「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2004年06月30日(水) |
『 丙午 』という迷信の悲劇 色鉛筆 |
休日。何故か「生まれて初めての休日」のような気がしていました。 何故でしょう。わからない。
けれど私たちの細胞の一つ一つが「生きたい」と言っているのを全身で感じる私でした。
私は昨日、自分の存在に付いて考えていました。白い紙に「存在」と言う文字を書き、それから自分が小さな細胞として生きていた頃を思い描いていました。そこで浮かんだのは私の生まれた年『丙午』のことでした。丙午の年に生まれた私は明らかに歓迎されてはいませんでした。
いろいろと調べているうちに、私と同じように丙午に生まれて苦しんでいる人はとても多いことに気が付きました。
私よりも上の年代を生きる人たちは、くだらない迷信を鵜呑みにし多くの命を粗末に扱い苦しめてきた事を認める必要があるのです。そして、今の社会の中で『問題』と言われている大小の出来事の原因は自分たちなのだと認める必要があるのです。さらにこれからの社会を変えていくと決断する必要があるのです。
そして過去に苦しめられてきた私たちは、自分たちを苦しめてきた親も社会も国さえも、徹底的に否定する必要があるのです。
何故なら私たちは実際に、産まれる前から徹底的に否定されてきたのだから。
私は『丙午』の迷信がもたらした悲劇を忘れません。こよみにあがっているさまざまな行事の全てが、本当は何の根拠もないことも。
私は1966年生まれ。次の丙午は22年後にやってくる。毎日見かける登校途中の子ども達が大人になる頃にやってくる。
同じ悲劇を繰り返してはならないのです。違う色の社会にする必要があるのです。
私は二度と同じ苦しみを味わいたくはありません。だから、未来に同じ苦しみは渡せない。
今の私はより多くの人に、この悲劇の為に心を引き裂かれ、そして今でも苦しみ続ける私たちが居る事を知っていて欲しいと思います。
近くのアートショップに色鉛筆を買いに行きました。 きれいな色の鉛筆や絵の具がたくさん並んでいて見ているだけで楽しめました。 3日前に撮影しプリントアウトした「 ねむの木 」の画像を、きれいにデッサンしています。 やりたいことがたくさんあるので、すぐには出来上がりませんが、毎日少しずつ、丁寧に丁寧に描いてみたいのです。これがなかなか楽しいのです。絵心なんてありませんが、心を無にしてただ花の色を眺めていると、不思議にきれいな色が出るのですね。こんな時の私は、まるで「絵描きさん」の心境で。22:30
| 2004年06月29日(火) |
存在 「有」と「無」 細胞 自然の流れに乗って |
何かが無いことは恥ずかしいことではなく、何かがあることは特別なことでもない。
何かがあっても、何かが無くても、ただその事実があるだけ。
私がここに居ることは、私がただここに居るというだけ。
この体があって、その中に感覚を感じる心があって、そして私は自分の心を感じ、命を続けていくだけ。
私は今、生きるために多くのものはいらない。この体と心があれば良い。
生きるために便利なものは持ち、生きるために不便なものは取り外す。
私はこれから知ることになる多くの何かが、私の頭だけではなく私自身の全身の細胞に染み渡るように、自分に耳を傾ける。
少しでも丁寧に、少しでも繊細に、私は自分の身体を造りあげるどんな小さな細胞も丁寧に大切に扱いたい。
ほんの少しでも私の細胞を傷つけないように、大切に、ただ大切に。
人間とはとても不思議な 「 いきもの 」
そしてとても繊細な 「 いきもの 」
「 いきもの 」 である私はいつでも自然の流れに乗る。
私は自分の細胞に、朝には太陽を浴びさせて、夜には布団に身体を横たえて夜の優しさを与える。
私は何処にいても私、何をしていても私だから、Tシャツにジーパンで、素顔に笑顔で、さあ社会に出かけよう。
「優越感の裏返しは劣等感。自分を見つめることがこんなにも心地よいとは、今まで気が付きませんでした。 仮説はもう要らない」(独り言)7:16
| 2004年06月28日(月) |
職場の禁煙予定 「心の教育」小冊子に付いて |
上司から、「職場は8月当たりからフロア内全面禁煙になる予定」と聞きました。嬉しく思います。送別会があるらしく私を誘ってくれる人もいましたが、私は参加できません。 私が出かけられるのはタバコの煙がない場所なのです。
6月27日付けの新聞に小学校5、6年生の道徳授業用に使われる「心の教育小冊子」が載っていました。文部科学省が作ったと書かれていました。
内容の一節は
『大切な友だちだけど考えていることはそれぞれ違う/心がちょっとせまくなるとたがいに気まずくなってしまったり/でもその時は自分をきたえる絶好のチャンス/にげずに、向き合うこと/そして相手の立場に立って考えてみること』 となっていました。
そういえば道徳の授業ってあったのです。そしてこの小冊子の内容は私が道徳の授業を受けていた頃とそれ程変わらないのではないかと思います。
私は・・・。 辛さの中で自分をきたえるなんて苦しすぎるから、 辛い場所からは辛さの重みの分だけ離れたいから、 向き合うのはいつも自分自身でいたいから、 他者が基準のまま生きていると私と同じ悲劇が起こるから。
今、この小冊子を読みたいとは思えませんでした。
丁寧に生きる事をすぐに忘れてしまうのですね。少しばかりの出来る部分を見ては立ち止まってしまうのですね。上乗せや付け焼刃では、本当に楽にはならないのですね。そして再び自分を傷つけるのですね。私はもっともっと丁寧に考えて生きる事を意識します。22:00
| 2004年06月27日(日) |
能力 目的 クレーター 透かし羽 新しい発見 |
別人格を思考として捉える試みは凍結になりました。この試みをしていた私は他者を傷付けていたから。そうだね、そうです。私には思い当たることがいくつかあるのです。私は何をしてるんだろう・・。部屋にあるこの作業を始めた頃の能力のリストを見ていました。私は大切なものを忘れていたのかもしれません。今朝はそれらのものが私の深い部分を刺激しました。
大切なものをたくさん持って仕事に行ってきます。今日は早番なり。6:46
私が心の傷を癒やす目的は何だろう。 過去には 「 子どもと会うこと 」 という目的がありました。でも今はその事は私の心の中で余り大きなスペースをとっていない。けれど例えば私が子どもに会うのは何の為? 謝罪の為です。でもそれだけで良いの? 謝罪すれば私の目的はどこに行くの? 虐待の連鎖を断ち切るため? これでいい?
ずっと過去に抱えていたのは、「 こんなに辛いのは私一人で十分だ 」 という気持ち。この思いは 「 死にたい 」 という気持ちにまで繋がっていました。 「 私が死ぬと私の代は終わるから 」 そして今は生きる事をしています。私が生きて成長していくことが悲劇の連鎖を断ち切ることになるのです。
私が心の傷を癒やす目的は何? 自分の人生を生きる私のためです。
私は過去、全身で 「 夜が怖い 」 と学びました。本当は、夜には夜の神秘的な世界があるのです。夜には夜のしんとした静けさがあり、それは 「 怖さ 」 とは少しも結び付いてはいませんでした。
化粧することや髪型に拘ることを私に教え込んだのは誰でしょう。脱毛処理をしたり流行の服を着る事を私に教えたのは誰でしょう。本当は私が素顔で居ようと髪の毛が跳ねていようと、何も無い。本当に何も無い。まったく何も無いのですね。私はこのことに気が付いて、とても大切なものを掴んだ気持ちがしました。
自然の月を見ました。私は子供の頃、バスも自販機もない山の中で自然を遊び相手に生きていました。土の匂いや雨上がりの土から湧き上がる蒸気、稲妻がまっすぐに木を切り裂く風景も、たくさんの自然を知っています。けれども・・・本物の月のクレーターを見たのは今日が初めてのことでした。感激のあまり身体に鳥肌が立ちました。すごい。何がすごいとは言えないのですが、とにかく宇宙のすごさとでも言うかなんと言うか・・・言葉に出来ないくらいに自然は偉大なのです。
昨日見た 「 ねむの木 」 が私の家の近くにもありました。やはりとても優しい色と香りをしています。かわいらしい花です。 そのねむの木に 「 透かし羽 」 という蛾が蜜を吸いに来ていました。なんとまぁ・・。写真を撮ってみました。動いているのでピントが合っていませんでしたが、調べてみると、羽が透明なので羽の向こうの景色が透けて見えるのですね。不思議な生き物がいるのですね。
私はもっともっとたくさんの自然を見たいです。私が自然を見つめるということは、自分がその自然の中の一部なのだと知ることでもあるのです。そんな気がします。
自分の欲求を行動に移していこう。22:20
| 2004年06月26日(土) |
繊細ないきもの「ひと」 ねむの木 |
私は今日、ある人に「過去には言葉がきつかった」と言われました。そうですね。私は過去に多くの人を傷つけていました。今の自分を見ていて、心の底からそう思います。本当に私はこれまで乱暴に生きていました。
本当は過去に他者を傷つけていた自分を知って、どうすれば良いか分からない気持ちもあるのです。でも、私が起こした行動の全ては取り消すことが出来ない。だから、私は癒やしの作業をしていくことがとても大切で、実際の私に出来るのは自分を見つめることのみなのですね。
人は本当はとても繊細な生き物なのですね。 私は自分の体の細部まで意識できているだろうか。細胞の一つ一つを生かしているだろうか。優しく丁寧に自分の身体を見守っているだろうか。忘れていることがたくさんあります。忘れないように、忘れないように。優しさとか丁寧さとか、大切なものを忘れないように。
久しぶりにプールに行きました。身体を水の動きに任せてリラックスしていると、エネルギーの消耗が少ない事を知りました。
ねむの木を見ました。薄いピンク色をしていて、可憐な花に見えました。鼻をくっつけて香りを感じてみました。甘いような柔らかいような、とても優しい香りがしました。これまで見た花の中で一番繊細で優しいように見えました。ねむの木の花は夕方に咲き、葉は昼間に咲くそうです。葉は夜になるとその葉を閉じて寝るのですね。私はねむの木の優しさが大好きになりました。
糸トンボを見ました。黄色くて細い身体をしていました。ご覧になりたい方は「虐待の連鎖」のページをどうぞご覧下さい。(文面の内容は変わっていません)21:00
| 2004年06月25日(金) |
意識 感情 食事 水分 「親として」 丁寧さ |
私は過去、たいていの場合感情の中で動いていたらしいのです。 1週間ほど前に、私の中で大きな変化がおきていました。これもまた表現が難しいのですが、私はこの感触を頭の中で「感情の部分が動き始めた」という言葉に変え、この気付きを嬉しいと思っていました。自分に今までなかったものを現実の中で感じていられる、これまで頭だけで考えていた私の世界が又広がるような気がしたのです。その予想は当たっていると思えますが、どうもすぐに感情に巻き込まれてしまうのです。気が付くと微妙に自分の気持ちとは違う事をしているのです。それがなんと言いますか、本当に微妙にずれているのです。分かりずらい・・・。けれどそのずれも私の頭で起きていることだから、そう思えば何かが見つかります。整理していけば良いのですよね。ひとつずつね。うまく切り替える方法を学んだので、それを練習していけば良いですね。そして癒やしの作業を進めていけば良いですね。
少しだけHPの整理をした。「親として」のページの中で過去に書いた自分の記事を読みながら、私は恥ずかしくなってしまった。あの頃の私に何が分かっていただろう。感情の中で書いた文章は、自分の感情に飲み込まれていることがよくわかる。そうか、私はこうやって感情の中で物事を考えて生きてきたのだな。本当に、あの頃私は何をわかっていただろう。一年も前の事は多くは忘れてしまっているけれど、過去があって今があることは変わらない。私はこれからも成長し続ける。私はどんな生き物になるだろう。自分の肌で感じたものを忘れないでいよう。この場所に留まってはいない。
社会では選挙活動が始まりました。私はこれまであまり選挙というものには関心がありませんでした。でも今の私は少しだけ知りたい気持ちがしています。
思い付いた事を次々とやろうとする自分が見えます。ですので、気をつけていなければあちこちに何かが残るのです。それをやっていかなければ、何かがおかしい感じさえするのです。 過去の生き方ですよね。これではいけません。 ひとつずつひとつずつ・・・。
新しい事を覚えようとすると、体がざわつきます。吸収すること、考える事を否定されていたからですね。
最近ようやく落ち着いて食事が出来るようになりました。これまでの私は、一人で食事をする時にはいつも、何かにせかされているか、またはよくわからない罪悪感の中で食事をしていたのです。前から、水分を多めにとる食事をしたいと考えていますが、これがまだ出来ていません。私は過去に水分を取る事を禁止されていたので、体がそのように出来ていない感じがします。これも練習ですよね。癒やしていけば心がそのように動くから身体もそのように動き始めるでしょう。
昨日の夜勤はこれまでの夜勤の中で一番楽に感じました。私は楽しい事を探そうとしなくても、本来はごく自然に何かを楽しむことが出来るのですね。 でもひとつだけミスをしました。必要な処置を忘れていたのです。いけませんね。仕事だから把握しておく必要があるのです。働くとはそういうことですね。気をつけて意識して生きます。私が楽に生きるためにも、その意識が必要なのです。どんな人も皆。仕事をしていると日々思うことがありますし、自分の姿が良く見えます。劣等感になっている自分も優越感になっている自分も、何かに巻き込まれている自分も楽しんでいる自分も・・。そして今はそんな自分を見つめていけば良いですね。
ついつい丁寧にやる事を忘れてしまいます。上の思考の部分と重なりますね。まずは自分について知る作業を丁寧にしていく必要がありますね。そうか、自分を意識していれば、今自分のしている事、考えている事が見えているはずですよね。そうか、社会の流れに飲み込まれると自分を忘れてしまうのかな。違いますね、自分を意識する事を忘れると社会に飲み込まれてしまうのですね。ではどうするかな、そうか、やっぱり能力を意識して癒やしを進めていると、巻き込まれて我を忘れることが起きないのですね。9:00
| 2004年06月24日(木) |
感情と思考 仕事の基準 |
私は今でも感情に巻き込まれたまま動いてしまいます。感情に巻き込まれていることに気が付かないのです。普通はこの状態で人生を過ごし、一生を終えているのだろうと思います。 けれど私はそれでは嫌なのです。何故ならこの感情は私の場合たいていは過去の思考の中で起きているからです。だから、これからは感情の面で過去のルールの全てを捨てるのです。これははっきり言って今はまだ「至難の業」だと思えます。でも意識していくことで、いつか何かが変わると思っています。
私は夜勤をやめようかと思っています。何度やっても楽に働けないからです。睡魔と体の疲労が辛いのです。年齢も関係すると思いますが、私は自然にあわせて生活したいのです。 別の考え方も出来るのです。どんなに夜勤が長くても、一晩なのです。一晩てば嫌でも家に帰らなくてはならないのです。どんなに忙しさに拘束されても、16時間なのです。そう思うと「束の間だ」という気もしてきます。でも今は夜勤を楽しむ事も考えられます。
暫く自分の生活の様子を見ながら次の準備をしながら、又少しだけ働き方を変えていきたいと思っています。より楽に働けるようにです。一年仕事をしてみて判ったことが三つあります。一つめは、どんな仕事に就いても社会の中はみな同じだということ。 二つめに、お金よりも大切なことは私の心だということ。つまり、仕事は収入の良し悪しでは決められない、高収入を求めて働くことはマイナスに繋がりやすいということ。 それから三つ目は、私はどんな仕事でも出来るのだということ。 一番大切なのは私自身なのです。何処で何をしていようと、どんな仕事に就いていようと、私自身が楽でなければどんな発展もありえないということなのです。という事を踏まえて、これから又私の中で少しずつ何かが変わると思います。
いろんな感情に一喜一憂する自分がいます。これも感情に巻き込まれていることです。喜ぶことは良いのでしょう。でもそのすぐ後に別のものを見て落胆する私もいるのです。 わたしはこれからこんな自分も変えていくのです。
| 2004年06月23日(水) |
過去のルール 生活基盤 |
私の場合、過去のルールに捕らわれている部分が多くてややこしくなるようなのです。それならば、過去のルールの一切を捨てることにします。一切合切全て捨てるのです。どうもそれが早いように思います。私は一匹狼になります。これからは一人で生きることも楽しんでみたいと思います。能力のリストがしっかりとしみこんで入れば、チャイルドを引き出しやすい事を実感しました。マイナスの世界などには負けません。私は成長するのです。その為にどうするかというと、冒頭の言葉に戻ります。過去のルールの全てを捨てて、私が新しく決めたルールに沿って生きるのです。ルールといっても簡単なのです。自分が楽になるほうへと考えるだけで良いのです。
私の生活基盤は � Α�ICを毎日読む �◆Α�ICに沿って生活する ��・・能力を全身に取り入れる �ぁΑΑ峪筌瓮奪察璽検廚如隼笋里海箸里漾匹鮓譴襦 ´ァΑα杼�や又聞きではなく真実のみを基準にする �ΑΑ�生活にスポーツを取り入れる �АΑ�新聞を読む �─Α�身体を適度に温めておく ��・・自分の感覚を持って大人の知恵を使って行動する ��・・自分のしていることとその結果を知っておく なのです・・。22:41
| 2004年06月22日(火) |
仕事に付いて 分煙 病院とおさらば |
仕事中にハッとする出来事がありました。食欲の無い利用者さんにお茶を2杯飲ませなくてはならない。これが結構大変なのです。毎食毎に、固く結ばれた口からお茶を入れる、吐き出されながら何度も入れる・・。こんな光景の中で介護さんのつぶやき「ご飯の後に、お茶2杯なんて飲めないよね」私はハッとしました。 今の職場に入って半年が経とうとする今、就職した当時受け入れられなかった光景の中に抵抗なく入り、同じ事をしてしまっている私が居ます。こんな時の私の心はロボットになっているのです。 でも、本当は私は人間なのです。私が今日改めてこの事を此処に書いたのは、私はこれから仕事の中で、人間の心を持って業務に入ろうと決めたからなのです。それぞれの老いた姿は、そうなるように生きてきたからだろうと思えます。でもそれでも彼らは人間の心を持っています。考え始めると仕事をしづらくなるのです。
別の見方も出来ます。要するに仕事なのです。仕事の中に楽しみがたくさんあればよいのだけど、そうもいかないときもある。だから、あくまで「仕事」なのです。割り切りという言葉を使っても良いのかなぁ。この言葉で片付けてもよいのかなぁ。分かりません。
仕事中に、退屈で仕事をやめたくなることがあります。でも私は自分の能力と引き換えに給料をもらっていますので、飽きたからといって目の前の業務を放棄することが出来ないのです。そんなときは、その状況で自分が楽しめる方法を探し出せばよいのです。そうすると、そこから逃げ出さずに居られるのです。こんな風にどんな状況でも楽しめる方法を探し出していけば良いのですね。
私はもう少しだけ、自分が持っている大切なものを社会の中で活用しても良いのかなと思っています。私自身が巻き込まれない程度に。それには癒やしの作業が必要なのです。
職場の分煙の件を再度提示しました。私が前回提示してから半年の間に、何度か話し合いはもたれていたようですが明らかな進歩は認められませんでした。そして今日、上司は私の提示した資料を利用しこの問題に付いて考えていくと意思表示をしました。私の提示が受け入れられたとも言えるのですよね。上司は私に「1ヶ月待って欲しい」と言いました。私は一ヶ月の間にこの件がどんな風に動くのかをちょっぴ楽しみにしています。
病気とは人の手で作られる部分が大きいと思います。私はそう確信します。私は自分の体の不調を感じる時に、同時に辛さも感じます。私は「どこかが不調で辛い」と感じる自分の研ぎ澄まされた感覚を大切にしたいです。楽に生きていくために、この感覚をいつも持っていたいです。
世の中はお金で動いています。医療の世界も例外ではないと思います。試験薬を作るにはお金がかかります。試験薬が出来上がれば試験される人が必要になります。高い検査機器を取り入れれば元を取る必要が出てきます。医者ははっきり言って病人が居なければ成り立たない仕事なのです。看護婦は病気で動けない人がいなければ出来ない仕事なのです。それでも医者も看護婦も必要な場面では必要で、世の中にひとつしかない命を助ける事が出来るのです。純粋にそこだけを見ていれば、人の手で新しい病気を作る必要はないのです。そこにお金や権利や、生きていくのに邪魔になるようなものを入れるとおかしくなるのです。私はそんな生き方は嫌です。
私のように、何かあるとすぐに医者に行っていた人も問題なのです。過去には検査をして問題がなければ「安心料」を払ったつもりでいました。実際安心できたからそれでも良いのです。
でもこれからはこの方法をやめることにしました。自分で自分の身体に心を配るのです。きっと大丈夫。 自分の感覚を持って生きていれば・・。
今はまだ私の中の多くは楽になっては居ません。後ろは見ない。前を見よう。
| 2004年06月21日(月) |
頭痛の原因 感覚を取り戻そう 「楽」の大小 |
じっと横になり自分が感じていることを意識するべく、ここ数日の生活を思い返していたら、今でも肩に力を入れて生きている自分に気が付きました。そうか、私は本当は疲れているのですね。 うまく言えないのですが、とにかく自分の体の不調がどこから来ているのか、私の中のどこかがそれを感じ取れるのです。私は必要以上に筋肉を緊張させているのです。必要以上に力を使ってるということはこれは巻き込まれてるのと同じなのかな。多分そうですね。 そうか、マイナスの思考をしている自分を認めてしまうとやはりこういうことになるのかな。マイナスの思考を認めるのは良くても、マイナスで生きていて良いはずが無い。辛いから。 頭の中のどこかで「私は本当は疲れている」と言う声が聞こえます。時々聞こえるこの声も私の思考。前回この声を聞いた時、私は仕事を休んでしまいました。何故なら本当に疲れてると感じたから。 そしてその時に、「人生を生きるためには、社会に巻き込まれない自我の強さが必要なのだ」と実感しました。子どものような純粋な感覚や、ワクワクする気持ちだけでは人生を生き続けていくことは出来ないのです。理由は、今の私は大人として社会の中に存在しているからです。 子ども時代は過ぎ去り、過去は過去としてあるということです。 そしてまたこの声。また疲れている・・。でも前回の時よりも私の疲れはうんと小さいのです。
考えてみると、仕事中に他者に振り回されなくなってきたけれど、そこはマイナスの世界であることに変わりは無いのですよね。この頭痛はプラスで生きることの楽さを知り得た私であるがゆえの、心の悲鳴かもしれません。
少し話がそれますが、私は過去に自分の中のマイナスの生き方とプラスの生き方の違いを比較できた時、それらはあくまで違う人格同士の問題でした。でも今は、どちらも私の思考だから私自身が切り替えていけば良いのです。白い世界を持続させるべく。
もうこれ以上、無駄なエネルギーを使うのはやめよう。過去には食べ物の栄養は全て、こちらのほうに吸い取られていた。楽に生きよう。わたしは無防備に生きる感覚を知っている。あっちのほうがずっと楽だった。そうか、新しい生き方をしよう。
そしてもっともっと、自分に隠れている感覚を発掘していこう。それが自分を大切にすることに繋がるのです。6:30
台風の強風で大切に育てているトマトが何本か折れてしまいました。残念ですが仕方がありません。私は自然には逆らえないのですね。自然は偉大なのです。空梅雨であることが台風を呼ぶのだと聞きましたが、それも大切なことでしょう。台風が来ると雨がたくさん降るのだからね。私は今朝、トマトが倒れないように対策を練って仕事に出かけたのだから、倒れたことは仕方が無いと思えます。
頭痛が殆ど消えました。仕事中に一度だけ、キーンというのが来ましたが、昨晩に思いついて肌で感じた「力のいらない自分」を思い出し、楽しい一日を過ごしました。楽しくても身体は疲れることがあるのですね。私は日中仕事をする日には、15時を過ぎると思考力と集中力が鈍くなるようです。それでも社会では仕事を続けなくてはならないのですね。そうだ・・・そんなときに休憩に入れると良いのですね。
職場の若い子が「楽しい事が何も無い、何が楽しい?」と私に言いました。そーだなぁ・・。逆に「何が辛いか?」と聞かれると、一番近い過去では「体が不調な時」とか。私は自分の人生を楽しめる時間が増えてきているのですね。こういうのを「“楽”の大小」と言うのかもしれません。 でもでも、体の不調を感じることで、成長することが出来るんですね。私は自分の事をホントに“面白い人”だと思います。自分がこの先どうなっていくのかがとても楽しみなのです。
今の私は、何処までも一人で自分を見つめて生きます。そしてそこに私の真実の心を語れる心友が居れば、それが良いなと思います。
誰が何処で何をしたとか言ったとか、そんなことが問題なのではなく、「私が何を感じ何を考え、どんな行動をしたのか」こっちがとても大切なのですね。20:00
一昨日に続き頭痛。これは何?ついに鎮痛剤を飲んでから仕事を続けました。私の頭はどうなってる?!
| 2004年06月19日(土) |
「“私”の基盤つくり」 弱い自分を認めて |
何時からか自分の中で疑問だった答えがやっと出ました。1ヶ月くらい前から度々見えていたマイナスの私は、実は私自身だったのです。こんなことは当たり前のことなのですが、私は今日までマイナスを抱え過去の生き方をしている自分を認めることが出来ませんでした。理想の自分以外は認められなかったのです。ましてや過去に振り回されてる自分など。
マイナスの自分が見えているとはとても良い事ではないかと思います。 何故なら過去の私は自分のマイナス面を自分で見られない人だったから。見えてきても今まで認められない人だったから。マイナスの自分が見えていてそんな自分を受け入れられることは次のステップの大きな鍵になると思います。そして私はもっともっと、マイナスの自分をプラスに変えていくのです。
弱い自分を認めると楽になるのですね。これまでの私は自分を強いとは思ったことはありませんが、「弱いと思わないように」していたのです。私は感覚を持った“いきもの”で、その私が辛さや痛みを感じることは当然のことだったのに。 でも・・。 私は今夜自分に対して、心の底から 「 ここまでよく頑張ってきたね 」 と声をかけました。もう良いのです。弱くても。頑張ってきたと言うよりは私は長い間過去の辛さを持ったまま生き、自分自身の生きづらさに 「 耐えてきた 」 のです。もうこれ以上頑張ることも耐え忍ぶことも必要とせず、自分の感覚や思い以外の事をする必要もなく、私は自分として生きても良いのです。自分として生きる必要があるのです。私はこれからは自分の真の感情を感じながら生きていける。そして私は、過去にはこの言葉を別の人格にかけていたのだと思います。
これからどうやって生きていこう。そうだ、プラスの事をどんどんしていこう。先の事を考えて、新しい事をたくさん経験しよう。そうそう、これで良いのです。
又また壁に張り紙をしました。実はこの張り紙が意外と効果ありなのです。ちらちらと視界に入り、何かと私の心を刺激してくれるので私自身はこの方法がとても気に入っています。
私はこれから自分の問題に取り組みながらじっくりと生きていこう。何年かかるか分からないけれど、じっくりと自分を見据えながら、「“私”の土台」を作っていこう。どっしりと腹を据えて、じっくりと腰をすえて、「自分の基盤」つくりに専念しよう。ただそれだけをやっていこう。 それが私がこれからやるべきことだ。「私の基盤」が出来上がるまで私は多くを語らずにただ自分だけを見て生きていこう。10年あれば足りるかな。私の土台が出来るまで・・・。 「 私の土台 」 とは、傷を持たされていない私の 「 自我 」 の事といっても良いのだと思います。
ファシリテイター育成会に参加しました。私は過去、子どもの気持ちを理解できない母親でした。でもそれは仕方が無かった、本当に。他者が語っていた「仕方が無いんです」と言う言葉が今日は私の心にしみこみました。本当に仕方が無かったのです。 「そうなんだよネぇー、仕方が無かったよねぇ」と思った瞬間に、私の眼にある本の題名が飛び込んできました。 『自責の念に苦しんで』・・・そうだった。長い間私は自分を責める事をしてきました。自分を責めることは自分を否定することと同じでよいですか?私が自分自身を責めていた過去、いつもいつもとても苦しんでいた事を覚えています。それでも、今もまだ無意識の世界で自分を責めてしまう事があるのですね。もう、こんな生き方はやめよう。新しい生き方をしていきます。私の土台が出来るように。
今日の私は、長い間抱えていた大きな黒い塊がまたひとつはずれた気がしています。
今日は何があったかな。一昨日よりも更に、自分を意識しながら仕事が出来ました。自分を意識している時は、周囲の動きは私の中でとても小さい事を知りました。。
又亦喫煙者に誘われてしまいました。なんと返事をしようかと考える頭の隅っこで「今がその時かもしれない」と直感のように感じ、「私はタバコの無いところに行きたいと思っている」と伝えました。その人はちょうどその時タバコを吸っていました。「ごめんごめん」と言いながら私の立っているところから一番遠い場所に行き、私の言葉への返事は無いままその場を去って行きました。これでよいのです。私は自分の現実に関わる人を自分で選ぶことが出来るのです。何故なら私の人生だから。 ところが夕方になって、この話がどういうわけか「誘われて大変だったね」に変わっていたので驚きました。 朝誘われて断って、昼にその事を他者に尋ねられて「タバコが苦手だから断った」と伝えて、夕方には「大変だったね。あの人変でしょ」になっている。どうしてかな。私はタバコの件で付き合えないと言っただけで彼女の事を変な人だとは言ってないのです。人のうわさとはこんなものなのですね。私が語った一言が、一日のうちにいろんな風に変化して私の居ないところで語られる。おそろしい世界です。私はこれからますます、仕事することだけを考えて、他者の噂話に介入しない人で居ようと決めました。だって、あまりにも下らないから。それに私が語った以外の事を私の言葉として語られるのは嫌なのです。
半年ほど前から、疑問に思っていることが一つあります。その答えが今うっすらと見えようとしています。
以前私は男の人が苦手でした。子どもを4人も生んでいながらこんな事を言うのは実に変ですが、これは事実です。今はどうかな。癒やされた分だけは楽に近づけるようになっている。
トマトがますます赤くなってきました。嬉しいなぁー。食べるのはもったいない気がします。
| 2004年06月17日(木) |
いきもの 時間の流れ 生きている感触 |
腰に負担のかからない椅子を買いに行きました。少し高めの値段でしたが、体を大切にする為に必要なのだから良いのです。それから部屋の中を整理して、料理をして、それでもまだ半日しか経っていない・・・毎日早朝、寝ている罪悪感から目覚め、一日中時間に追われるように生きていた私はもう居ません。私はいつも自分が何をしているのかを知っていよう。
椅子を買いに行く途中の車中で空模様を見ていて、そんな自分に驚きました。そして別の誰かが言いました。 「 私たちは生まれて始めて天気を気にしている 」 これも現実を生きている感覚のひとつなのです。
無事に買い物を終えた後、車中で 「 生きている感覚 」 を味わった感触を思い出していました。
その時突然別の誰かが叫びました。 「 生きるとはこういうことだったんですね。時間を感じ、自分のしている事を感じ現実を見続けていられる。たくさんの私たちが“生きたい生きたい”と言ってる。私たちは生きたい 」
私たちは今、肌で感じるのです。 私たちは今日改めて 「 生きている自分 」 を知ったのです。それは 「 いきもの 」 であれば当然感じる感覚なのです。 私の細胞の一つ一つが 「 生きたい気持ち 」 を感じているのです。
生まれて初めてオケラといういきものを見ました。 ( 因みにオカラも好きですよ・・ ) 面白い身体をしていて、私がじっと眺めていることに気が付いてでもいるかのように、急いで土の中へもぐろうとしていました。土の中に潜る事をするのに、空を飛ぶこともするなんて、本当に面白い生き物だな。 くもの巣も見ました。クモは大きく張った巣の真ん中で生きるために必要な獲物を待っていました。私が軽く巣をつつくとクモは急いで端っこに移動し暫くすると又中心に戻ってきました。 庭に植えているトマトがようやく色づき始めました。実は、青い状態が長かったので、果たして「実」となったトマトは必ず青くなるのだろうかと、考えていたのです。良かった良かった。 海を見ました。海の水は船が通ると、そのように波を作っていました。ただ自然に。本当に水の流れは自然で良いなぁ〜。
オケラもクモもトマトも海の水も、それから真っ赤な太陽も、ただ自然に生きていました。私も・・・ただ自然に“いきもの”として生きていきます。そして、生き物としての感覚を持ちながら大人の知恵を使って生きていくのです。それが自分を成長させることに繋がるのです。
いろんな自分を肯定できると、いろんな他者を肯定できるというのは本当のことです。何故なら肯定の世界の心地よさを自分自身の心で知るからです。心の奥底で感じるのです。
私もようやく一人の時間を心から楽しめるようになりました。何時もいつも先の事を考えて生きていたら、過去の事を思い出す暇が無いくらいに楽しいものなのですね。そして私が現実にいないときや、他者ばかりを観ているときには、 「 あっという間に過ぎるていく 」 時間の流れも、現実で生きる自分を知っていられれば、とてもゆっくりとしたものに感じられるのでした。
現実を感じて生きるとはこういうことです。時間に追われて生きている時には、毎日何をしていてもまだまだ“遣り残し”があるように思えてならなかったのです。 今日は本当に、一日がとても長く感じました。もしかすると、これが生きている感触かも知れません。
| 2004年06月16日(水) |
小さくて確かな自信。 私自身。 離婚の選択に付いて |
私は今日、これまでで一番楽に仕事が出来たと感じました。ハプニングが無いわけではなかったし、決して暇だったわけでもありません。でもとにかく「楽に仕事をしよう」と頭で考える私ではなく、私はただ仕事をしていて、ふと辛さを感じていない楽な自分に気が付いたのです。 楽な自分を職場でも持続できると、私はますます過去の苦しい生活から離れた事を「良かった」と思える。さらに今まで以上に自分を信じられるようになってくるのです。
職場の人に「離婚した理由は何?」と聞かれました。私は暫く考えてから「自分らしく生きたかったから」と答えました。一言ポツリと語りながら、私の頭の中で一瞬だけ、過去の生活に隠れていた「支配の世界」を思い出しました。そうだった・・あそこにいた頃の私は“私自身”ではなかったのです。
でももう今は全て過去のこと。今の私は「私の人生」を歩いています。間違いなく私が選択した人生です。私は自分の今の生活に殆ど迷いが無い、別の人格も居るからまったく無いとは言いきれないけれど、殆どの事を私は自分の意志で決めているのです。例えば社会の人に否定されても、私はそんな時にはどうすれば良いのかを知っているのです。 職場の人は私の返事に「その気持ち分かる」と言いました。そうなんですね。世の中に私の気持ちに共感する人は多いかもしれません。でももしも、こんな私を否定する人が居たとしても、私は構わないのです。そして更に迷いが少なくなった今、これからが私の人生の本当の始まりだと感じます。私は今の自分を見て、「これで良い」とは思えていません。何故ならまだまだ傷を抱え苦しんでいる部分があり、そしてこれからも成長できる事を知っているからです。
昨日仕事前に、職場に必要な計算の勉強をしました。今日は職場で早速勉強した事を実践することが出来て、私は又また心の底からニッコリしてしまったのです。
| 2004年06月14日(月) |
私の現実 自分の人生を楽しもう。 鵜呑み |
仕事の日。出勤前にふと人間の身体に付いて知りたいと思った。ワクワクしてきて、これからは仕事を楽しめる気配がした。
職場では 「 あなたメッセージ 」 が飛び交っている。特に怒りを抱えた言葉は強烈に私の心に突き刺さる。無力な私にはならなかったけれど、自分ではなく他者を見てしまう私がいた。そうか、自分ではなく他者を見るから良くないのだ。そういうことか。やっと分かった。
昼休みに、一昨日の職場で私に怒りをぶつけた人の話が私の耳に飛び込んできた。でもその内容はちょっとだけ事実とは逸れている。そうか・・世間の会話のからくりが見えてきた。たいていの事は感情のままに他者に語られる。そして感情が入った語りは、事実の上に少しだけ何か違うものが上乗せされるのだ。そうか、その人の主観が上乗せされるのだ。だから私たちは、他者の話を鵜呑みにしてはならないのだ。特に人のうわさなど。といいつつ、私はその語りに便乗してしまった。でも今日の私は、「自分には出来ないことがたくさんある」と語ることが出来たのだ。事実だから仕方が無い。出来ないものは出来ないのだ。でも実は、興味を持てれば何でも出来ることも分かる。そしてこの頃は職場でも自然に楽しめそうな気がしている。
夕方になり、副主任が突然 「 私はもうすぐ辞めるからね・・ 」 と言ってきた。あと3週間ほどで退職されるそうだ。彼女は私に「嫌なことがあったら、ただもう “ 仕事だ ” と割り切ってね」と言った後 「 ま、人間関係が難しくて、いろいろあるけど頑張って働いて 」 と付け加えた。 私は少しだけ間を置いて 「 仕事を楽しみます 」 と伝えたら 「 そうそう、そうだね! 」 と返事をくれた。その時の彼女の表情は、私の言葉に少しの違和感も持たなかったように見えた。今の職場に入って半年間「仕事を楽しみたい」と言い続けた私の言葉に共感にした初めての人。プラスを受け入れられると嬉しいものですね。
本読みをしていてふと思う。過去に満たされなかったもの、満たされていなかった欲求を他者で埋める事は出来ないのだ。過去は終わってしまったのだから。例えば何人の男性を付き合おうと、どれだけたくさんの友人を持とうと、私が私を見ずに他の誰かを見ている限り、私の欲求が満たされることは永遠に無いのです。
明日一緒に仕事をする人と話をしていたのに、その何分後かに 「 明日の仕事は何? 」 と真顔で聞いてる私がいた。はっとして一瞬どこかに消えてしまいたくなる。コーヒーを入れて掃除を始める私。パソコンを開いて食事をしに行く私。一週間前の情報を真顔で話してる私。社会の中ではどうしてもまだまだ細かく途切れてしまう。
別の誰かは私の頭の中で言いました。 「 私たちが何度も出入りしてたら、記憶がひとつにならない 」 と。
又別の誰かは言いました。 「 私じゃなくてMamoちゃんに仕事をやらせなきゃ 」 と。
私以外の別の誰かが前向きな発言をするということは、私Mamoはそれが出来るだけの能力をもてたということ。つまり、その部分を楽しめる私になれたということなのです・・・だと思う。何故なら私は、「 自分の生を楽しむために存在する 」 からです。
ではどうすればいいのかな。自分を意識しよう。自分が今何をしていて、何を感じているのかを、私はいつも知っていよう。
| 2004年06月13日(日) |
いきもの。 星。 生。 |
久しぶりに休日の殆どを通して現実を生き、私は今日も又いつもと同じくらい素敵な日のように感じました。
突然ですが、私たちがこんなにも自分の命に対して執着心をもてたのは、私が “ いきもの ” として存在するからですね。そして過酷な状況を生きるだけで精一杯であったにもかかわらず、その中で私Mamoが自分の生に疑問をもてたのは、私が多くの人格に分けられていたからでした。
(決して、だから複数が良いということではありません。良いはずが無いのです) 普通、一つの人格がその環境に適応するべく自我が作り上げられていくようですが、私達の場合は無意識の世界で多くの人格に分かれていましたので、私は簡単に言うと 「 思考 」 の部分を受け持っていればよかったのです。
そしてそれはもちろん、私が“私”として生きられるように心の奥のずっと深い部分で望んでいたからなのです。
夕方空に輝く星を見ました。金星は青いそうですが、私の眼には朱色に映りました。反対の方角に土星がありました。土星は、海の底のような青い色に映りました。星は神秘的です。空に輝く星を見ることが出来て、えらく感動してしまいました。私はこんなに感動した理由が今も分かっていませんが、まるで初めて星を見つけた子どものように、本当に感動してしまったのです。
私がもし、庭に実っているトマトなら、トマトの甘さを持ち合わせ赤く熟れるべく生きるだろう。 私がもし、切れた小枝にくっついたサナギなら、蝶になるべく生きるだろう。 鉢植えのガーベラは、鉢の中では細く綺麗な線を出し、庭に植えなおされたら自然に負けじと茎を太らせ、何処にいようとガーベラとして生きるべく命を続ける。皆自分の命をただ生きている。ただただ生を全うするべく生きている。 私は私は人間で、何故なら人間として地球上に生まれたから。 私は人間として心を感じて生きていこう。 いつもいつも、これからもますます人間として生きていけるよう、傷を癒やし続けよう。
本当に大切なことは、 私が“ いきもの ” として生きることかもしれない。 そしてまだまだあるはず、本当に大切なもの。22:00
| 2004年06月12日(土) |
社会に出てみたら。「無気力な人」が出来た理由 |
「たくさんの能力を持って社会に出てみよう!」と思い飛び立ったものの、今日もまた意外と簡単に巻き込まれてしまいました・・・。 朝は楽しく職場へ行き、そこで優越感を見た途端に私は完全にタイムトリップしていました。仕事をしている自分が誰かはわかるけれど、その辺を歩いている人の名前が思い出せない。でも今日は職員の名前だけは分かる。何をすればいいのだっけ。考える力はゼロでした。それでも何とか仕事をしながらふとそこで、他者に受け入れられようとしている自分に気が付いたのです。「ありゃりゃ、これか・・」ということで、午後からはいくらか落ち着いた心で社会の中にいることが出来ました。
落ち着いてみると、いろんなものが見えてきました。社会にはいろいろな情景が見えます。それぞれの場面で動いて語っている人々を見ながら、私は自分がこれまで考えてきた事をわずかに思い出していました。
「私は社会の価値観を全部捨てても、自分自身で生きる能力をたくさん持っている」
夕方、職場の一人は私に対して怒りをあらわにしました。怒りの原因はその人にとっては当然のものだろうと思えました。そして私には私の業務の流れと気持ちがありました。さらに私は、私自身を否定しているその人に対して、私が言えることは何も無いことも分かっていて、更に更に、その人が怒っているのは本当は私の責任ではないことも理解していました。そう考えられると、このことに関しては巻き込まれることも無く後の仕事をこなしている私なのでした。
家に帰り部屋に張り巡らされている能力のリストをぐるりと見渡しました。それは間違いなく私が日々考え、混乱と脱皮を繰り返しながら得た私だけの能力、私の肌にしみこんだ能力でした。
これからの私は、社会に出るたびに何かを掴み能力へと変えていくのかもしれません。
ところで私は今日とてもすごい事を発見したので、これは過去のことなのですが此処に書いておきます。
私の中に“無気力な人格”がいます。もうずっと前から、私がマイナスの存在としてみてきた彼女は職場で度々登場していたのです。これが困るのです。この人格で居る私は自分を卑下し「つまらない存在だ」と言い続け、自分の生き方がまったく分からない人なのです。
私は「私達が適材適所で入れ替わり生き延びてきた」と考えた場合、職場でFBした時にその人が現実に出てくる理由が分からずにいたのですが、今夜ついにその謎が解けたのです。
無気力な人への人格交代は“ 支配したい人 ” の前で起こっていたのです。簡単に言うと “ 共依存関係 ” と言っても良いですか? 私達は過去、無意識の世界で “ 目の前の人はどういう人か ” を探り、それに応じて人格を変え相手に受け入れられるように生き伸びてきました。このことは「優越感を持つと相手に劣等感を持たせる」事とは全く違う部分のものです。 無気力な私は、目の前の人が「勝ちたい人、支配したい人」だと分かると「私なんて何も出来ない、駄目な人間、劣等感を持ってる自分だ」と訴える事で相手に受け入れられようとしてきたのです。つまり無気力な人格の私は自分よりも強いと感じる人に依存する生き方をしようとしてきたのです。 やはり・・適材適所なのですね。どの人格も・・。 そして私は次の発見にとても驚いてしまいました。 こんな人格が出来てしまったのには、過去の母親との不快な事実があったのです。母親は自分よりも小さくて、当然ながら自分よりも弱い存在の私を自分の人生の競争相手に選んだのです。 私が思春期の頃、母親は私と同じように身体や衣服を飾りたがりましたし、今でも社会を歩けば時々同じような光景を見かけますが、その次元よりもうんと低い、私の年齢が小さな頃にその競争は行われていたのです。母親は私に勝つことに喜びを感じ、そして私は母親に受け入れられる為に「無力な自分」として生きてきたのです。
私は実は、「無気力な自分」をどうしたら良いのか分からずにいたので、今夜この大きな傷を発見できたことは、とても大きな発見だったのです。こんな日の私は、この作業をしてきて本当に良かったなぁと実感します。
さて・・じつは、この人格は過去の私のパートナーの前でも度々出現していました。ということは、彼は支配したい人だったのですね。何しろ私達は過去に、生き延びる事だけを考えて生きていたのだから。
私は今日とても強い味方を得ました。それは “ 自分自身 ” です。 社会に出てみたら、私は多くの事を発見できるのですね。これからも。22:58
| 2004年06月11日(金) |
「二年目の始まり」 社会に出てみよう 断罪 |
一人で家にいて、私は何がしたいのだろうと考えました。こんな気持ちを感じたのは2回目で、今日の私は自分がやりたい事をただ進めていけばいいのだと思えました。少し前にはやりたいことが山ほどあるように思いましたが、今はただひとつ、過去の傷を癒やす事だけなのです。
夕方ゆっくりと料理をし楽しみました。一人で料理して、一人でご飯を食べる。これまで一人の空間を意識したことが無い私だったのだと改めて感じました。こんな時には自分の周りの時が止まっているようにさえ思えました。本当は時間はどんな時も同じように流れているのですよね。
ゆっくりとした空間の中でふと思いました。私は現実を生きている。私がこれからも成長する為に、社会に出ていろんなモノを収集し、その中で自分の価値観に沿うものを選んでいくことは大切なのではないかと。
何となく、プラスな動きが出来そうな予感がしています。 いつもいつも前を向いていけば良いだけ。思考が乱れたらMamoを意識すれば良いだけ。 たくさんの思考の中から私の思いをチョイスすればいいだけ・・。
「二年目の始まり」
二年目の始まりです。といっても、何も特別ではありません、私はただ毎日を生きていくだけなのです。
一昨日語り合った複数人格を持つ彼女と居た空間で、私は重たい何かが背中から襲い掛かってくるような感覚に捕らわれました。二人でいるときにはそれが何なのかを考える余裕がありませんでした。私はそういう場合に姿を変えてしまいがちなのですが、自分を意識しつつ、私が自分への違和感を持ったまま彼女と接することで、彼女を刺激してしまわないようにとも考えていました。
でもそこでふと、ちょっとおかしな考えだということに気が付きました。例えば私が誰かを傷つけてしまわないように意識することはとても大切ですが、そもそも自分に意識を向ける事が出来ていれば、隣に誰かがいたとしても、それはごく自然にそこに居るだけで「刺激してしまわないように・・」と考える問題ではないように思えたのです。
ということは私は私を意識すれば良いだけなのですね。いつもいつも・・。そうですよね。誰かの為にそこに居るのではない。私は私の欲求を感じて、そして現実に存在するのだから。
彼女と別れた後、私は重たい何かが実際に自分の中から飛び出てしまいそうになる感覚を感じました。これは初めての告白ですが、こんな時の頭の中はいつも映画『エイリアン』の中でエイリアンのお腹から赤ちゃんが生まれる瞬間の映像そのものなのです。重たい何かと共に軽い吐き気に襲われて、それから何か表現できない怒りが押し寄せてくるのを感じました。
“ 怒り ” ・・そうだった。私がいつも抱えていたものは、人格を破壊されてしまったことに対する激しい怒りだったのです。以前の私はこの怒りを自分が中に入り他の人格が現実に出た状態で表していたのだと思います。
人格破壊は史上最悪の犯罪です。
何故なら “ 命 ” とは他の何にも変えがたい尊いものだからです。 私はひとつ罪を犯しています。それは私自身の子どもの人格を破壊していたことです。
社会の無関心が人格の破壊に大きく影響していたのだとしたら、遠い過去に作られた法律を変えていく必要があります。 「親のおかげで・・」と言って生きている人が居たら、自分を見直す必要があります。家も土地も地位も名誉も、亡くなった人が眠るお墓でさえも、過去から続いているもの全ては本当に必要なものかを考える必要があるのです。 でも、私は今はまだこの事を人に伝えることが出来ません。何故なら過去に子どもを傷つけていたから。そして今もまだ残された傷に振り回される自分が居るからです。
私は自分の罪を償いたい。 私が罪を償う方法は子どもに対して何かをすることではなく、私が“私”として現実で生きることです。
ロボットではない、自分の傷みを知る “ 人 ” として。
社会に出ることは、自分の位置を確認することと、考える材料を得るためには大切なことではないかと感じました。そして、社会の中にも自分の心を見つめて生きようとする人は存在するのですから。それでもマイナスはマイナスなので、私はマイナスに巻き込まれないようにすることが大切なのです。
| 2004年06月09日(水) |
一年・・ 胃カメラ ロボットを作った過去の社会 |
Hi Mamo, Congratulation! from Mamo 一人になって一年を迎えました。 一年前と何処が違うかな? 一年前の私は自分が複数の人格を持つ事を知ってはいましたが、他の人格で生きる自分を見ることも、他の人格を認めることも出来てはいませんでした。そして今はマイナスの自分も受け入れてプラスの事をしていく毎日です。この1ヶ月、私は「もうすぐ此処へ来て一年になる」ということで、一人で焦りを感じていました。私は成長した自分をどこかに証明しなければならないような気持ちになっていました。でもそんな必要はないのですよね。 何があっても、人は日々成長するのです。私も生きている限り成長する、生きていくのなら、できれば昨日よりは少し良い生き方がしたい、ただそれだけです。
私は一年間何をしてきたかな?
これまでの責任の無い生き方から、自分を見つめ今までとは違う生き方をしようとしてきました。そして実際にこれまでの生き方とはまったく違う方法で自分を見つめ考え生きてきました。自分で生きるためには、このことがとても大切なのです。
実は私は昨日胃カメラを飲んできたのです。この何日かの腹痛を解明したかった。検査をして何も無ければそれでよし、何かがあるとわかればそれなりの対応をしていけば良いのですから。と言うことで、去年の夏に胃カメラを飲んだ時と同様に、私は自分の胃の中を見られることにワクワクしました。検査前の筋肉注射はとても痛かった・・。 「痛いなぁー・・」と感じつつ、「痛くて当たり前だ、皮膚に針を刺してるんだから・・」と、又また痛みを感じることに一種の満足感を感じる私でした。 検査は何事も無く終わり、看護婦さんは「こんなに楽にカメラを飲んだ人は初めてです」と言いました。そうなのか・・私は自分が楽に飲んだのか、それとも痛みを感じないようにしてしまったのか分かりません。けれども、苦痛を感じることなく自分の胃壁を見て満足した私が居るからそれで良いように思います。
私は今日、複数人格を持つ女性に出会いました。ゆっくりと語り合うのは2回目でした。私はぽつぽつと語る彼女の言葉の中から、彼女と私の “ 同じ部分 ” を探しました。見つけた答えは「こんなにも心を壊されている」、そして私は過去に「こんなにも壊されていた」ということでした。
酷いものです。過去の大人が当然であり正しいと思い込んでやってきたあらゆる教育が、私や彼女そして他の、心の問題に悩む多くの人たちを作ったのです。だけど、そこだけを見ていては私は成長できませんね。 これからも自分を見つめる事が良いですね。
彼女と別れた後の私は何度かタイムトリップを起こしました。でもそんなときも、自分を意識して前を向く事を思い出せれば、私は“私”になれるのです。
感情の無い人はロボットです。社会に居る多くの人々はまだまだロボットのまま生かされているのです。
| 2004年06月08日(火) |
マイナスを削除する方法 過去の社会の残虐さ |
私の思考の小さな隙間に、マイナスが入り込んでいて、日記を書く時でも社会でも、私は “ 真実の私 ”と、私自身ではない“ 傷だらけの私 ”を繰り返しているようです。 過去にはそれは、明らかに別の人格で今もまだそうであることに変わりはないのですが、今はその状況が自分で見えるようになり、ゆえに混乱してしまうのだと思います。ではどうするかな。
分かりやすいのは日記ですね。語ったことは忘れてしまうことが多いけれど、日記は読み返してみると分かります。日記の中に、過去の話を入れた時は、その行間の部分だけ自分を意識できていない、事実 “ 私 ” ではないのだと思います。ということは、日記の中に過去の事を書いた時にはその部分を削除すればいいのだな。でもそれって、事実を否定することにはならないのかな。
私は2、3日前に社会から完全に切り離されたくなりました。マイナスだらけの社会の中で自分が苦しくない生き方をしようとしたときに、自分の世界以外の何処にも顔を出したくないような気持ちになったのです。そんな自分を見つめていて、不登校や引きこもりをしている人そして暴走族と言われている人など、社会の基準から見て 「 問題児 」 として扱われている人の気持ちと同じではないかと感じました。彼らは自分の心を持ち、感情を感じ、周囲の抑圧から逃れ自分自身で生きようとしているのです。社会から自分自身を潰されたくないのです。 そして自分の感情に気が付いた私は社会から逃れて生きていくだけでは、本当の私を生きることは出来ません。私が “ 私 ” として生きられないのです。では何をしよう。プラスをしよう。マイナスの社会の中でも私が “ 私 ” として生きていけるように。どうすればよかったかな。前を見て、現実だけを見て、先のことだけを考えていこう。
・・・この記事↑は過去のことにはならないのかな??分かりません。
アリスミラーはある本の中で「自分の子ども時代と対峙し始めた人が、社会全体に広がっている子ども時代の痛みと恐怖に対する惑乱に跳ね返されてしまう」と語っています。彼女は過去の社会基盤の恐ろしさを徹底して訴えています。私は社会の歴史を詳しく知りませんが、少なくとも私の親であった人たちは私と同じように、自分たちの両親から大人の権力を振り回され苛められ、あらゆる欲求を押さえつけられたまま成長させられた事だけは事実だろうと思えます。
社会の人々は、自分たちの感情を殺されているのです。
| 2004年06月07日(月) |
痛みを感じること 自主的に動こう |
2日前から体調が崩れている事をぼんやりと感じていたのに、私は現実でいつもと変わらない生活をしていました。何時から食欲が無くなっていたのだろう。腹痛は2日前からだな。痛みを感じる私は居るのです。その時には身体を休めることが出来るのですが、痛みが治まるとすっかり忘れて自分の身体に意識を向けることが出来ずに居ました。 それが・・とても不思議なのですが、自分が現実で生きている事を感じれば感じるほど、体の不調をはっきりと感じるのです。「あ〜お腹のここら辺がこんな風に痛いんだなぁ」と言う感じで。そしてその感覚が一昨日より昨日、昨日よりも今朝と、何となくはっきりとしてきて、今朝の私は「これ以上自分に無理をさせられない」と言う気持ちにまでなっていたのです。(症状が悪化したのだと言われれば、それまでなのですが・・)一昨日と昨日の夜は早く休んで・・。今朝起きてみると体が酷くだるくて腹痛と吐き気です。でも約一年前に胃カメラを飲んだ時とは違い、私の心は決まっていました。「自分の身体を大切にすること」結局仕事を休んで、今日は一日家で寝ていることになりました。
今日の私は、痛みを感じる事を嬉しいとさえ思いました。何故なら一年前には、痛みも何も感じない私が居て、半年前には感じ始めた痛みに混乱する私でした。そして今は、自分の体の痛みを受け入れる私が居るのです。自分の身体に何をしてあげると、この痛みが小さくなるかな? 冷やすかな?暖めるかな? お腹を冷やすのは良くないだろう。では温める?でも、炎症があるところを温めてはいけないだろう・・・うーん。 考え付いたのは私の手の温度で温めるというものでした。不思議です。何となく温かいのです。私の手はこんなに暖かくて痛みに優しく届くのですね。 「気功療法」なるものがありますが、今日の私はまさしく自分で自分に “ 気 ” を送っているようでした。それもありですよね。だって、気功の先生をしている人は自分の “ 気 ” で自分の癌も治しちゃうというのだから。
実は以前うつ病で薬物依存になっていた頃、薬をやめたくて、気功療法に足を踏み入れたことがあります。その時出会った人は 「 いつも “ 気 ” を出せるような生き方を心がけています 」 と言っていました。私も自分自身の自然治癒力を引き出せるような生き方をしていこう。私の能力を根底から引き出せるのは私しか居ないから。それには傷を癒していく必要がありますね。
私達が自分の欲求に沿って “自主的に動く” という事は素敵なことなのですね。私はこれまで、子どもの為、家庭の為で生き続け、一人になってからもなお、自分の仕事のため、誰かに会うため・・と、自分の本当の欲求を知らずに生きていたのです。常に誰かの為、何かの為・・。そうなんですね。36年間生きてきたけれど、本当に自分の欲求を知らないで生きてきたのですね。昨日の私は一人で過ごす中 “ 何をしたいのかわからない自分 ” を見つめて、今までどうやって時間を使ってきたのだろうと考えざるを得ませんでした。何も無い自分がちっぽけにも見えました。過去のそんな時には、おそらくビデオを見たり買い物に行ったりと社会にあるものの中で自分にある空虚感を満たそうとしていたのです。
私はまだまだ楽になりたいです。そしてまだまだ楽になれる事を知っています。 21:15
| 2004年06月06日(日) |
思考 優先順位 本当に大切なもの 現実の色 |
部屋が散らかっていて、やりかけていることが私の目の前に散乱しています。理由は、浮かんだ思考の全てをやろうとしているから。Aのことをして居る途中でBを思いつくと、Aを途中でやめてBをやり始め、Bに関連してCが浮かぶと今度はCをやり始め・・・。最も総体して心に関することなので大きくずれているわけではないのですが、時々 “ 本当にやりたいことがわからない自分 ” になってしまったり、 “ やりたいことが多すぎる自分 ” に混乱してしまうのです。私の頭に浮かんだ思考は全て私の思考なのですから、全てをやりたいことだけは確かなのですが、「じゃ一番やりたいことは何か?」と聞かれると、そこで又混乱してしまうのです。
自分のやりたいことが決められない。これは買い物に行って品物を決められないのと同じですよね。一つならすぐに選べる、だってそれしかないのだから。でもたくさんあると、多少は誰でも迷いはあるのでしょうが私達は過去、10回でも20回でも何個もの品物をどうして良いのか分からずに、結局は買い物が出来ないまま帰る事を繰り返していました。自分の欲しているものが分からないのです。ありゃ?ということは、今も同じ現象ですか?多くのことは出来ていない?・・・全部が中途半端のままで、出来ていません。そして今の私は別の人格の思考を全て私の思考として捉えていこうとしているところなのですが、そうすると上のような小さな混乱が起こるのです。
でも、浮かんでいる思考の中でも必要ないことって意外とあるのですね。私は一昨日ふと、「浮かんだ思考の中でも私が表に纏めて出せないということは、その時点では必要ない思考なのかもしれない」と感じました。そうすると、不必要な思考は却下しても良いということになります。そして必要なものを選択するのに、優先順位を考えればよいということになるのですね。では、今の私に必要なものは何かなぁ。と考えていても、どれも欠かせない、今すぐにする必要があるような、そんな錯覚に捕らわれます。よく考えよう。うーん。よく考える必要はは無いのだった。私Mamoがやりたいことを、優先順位と捉えていけば良いのだ。
複数人格の私も一つの人格の人も、常に何十何百という思考が浮かんでいているそうです。そして普通の人は意識に上る前に自分で優先順位を決める事が出来、それ以外のものは削除されるらしいのです。私の場合は別人格の思考として浮かんでいて、実際に浮かんだ思考の多くは、別の人格が行動化していました。その時々に自分たちが生き延びる方法として出来うる全ての事をしてきたのです。ですので現在でも、浮かんだ思考の全てがその時を生きるのには欠かせないような、そんな感覚を持ってしまうのです。
実際には人間は一度に一つのことしかやれないのです。それを無理にやろうとすると、乱暴な方法を選んでしまう。 私は本当は一つずつ丁寧にやって生きたいのです。
そうですね、やっていこう。きっと出来る。丁寧にやれないことが苦しいのだから、丁寧にやっていけば楽になる。
私は今日からやりたい事を二つに絞って生きていきます。でもその他の小さな欲求はどうすれば良いのかな。寝たいけど起きたいとか。食べたいけど出かけたいとか。
そっか。私Mamoがやりたい事を優先すれば良いのだった。
昨日ファシリテイター育成会に参加しました。ある方は「親をやめたい」と言っていました。 私は自分と子どもを救う為に、直接関わる親の役割から降りました。デモね、実際には一年前の私は、子どもを救うことまでは考えられていなかったようです。私は自分が苦しくて苦しくてたまらなかった、そして苦しいままの私では子どもを傷つけるだけなのだと言うことだけを理解していたにすぎません。そしてそれでも私が新たな傷をつけない事を選べたのだから、これで良いのですよね。
長い間、理想を追いかけて生きていました。本当にとてもとても長い間。大切にするべきものはそう多くは無いはず。私は私の今の生活を優先し、大切にしていけば良いのです。本当に大切なことは “ 私が今を生きている 自分を知っている ”ことです。 “ 自分の生き方を自分で知っている ” ことです。 私が見ているものだけが、私の人生の現実です。私以外の別人格の誰が見たものも、過去の辛さの中から見たものか、過去に思い描いた理想の世界でしかないのです。
ずっとずっと考え続けている私のテーマ “ 本当に大切なものは何だろう ”は、もう目の前に広がっているような気がします。7:49
一人で行動することの気持ちよさを知りました。一人を楽しむ中で見える現実の色は、私の眼にとても鮮明に移りました。 私が私として生き、現実を実感するとはこういうことのようです。いつも垣間見ていた景色を、これからは私が連続して見ることを意識してさえ居れば、私はいつも何処でも楽に生きて行けるのですね。 と言ってもこの感覚はなんと言いますか・・・書いてみると「私が見ているものが本物だ」になるのだけど、その感触は口で現すことが出来ません。ただ、ICの本には「私は私」だと書かれているので、この部分が今日の私と同じではないかと思います。 今日は雨が降っていました。雨粒は屋根の上で飛び跳ねていました。
いつも力を抜いて生きることが出来ればどれほど楽だろうと思います。そして今はそうなる為の作業をしている事を実感します。21:00
| 2004年06月04日(金) |
自分らしくあること。 理想の世界と現実の世界 |
“朝シャン”しました。気持ちが良いものです。少し前にお風呂は入りたいときに入るのが一番だと言う話をしたのですが、確かにそのとおりでした。本当は何でも自分がそれを欲したときにしていくことが一番なのですよね。昨日『心の旅』という映画を見ました。ワーカホリックで子どもの存在を無視してきたパパが、記憶を失ったことで自分の人生を振り返るチャンスに出会い、子どもや周囲との新しい関係を築いていく・・というものですが。私が生きるのにまず一番目に必要なことは、感情を持った人間でいるということのようです。私はロボットではない。心を持った人間で常にさまざまな感情の中で生きている。その感情を自分で感じて受け入れて行くことで、何かが見えていくのですね。ワーカホリックのパパは記憶を無くす前、自分の心を殺す為に仕事に没頭していたので、傷ついている子どもにすら自分の人生を嘆いていました。これからを生きていく小さな子どもにです。そして記憶を失い新しい自分としてスタートし始めると・・なんと、新しい彼は自分の感情を基準に行動しているのです。私にはその様子がとても心地よかった。何故ならまるで子どものように純粋に自分を生きている彼だったからです。子どもとは本来そうなのです。自分らしくあるとは自分だけにしかない自分の感情を感じて、それを元に自分で動いていくことなのですね。 私はどうかな。感じられる部分とそうでない部分と・・でもこれからいくらでも広がっていきますね。癒せた分だけね。
実はすぐに社会に巻き込まれる私です。分かっていても巻き込まれるんです。それだけ確立していない自分が居るということですね。社会に出ることが辛いと感じていた私ですが、今日から又新しいスタートです。辛いことばかりと感じている社会に大切なものを持って出かける。それは能力です。私にしかない能力を持って一人で社会に出て行きます。きっと違う何かが掴めますね。8:10
現在の生活だけが私の人生の“現実”なのですね。私が子どもの頃に描いてきた理想の生活は、本当は何処にもないのです。今夜はその事をようやく自分の心で知ることが出来ました。私が過去に描いた世界は、子どもの私が辛い現実から目を逸らす為に作り上げてきたものでした。 そして大人になった私は何時までも、過去に描いた理想の世界=過去の事実とは違う世界を探していたのでしょう。
全ての過去はもう終わってしまった。私はこれからは現実だけをしっかりと見つめて生きることに決めました。
自分がこれから何をするのか、やりたい意思のあるものは何なのか、優先順位は何なのかをしっかりと見据えていきながらやっていきます。私はまだまだ成長したいのです。何故なら、今でも生き辛さを抱える私が居るから。
それから・・。この頃の私は、別の人格のいろんな言葉が頭の中でこだましています。それが今までと違ってかなりプラスの気付きがあるので、それらを整理することにしていたのですが、私は時に混乱してしまうので、私自身が頭で整理して表に出せないものは却下することにしました。私の思考を吸収したい人はそれぞれのところで吸収しているのだと思います。私は自分が現実でプラスをして行くだけ。それがとても大切なのです。22:00
22:00
| 2004年06月03日(木) |
社会の生き辛さ 休憩 |
職場では、休み時間以外にも小休憩の時間があるのですが、その休憩時間すら強制させられるのです。他者同士が常に同じ時間に同じように体が疲れることなんてありえませんが業務の流れを考えればやむをえません。そして、人は自分の体が疲れたと感じたときに休みたいと思うもので、本当は時間を決めて集団ですることではないのです。ですから「休む必要が無い」と感じている人にそれを強制するのはおかしいし、実際に自分が休憩できる状況ではない事だってあるのです。そうか・・私は今度はこの事を実行してみよう。自分の身体を知っているのは自分で、その業務に責任を持ってやっていれば、何も問題は無いはずだから。
私は今の社会は生き辛くて仕方がありません。
お金と力と評価の世界。大切なものがみつからない。皆が整列して同じ事をして、その中で落ちこぼれなければ安心できる。国会議員も医者も教師も職場の上司も皆同じ。お金と地位のことしか頭に無い。全ての快楽がお金から発生すると思ってる。
自分たちの権利を遂行することで、私たちから自由に生きる権利を奪ったのは誰ですか? 私はそんな社会は生き辛くて仕方がありません。 だから生きづらさをひとつずつ生きやすさに変えていくのです。どんなに時間がかかっても・・。 7:45 2004/06/03
| 2004年06月02日(水) |
社会の生き辛さ 比較 言葉 |
社会の中に生きる自分を見つめていました。社会で生きる私は他者の視線に一喜一憂し、他者に受け入れられる自分を探していました。受け入れられていないと感じると、即座に人格を変えました。受け入れられる人格を探している事を知りました。そんな自分はとても疲れていて神経痛の痛みが増していることも気付きました。出てくる人格をとめることも出来ませんでした。 そんな自分に出来ることは、ただ今まで学んだ事を意識することでした。 意識出来たり巻き込まれたり・・つまり私はいつもこの状態で生きているのだろうと思います。社会の中で混乱と安定を繰り返しながら、何とか生きているのが今の私の姿なのです。そうですね。 そしてこんな気付きは大切だけれど、考え続けることには問題があるのですね。「此処もあそこも」と、自分に付いてもマイナスの収拾をしてしまうのですね。
私は、世の中の流れの速さにまったく付いていけません。職場では一度に何個もの事をしようとします。ひとつでも多くの事を出来て当然で、何かを知らないことは力不足、落ちこぼれと評価されるのです。私は過去にその社会に染まろうと努力しました。個人の尊重ではなく金銭主義しか考えていない世界に。酷いものです。 そして今でも気が付くと同じ事をしています。なぜかな。否定されると辛いのですね。だから受け入れられようとしてしまうんですね。しっかりと自分を見て、真実を見ていきましょう。自分を信じていれば誰に否定されようと問題は起きないはずだから。
職場で私より後に入職した人は辞めていき、新人さんが何人か入ってきました。世の中は比較の世界ですね。まずは年齢差で動きの速さを比較され、職の前歴で比較され、ついでにずいぶん前に入った人とも比較され・・・。私は「私がこの場所に居なければ比較の対象に入ってたの?」と思わず想像してしまいました。でも、その場所に居た人の全員がおそらく無意識の世界で比較されることの恐ろしさを感じ、他人の評価から漏れないようにと自分を奮い立たせてしまったのではないでしょうか。あるいはその逆に、自分は大丈夫だと思ったり・・。 事実「私はどう映っているのだろう」と一瞬感じましたが、今の私にその結果は余り関係ありません。
社会に流れる言葉は乱暴です。私は職場で尋ねごとをするときに、私の質問の意味が相手に伝わりづらい上に、その返答の意味を私が理解しづらいのです。何度も聞きなおしてるうちにふと「私ってナニ人?」と思います。私は日本人で、話しているのは丁寧な日本語のはず。時には、相手の言葉が分からない自分を恥ずかしいと思ってしまうのですが、とりあえず「聞く相手を間違えた」と言う事にしておいて、その場は終了してしまいます。だって言ってる意味がわからないのだもの。考えようが無いのです。ちなみに私は方言はあっても良いかなあと思います。と言っても、それが相手に伝わらない程度となると問題かなあ。私は人に伝わりやすい優しい日本語を使っていきます。
新人さんのうち一人の人は、二日続いて私の傍にぴったりとくっついて離れませんでした。昨日の私はその人の境界線を越えてその人のお世話をしてしまいましたが、今日はそんな彼女の邪魔をしないように私は私の事をしていました。私が自分の事をしていく、ただそれだけで良いのですね。
| 2004年06月01日(火) |
社会に飲み込まれる私」「社会を見据える私」・・悔しさ |
テレビで、男性摂食障害の事をやっていました。その男性は小学校時代の女子生徒からのいじめが原因だと語っていました。直接の内容は「顔が怖いと言われた」トラウマだと言われていました。コメンテーターである精神科医が見た、彼のことに対する見解は“自分の人生がうまくいかない原因を、顔のせいにすることで現実から逃げようとしている”というものでした。精神科医と司会者の会話を聞いていると心の病に対する認識の浅さを感じずには居られませんでした。彼らの問題ではないのだから当然かもしれません。
摂食障害とは母性と大きく関係があるらしい。料理は母親がするもので、食事と母親は切り離せないそうな・・。 ちなみに私も過去に過食拒食を繰り返した時期があります。その行為が目立ったことはありませんでしたが、本人が空腹を感じていないのに食べてしまうのは、食べ物依存と言えるでしょう。
なんてちっぽけな自分だろう。成長する為の材料は持ち合わせているのに、私はいつも社会にもみ消されて小さくなってしまう。他者の存在がぼやけるくらいに自分を知っていたいのに、いつのまにか他者に合わせる自分になっている。何時までこんな事を繰り返しているのだろう。同じ事を繰り返してる自分が歯がゆい。 一年前、元パートナーに向かって感じた底付き感は、一年後の今、自分に向かってやってきた。何でこんな頭なんだろうと自分の頭をぽかぽか殴りたい。悔しくて泣きたい。死にたいとは思わないことだけはすばらしい。此処だけは一歩もたじろがないくらい成長しているらしい。私の頭にその気持ちはあるのかな。あるんだね。でも私は死にたいとは思わない。だけどやっぱり頭がまとまらない。 世間と同じ基準で動いてしまう自分が悔しい。そしてこうして書いている次の瞬間に、私は此処に書いたことなど微塵も思っていないくらい前向きな自分になるのです。ほらね。こんな私は、どっちが本当の私だろう。こんな私は私をどうすれば良いの。
「 社会に飲み込まれる私 」 と 「 社会を見据える私 」 「 他者が基準の私 」 と 「 自分が基準の私 」 23:40
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