気持ちを感じるようになりました。自分の身体が冷えていたり眠たくなっていたり、そして家に戻ってやりたいこともあるのです。「どの気持ちを優先すれば満足するのだろう」・・私は心の中で「自分」を確認した上で家に戻ることに決めました。

 私が家に戻り10分もすると、今度はシトシトという音が聞こえてきて雨が降り始めた事を知りました。「さっきの音は花火の音で、今聞こえるのは雨の音・・」私には、違う音を聞き分ける自分の耳すら不思議に思えました。実際には・・「花火を見てきた」というそれだけのことなのですが、今夜この小さな現実にたくさんの事を感じた私には、楽しいひと時となりました。22:00


2004年08月21日(土) 心の切り替え

 私は、スポーツをする人は心の切り替えが早く出来ているのだと思います。例えば試合中にミスをしたとして、その事を引きずっていたのでは後のゲームに響きますから、自分で切り替えて自分の成長へとつなげているのですね。つまり私が今スポーツを楽しむ事は、基礎体力を作るうえに心を成長させるための大きなきっかけになるのですね。私はますます自分の今後の変化が楽しみです。

 夕方になり久しぶりに滝の水公園へ行きました。今回は望遠鏡を持ち、港の景色を眺めてみました。これまでには部屋の中から月を見ようとした事がありますが、ピントを合わせる事が出来ずに終わっていました。今日は遠くの景色を眺める事が出来たので次回は月も見えるだろうと思います。こうして日にちをかけて何かを達成していく過程も楽しいものですね。
 公園では若い男の子がラップダンスの練習をしていました。以前の私であれば、近寄れないか近寄りたくないか、いずれにしてもマイナスのイメージで見ていた事と思いますが、最近では誰かと目が合うと思わず話しかけたくなるような心境で歩いています。実際に話しかける事は少ないのですが、ニコニコと微笑んで歩く自分の姿が見えているのです。因みに手を大きく振って歩くと自然に足が付いてきて楽に歩ける事を知りました。22:00


2004年08月18日(水) 大人の私

 職場では人手不足の中で更に人が辞めていきました。そして今は、何人かの人が辞めた人の分を掛け持ちしたり皆が無理をしている為に、安易に言葉をかけることが出来ない険悪な空気が流れているのです。私は今日、マイナスの空気に巻き込まれないよう意識しながら自分がしている事を忘れないようにすることで精一杯でした。

 今日は利用者さんを連れて他の病院を受診しました。その病院の外来は混雑していて、順番を待つ患者さん達の前を看護婦さんは忙しそうに行き来されていました。私たちは予約をしていたにもかかわらず、自分たちのわずかな情報すら行き交わされないまま30分待ち、その間に同じ場所を3度往復する羽目になりました。 私は時間に追われる事情が把握できてしまうのですが、その対応のまずさと長い待ち時間に怒りを感じました。しばらくすると、そこで働く人々も長いすに座り順番待ちをしている人々も、自分で生きる事を忘れているように見えてきました。病院だけではありません。社会に生きる人は皆過去の国の政策に染まる事を強制され、自分の事よりも他者の世話をする事を当たり前と思わされ、自分を忘れて「本当の自分」を見ずに生きる事を強いられてきたのです。経済主義を求めてそのような人格を強制してきたのは過去の社会ですから、今を生きる私たちはこれから自分を生きられるように声を上げていく必要があるのだと思います。

 ある女性は半身麻痺で車椅子生活をしていて、終日ベッドに横になったまま、お通じが出ない事に心を奪われ下剤依存になっていました。私は約2ヶ月前その方と、お通じの出る身体になるように 「一日にお茶をたくさん飲む」 という約束をしました。次には 「お茶を2杯飲む」 事が決まりました。更にその次には 「お通じを出す為にはお茶を何時飲むのが良いか」 になり、そして一週間前女性は 「自分でお茶を飲みたい時に飲みに行く」 と言いました。私は女性が自分から動く事を始めたのだと感じました。そして今日・・女性は私に 「下剤を下さい」 と言いました。私は振り出しに戻ったような気がしました。そしてよく考えると、私はこの女性の年齢や背景からまだまだ動ける力があると思えたので言葉かけをしてみたのですが、それをどう受け取るかは女性側の問題なのですよね。私の中には 「自分を意識しながら仕事をした」 という事実がある・それだけで良いのですね。私はこれからも自分を大切にしながら他者と関わる事をしていきます。

 私の職場はフロアが4つに分かれていて、利用者の介護度や痴呆度により選択され、私たちはそれぞれのフロアをローテーションで回ります。そして私は、仮にある方が高度痴呆を持っていたとしても、その方が自分でやろうとする事を手伝います。さらに私は常に私の 「より良い人生」 の為に動き、そして 「結果」 ではなく 「私が今をどう生きているか」 を大切にするのです。

 夕方暗くなってから心友と4人で公園に行きました。私は子ども用の小さな遊具の中を笑い転げながら渡り歩き、心の底から無邪気な気持ちになりました。そして木登りをしてみたら、登ることは出来たのですが、下へ降りれなくなってしまったのです。私はしばらく考えてから 「木から降りられない」 事を伝えました。下に見える地面がとても遠くに見え、心の底から不安を感じたのです。私は心友の一人に手を借り、別の二人がじっと見つめる中で、地面に降りることが出来、そこでふと思いました。私は今、出来ない事を 「出来ない」 と伝える時、自分の中にバリアを張らなくても良いのですね。これまでは、出来ない事を責められないように自分に囲いを作っておくか、出来る振りをする私で生きていたのかもしれません。

 そして私は潜ったトンネルの中で・渡り歩いた網の上で自分の身体が今はもう大きくなっている事を実感しました。私はもう子どもではない・・。私は私の感覚を感じながら、大人の身体と大人の心を持ち、プラスに動く生き方をしているのです。20:00


2004年08月17日(火) 自分を守ること

 「全てのいきものは感覚を感じて生きている」と、私は思う。
私も 「いきもの」 であるから、本来なら感覚を感じることで、その後の自分の行動を自ら決めていけるのだ。自分を意識できていれば、この 「生き物としての感覚」 をどんな時でも感じていられるのだ。むしろ自分の感覚をいつも感じていられなければ、私たちの命が 「きけん」 ではないかと思う。ただし私は人生の初期に自分を守る為の感覚を麻痺させられたのだから、これまでのことは仕方がないだろう。そして今、私は 「感覚を持つ自分」 を感じるたびに力強い気持ちになる。

 私を含めた全ての人が心を無にして自分の内側を見つめることは、 「自分の感覚を取り戻す」 うえでとても大切な作業なのだ。もしも社会の雑音に巻き込まてしまうのなら、1.2年はカプセルに入った気持ちで 「ひとり」 になるのが良いだろう。因みに私は3年以上の間 「自分の苦しみから開放される事以外何も見られない心境」 にあった。そしておそらくこれからは少しずつ社会を覗きに行くことが出来るだろう。どのような社会に居ても、傷のない私であれば「ありのままの自分」で生きる事を知ったからだ。

 私は 「自己」 のまま社会に立っていられるかと思えば、別の場面では簡単に否定的な言葉に巻き込まれる。私が今 「否定的な社会でどれだけ自己を見つめていられるか」 は、心の傷をどれだけ癒やし、 「感覚を感じられる自分」 をどれだけ持続できるかによる。私は 「自分が生きている感覚」 を知っている。それならば、この感覚を何時までも持続させよう。私は 「いきもの」 だから、自分の身体も自分の心も自分で守る事が出来る。私はその力を持っている。

 私はこれからも自分を守る事をしながらさまざまな社会を見る。「生きている自分」を感じることで更なる能力へとつなげていく。巻き込まれた時には「無」になり自分の内側を見つめることをする。22:00


2004年08月16日(月) 身体作り

 私は自分の身体が作られる時期に栄養失調を起こていました。その為に今でも身体の一部に弱い部分がある事を感じています。そして今、私が生きるために 「体力を整えておくこと」 が大切です。さらに身体のどこかが不調な時の私は、身体が健康な時よりもプラスの思考力・行動力が落ちることも感じています。これからの私は 「よりよく生きられる身体作り」をしていきます。不足部分を意識しながら適度に栄養を摂り、私の身体が「心地よい」と感じる程度のスポーツを取り入れることは私自身の身体と心を守ることに繋がります。
 私は新しい知識を学ぼうとしたり、新しい身体を作ろうとしたり、2・3日前から考えているこれらの発想のが全てプラスの動きの続きとして生まれている事を実感しています。「プラスからプラスが生まれる」というのは事実のようです。私はこの事を自分の経験から確信します。



 アテネ5輪で負けた選手はマイクの前で嗚咽を漏らしていました。コメントを求めるほうと、逆に求められるほうと、双方はどんな気持ちなのでしょう。私がマイクを持つ人なら、彼女の嗚咽が止むのを待ちたい。私が選手として負けたなら、その悔しさをかみ締めたい。 私には、社会の殆どは感情に巻き込まれて、大切な事が見えなくなっていると見受けられます。22:00


2004年08月15日(日) 能力

 私は「自然で柔らかい私」で生きていきます。そのためにはどうすればいいのかな。自分に優しく生きよう。自分を一番大切にして生きよう。そして私はいつも自分の事だけを意識してして生きていこう。そして今よりもさらに太い能力を作り上げていこう。太い能力が出来上がったら、更に奥深い過去の傷を見に行こう。

 私は今、自分の思考が壊された瞬間の傷を知りたいと考えています。私が最近感じる頭の中の変化と気付きは言葉で説明する事が難しくなっています。今はまだ言葉で表せるほどまとまっていないのかもしれません。

 私は英語をもう少し勉強しようと思っています。今はやりたいことがたくさんありますが、それぞれ時間調整をしながら楽しんでいこうと思います。私が何かをするときに、その事を楽しめる自分で居ることはとても大切なことです。何故なら私が常に楽しみながらやってきた事は、私の感覚・思考が自然にその事を吸収しているという事実があるからです。そしてこれまでの常識で考える 「頑張り」 や 「一生懸命」 いう言葉とは無縁の世界で 「自分のもの」 になっていることも感じています。この事をもっと深い部分で考えてみるならば、私が自分の 「生」 をよりよく生きようとしていることに繋がるのです。人間は常にこのようにあるはずです。私は常に 「自分を生きる」 為に、自分の感覚に耳を傾ける事を意識しています。21:00


2004年08月13日(金) ハスの花 大人の生き方

 私は今日生まれて始めて本物の「ハスの花」を見ました。ハスの葉は子どもの頃に雨露を乗せて遊んだサトイモの葉の数倍もあり、目の前に広がるその葉を見ていると、子どもの頃のように葉の上に露を乗せてみたい気持ちに駆られました。過去の私はサトイモの葉の上に乗せられた水滴を長持ちさせることで楽しんでいたのですが、ちょうど今の私から見たハスの葉の大きさと同じように、あの頃の私にはサトイモの葉の大きさもかなりの比率を占めいてたのでしょう。子どもの私が小さな身体で持ち上げている葉っぱから水滴が落ちていくのにそれほど時間はかからなかったように思います。
 私は現実の何かが過去の記憶を知るきっかけになる事を度々実感します。そして少し前まで私の過去の記憶には 「暖かさ」 や 「懐かしさ」 を感じるものは殆ど無かったのですが、最近では毎日を自然と触れ合い利用し子どもならではの感性でさまざまな遊びを発明していた過去を思い出します。あの頃私の肌に馴染んだ 「自然の柔らかい感触」 が、今も私の行動を 「自然に自然に」 と掻き立てるのかもしれません。さらに私は他の生命体と同じ「いきもの」ですので、私が 「自然の中でありのままに生きたい」 と思うのは 「いきもの」 として当然の欲求だろうとも思います。


 私は今日までの2ヶ月間、日常でたくさんの思考が沸いてくる自分を肯定できずに居ました。沸いてくる思考・現実を否定し私の心から消していくことにエネルギーを使っていたのです。そんな状況から抜け出してみて感じる事は、 私自身の成長は「肯定」 の中から生まれ、それを続けていくことで発展していくのではないかということ。常にプラスの行動をしている自分を意識することは、今の私にとってとても大切なのですね。

 大人の私は 「大人としての生き方」 をしていく必要があるのですね。
大人の私が苦手なことから逃げたり衝動のままに行動してしまうことは、私自身の成長を遅らせることになりますね。私自身が今の自分に確かな優先順位をつけることが出来れば、「苦手」 と捉えていたものの中から自分の感覚で何かを掴みプラスの行動していけますね。それはおそらく、自分の行動に 「大人としての責任」 を持つことに繋がるのですね。私はこれから 「今を生きる」ために自分自身で思考を切り換えながら生きていきます。食事をするときには食事を楽しみ、仕事をするときには仕事を楽しみ、休日には自分を丸ごと遊ばせて、そして心の作業を進めていきながら生き続けていくのです。この頃は新しい試みのひとつとして、 「書いていくことの基本」 を覚えてみようと考えています。私は新しい事を始める時、その事によって自分に何が起こるのかをいつも楽しみにしています。23:00


2004年08月12日(木) 意識

 昨日富士山頂に立っていた私は 「私自身」 として生きていました。私がプラスの好奇心を意識出来る時、私は「ありのままの私」として生きていけるのですね。7:28


2004年08月11日(水) 富士登山

 一泊かけて富士登山に行ってきました。5合目まで乗り物を使い、そこからのんびりと自分の足で歩いていきました。行き交う人々は口々に声をかけ合い、日常の社会とは違う暖かさがあちこちに溢れているように思えました。私は始め周りの景色に目をやり、かわいらしい高山植物にそっと鼻を近づけてみながら、ゆっくり登っていきました。目の前に大きな山がそびえている。その大きな山の目の前で、頂上まで登ることよりも、私の足で・私のペースで登る事を心がけました。とはいうものの、8合目にさしかかる頃には私の足は棒のよう。足は疲れているけれど、もう少し登りたい。でも景色を眺める余裕がなくなっているのです。足の重さをどうすれば良いかな。自分の足元を眺めながら歩いていて、ふっとこんな事を・・。 「ゆっくりで良い。立ち止まっても良い。自分の足と相談して、足が楽なところにつま先を降ろして。私の足は自分の楽な場所を知っている」 それからしばらく、私は心の動きに合わせてゆっくりと自分がつま先を何処に下ろしたいのかだけに、神経を集中していました。 「とても楽ちん。足が重くない」 うふふと頬を緩めたくなったところで、別の思考が沸き起こりました。 「人生もこんな風に歩く事が大切・・」 そうでしたね。私は自分の人生もただゆっくりと前を向いて、自分の心を大切に出来る方法を探しながら、自分のペースで歩いていけばいいんですね。もしも疲れてしまったら、気が付いた場所で疲れない方法へと変えていけば良いのですよね。
気が付くと、足の疲れがあっても登山を楽しむ私が居ました。というわけで、あっという間に9合目まで来て上を見上げるともう一息。気分はとてもすがすがしい。目の前に現れた頂上で、私は自分の心の中にいつもと違う 「優しい気持ち」 を感じていました。頂上で泊った山小屋ではひとつの布団に二人で寝るという面白い寝方。消灯を過ぎると電気は消され時々光る稲妻以外は真っ暗で、敷き詰められて足の踏み場がない布団の上を、寝ている誰かの睡眠を妨げないようにそろそろと手探りで這って歩くのです。間違っても寝ている人の顔の上にだけは足を下ろさないようにと。すぐ傍に知らない人の寝息が聞こえ、誰かの寝苦しささえも私の耳に届きます。かと思えば大いびきをかいている人も居る。何もかもが新鮮に思え、私自身の身体の重たさもたいした問題ではありませんでした。私はまるで世間と違う世界に居るような気がしていたのです。さて 「日の出」 はというと、富士山頂に立つ私の目の前で、ゆっくりとその全様を現しました。私にはオレンジ色の強い光りが印象的に思えました。ところで 「雲海」 というのを見た事がありますか? 私は今日始めてみたのですが、身体の疲れを忘れてしまうくらいに美しい・・。見渡す限りを沸き立つような雲が敷き詰められていて、まるで 「もくもく」 という音すら聞こえてきそうです。自然がかもし出す美しさ。人間には出せない美しさ。私たちは自然に作られるさまざまなものがいつもその場所にあるように、自然を大切にしていく必要があるのだと感じました。そして足は疲れていないかというと、どうやら心の状態と筋肉の疲労度とはほんのちょっと違うようで、下山する時の私の足は、それはもう・・。そして筋肉の疲れが残っていても、私は機会があれば又どこかの山の頂に登ってみたいと思うのです。21:00


2004年08月07日(土) 思考  「私」 の感覚

 私は胎児の頃に 「真の感覚」を傷つけられていたとすると、現在持っている傷を癒やしていくにはそれなりの時間と能力とが必要なのだ。そして最も大切なことは、「傷を癒やしたい」 と思う自分が居ることだ。私は今、「過去と同じ人生を歩くまい」と思う自分を知っている。そして私は、自分の細胞レベルで感じる心地よさも知っている。

 ところで、「思考」に付いて考えている。どうしても浮かび上がるさまざまな思考。浮かんでくる思考の中で、どれをチョイスしようかと考えてみる。そうか、過去と同じ生き方をしない為に、過去と違う思考を選べば良いのか。そうすると、プラスの思考だけをチョイスすることになる。
そして今は、浮かんでくるのはプラスの思考が多いから、どうするかな。優先順位かな。これでいいのかな。更に 「優先順位を選べる私」 が居るために、やっていくことがあるんだね。
混乱し入り乱れたままの思考で生き伸びてきた私は、その混乱がどれだけ心地悪くても、そこから抜け出すには、相当のエネルギーを使うのだ。

私は 「その場所から抜け出しても安全だ」 という確信を持てると、そこから抜け出すことが出来るのだ。

 この作業をしながら、プラスの思考は纏めていけると良いのだ。どうすれば良いかな。でも今はまだまとまらない気がする。纏めようとすると私の感覚は途端に麻痺するから。

 細胞とか、思考とか、私は今、他者とはまったく違う世界に生きている。昨日 「今度、飲みに行こう」 と誘われた。
私は・・ 「心のことが語れるならね」 と、心でそっとつぶやいた。全ては自分が楽になるために。7:17



 一昨日から時々、この状態が「真の私」 だろうと感じる事があり その感覚には、何か確信めいたものすら感じている。私の体の隅々が、自分の感覚を知っている。自分では見る事が出来ない背中も頭のてっぺんも、それから爪の先も足の裏も、全身の全ての神経が自分に向かっている気がするのだ。これがまさに「真の私」 で良いのなら、これまでの私は 「偽りの私」 ということになるだろうか?

そして今日、私は 「真の私」を意識して社会に出ようとした。不思議なものだが、「真の私」 で居られる時には、自分がしていることに集中できている。集中が途切れる 「偽りの私」 になると、周りの言葉が耳に入り作業がごちゃ混ぜになっている。「偽りの私」は、周囲の雑音に意識を取られていて、その中で「今、何をしているのか」を確認することだけにエネルギーを使っているのだ。それから今一度「今はこの仕事をしているのだ」と自分に言い聞かせつつ、自分の事をしていく事を繰り返している。

 書きながら思う。私は自分に意識を集中させることが出来る時、「真の私」 を感じることが出来るのだろう。ということは、どんな時も 「集中」 することはとても大切なのだ。

 私は今はまだ、「思考」に付いて混乱している部分が多い。そしてそれでも毎日、何かを発見している。このようにして、毎日こつこつと取り組んでいくことで、いつか何かが見えるだろう。
今私が意識することは、誰かのフィルターではなくて、私自身の感覚で現実を生き、社会を知り、全てのものを自分の感覚で掴んでいくことだ。それを持続出来る私であれば、私は又成長できるのだ。

私はもっともっと自分の時間を作り、自分の心を見つめる為に使い、 「真の私」 の感覚を取り戻していこう。私は、仕事をしていても車を運転していても、トイレにこもっている時さえも、全てを自分の心の為に使っていく。
21:00






2004年08月06日(金) ピンク色の能力 思考

 好きな色は「青」・・なぜかな。いつの間にか、私のお気に入り色になっていた。青は空の色、海の色。


そして今日は、能力のリストをピンク色で書いてみた。

新しい私の、新しい能力。まったく違う自分のような気がする。

まったく違う自分、そして過去から38年間、 「生」 を続けてきた自分・・・。

さらに私は、これから2.3日後に 真の 「私」 になる。

そのための仕事がひとつだけ残っている。

その仕事をやり遂げたら、「私」はスタートする。そう考えると、今日にでもなりたい気がする。

けれどもう少しこの感覚を味わってみても良い。

ひとつ階段を上る。とても大きな階段を上る。ピンク色の能力を持って私は「今」を生きる。8:45

  
 二日間の休みを終え、久しぶりに仕事に出た。社会では相変わらず否定的な言葉が溢れており、「私はこの社会に巻き込まれて居ることが多いのだ」と改めて思う。
今日の私はどうだろう。いつもと変わらない自分のように見える。更に自分を意識できる自分のようにも見える。社会に居れば小さな戸惑いは常にあるだろう。自分が感じた戸惑いをどれだけ早くキャッチできるか。私は今はまだ、時に自分の戸惑いを無視する自分になる。そんな時、私の感覚は違和感を覚える。

 私の作業の一番の弊害は、思考が入れ替わることである。FBした時はもちろん、何でもないときにすら入れ替わるように見える。過去に考えて来た事を総おさらいしてみる。それでも今はまだ纏まらない。どうにかしたい。私は過去と同じ辛さを味わう事を避けたい。誰にも依存せずに一人で生きたい。私は自分の人生を生きる。
あたらしい 「私」 は、より 「人」 として生きたいのだ。
「私」 の感覚で何かを掴みたい。そう思っている。いろいろと思うことはあるけれど、今はまだ模索段階である。
21:00



2004年08月05日(木) 意識   生きる 「人」

 何処にいて何をしていても、自分を意識できている事が大切なのだ。私がこの耳で聞いたことが何度も素通りに終わるのは、聞いている自分を意識できていないときだろう。ほんの少しでも現実に辛さを感じると私は思考を入れ替える。それは無意識の中で行われる。入れ替わった思考を元に戻すには酷くエネルギーが要る。何故だろう。考えてみると当たり前かも知れない。現実を否定して思考を入れ替えているのだから。
そしてよく考えてみよう。過去には酷いばかりの現実だった。今は違う。ではどうすればいいのかな。現実を受け入れよう。事実を知ろう。何しろ成長したい私がいるのだから。どうしても前に進みたい。心を知る事はこの上なく面白いと感じる私がいる。そうだね、ひたすら自分を意識しよう。これ以外に無いのだ。何処で何をしていても自分を意識している自分であれば、知らない間に成長しているのだろう。

 たいていの人は 「自分は不完全だと思い込んでいる」 と、ある本に書かれていた。私は一瞬、自分はどうだろうと考えるが、そもそも完全とか不完全とか、そんなものは何処から舞い込んでくるのだろう。人間を対象に完全か不完全かは考えられない。

では私が過去に抱えていた 「完璧」 は何だったのだろう。完璧とは、欠点が無く優れていることらしい。言葉の意味を知り、そんなものを抱えていたことに驚いた。完全も完璧も人を基準に考える問題ではないのだ。 「いきもの」 に完璧なんてありえない。モノにだって、何かの決まりごとにだって、完全や完璧はありえない。全てのものは一秒ごとに変化していくのだから。
だから私は 「生きること」 をしているだけでいい。ただ此処に存在するだけなのだ。10:00

 
 「人」 は自然と共に生きる。「人」 と 「自然」 の共存だ。では、「人」 と 「人」 はどうだろう。まず始めに、人は一人で生きていけるだろうか。もしも地球上で、私の他に誰も 「人」 が居ないとしたら、私は自分が感じた何かを、どのようにしていくだろう。地球上に「人」のほかに存在するものは 「自然」 だけだとすると、私はおそらく自然に向かって語りかけることになるだろう。私は語り掛けたい自然が見当たらなければ、いつものように自分の心に語りかけるだろう。ということは地球上に私一人が居たとしても、私は「生きていける」と決定できる。

では 「人」 と 「人」 の共存についてはどうだろう。
過去のように、その「人」が「人」の成長を止めるようなら、その「人」は居ないほうが良いことは明らかだ。逆に「人」がそこに居ることで、「人」は成長を望めるのであれば、その「人」が居ることは良いだろう。

 では 、「私」 が 「人」 の傍に寄る場合はどうだろう。
もし仮に、今の自分に満足して生きるのであれば、ただ 「人」 の傍に止まる事も良いだろう。反対に、 「成長したい私」 だとすると、こちらは行動の問題になるけれど、私は 「より成長しやすい」 行動を選ぶことが賢明だろう。もし私がその 「人」 からプラスを吸収できるのなら、時には「人」に寄ることも良いだろう。

 このように、「人」 と 「人」 が共に生きるための条件は、それぞれの「人」は 「成長を望んでいる」 ことだろう。
そしてもし、成長を望める 「人」 と 「人」 が、寄り集まって生きるなら、それは充実していてすばらしいことではないだろうか。

更に実は 「共存」 という言葉の意味は 「同時に二つ以上のものが存在すること」 であるから、それぞれの 「人」 がそれぞれありのままに存在する形となっている。つまり 「一人を生きている人」 が二人以上集まることで 「共存」 という形になるのだ。

本来なら 「人」 と 「人」 は、このように充実した形で 「共に生きている」 はずだろう。

ではそうしてみよう。
仮説のようだが、一人で生きられる 「私」 は 「人」 と 「人」 として、 「共に生きる」 こともできるのだ。

どちらも、同じくらい充実している。どちらもすばらしい。15:45



2004年08月04日(水) 38年目

生まれてから38年が経ちました。私は今、いつ何処で生まれたかではなく、今何をしているか、を大切にしています。

これからの私は自分の命をどんな風に使えるかな。

今朝見たトカゲは、細い雑草のてっぺんで足を一本だけ上げて、「今」どこかに飛びつく瞬間のように見えました。

私も一歩を踏み出そう。


2004年08月03日(火) 職場で学ぶこと

 口の小さな利用者さんに食事介助をしていました。軽い痴呆を持つその女性は私の顔をじっと見つめたまま、ただ黙って食べ物を飲み込んでいました。時々尋ねる私の問いかけには「良いよ」とうなずくのみでした。
食事を半分ほど食べられた時、女性は突然、口の中に入っているスプーンをガリッと噛みました。その視線は私の顔を見つめたまま。そのまま数秒が経過し、噛まれたスプーンの先は私の心に続いている。私は次第に女性に何かを訴えられているように思えてきました。
私は、小さく開く女性の口に、一度の回数で少しでもたくさんの食べ物を入れようとしていたのです。更に数秒後、ようやくスプーンは離されて、私は「口に押し込んでごめんなさいね」と言いました。女性は私に「良いよ」と言いました。
「良いよ」とは、この女性が日常で発する唯一の言葉。人員不足の職場の中で、この女性の「良いよ」と言う言葉はいつの頃からか私の耳を通過するだけになっていました。
「私は又心を無くしてる・この女性が口を閉じるタイミングと私の食べ物を入れるタイミングが合わないのは何故だろう」
私は気持ちを切り替えて介助を続けてみると、やがて小さな事実が見えてきました。女性と私のタイミングが合うのは「トロトロの汁物」を運んだ時でした。スプーンに載せられたトロトロ汁物は女性の小さな口の中に滑るように吸い込まれていくのです。
「倒れてから最初の食事に汁物類が多かったのかな」・・真実は分かりません。その後の私に出来たことは、食べ物をスプーンに盛り上げてではなくて、滑らかに延ばして吸い込みやすくすることでした。
私はこの事をきっかけに、自分の仕事の仕方について、常に考えていこうと思いました。いろんな事は、自分を成長させるきっかけに繋がるのですから。

 この頃は 「自分がこれから何をしていくのか」 と「私の生き方」 を考えていて、何かをするために、時間の使い方を変える必要性を感じています。その為に何をどのように変えれば良いのかを考える事は出来るのですが、纏めたものを行動に移せないまま時が過ぎています。此処から先に動けない私なのです。
私の時間の使い方が変わっても、私が大切にしていくものは変わりません。そして、私はこんな事を頭だけで考えているのだろうかと思います。心が満たされれば必然的にそのように動けるはずだから、私は感覚を持った私のまま、「今を生きる事」をしていけばよいですね。

そしてこれからも変化成長し続ける私はこれまでと同じように優しく丁寧に自分を見ていけばいいですね。世間のマイナスに流されない「私」として。
私の最大の能力は「現実の中で、過去に巻き込まれること無く生きられること」で作られるのですから。

 6月の終わり、職場の上司から「8月から禁煙になる」 という話を聞いたのですが、今日も私は受動喫煙の環境にいました。このことに関して、上司は 「今進めている」という返答をくれました。と言われても、実際には2ヶ月前から殆ど何も変わっていないのですから、私にはその言葉だけが宙に浮いているように思えてなりませんでした。上司は、職員に対して公言した事は、その内容も期日も公言したように実行する義務があり、何よりも大勢の前で公言する事は、公言される前に、その問題の大方は解決されている必要があると思います。こういうのを 「見切り発車」 と言いますか? 動いているように語りながら実はあまり動いていないのだから、「嘘・見せ掛け」だと言われても仕方が無いと思います。

自分を大切に出来ない人は人も大切に出来ませんよね。職員の心も、利用者さんの心も、真に受け止めることは出来ませんよね。職員の心が分からない経営者は、そこを利用するお年寄りの心を分かろうとしているのかなと疑問が沸きます。

私は働くロボットではありません。施設利用者はお金を運ぶ機械ではありません。私は心を持ち一人の人間として生きる事で始めて、他者に対しても一人の人間としての視線を向ける事が出来るのだと思います。

 8月1日の仕事中、ベッドに寝ている利用者さんを見ていた時のこと、突然「この人たちは心を持った人間なのだ」と思いました。当たり前のことですね。私は何年も看護婦として働いてきて今頃こんな当たり前の事を言っている。酷い話だけれど事実なので仕方がありませんね。過去の私が社会で抱えていたものは「看護婦という名のプライド」。
その頃には私が関わる患者さんたちに対して、自分の満足の為に 「優しさを演じていた」のかも知れません。
そして今、「私を持続できる心で生きていこう」と思います。傷が癒やされるたびに自分にも他者にも優しく生きられるのなら、私は何時もいつも傷を癒やし続けていこう。
今はただ 「私の人生設計」 を私自身の肌で感じていこう。それがいい。この生き方が良い。心の勉強を始めてから何度も何度もつぶやいたはずのこの言葉を、8月2日の私は更に大きくつぶやいたのでした。23:30


2004年08月02日(月) 選択

 自分の事も他者のことも分かったつもりになるのはやめよう。それぞれの心の奥底にあるものは、それ以上誰にも傷つけられないように、少しずつ少しずつ、自分の全身で目の前にあるものが安全であるか確認されながら、少しずつ表に表わされる。それ程も繊細に配慮された結果、私の目の前に落ちた悲しみの涙の意味を、私は分かった振りをすることはやめよう。おそらくは分かったつもりの錯覚すらも、優越感の元になるのだろう。

そして、私は自分の事は 「自分の感覚」 として知っている。
自分が過去に、どれほども長い間この苦しみを押し込めていて、どれほども苦しみ続けていて、そしてこれ以上は無いと思える安全な場所にのみ私の苦しみは表現された事を、私はいつも知っている。私が経験してきたことは全て、私の感覚が知っている。私が感覚で知ったものに、私は確信を持つ。だからこそ、いつも感覚を持ち生きられるようにしていこう。

 私は今、私が何時生まれたかという事よりも、私が今どのように生き、そしてこれからどう生きていくのかを考えたくなっています。

 誕生日月に入る前の7月31日、Mitsukoさんとの出会いをきっかけに自分が長い間抱えてきた「生」と「死」と「生」の問題に又ひとつ足を踏み入れることになりました。そして同じ日の午後、私の頭に浮かんだひとつの思考。

「生きよう、生きてみよう、生きてみようと思うんだけど、私は何をしていけばいいのかな」

隣で私の発言を聞いていた人は「あなたはずっと生きてきたし、今も生きてるよ」と言いました。
そうですね。私はずっと生きていた。そして今、上の言葉が私の中から沸き起こってくるのです。これまで生きていたのは、「自身の感覚を知らない作られた私」だったのでしょうか。そしてこれからは「あるがままの私」が生きていくということでしょうか。
私は感覚を持った 「私」 で生きることを選択したのかもしれません。

私の感覚が生きる事を決めたその日から、プラスの私のすぐ隣にいた「そんなことやって何になるの?」という思考はぴたりとなくなり、今は自分を・社会を否定した視線の私は何処にも見当たらないのです。そしてその思考と入れ替わるように、「どんな風に生きようか」と自分の人生を模索し、より傷を癒やそうとする思考が、私の感覚として湧き出てくるのを感じるのです。


 過去には、常に正しいのは社会で、常に間違っているのは私だと感じていました。この頃は、私の中に 「何かが変な社会、何かが根本的に間違っている社会」 が見えます。仕事をしながら思うことのたいていは 「今の社会は何かが変だ」 という事です。6:57


2004年08月01日(日) 今を生きる 私

 今を生きるとは 自分がどんな思考にあっても、この時間の中に留まらず次の事をやっていくことだ。自分の信念を持ち、世の中の不必要な情報には参加せず、ただ次の事をしていく。今、自分の中にいかなるマイナス思考があろうとも、それはそれでよいのだろう。何しろ今を生きることでそれらのマイナスは徐々に排除されていく事は保障されているのだから。私は今、薄っぺらい上辺だけの社会から離れ、ただ自分の事をしていこう。8:30

 
 自分の信念を意識しつつ社会に出てみると・・世の中は常にマイナスの言葉が溢れていて、マイナスの言葉だけがあると言ってもよいほどではないかと感じます。その中で私は、今日はただ黙って仕事をしていました。黙って仕事をしている中で、時々周囲に心を奪われると 「こんなに事務的に仕事だけするだけで良いのだろうか」 という思考に変わってしまう。それでもただ黙って仕事をしていました。 「仕事だけする」 と、心は楽だったのですね。そうですよね。自分の仕事のことだけを知っていればいいのだから。

 仕事の間に、今夜仕事の続きで、ボランティアを強制される発言を受けました。出来ないことは無かった・楽しめるかもしれないとも。そして私は自分の行動に対してボランティアと言う言葉を当てはめたくありませんでした。それから自分の心が望んだことだけをしたかった。更に、世の中の常識の範囲で動くことは避けました。

 夕方仕事を終える頃、私の心に 「マイナスの世界に巻き込まれているのは自分ではないか」 という思いが浮かびました。自分の信念を持って社会に出ている。自分の中に確かな 「私」 を感じているのに、社会に出るとまだまだ社会の基準の中に生きようとするのです。そんな自分を感じてからの帰り道、私の視界に久しぶりに青い空が飛び込んできました。
しばらく空を見る事を忘れていたのかな。カメラも壊れていたからな・・。


 先週、ほんの少しの期間ですが、バイトを入れて仕事に時間を使っていました。たった一度の経験なのですが、今その期間を振り返ると、仕事以外のことが出来にくかったと感じます。やはり私は今、心の事を優先することが大切なのですね。

 私は今日、優越感を持ったまま生きていたでしょうか。自分ではなんとも言えません。昨日までは、優越感だらけの社会の中で 「私は違う」 と錯覚しながら、確信と優越感を持って生きていたように思います。自分を傷つけていましたね。それも仕方が無いですね。そんなものはあれもこれも全てポイ捨てにして、私は楽な私で生きていくのです。

 人はいつも 「自分」 を知っているでしょうか。私は・・。
私にまだまだ自分の事が見えていません。真実の自分は何処にいるのだろう。私は今、他のどんなことよりも自分自身を知りたいと感じています。自分を知るためには今を大切に生きることですね。過去に巻き込まれない自分が今を生きること。巻き込まれる自分を知っても、そして今を生きること。
22:00




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