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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
原作文庫本を間違って購入しないために

ハヤカワ文庫NVから発売されているオーブリー&マチュリン・シリーズの原作本には、他の海洋小説シリーズと異なり、通巻が表示されていません。

これはおそらく、映画化に間に合わせるために4巻より先に10巻が発売になった…という特殊事情によるものだと思いますが、このために掲示板上の話題で巻数が食い違ったり、間違った巻を買ってしまったり、同じ巻を2冊買ってしまった…などという混乱が多々発生しているようです。

そこで間違えないための見分け方をご伝授いたします。

ハヤカワ文庫は(NVでもSFでも、FT、HM、JAいろいろありますが)背表紙に「NV チ−1ー3」のような記号がついています。これは作者別の通巻番号で、オブライアンは「オ−4」。
これでたどっていくと間違いがありません。

1巻上は「オ−4−1」1巻下が「オ−4−2」。と続いて、3巻下が「オ−4−6」。
映画化された10巻は、番号が飛んで「オ−4−19」「オ−4−20」です。
ご購入に際しては、タイトルよりこの作者別通巻番号を参考になさってください。

なお私がここで1巻、2巻という時には全て、日本語訳の上下巻をひとまとめにして1巻と意味で用いていますので、よろしくお願いいたします。


また、先週末の「映画を楽しむために:海事用語など解説」の更新で、新規更新箇所がわかりにくい、とのご指摘といただきましたので、新規更新箇所のみ、下記に直リンクでご紹介します。

マスター・アンド・コマンダーとお酒
Dr.マチュリンの時代の医学
M&Cのおやじギャグとおまじない
”H.M.S.”ローズ(H.M.S.サプライズ)

こっそり予告:4月2日の更新のために、「NV チ−1−3」と、「NV ケ−1−13」を読み返しています。ただし、2日は週日ですので、更新は週末で日付さかのぼりになる予定です。


2004年03月31日(水)
「M&C」脇役キャスト

「マスター・アンド・コマンダー」は、艦長と軍医、候補生の成長の物語であると同時に、プロ集団の群像劇でもあります。
下甲板の水兵たちも皆、個性的なプロフェッショナルばかり。
Kumikoさんが、彼らにスポットライトをあてた素敵なページを作っていらっしゃいます。

サプライズ号脇役グラフィティ

今日はこれを補足する形で、2003年11月04日付の試写会用プレス資料(2)に紹介されていなかった脇役キャストについて、俳優さんをご紹介しようと思います。

Mr. Williamson(候補生):Richard PATES
Mr. Boyle(候補生):Jack RANDALL
 2人ともこの映画が初出演作品。

Mr.Lamb(准士官 船匠):Tony DOLAN
 英国のメタル・バンド「Venom」でボーカル、ベーシストとして活躍。TVドラマの編集スタッフとしての経歴もあり。

Joseph Nagle(船匠助手):Bryan DICK
 英国のTVドラマを中心に活躍。次回作は「Colour Me Kubrick」

William Warley(上級水兵 メイントップマスト班の班長):Joseph MORGAN
 英国ITVのTVドラマ「ヘンリー8世」などに出演。次回作はコリン・ファレルの「アレキサンダー」でPhilotas役。

Michael Doudle(上級水兵):William MANNERING
 子役時代から英国のTVドラマで活躍。ショーン・ビーン主演の「Sharpe's Company」では少年士官役。
 「修道士カドフェル」にもゲスト出演。「Breaking the Code」では少年時代のアラン・チューリング役なども演じている。

Awkward Davis(上級水兵):Patrick GALLAGHER
 1980年代から英国のTVドラマで活躍するベテラン。次回作は「In Enemy Hands」。

Nehmiah Slade(上級水兵):Alex PALMER
 英国のTVドラマを中心に活躍。

Padeen(マチュリンの従僕):John DESANTIS
 カナダ・ブリティッシュコロンビア州出身。アメリカのTVドラマなどに出演。
 ジェシカ・アルバの「ダーク・エンジェル」にもゲスト出演している。

Black Bill(キリックの助手):Ousmanne THIAM

見ての通り、ビルとパディーン(と、艦長)を除いては全て英国人です。
個人的にいちばん驚いたのは、ドゥウドゥル役のウィリアム・マナリング。「Sharpe's Company」(1994年)では今のカラミー位の年齢の少年士官(こちらは陸軍ですが)を演じていました。それが…まぁ、いやーすっかり大人になっちゃって! ある掲示板で教えていただくまで全く気づきませんでした。ありがとうございます。
カラミーやブレイクニーにも、大人になった時に再会できるのでしょうか? 10年後が楽しみです。


2004年03月28日(日)
【未読注意】【未見注意】脚本家ジョン・コーリーの経歴

【未読注意】【未見注意】ピーター・ウィアー監督と、脚本のジョン・コーリーが、原作10巻をどのように脚色していったかという記事です。原作のどのエピソードがどのように形を変えて映画になったかが、具体的に詳しく書かれています。原作10巻未読の方はご注意ください。

米国メリランド州の地方新聞ボルティモア・サンに、映画公開直後の2003年11月23日に掲載された脚本ジョン・コーリーに関する記事の要約です。

Man of the world wielded a pen for 'Master'

「マスター・アンド・コマンダー」は大人向けのハリウッド大作である。公開第一週の統計では、観客の83%が25才以上という結果が出ている。この映画は、単なるスペクタクル映画ではなく、大人の感性に訴えかける独特の味がある。
これはもちろん、監督ピーター・ウィアーによるものだが、共同脚本にジョン・コーリーを選んだのは、賢明な選択だった。

脚本家としての知名度は高くないが、コーリーは最近の若手脚本家と異なり、映画産業の外での豊富な経験がある。映画の世界しか知らない脚本家の経験は、映画の中にしかなく、以前に何処かの映画で見たシーンを、形を変えて再現しているようなことが多い。
だがジョン・コーリーは、戦争による破壊の跡をその目で実際に見てきた経験がある。「私がそのようなシーンを執筆する時には、想像に頼るのではなく、実際の記憶を再生する作業になるのだ」とコーリーは語っている。

ジョン・コーリーはスコットランドのエジンバラ大学で医学を学び、ケンブリッジ、バース、ブリストルで開業医として働いた後、マダガスカル、ガボン、旧ソ連、ソロモン諸島などの僻地医療に携わった。オーストラリア人の新聞記者である妻とは旧ソ連で出会った。
「私はだんだん最先端の西洋医療にうとくなっていった。医師としての私のテクニックは、ジャングルや孤島などの僻地で役にたつようなものばかりだ。つまり、限られた薬や副木でどうやって即席かつ最前の治療をするかというテクニックさ」

当時の任地、ソロモン諸島での医師の給料が安かったことから、コーリーは英オブザーバー紙にコラムを書くようになり、後にラジオ・ブリストルの電話医療相談にも出演することになった。
また3本のサスペンス小説をあらわし、そのうちの1本「Paper Mask」がTVドラマ化された際には脚本をも執筆した。
子供が生まれたことからコーリー夫妻はオーストラリアに落ち着くことになり、シドニーでコーリーは、フルタイムの脚本家となった。

「マスター・アンド・コマンダー」の脚本執筆にあたって、ウィアーとコーリーは徹底的に原作を読み直した。
彼らは枝葉を落とし、プロットラインを艦対艦の追撃戦に絞り、原作10巻に登場するアマゾネスのような海賊や中絶の犠牲となる女性については映画の中心テーマとなる男同士の友情をぼやけさせるものとして割愛した。
「オブライアンの小説には永遠のテーマと言えるジレンマが存在する」とコーリーは語る。
「何時、戦いを仕掛けるのか? それとも戦わないのか? 犠牲を払うに値するものは何か? 友情の限界とは? 原理原則からどの時点で逸脱するのか?」
結局彼らは、原作とされる10巻だけではなく、全20巻から脚本を作り上げることになった。

キャラクターについても、ウィアーとコーリーは、そのエッセンスを汲み上げることにした。
「原作のスティーブン・マチュリンは常に葛藤のただ中にいる男だ。小柄で、チョッキを着崩し、海の上では全くの素人。だが映画のポール・ベタニーはそうではない。だがポールは、マチュリンの神髄を体言している。彼を導く羅針盤すなわちマチュリン像は、ダーウィンの進化論を予見するような考えを持った敬虔なカトリック信者。だからこそ、彼にとってガラパゴスは、地をゆるがすような重要性をもっており、その上陸をめぐって、なおも戦闘を優先させようとするジャックとの間にいさかいがおこる」

ウィアーとコーリーはまた、この映画をドキュメンタリー仕立てにしようと考えた。映画館を風が吹き抜け、観客が潮の香りを感じるような映画に。そのために「言葉」もまた重要な表現方法の一つだった。現代の我々にはちんぷんかんぷんな戯言や、あまり笑えないジョークを使うか使わないか。ジャックと部下の士官たちは、「lesser weevil(小さい方のコクゾウムシ:字幕では「虫はムシ」)」のジョークに馬鹿笑いするが、ネルソン卿の思い出は感傷的に語る。

ウィアーを巨匠と呼ばしめるものは何か? コーリーによれば、それはウィアーが「各シーンの情感をつかむ」ことにこだわる点だ。
「映画を作るということは、タイプライターの前に座って気のきいた会話を紡ぎ出すことではない。ある女性キャラクターについて(最終的には彼女は脚本から削除されたが)話し合っていた時に、ピーターが言った。『わかった。じゃぁこれから私が君に中絶を依頼するから、君は私のどこが悪いのか、それを私は言葉では言わないが、読み取ってほしい。君が医者で、私は中絶を求める女性、我々はどこかで妥協しなければならない』 それは文章では表現できないものだ。ニュアンスと表情。そして監督としてピーターは、観客が登場人物の表情からその考えが読み取れるような芝居を引き出す。

脚本執筆に際して役に立ったのは、コーリーの医者としての経験だけではなかった。1980年代の後半、コーリーはマダガスカル沖の石油掘削現場に医師として派遣されていた。「石油掘削現場はタフな男たちの世界だ。厳しい自然環境、携帯電話の発明される前は隔絶された世界、そのような中で重機を扱い海底や沼地を掘削する。勤務中は厳しく、作業に没頭しているが、仕事を離れた時には驚くほど優しく仲間思いの連中だ。

「マスター・アンド・コマンダー」でウィアーとコーリーは、この「タフな男社会における男性間の情愛について語ることのタブー」を破ろうとした。この映画に涙した人もいるだろうが、それはおそらく、この映画が男性間の秘めた情愛を呼び起こすものだからだ。男同士が助け合う時、男性のもつ女性的な側面があらわれる。

だがコーリーは、この石油掘削現場で、男同士の絆のもつ残忍な面をも目にした。男たちの間には自然とグループが出来ていき、その雰囲気に合わない者はのけ者にされる。映画では年を取りすぎた候補生が、乗組員たちからヨナと見なされ、「追放」されるのだ。

この候補生、ホラムは、原作を脚色するにあたって最も進化をとげたキャラクターだ。ホラムのキャラクター進化は、脚色にあたってウィアーとコーリーがたどった遍歴を、最も良く現している。
この進化がこの映画を、「当時そのままの」作品へと仕立て上げており、映画から「メロドラマの部分を取り除き、真のドラマ」のみが残る作品としたのだ、とコーリーは考えている。


2004年03月27日(土)
上映終了日

「マスター・アンド・コマンダー」の主要館での上映は、4月9日(金)までとなる見込みです。23日までの予定が短縮されました(やはり…)。ただし、映画館に問い合わされた方の情報によると、東京でも新宿プラザ(新宿・歌舞伎町)は23日までとのことですので、場所によっては上映が続くところもあるようです。

後を受けて2週間上映されるのは、日劇1ではジョージ・クルーニー&キャサリン・ゼタ・ジョーンズの「ディボース・ショウ」のようですが、まぁゼタ・ジョーンズだったらしょうがないかなぁ…なんて。
実は、アメリカの出版社が主催するHPのパトリック・オブライアン・フォーラム(掲示板)では、ソフィーとダイアナのキャスティングが話題になったことがありましたが、ダイアナに関してはキャサリン・ゼタ・ジョーンズで意見が一致しているようです。続編も決まっていないのに、気の早いことですが。
でも私も思わず、映画上映前の予告を見ながら、うーん、ダイアナ…などと想像をたくましくしてみたり。イメージとしては「マスク・オブ・ゾロ」のヒロインのイメージでしょうか?

ちなみにソフィーについては、まだこの人と意見の一致を見る女優さんはいないようです。確かにソフィーはある意味あまりクセがないので、女優さんの幅も広いのではないかと思います。
ちなみに、私の個人的イメージは、フィービー・ニコラス。ケネズ・ブラナーの「シャクルトン」で、シャクルトン夫人を演じた方。日本公開の映画では、ピーター・オトゥールがコナン・ドイルを演じた「フェアリーテイル」で、少女の母(ポール・マッガンの妻役)を演じた女優さんなのですが。
イメージとしては、地味な知的美人で、30代になっても可愛さの残る人…かしら。LOTRを見ながら、エオウィンのミランダ・オットーでもいいかな…と最近は思っていますが。

ところでこのHP、上映終了後1〜2ヶ月で終了と掲げているため、最近読まれるようになった方から、過去ログが読み切れないとのメールをいただいてしまいました。
ご安心ください。
このHP,1年は使用料を払い込んでいますので、2004年8月までは確実に存在します。
トラファルガー、聖ビンセント岬と主要な海戦の日には特集を組んでいますが、8月1日のナイルの海戦の日には特集をupする予定です。
その後の資料保存については、いずれ…この年度末の多忙がおさまって余裕が出来たら、どうするか考えますので、お待ちください。

遅ればせながら、3月7日付の映画を楽しむために(海事用語など解説)、のページに、「M&Cとお酒」「ドクター・マチュリンの時代の医学」「M&Cのおやじギャグとおまじない」「"H.M.S."ローズとH.M.S.サプライズ」を追加しました。ご参照ください。


2004年03月26日(金)
東京バックステージツァー・レポート

19日の夜に開催された「マスター・アンド・コマンダー」のバックステージツァーに行ってきました。
映画の撮影に利用された復元帆船ローズ号の元クルーで、現在京都にお住まいのトム・マクラスキー氏のお話を伺うイベントです。
主催はSalty Friends、国内外の種々の帆船で航海を経験したメンバーが、帆船や海、船の面白さや海洋文化の振興、セイルトレーニングの普及などを目的に活動を開始したばかりの団体です。

会場には最終的には100名弱の方が集まる盛況、年齢層も広く、実際に帆船やヨットに乗っていらっしゃる方、帆船模型を作っていらっしゃる方、映画ファン、海洋小説ファンなど様々な方が参加されていました。

講師のマクラスキーさんはアメリカのウェスト・バージニア出身。大学卒業後ヨーロッパ放浪中にアイルランドからカナリア諸島までヨットで航海するチャンスにめぐまれたことから海と船に魅了され、以後4年半を帆船(主に木造帆船)のクルーとしてすごしました。
映画「M&C」でサプライズ号を演じたローズ号には、2000年から乗り組み、映画製作中の1年間はローズ号の甲板長として活躍、現在は京都で日本語と日本文化を勉強中で、今回のプレゼンテーションも日本語で行われました。

客席からの複雑な質問や、帆船に関する細かい説明は、かつてローズ号の乗組員を1年務めた帆船「海星」の元船長S氏(マクラスキー氏の船乗仲間)が、通訳とともに補足してくださいました。
とてもアット・ホームな講演会で、マクラスキー氏というよりトムさんの方が当日の雰囲気をよくあらわしていると思いますので、以後、トムさんで紹介させていただきます。

そうそう、大阪のバックステージツァーに参加された方から、「トムさんは素でロード・オブ・ザ・リングのエルフが出来る方だ」と聞いていたのですが、金褐色の長髪を、18世紀の船乗り風に弁髪(一本の三つ編み)にして背中に流したトムさんは、確かに角笛城の城壁から矢を放っていてもおかしくない方でした。
メイキング本をお持ちの方は、5章「Mastering the Crew」の軍医助手ヒギンズの写真を探してみてください。ヒギンズの後ろに写っている横顔の水兵がトムさんです。映画の中で最もわかりやすいのは、ジョー・プライスの手術のシーン。カラミー候補生の左隣で手術を見学しています。
ローズ号の本来のクルーは皆、当時の衣装を着て、日焼けの化粧もして、映画の中で活躍しました。ヤード(帆桁)など高所で作業している水兵は、ほとんどがローズ号のクルーだそうです。

さて、トムさんのお話はまず、ローズ号を東海岸ロード・アイランド州ニューポートから、映画の撮影所のあるメキシコへ回航するところから始まりました。
回航前にローズ号は乾ドック入りし、船首に銅板を貼られました。当時のフリゲート艦はたいてい、防水対策をかねて喫水線下に銅板を貼っていたのですが、これまでローズ号は銅板がなく、ペンキなどで防水対策をとってきました。これはただ単に経済上の理由だからだそうです。
今回の映画化にあたり、映画会社がお金を出してくれたので、やっと銅板が貼れた…との由。
このほか、メキシコへの航海に備えてエンジンも馬力のあるものと交換しました。

2001年1月中旬、メキシコへ向けニューポートを出発。この時期は、実は最も北大西洋が荒れる季節に当たるのですが、映画の撮影に間に合わせるためには致し方ありません。
実際、出航3日後には嵐に見舞われ、風速40メートルの風、7メートルの波を切り抜けなければなりませんでした。
カリブ海ではメイントゲルン・マストが折れるというトラブルにも見舞われ、パナマ海峡を抜けた太平洋のメキシコ沖では、近くで竜巻が発生してヒヤヒヤするなど、なかなか大変な航海だったようです。

ようやくカリフォルニア州のサンディエゴ港に入港。ここの乾ドックで今度は、ローズ号をサプライズ号に改修する作業が始まりました。
この作業には4ヶ月かかりました。マストはロワーマスト(一番下の部分)をのぞいて全て取り外し、バウスプリットともども、新しいものに交換されました。
英国で建造されたローズ号(復元船のもととなった実際のH.M.S.Rose)と異なり、もとはフランス艦だったサプライズ号の艦尾は丸みを帯びているため、艦尾構造物も作り直されました。もちろん船首像も交換です。

艦首部には18世紀風の巨大な錨が取り付けられましたが、実はこれプラスチック製。後にメキシコで実際に投錨してみたところ、見事にぷかぷか浮いてしまい撮影にならなかったそうです。
復元船とは言うものの、現代に建設されたローズ号のリギン(マストなどを前後から張って支えているロープ類)は、全て細くて丈夫な鋼鉄製なのですが、実際に太い植物性ロープだった18世紀当時らしく見せるために、鋼鉄のワイヤーロープを植物性のロープで巻いて太くする作業もありました。
この作業の出来ない鋼鉄製ロープについては、全てゴムのカバーをかけて、植物性ロープらしく見せかけました。

舵の位置もミズンマストの前に移動、中央部には格子板が取り付けられましたが、実はこの下にはエアコンが設置されたそうです。
ローズ号にはない、スタンスル(横に張り出す追加の帆のこと。映画ではアケロン号から逃げる時に張り増していました)も貰いました。

メキシコの巨大プールに建設された、もう一隻のサプライズ号や、アケロン号のセットについても、建造中の写真が紹介されました。
アケロン号は映画に写る左舷部分のみきちんと作られていて、右舷部分は(カメラに写らないので)骨組みだけ、マストも途中までしかありません。
プールに隣接したスタジオの建物は、背景に写ってもCGで消しやすくするために、全て青色に濡られていました。
このプールは一方が太平洋に面しているので、太平洋側を背景に撮影すると、実際に大海原にいるような映像になります。

大道具や小道具の写真も紹介されましたが、その中で一番高価なものは、当時のアンティーク品である艦長の懐中時計で、これは実は3万ドル(約350万円)のシロモノだそうです。

またメキシコの太陽は強烈なため、セットの上にはクレーン吊りの巨大な日傘が設置されていましたが、この日傘は夜のシーンでは照明を反射して月光を作り出す役目も果たし、そのためにmoonと呼ばれていました。
ホーン岬の雪のシーンの撮影は、実は真夏のメキシコに何トンもの雪を運び込んで行われましたが、喜んだエキストラが雪合戦を始め、ついにはラッセル・クロウまで一緒になって大合戦になってしまいました。
嵐のシーンの撮影は、船の脇に設置したタンクから海水を流し落として波としていましたが、傾いた甲板で水に流されるのは危険なので、流される水兵の役は全てスタントマンが演じました。
プールに作られたセットのサプライズ号には実はトイレが無く、必要な時にはイカダで岸に渡らなければなりませんでしたが、間に合わない時は昔ながらに大海原をトイレに(でも海中には撮影用のダイバーが潜っていたのでひんしゅくをかったのだとか)。
…いろいろ裏話を伺いました。

主演のラッセル・クロウについて、彼にはバイオリンのレッスンや英国英語の発音指導、殺陣の稽古など非常に忙しいスケジュールがあったにもかかわらず、撮影スタッフの名前をよく覚えて、声をかけていたとのこと。ローズ号のクルーであるトムさんの名前もちゃんと覚えていました。
トムさんは碁を打つので、映画「ビューティフル・マインド」では碁を打っていたクロウ(ナッシュ)を対局に誘おうとしたのですが、残念ながらクロウ自身は碁が打てないとのこと、にもかかわらず碁については大変よく知っていて、話しがはずんだとのことです。
艦長と副長がマストに登るシーンは、最初はブルースクリーンで撮ることになっていたそうですが、クロウ自身の希望で実際に登って撮影することになり(バックステーを滑り下りるシーンも彼自身、スタントなし)、実は命綱もつけていなかったことが後でわかって、彼はFOX社のディレクターから大変に怒られたのだそうです。

お話の大筋はこのようなものでした。
あとは、映画のわからない点について個人的にいろいろお尋ねしてしまったのですが、それについてはいずれ、3月7日の日記からつながっている解説ページに反映させていただきます。

トムさん、S船長、いろいろと変な質問をして申し訳ありませんでした。丁寧に答えてくださったトムさんには本当に感謝しています。
Salty Friendsのスタッフの皆様、本当にご苦労さまでした。またこのような海と船に親しむ事の出来る企画を楽しみにしています。
Salty Friendsでは4月から帆船を中心にした海と船の情報をメールマガジンで発信していかれるとのことです。興味をもたれた方は、2月19日付け日記から、Salty Friends HPへ。

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年度末業務多忙のため、大事な時期に週末1日しか更新できず申し訳なく思っています。
まだ脚本家ジョン・コーリー氏の紹介記事とか、いろいろ面白いネタはあるのですが。
4月に入れば少し時間も出来ると思いますので、いましばらくお待ちください。
…とか言って、私に時間が出来た頃には映画終わっている…というのは無しにしてくださいね。

最近はたぶん、皆様の方が私よりよく映画をご存じだと思います。バックステージツァーの会場には、なんと既に13回映画を見た!という方がいらっしゃいました。
まだ前売り件が1枚残っているので、何とかちかぢかもう一度映画に行きたいと思っているのですが。

月〜金は残業に追われているため、メールをいただいてもお返事をさしあげることが殆どできません。
今しばらくは対応が滞ると思いますが、よろしくお願いいたします。

また、帆船模型の製作のためにサプライズ号のとローズ号の線図についてお問い合わせのメールをお送りいただいた方、お返事をさしあげたいのですが、返信メールが戻ってきてしまいました。正しいメールアドレスをご連絡いただければと存じます。


2004年03月21日(日)
ホーン岬沖 嵐の撮影

ハワイの新聞から、「マスター・アンド・コマンダー」のホーン岬ユニットの撮影監督として、エンデバー号でホーン岬沖の海の映像を撮影したポール・アトキンス氏の記事をご紹介します。

Storm-tossed cinema leads to Academy Award

ハワイを拠点に活動するカメラマンが昨年3月、ホーン岬沖をまわる42日間の航海に出た。彼と助手は4回の嵐に遭遇し撮影した。それらの映像はアカデミー賞撮影賞につながった。
ピーター・ウィアー監督はクレージーなアイディアを持っていた。「パーフェクト・ストーム」のようなデジタル色の強い映像ではなく、自然な嵐を描きだすために、ホーン岬の実際の嵐の映像を撮影しようと考えたのだ。
ハリウッドには、このような撮影に適した人材がおらず、撮影監督のラッセル・ボイドが白羽の矢を立てたのは、ホノルル在住でナショナル・ジオグラフィックやディスカバリー・チャンネルのドキュメンタリー撮影をしていたアトキンスだった。

今回アトキンスは2種類の撮影を行った。一つは35mmフィルムで「マスター・アンド・コマンダー」用の海とホーン岬の映像を撮影すること。もう一つはディスカバリー・チャンネルのドキュメンタリー番組「The Ship」のための、ビデオ撮影だ。
このドキュメンタリー・ビデオの一部は、「マスター・アンド・コマンダー」のコレクター版DVDに収録されることになっている。

アトキンス氏が同乗したエンデバー号は、18世紀後半のキャプテン・クックの探検船を復元した帆船で、クリス・ブレーク船長以下50人の乗組員と船客を乗せ、ニュージーランドからホーン岬をまわる航海に出た。
彼らは都合4回の嵐に遭遇したが、最初の嵐は夜中だったため撮影ができず、アトキンスは次の嵐を心待ちにして…当然のことながら他のエンデバー号の乗組員や船客からはひんしゅくをかった。

だが実際の嵐の撮影は非常に困難で危険が伴うものだった。風速37メートル、海はうねり、15メートルの波が荒れ狂う。船は突き上げられたかと思うと波間に落ち、左右にも45度以上傾いた。片舷の砲門まで完全に水面下に入る。
アトキンス氏と助手は暴風の中、船に命綱で体を縛り付け、撮影を続けた。



また、ポール・ベタニーのファンの方へ。シカゴ・サン・タイムズ紙にこのような記事が掲載されました。
Between busker and baby-wiper, Bettany hones his acting chops
「ジェニファー・コネリーはあまりダンナに文句を言わないですんでいる。何故なら彼女の夫はお皿を洗ってくれるだけではなく、おしめも替えてくれるからだ」
という記事で、最近のポールの様子、ちょっとだけ「M&C」の話(既出のもの)、次回作「ウィンブルドン」について紹介しています。

もう一つ。
実はこのHPではこれまで、きちんとした記事のみを要約紹介していまして、海外掲示板のウワサなどは対象外だったのですが、今回に限り例外として、ちょっとウワサを広めてしまおうかなぁと思います。
ただし、「M&C」の話ではありません。

まず最初に、ウワサはウワサ、決して信じてはいけません。
でもこれは、たとえはずれて一夜の夢で終わっても、見て楽しい夢ということで、お許しくださいね。

実は「ホーンブロワー」を製作したA&E社の掲示板に面白い書き込みがあります。

書き込みの内容は下記の通り。
シャープのファンサイトによると、Carlton社(ショーン・ビーン主演の英国TVドラマ「シャープ・シリーズ」の製作会社)が2005年のトラファルガー海戦200年記念にあわせてバーナード・コーンウェルの小説「Sharpe's Trafalger」を映画化する計画は、プロデューサーが動き出したことから、かなり具体化しているようだ。
だがCarlton社は、このドラマと「ホーンブロワー・シリーズ」と融合することを計画し、現在、A&E社と話し合いを行っているというウワサがある。

このウワサ、どう思われます?
ありえないことではないんです。「シャープ」と「ホーンブロワー」は製作会社は違いますが、放映は同じITVのドラマ・プレミア枠でしたので。
でも実際どうするの?っていうことになると、
原作小説ではシャープは現場(トラファルガー岬沖の艦上)にいることになっていますが、ホーンブロワーはこの時期、英国本国にいて、後にネルソン提督の国葬準備に奔走することになるので。原作に忠実であれば、2人が接触するのはポーツマス港以外にはないことになりますが。

まぁ想像してみるだけでも十分に楽しいネタであることは確かです。
あまり期待せずに、来年を待とうと思います。


2004年03月13日(土)
映画「マスター・アンド・コマンダー」を楽しむために(海事用語など解説)

映画「M&C」は、敢えて専門用語をそのままに当時の艦内を再現しています。当然、映画をご覧になった皆様には、ところどころで「?」と思われることが多いと思います。
アメリカの20世紀FOX社の公式ホームページには、これをフォローするような解説コンテンツがありますが、日本の公式ホームページには無く、映画パンフレットの解説も殆ど焼け石に水状態。
そこで、緊急対処として用語解説のページを作成してみました。

1週間足らずのスケジュール、私一人ではとても出来ませんでしたので、海洋小説系のHPでお世話になっている皆様に救援要請を発信し、お忙しい中にもかかわらず多数の方に助けていただきました。本当にありがとうございました。

以下の各タイトルをクリックすると、各ページの解説に飛ぶことができます。
映画鑑賞の参考になればと思います。

1.サプライズ号の士官と水兵
  18-9世紀英海軍の階級システム(たけうち) 
  海兵隊について(柴崎)
  士官の制服(只野)
  旗について(只野)
  海軍への道 Naval Recruitment(葉山)

2.サプライズ号の航海と日課
  時鐘と当直(hush、にっけ)
  羅針盤と六分儀(hush)
  六分儀について(鐵太郎)
  ハンド・レッドとハンド・ログ(葉山)
  帆船のスピードと貯蔵品(hush)

3.サプライズ号の戦闘と戦術
  戦闘配置と戦闘準備(只野)
  当時の捕鯨について(hush)

4.船乗りたちの日常生活
  映画に登場した船乗りの唄について(只野)
  ジャックとスティーブンの時代の音楽(藤木)
  マスター・アンド・コマンダーとお酒(hush)
  ドクター・マチュリンの時代の医学(葉山)
  マスター・アンド・コマンダーの博物学(hush)
  「M&C」のおやじギャグとおまじない(葉山)

5.H.M.S.サプライズ
  H.M.S.サプライズ甲板図(只野)
  "H.M.S."ローズ(H.M.S.サプライズ)(只野)

お世話になった皆様:鐵太郎さん、只野さん、hushさん、柴崎さん、たけうちさん、にっけさん、藤木さん、澪さん、倉野さん、サマキさん、本当にありがとうございました。

このコンテンツは随時、追加・修正・更新していく予定です。


2004年03月07日(日)
【未見注意】編集監督インタビュー

【未見注意】この映画の編集監督リー・スミスが、映画の画面を見ながら専門誌の記者に、編集の意図を説明する記事です。当然ねたバレになりますし、おそらく前もって映画を見ていないと何処のシーンかわからない、といった問題も生じるのではないかと思われます。映画をご覧になってから読まれることをおすすめします。

Editors Guild magazine : Lee Smith on Master and Commander

映画「マスター・アンド・コマンダー」の編集を担当したのは、ウィアー監督と「危険な年」「トゥルーマン・ショー」などでコンビを組んだリー・スミス。

記事は、専門誌の記者がスミス氏に質問し、スミス氏がこれに答える形で進んでいきます。
嵐のシーンでは、実際の映像を見ながら、編集時の意図を記者に説明するという形です。
この記事の一部を以下にご紹介します。

Q(記者の質問):船上での多くの作業シーンが描かれていますが、作業の説明はなされていませんね。
映画の冒頭では、「戦闘準備(beat to quarters)」の様子が描かれ、観客は戦闘態勢の準備が整えられる様子を目のあたりにする。当時の艦上生活がどのようなものか、解説はないが実際のところを、詳しく紹介している。編集時の意図は、観客に起こりつつあることの感じをつかんでもらい、興味を持たせ、どんどん先に進んでいくというものだった。

艦上生活を詳細に描いた監督の意図はこのようなものだ。例えば、大海原に艦がぽつりと浮かんでいるシーンを見ても、観客はその艦に乗り組んでいるような気分にはならない。そのため監督にとっては、ドキュメンタリーのような手法が重要だった。ゆえに艦上生活を、例えば艦の測度を測るシーンなど、艦にかかわる作業について、きめ細かく描いた。

Q:エンデバー号が撮影したホーン岬の嵐について。
ホーン岬沖の嵐のシーンは、実際にホーン岬をまわるエンデバー号に同乗したクルーが撮影した。嵐のシーンの海の映像は全てここから来ている。荒れる海が大変リアルなのは、もちろん、それが本物の海の映像だからだ。
ただしホーン岬が見えるシーンは、波、空、海、3種類別々の、だが実際の映像を合成している。


以下、嵐のシーンの映像を見ながら、スミス氏が、記者に編集の意図を紹介する。

嵐のシーンでは、甲板上(訳注:実際に暴風雨にさらされ、さまざまな被害が発生している。オーブリー艦長は甲板上で指揮をとっている)と、甲板下(訳注:直接雨風にさらされることはないが、浸水などが起こる。非番の水兵たちが甲板上では何が起こっているのかわからないまま不安にすごしている)を定期的に交互に登場させ、平行して描いている。

甲板上ではまず船匠がオーブリー艦長に、映画冒頭の戦闘で損傷を受けたマストは、嵐に耐えられないかもしれないと警告する。
だがここで、オーブリーは敢えてリスクを冒す選択をする。オーブリーはむこうみずな男ではないが、彼には果たさなければならない任務がある。
大揺れのマスト上で、ふりまわされながら必死に作業をする水兵たち、カメラは一度引いて、波に翻弄されるサプライズ号を見せ、再び甲板に戻り、舷側を超えて襲いかかる波に足をすくわれ転倒する男を描く。ここで見せたかったのは、男たちが自然の猛威に縮こまりながらも、しっかりと自分の仕事をこなしている姿だ。

シーンは甲板下へ。艦はひどく揺れ、船酔いから吐き気を催す者もいる。ここでは、この嵐が常ならぬものであることを描きたかった。この映像はデジタル処理を加え、実際の揺れをさらに拡大して見せている。

シーンは甲板に戻る。航海長はホラムに、マスト上で作業を続けている水兵を応援に行くように命じるが、ホラムは揺れる段索にしがみついて動けない。
そして、マストがしがみついた水兵もろともに折れて海面に落下する。カメラは一度引いて艦と波の全体像を見せる。

その後のシーンについて、ウィアー監督と私は、二つの方法のどちらを選択すべきかずいぶんと迷った。
副長がオーブリー艦長に言う「このままではマストが海錨となって、艦が転覆、沈没します」という内容のセリフがある。私はこのセリフを副長に言わせたくはなかった。何故なら、全ての決断をするのはオーブリー艦長であるべきだと考えていたからだ。
だが最終的にはこの副長のセリフを残した。ひとつめの理由は、オーブリーの意識が完全に海に落ちた水兵に行っているということを観客に感じとらせるためだ。ふたつめの理由は、このセリフで観客は、オーブリーの抱えるジレンマが何なのかをはっきり悟るだろう。すなわち、ロープを切断し水兵を見殺しにするか、彼が艦に泳ぎ着くまで待ち艦全体を危険にさらすか、の二者択一なのだということを。これが大変厳しい決断だということを、観客は改めて思い知らされる。

我々が編集にあたって、細心の注意を払って作業したのは、オーブリーの反応のタイミングだった。
即座に決断して冷淡な男だと思われてはいけない。決断にぐずぐずして艦をむこうみずにも危険にさらしたと受け取られてもいけない。
いつ、どこで、どのように彼がロープを切断する決定を下したかが重要なのだ。

監督と私が検討したのは、どのようなタイミングでストーリーを訴えるかだった。
脚本ではオーブリーは振り返って「ミスタ・アレン」と航海長を呼ぶ。アレンが「イエス・サー」と応える。
オーブリーは言う。「斧だ」そしてアレンが応える。「アイ・サー」
だが最終的に、私たちはこのやりとりをカットし、目で語るだけにした。その方がより印象が強いと考えたからだ。
これに何がかかっているかを印象づけるために、我々はここで、甲板下のシーンを挿入した。揺れる艦の中でねずみのように寄せ集まって、最後の祈りを唱えている者たち。

航海長が斧を持って戻ってくる。そして音楽がかぶる。

このシーンで使用した曲を、我々はこの映画の中で二度使っている。二カ所とも情感に訴えるところの多いシーンだ。
我々は情感に訴えかけたかったが、過度に甘ったるい感傷に陥ることは避けたかった。
このシーンの編集にとりかかった時に、イヴァ・デービスはまだ作曲作業中だった。デービスは我々に、音楽のスタートは斧の登場まで戻るべきだと言った。それによって、死の道具となる斧への印象が相殺されると。

そしてオーブリーは斧を、海に落ちた水兵の親友に渡す。斧でロープが切断されれば、親友の水兵は溺死することになる。カメラは二人の間を行き来する。このシーンもまた無言だ。彼ら三人は何をしなければならないかを悟る。
そして最初にオーブリー、次に水兵の親友、最後に航海長がロープに斧をふるい始める。

最後のロープが切断された後、海に落ちた水兵のカットがある。だがここではもう水兵の表情はわからない。
リアルな状況を表現するために、クローズアップを用いず、つまり涙にぬれる水兵などのカットなどは使用しなかった。
観客はロープを切断した男たちを見る。傾いていた艦は水兵に戻っていくが、彼らは呆然としたままだ。

下甲板では皆が歓声を上げている。甲板の上で何が起きたのか知るよしもなく。その歓声が甲板上でたった今死刑を執行したばかりの男たちのショットにかぶる。カメラはオーブリーを中心に、視線をかわす彼らをとらえる。このシーンも無言だ。
そして溺れている水兵が遠ざかっていき、波間に消える。

このシーンの編集はたいへん慎重に行った。この映画の中で重要なシーンだと思われたからだ。


ウィアー監督は艦上生活の描写にあたってはドキュメンタリー風であることを望んだ。だが我々は常にキャラクターの重要性に立ち戻っていた。編集の過程で最も強力な位置を占めていたのはキャラクターだった。我々にとって、アクションというのはストーリーについてくるべきものだった。もしついてこなければ、そのシーンは人々を楽しませるかもしれないが、忘れ去られてしまうだろう。


2004年03月06日(土)
監督来日記者会見、米国版DVD特典映像など

このHPは原則として海外のM&C情報をご紹介しているのですが、これは国内のM&C情報…ただし英文からの要約です。
英字新聞 The Japan Timesの3月3日(水)号に、ピーター・ウィアー監督のインタビューが掲載されました。先日の来日時のものです。このインタビューは国内映画雑誌でもいろいろ紹介されていますが、他では見かけなかったQ&A3題(あとの2題は雑誌に載らなかった理由がわかるような…ちょっとひんしゅく)のみをご紹介します。
これは原文記事のごく一部です。3月3日号の新聞についてはまだバックナンバーの入手が可能ですので、新聞販売店にてご購入ください。

Weir's far from all at sea (The Japan Times 3/3 10面より)
(このタイトルは、撮影のほとんどを実際の海上ではなくプールのセットで行ったことから来ています)

Q:仇役を原作のアメリカ艦からフランス艦に変更したことについて
原作は1812年の米英戦争に設定されているが、この戦争はあまりよく知られておらず、また英国が誤った戦争をしかけたことは明らかである。パトリック・オブラインのシリーズ小説の舞台は本来、英国がフランスと敵対したナポレオン戦争でもあったため、映画の舞台を1805年に移した。
監督は「敵」を「幽霊(phantom)」として描きたいと考えていた。ジャックの戦いが、敵に対するものではなく自分自身との戦いであるように、ここでの「敵」は、ある意味象徴的存在である。

Q:子供たちの登場する映画について
子供が大人として扱われているストーリーは興味深いものだ、と監督は考えている。当時の英国海軍で実際に戦った少年たちの記録(要約者注:19世紀初頭に士官候補生としてフリゲート艦に勤務したフレデリック・マリアットの、実体験にもとづいた小説などを指しているものと思われる)が、詳細に映画には反映されている。
この映画は我々に、「子供」という概念はごく最近のもの、19世紀末のビクトリア朝期に出来あがったものなのだということを教えてくれる。どこの社会でも昔は、大人と同じ仕事が出来るまでに成長するや否や、子供が大人と同様に働くのは当然と考えられていた。

Q:同性愛について
ウィアー:英国海軍では同性愛は重大な軍規違反である。また監督自身は、エンデバー号(復元帆船)の体験航海に参加した経験から、帆を上げたり下ろしたりするのは重労働だと痛感している。「あなたたちも(当時の船上生活を経験してみたら)きっと、あまりにも疲れすぎてセックスのことなど考える余裕はないだろうよ」(監督ニヤっと笑う)。



さて、いま東京ではお台場の船の科学館と、有楽町の日劇1で、M&Cの撮影に使われた衣装を見ることができますが、日本に来ているのは水兵服が2着と、プリングス副長とハワード海兵隊長の航海用軍服です。
映画をご覧になった方はおわかりと思いますが、軍服には航海用(通常)の他に、金モールの派手な礼装用というのがありまして、映画の中では水葬、懲罰など式を執り行う際に、また艦長室や士官集会室での正式晩餐時などに着用されています。ジャックは最後の戦闘の時にも礼装ですが、いいのかなぁ?一張羅に返り血なんかつけちゃって、あとでキリックに怒られても知らないよ。
ま、それはともかく、この礼装軍服は何故か日本には来てません。ではどこにあるのかと思ったら、ロサンゼルスだったんですね。このサイトで見ることができます。

アカデミー賞衣装賞ノミネート作品の衣装

リンクはM&Cに張ってありますが、先送りしていくと、「真珠の耳飾りの少女」(画家フェルメールを描いた佳作)の衣装なども見ることができるようです。



最後に、米国版DVD情報ですが、下記のページでコレクターズ・エディションの詳細を見ることができます。

DVD Empire

特典映像についても詳しく紹介されています。ざっと見たところ、先日ご紹介した英国版と変わらないように見えます。が、英国版の紹介記事がここまで詳しいものではなかったので、断言はできません。

さすがに、アカデミー撮影賞、音響効果賞をとった作品のDVD化だけに、映像および音響の再現は素晴らしいものがあるようです。上記原文記事の「Video Presentation」「Audio Presentation」という章に映像・音響に関するデータが出ていますので、詳細をお望みの方は原文をご覧ください。

米国版特典映像の詳細は以下の通り。

◇The Hundred Days(メイキング・ドキュメンタリー:70分)
 ピーター・ウィアー監督自身が案内役をつとめる映画製作ドキュメンタリー。
 原作ファンには泣けるタイトル。「The Hundred Days」とは原作最終巻(20巻)の原書タイトルなのです。
 おそらく、この映画の撮影に100日かかったことにひっかけているのだと思いますが。
 内容的充実度は「ロード・オブ・ザ・リング」SEE版、「ブラック・ホーク・ダウン」3枚組版のメイキングに匹敵するとの評あり。

◇In the Wake of O'Brian(歴史ドキュメンタリー:20分)
 映画の歴史的背景を、ピーター・ウィアー監督自身が解説。また原作者オブライアンについての紹介。

◇Under Cinematic Phasmids(撮影に関するドキュメンタリー:30分)
 特殊効果撮影の裏側を紹介。

◇Soud Design Featurette(音響効果ドキュメンタリー:20分)
 音響効果の本物感にこだわったM&C、本物の音響効果がどのように録画されたかを紹介。
 とくに、当時の実際の大砲を発射して録音した砲撃音録画シーンは秀逸…とのこと。
 どうやらこのレビューを書いていらっしゃる方は、かなりの海洋小説マニアの方のようで。

◇Still Galleries(美術デザイン画集)
 このレビューを書かれたマニアな著者が泣いて喜んだもう一つのお宝。
 映画の舞台装置、すなわちサプライズ号の設計図や、当時の海上生活を再現したスケッチの数々。

◇Deleted Scenes(未公開カット集)
 編集時に本編からカットされた未公開シーン6種類。
 タイトルのみわかっています。「出航(Weighing Anchor)」「船上生活(Shipboard Life)」「迷信(Superstition)」
 「歯科医術(Dentistry)」うわ〜。これあったんですねぇ。原作ファン泣いて喜ぶカット・シーン。
 「戦時条例(Articles of War)」「ガラパゴス(Galapagos)」
 …やっぱり、「Sloth」っていうのは無いんですね。しくしく。ラッセル・クロウで見たかったのに。

◇Multi Angle Studies & Split-Screen Vignette
 戦闘シーンを異なる角度から撮影したもの。視聴者がアングルを選ぶこともできる。

またこのDVDをAmazon.comから予約すると、上記未公開シーンの一部をオーダー時に見ることができるそうです。

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6日深夜(7日0:00〜)、NHKBSでデビット・リーン監督の「インドへの道」の放映があります。以前にちらっと書きましたけど、M&Cの抑えた人間関係描写(行間から読み取っていくような)は、この映画を思い出させるものがあるのですね。ウィアー監督BAFTAの監督賞受賞の由縁だと思います。
実はその前の時間(6日10:30〜)のBS思い出館は、歴史ドラマ「ポーツマスの旗」です。このポーツマスは英国の軍港ではなく、アメリカのポーツマス、日露戦争終結のポーツマス条約の締結秘話。むかむかしNHKが丹念に手をかけて製作した歴史ドラマです。主人公は石坂浩二演じる外務大臣小村寿太郎。歴史ドラマ好きの方にはおすすめ。


2004年03月05日(金)
第76回アカデミー賞

第76回アカデミー賞は下記の通りとなりました。すでに新聞報道などでご存じと思いますが、「ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還」がノミネートされた11部門すべてを制覇。これは「ベン・ハー」「タイタニック」に並ぶ記録だそうです。

「マスター・アンド・コマンダー」は、撮影賞と音響効果賞の2冠。
他の主要映画では、「ミスティック・リバー」が主演・助演男優賞で2冠、「ロスト・イン・トランスレーション」が脚本賞。この3作品が取りこぼしを全部拾った形になりました。
とにもかくにも「M&C」はアカデミー賞受賞作品として歴史に残ることにはなったので、やれやれなのですが、この結果を見て気の毒なのは、無冠に終わった「シービスケット」と「真珠の耳飾りの少女」だろうと思います。今年に当たらなければ何かでは賞がとれたのに。

LOTRの受賞がここまで見事ならば、いっそ諦めもつく…と言いたいところですが、う〜ん、正直言ってやはり諦めきれません。「今年に当たらなければ…」と、どうしても考えてしまって。
「M&C」は本来、2003年6月全米公開で、本来賞レースとは無縁だったのものが、出来が良いので賞が狙えるという話しになって、公開が11月まで延びたわけですから、それを考えればオスカー2個は望外の結果なのですが。
やっぱり口惜しいな。相手がLOTRでなければ、もう少し何とかなったものを。
もっともLOTRとてここまで来るのに3年かかっているわけですから。
トム・ロスマン20世紀FOX会長さま>
私、やはり気がすみません。続編を製作し雪辱を果たしていただけませんか? ここまで来たのだからもう一息…というわけには、いきませんでしょうか?

でもこの結果を見ると、この状況で敢えて「M&C」を作品賞に選んでくださったロンドン批評家協会と、ウィアー監督にデビット・リーン監督賞を授与し、プロダクション・デザイン賞と衣装賞に選んでくださった英国アカデミーは…、
…やはりアメリカ人はアメリカ人、ハリウッドはエンタティメントの世界と痛感した次第でした。


第76回アカデミー賞結果
作品賞(Best picture)
 ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
 "The Lord of the Rings: The Return of the King" (New Line)
 A Wingnut Films Production
 Barrie M. Osborne, Peter Jackson and Fran Walsh, Producers

監督賞(Directing)
ピーター・ジャクソン("The Lord of the Rings: The Return of the King" Peter Jackson)

主演男優賞(Actor in a leading role)
ショーン・ペン(Sean Penn in "Mystic River")

主演女優賞(Actress in a leading role)
シャーリーズ・セロン(Charlize Theron in "Monster")

助演男優賞(Actor in a supporting role)
ティム・ロビンス(Tim Robbins in "Mystic River")

助演女優賞(Actress in a supporting role)
レニー・ゼルウィガー(Renee Zellweger in "Cold Mountain")

外国語映画賞(Foreign language film)
 みなさん、さようなら("The Barbarian Invasions") A Cinémaginaire Inc. Production (カナダ)

長編アニメーション賞(Animated feature film)
ファインディング・ニモ("Finding Nemo")

短編アニメーション賞(Short film (animated))
 "Harvie Krumpet" A Melodrama Pictures Production
 Adam Elliot

長編ドキュメンタリー賞(Documentary feature)
"The Fog of War" (Sony Pictures Classics)
   A Globe Department Store Production
   Errol Morris and Michael Williams

短編ドキュメンタリー賞(Documentary short subject)
"Chernobyl Heart"
   A Downtown TV Documentaries Production
   Maryann DeLeo

短編映画賞(Short film (live action))
  "Two Soldiers"
   A Shoe Clerk Picture Company Production
   Aaron Schneider and Andrew J. Sacks

脚色賞(Adapted Screenplay)
  ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
   Screenplay by Fran Walsh, Philippa Boyens & Peter Jackson

脚本賞(Original Screenplay)
   ロスト・イン・トランスレーション
   Written by Sofia Coppola

美術賞Art direction
 ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
   美術: Grant Major
   装置: Dan Hennah and Alan Lee

撮影賞(Cinematography)
マスター・アンド・コマンダー
Russell Boyd


衣装デザイン賞(Costume design)
ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
Ngila Dickson and Richard Taylor

編集賞(Film editing)
ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
   Jamie Selkirk

メイクアップ賞(Makeup)
ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
   Richard Taylor and Peter King

音楽賞(Music (original score))
ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
Howard Shore

主題歌賞(Music (original song))
"Into the West"
ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
  作詞作曲:Music and Lyric by Fran Walsh and Howard Shore and Annie Lennox

音響効果賞(Sound editing)
マスター・アンド・コマンダー
  Richard King


音響賞(Sound mixing)
ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
Christopher Boyes, Michael Semanick, Michael Hedges and Hammond Peek

視覚効果賞(Visual effects)
ロード・オブ・ザ・リング:王の帰還
Jim Rygiel, Joe Letteri, Randall William Cook and Alex Funke


2004年03月01日(月)