umityanの日記
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2005年09月29日(木) 今、9月の備忘録を閉じた。

いよいよ今日で9月も終わり。「終わり」と言えば、心なしか淋しくなる。秋になったせいかなあーー?。「終わり」にも色々ある。恋の終わり。学生生活の終わり。サラリーマン生活の終わり。夫婦生活の終わり。人生の終わり。おっと、これはまだ遠慮したい。その他諸々だ。「終わり」は一つのけじめだから、良しきにつけ、悪しきにつけ、色んな思いがこもるのだろう。

今、ふっと思い出した。「さよならだけが人生じゃない」と、誰かが言っていたか、何かに書いてあった。確かにそうだ。さよならはまた、出会いの始まりであり、終わりは新たな出発の始まりである。だから、人は生きていけるわけだ。

とりあえず、忘れないうちに9月の反省をしておこう。とにかく忙しい月だった。仕事のみならず身の回りにも色んな事があった。台風の襲来に気をもみ、友人の来訪にはしゃいだ。椅子の純子ちゃんがやってきて、超ご満悦。大先輩が我が家へ出勤するようになり、いとしい純子ちゃんを明け渡すことに・・・。まあ、これは不満だが仕方がない。草花への水遣りが僕の日課となり、やぶ蚊に食われながらの奮闘。これはちょっと大袈裟か?。衆議院選挙の動向に目をやる間もなく、お彼岸に突入。休日が増えたが金はなし。金はなくとも数回は小料理屋へ足を運ぶ律儀さ。何とか給料が払えそうで一安心。いやはや、揚げれば枚挙に暇が無い。

9月の空は荒れ模様だったが、10月の空は、一体どんな姿を見せてくれるのだろう?。今から楽しみだ。一旦、ここでけじめをつけて、10月に引っ張るものは引っ張っていこう。そう、決意して9月の備忘録を閉じよう。


2005年09月27日(火) 誕生日も良し悪しか?。

今日は待ちに待たなかった僕の誕生日だ。あちこちからメールやら電話が入った。まあ、覚えていてくれただけでも悪い気はしない。ただし、これといったプレゼントなし。この歳になると、(と言ってもまだ、とっちゃんのような坊やなのだが)品物よりは、心の方が有難い気がする。いや、待てよ・・。心があってプレゼントがあるのが最高といえば最高だ。

プレゼントと言えば、料理屋のママさんから、「シャンペーンを用意しているから来ませんか?」と誘いがかかった。うんんん・・・・、これも一応、心の範疇か?。友人の安さんも電話してきた。誕生日にかこつけて、一杯やるのも悪くはない。昔は何度もそうしてきた。ただ、如何せん、調子に乗るあまり、プレゼント以上に大枚をはたいてしまうのが常。ロハならともかく、これじゃあああ、虻蜂取らずだ。そうは言っても、後悔しないのが僕のとりえ。また、明日はお天道様が昇るさ。

ただし、今回はそのシャンペーンに預かることは出来なかったが、良いことがあった。延び延びとなっていた仕事の報酬をクライアントへ請求したところ、即、小切手で支払ってくれた。クライアントのところで、「今日は誕生日です」と言ったのが良かったのかなあ???ーーーー。暗に支払いを催促したわけではない。ふと思った。この手は使えるかもしれないなんて。あああ・・・あ。なんてさもしい根性。

個人事業主は資金繰りで苦労する。サラリーマンの時代は安月給とは言え、定期的に収入があった。今は違う。請求しても振り込まれていないことも多々ある。成功報酬だから、仕事に失敗すると、ただ働きみたいなものだ。パートさんも、「いまや遅し」と、目を丸くして、月末の給料を期待している。その期待に応えられなくなったらどうすべーーーー。

今月もなんとか窮地を乗り越えられた。誕生日にかこつけて、飲みあげてしまうと、翌日は悪酔い。仕事もママならず、ダブルパンチだ。その面、静かに自宅待機で迎えた誕生日も又、いいものだ。



2005年09月24日(土) 若造から、とっちゃん坊やへ変身だ。

見事な秋晴れだ。やや風があるが、恐らく台風の余波だろう。最近の品行方正が功を奏したか、体は絶好調。早くに目が覚めて、玄関横の花々に水遣りだ。以前は山の神の仕事だったが、どうしたわけか、今は僕の日課となった。習慣とは恐ろしいものだ。一度、何かを続けてやりだすと、それをしないと、落ち着かない。花が僕からのえさを待っているような気がする。かくして花は裏切らない。僕へ優しく可憐な姿を見せてくれる。

血気盛んな若造の頃は、花は女の代名詞であり、男は花をめでても、育てるものではないと思っていた。なんとなれば、男が花をせっせと育てている姿は、女々しいような感じがしていたものだ。今、堂々と、こんなことを言えば大方の人たちから顰蹙を買うだろう。そう言えば、昔、何かの宣伝だったと思うが、「私は料理を作る人、あなたは食べる人」という台詞があった。その時、えらく女性の人たちから女性差別だということで抗議を受けたそうだ。男から見ると、それほど違和感は覚えないのだが?・・・・。

その後、こんなコマーシャルもあった。「○○○に○○、亭主は元気で留守がいい」。面白いと思った。と同時に、これは男性に対する差別じゃないかと、思った。正直、男達は何で怒らないのかと思ったものだ。恐らく、このコマーシャルに対して男性からのクレームは無かったに違いない。男たるもの、そんなことは意に介し無い。無頓着、太っ腹ということか?。いずれにしても、言葉と言うものは、捉える人にとって違いがある事は否めない。多数の人が不快と感じれば、やはり不快なのだろう。そうでないものはそうでないわけだ。

僕は、以前から男と女の役割分担がとても大事であると考えていた。太古には、男は狩に出向き、女は洞穴で火を炊き、「いまや遅し」と獲物の到来を待ちわびていた。傍らでは子どもが、母親のおっぱいにぶら下がっている。これぞまさに理想的な家庭の姿であり、役割分担の典型的なものだ。いずれにしても、言葉と言うものは、捉える人にとって違いがある事は否めない。

いまやその役割分担が崩れた。男が厨房に入り、子育てに専念し、花を育て、めでるのは常識。いずれは、男の体内に子宮を移植し、男が子どもを生むようになるのではないか?。いやああ、そうなれば、少子化が多子化へと向かうかもしれない。まあ、これは、九分九厘ありえないかもしれないが。

最後になったが、今の僕は昔と違い、花を愛し、育て、洗濯もし、厨房にも入り、せっせと家事と仕事に邁進している男になった。若造から、とっちゃん坊やへと見事に変身したのです。今は、昔の役割分担を壊さなければ生きていけない世の中なのです。良しきにつけ、悪しきにつけ。


2005年09月23日(金) 日常のちょっとした変化。

久しぶりに日記というか、備忘録と向かい合った。仕事と雑多に追われ、精神的余裕が無かったことが、さぼりの原因である。その間、三連休があり、あれよあれよと終わった。そうこうするうちにまた三連休の始まり。今日がその初日で彼岸の中日(秋分の日)だ。

彼岸と言えば、おはぎ、ぼたもち、おだんご、先祖、月見を連想する。やはり、食べるものが多いなあーー。名月を眺めながら、先祖とともに、食するのもおつなことだ。

子どものころ、母が、二階の廊下にススキをそえて、名月に向かって、団子を供えていた姿を思い出す。「なんで、そんな変なことをするのかなあーーー?」と、子供心に訝しがったものだ。その団子に、きなこをまぶして食べたが、これがまた、おいしいんだよなーーーー。

僕も成長し、とっちゃん坊やとなった。今はすっかりそんな習慣もなくなり、名月を眺めては、指を口に銜えるだけ。あああ、はかない人生。このような今日この頃、皆様いかがお過ごしですか?。おっと、これは綾小路君麻呂さんのせりふだったか?。

てなわけで、幾分か和らいだ秋の日差しの中で、この備忘録をしたためている。

最近、僕の身の回りで変わったことと言えば、昨年、サラリーマンを退職した大先輩が、身の置き所が無いそうで、何でもいいから仕事を手伝わせて欲しいと我が家へやってくるようになった。一年間の仕事のブランクは、物忘れを進行させるらしく、医者も仕事をしたほうが良いと助言した。僕も給料らしき給料は出せないが、たった一つの不自由を除いては願ったりかなったりだ。

一つの不自由とは、僕のいとしく、可愛いい椅子の純子ちゃんを、先輩のために、朝から午後の5時ごろまで明け渡さねばならないことだ。先輩はパートのおばさんと見合いごっこをしながら仕事をしている。それは楽しかろうに・・・・。僕はといえば、応接の椅子に追いやられ、背中丸めて、キャベツばかりをかじっている。おっと、これは、南こうせつさんの、「赤ちょうちん」の歌詞だったっけ。背中丸めて、不自由な思いをしている。まあ、それでも結構、外に飛び出しているからいいか。

かくて、こんな日常が、これからしばらくは続くことになる。まずはお彼岸の中日だ。真西に向かって合唱。歌ってどうするんだ?。合掌礼拝。


2005年09月17日(土) 三連休の初日は家内労働に励みました。

三連休とあいなった。何も無い休みは好きである。さーーて、今日は何をしようかと思案した結果、雑草刈りで汗を流すことにした。我が家へ続くガードレールに、「これでもかーーー」と巻きついた蔓やら、雑草を一網打尽だ。

昔は柄の長い長刀みたいな鎌で切っていたが、「それじゃーーあばかん」ということで、最近は重宝な草刈機械でやっている。これがいい運動になる。180度近く振り回すので、結構、腰がねじれて、引き締まったウエストになる。一石二鳥とういうものだ。汗まみれになったパンツを着替えて、バンドを通すと、バンドの穴が一つ先へ。「やったでーーー」と腰回りが縮んだ喜びは、ダイエットをしている人なら分かるはずだ。

一労働の後の楽しみは、真夏なら「すいか」をほおばることだった。さすがに、スイカも、もう時期を過ぎた。やむなしと言うことで、夏から買い置きしてある「カキ氷ーーーもう在庫が一個しかなかった」をガラス茶碗に移し、ヨーグルトをかけた。おまけに、最近、農産物直売所で仕入れてきた「黒ゴマ入りきなこ」をぶっかけて、口に運んだ。これがうまいんだよなーーーーー。

傍らにいた山の神が、怪訝そうな顔をして、「あんた、お腹こわすわよ」といったが、今のところその兆候は無い。僕にとっては、最高のダイエットおやつだ。

ちょっくら休憩ということで、椅子の純子ちゃんを倒して、うつらうつらした。目を覚ましたのは午後2時過ぎ。本来、貧乏性の僕は、山の神と違って、少しもじっとしていたくない。さーーて、次は何をしようかと再び思案。障子貼り替えに決定。ばあ様専用の覗き穴となっていた居間の障子と、10年来一度も張り替えていなかった二階の障子を張り替えることにした。

思えば、居間の障子穴は来客の確認と、夜な夜な帰る僕の見張り穴みたいなものだった。障子の穴から片目が覗いていた時は、さすがの僕もびっくらこいたものだった。南無阿弥陀仏と唱えながら、そそくさと部屋へはいったものだ。ばあ様も亡くなり、穴は更に大きくなり、破れも生じて、張替え時だった。

かくして、再び汗かきかき、今に至った。気の早い僕は、そく、レールに障子をはめ込んだ。きれいだ。満足ーーー。これでやっと、ばあ様の怨念も消えようというもの。合掌ーーーー。

そろそろ、6時。夕飯の時間がやってくる。どうも今日は買出しに行かなかったので、12穀米入りの飯にカレーをかけて食べるようだ。たまには、カレーもいいか。夕食後は、今度こそゆっくりと、書斎で純子ちゃんと語ることにしよう。


2005年09月14日(水) 精巧なロボットの出現。

「夏・夏・夏・・・何とか・・」という歌があった。このテンポの良い歌は、老若男女に、はじける元気を与えたものだ。その夏も終わり、今はまさに、「秋・秋。秋・・・」てことになる。秋かあーーーー。あの、真夏の喧騒が嘘のように、ちょっと物悲しさを感じるこの頃。季節がゆっくりと移ろいだ。皆様、いかがお過ごしなんでしょうか?。

そんな季節の移ろいとは裏腹に、世の中は超スピードで走っている。中でも情報革命、技術革命のそれは顕著である。人間と同じように直立して歩くロボットの出現には驚いた。もちろん昔からロボットはあった。ただ、昔のロボットはその動作がまだ不自然だった。然るに最近のロボットは、肉をつけて衣服を着せれば、人間と見分けがつかないうほど精巧である。今後、人間に代わって、いろんな分野の労働に携わることになるだろう。ましてや、ある程度の能力を持てば、知的労働だって任される。これは素晴らしいことである。と同時に由々しいことでもある。

由々しい面を述べれば、知的労働から排除された人間は、その行き着く先はどこなんだろう?。一部の人間は、もっと、知的な分野の研究やらに身をおくだろう。しからば、それ以外の大多数の人間の身の処し方は如何?。

まずもって考えられることは、遊興の分野に明け暮れることか?。旅行、バカンス、ギャンブル、争い・・・・。これじゃあ退廃を加速させるだけだ。酒池肉林におぼれ、思考能力の減退した人間は、やがて滅亡へ・・。
世の中を制するのは、猿ならぬマザーコンピューターである。産めよ増やせよで、分身たるロボットを増産し、そのロボット達に人間はこき使われることになる。人間は知的労働から過酷な重労働へと追いやられる。

いやはや、末恐ろしいことだ。昔見た、「猿の惑星」という映画はあまりにも馬鹿げた話だと思っていたが、猿をロボットに置き換えると、近未来の人類の姿を彷彿とさせる。これじゃああ、人間がかわいそうだぜ。

悲観的な事を書いたが、今の少子化に対応するためには、ロボットの役割が重要になることは否めまい。ただ、いかに時が流れようと、ロボットを制するのはやはり人間であって欲しい。プログラミングによってそれは可能だろう。ただし、ウイルスによって侵されなければの話だが。


2005年09月11日(日) そろそろ僕も垢をおとさなくちゃ。

台風は去ったが、色んなところへ爪あとを残した。最近の地震や台風は予想を超える災害をもたらすから厄介だ。やはり、世界の気候変化が最大の原因なのかもしれない。人間の英知は自然災害を克服出来るんだろうか?。目覚しい科学の進歩は、いずれそれを可能にするだろう。ただ、それまで、地球が持つかどうかが心配だ。

そんな状況の中で、今日は国民の審判が下る衆議院の選挙。どんな結果になろうとも、国の舵取りが、いい方向へ進むことを願うだけだ。

秋の気配が残暑に取って代わろうとしている。自然がかもし出す不思議さ。僕は今、一仕事を終えた。汗をびっしょり掻き、冷たいお茶で喉を潤した。この一時が快感である。生の息吹を感じる。

田んぼでは稲穂が力強く背伸びしている。10月になると、いよいよ刈り取り作業が始まる。毎年見かけるこの風景もまたいい。

自然の動向もさることながら、そろそろ僕の垢も刈り取らねばなるまい。たっぷりと娑婆世界の垢を身にまとい、脂肪膨れしたわが身。反省、反省でまた反省だ。

反省と言えば、一昨日は異業種交流会。ボス共々出席した。2次会は行きつけの小料理屋へ。そこではボスと演歌の競演。そこまでは良かった。焼酎をたらふく飲んで、すっかり酩酊。その後、僕は何をしゃべったか記憶にないが、大ママ(ボスと同年輩)さんから、ちょっぴり小言を。中ママが大ママを制した。「そんなこと言わなくていいのに」とかなんとか?。僕は何のことかさっぱり分からず。ひょっしたら何か不快なことを言ったのかもしれない。覚えていないから始末に悪い。ただ、心に何か引っかかるものを感じて、それを払拭できないでいる。

かくして、僕の反省だ。多分こうだろう。のりチャン先生が以前、口すっぱく指摘したことがあった。僕は酔うと、場を仕切る癖があるらしい。僕を中心に世界が回っているはずも無いのに、人の迷惑も顧みず、強引になるそうだ。しゅん。反省だーーー。

今日の格言。「自分が思っているほど、人は好意的でない場合もある。自分を中心に場が回っているわけではない。それをきちんと見極め、自分の行動を慎まなければいけない。また、口は災いの元。心してしゃべらなくてはいけない」。

まあ、こういうことになるか?。あんぽんたんで能天気の僕にそれが出来ることやら?。いやああああーーー、やらねばならぬ。残りの四ヶ月、品行方正な紳士に徹しよう。






2005年09月06日(火) 台風が去って、気が抜けて。

雨と風が治まった。台風が通り過ぎたのだろう。静寂が戻った。雨戸を開き、ガムテープで押さえていた窓のすべてを開放した。雨風で清浄された空気が部屋へなだれ込む。うまい。きれいな空気は、こんなにおいしかったのかと、あらためて感動する。

戦いは終わった。台風とのバトルは僕の勝利だ。外を見て、そう思った。被害は縦横無尽に散らばった木の葉たち。明日は掃き寄せて、大木の根元に置こう。良い肥料になるだろう。

昨夜の寝ずの番がたたり、今朝方は結構、眠かった。椅子の「純子ちゃん」をそろりと倒した。「早く来て」と、純子ちゃんが僕を誘う。いやああ、クッションが効いていて快適だ。次第に治まりつつある風雨を子守唄として、うつらうつらしたようだ。程なくして目が覚めた。まだ、気が張っているからだろう。熟睡は出来ない。

今日はパートさんもお休み。平日、こんなにゆっくり出来るのも珍しい。誰一人来ない部屋で、のんびりと仕事をすることにした。山の神は寝が足りなかったと見えて、寝室で二度寝だ。台風に対する恐怖心で疲れたのだろう。

テレビでは各地の被害状況を放映していた。地域によっては相当の被害が出ているようだ。ただただ、お見舞い申し上げます。レポーターは雨合羽に身を包み、よろよろしながらマイクに向かって状況を告げていた。仕事とは言え、ご苦労様である。生の情報をいち早く知ることが出来るのも、こういった人たちの努力の賜物である。感謝、感謝。

今宵は、いささか気が抜けている。さああ、明日からは再び平常心に戻り、労働にいそしもう。


2005年09月05日(月) とうとうやって来た君。

     
          とうとうやって来た君
  
      とうとう君がやってきた。
      僕は固唾を呑みながら、君の一挙一動を観察している。
      あえて、君と書いたのは、日頃は友達だからである。
      地球と言う美しい星の担い手である君も、ときには怒る。
      その怒りを和らげんと、僕は用意周到に対策を施した。

      おっと、今、家が、ぐらぐらと揺れた。
      ガラス戸が「キシキシ」と泣いている。
      なんのこれしき。君の怒りもまだ、
      頂点に達していないようだな。
      僕はじっと待っている。
      今日は寝ずの晩になりそうだ。

      君が力を出し切った時、僕の力が試される。
      まだ僕が勝利するかどうかは分からない。
      というのも、君の顔は、
      いまだかってない憎悪の表情をしているからだ。

      君のおかげで僕は腰を痛めてしまった。
      日頃になく重いものを持ち上げたからだ。
      まあ、これも、君を大事にしてこなかった罰かもしれないな。
      君が去った後、僕の腰の痛みも回復するだろう。

      かくして何事もなかったようにお天道様が復活するだろう。
      それが本来の君の姿だ。
      僕達はまた、親しき友となる。



2005年09月04日(日) 台風対策は進んでいますか?。

生ぬるい風が頬に触れる。幽霊が出そうな時、こんな風が吹く。まさか、夏の怪談でもあるまい。原因は台風だ。もう、南の島は既に暴風雨域に入っているだろう。こちらも時間の問題だ。今、まさに嵐の前の静けさ。「秋浅し、隣の人は何する人ぞ」である。

先日はアメリカをハリケーンが襲った。超大型だ。温暖化の影響もあると言われているが定かではない。未曾有うの大惨事となった。テレビで見た光景は、まるで、町がひとつ消えたかのような姿を呈していた。露頭に迷っている人たちが可愛そうだった。いつも思うが、人間は人間の脅威(戦争やらテロやら犯罪やら)に対しては、これでもか、これでもかと徹底した防衛策、防御策を講じるが、自然の驚異に対しては、少なからず無頓着だ。台風も地震も、「またかー」と、慣れっこになってしまい、「我がところは何とかなるさ」と、楽観視している様にさえ感じる。

今、日本でも超大型の台風が九州に接近している。テレビでは、アナウンサーが冷静な態度で台風情報を告げ、注意を喚起している。まあ、これは当然と言えば当然だ。アナウンサーが慌てふためいて、事を告げれば、市中はパニックとなり、大混乱を招くからだ。むしろ、そちらの方が怖い。ただ、的確な情報だけは迅速が肝心だ。

何はともあれ、自然の驚異に対して人間はもっと謙虚になり、備えあれば憂いなしで、事前に十分過ぎるほどの対策を講じておく必要があるだろう。災害を最小限に押さえるためには、今のところそれしかないだろう。

10年程前に経験した台風は、それはそれは怖かった。ステンレスの雨戸が弓なりになり、隙間から雨が打ち込む。畳はびしょぬれ。瓦が飛び天井から雨漏りがいたるところに。窓ガラスが割れ、縦横無尽に雨風が打ち込む。どろころ、動くと飛んできた物で身体を傷つけてしまう。ただじっと、家族は寄り添って脅威の過ぎるのを待つしかない。ほぼ、どこでも同じような状況だろう。

当時は、事前の対策に遅れをとった。やはり、自然の驚異を甘く見ていたのだろう。惨状の後を見て愕然とした。命が助かっただけでも幸いである。当時の反省を踏まえ、今、対策をしきりに考えている。今日と明日が勝負になる。もう、仕事どころではない。まずは、最小限の被害に食い止めることが 先決である。後悔のないように行動しよう。


2005年09月03日(土) 田舎からの遠吠え。

残暑厳しき今日この頃だ。「こんなに暑けりゃ、どうしたらよかざんしょ?」。なんて、冗談を言っている場合ではない。なんでも、新聞によると、世界の多くの山岳地帯の氷河がどんどん縮小傾向にあるそうだ。その氷河が数十年後には消滅するとも言われている。由々しいことだ。「昔の地球を返してくれーーー」と叫びたくなるが、むなしい遠吠えでしかないのか?。

どうも昨今の世の中を見れば、災害やら、事件やら暗いニュースばかりだ。あえて、明るいニュースといえば、あの、大スター、「ヨン様」が来日して、老若の女性達を喜ばしていることだ。確かに彼のスマイルは美しい。とりこになるもうなずける。遠い田舎から、彼を取り巻くフアンの姿をテレビで見たとき、「いやはや、女性達は皆元気だぜ」と、驚きと嫉妬と悲哀を感じた。「皆さーーーん、青い鳥はすぐ目の前にあるんですよ。いるんですよ」と叫びたい。これもむなしい遠吠えとということになるか?。僕はじっと鏡を見た。風前の灯火となりつつある頭髪を眺め、にんまりと笑ってみた。「だめだーーーーこれじゃーー」。

そういえば、僕も昔はアイドルと言われた人たちに、あこがれたものだ。今は皆、齢を重ねて、「アイドル」から「オイドル」に変わっているが、光るものを持っている人は、その光は永遠に輝いている。味があるんだよなーーー。そんな人は僕の心の中では相変わらずアイドルなのだ。

「ひかる」といえば、高校時代の友人を思い出す。一昨日、訪問を受け、一献傾けた。彼は仕事かたわら、絵をたしなみ、ある人から「光るものがある」と言われ、仕事をすっぱり止めた。絵を書くこと一本に絞ったわけだ。僕を含め、友人達は「あいつ、大丈夫かなーーー。生活はできるんか?」と、冷ややかな目で見ていた。彼もさるもの引っかくものだ。ちゃんと、女房が働いて、絵が売れないうちは面倒を見てくれたようだ。泣けるぜ、おっかさん。四つばかり年上の女房だから、おっかさんと言うことにしよう。いやああ、そのおっかさんがまた、綺麗な人だ。彼にはもったいないと、何度も思ったことだ。

その彼と午前2時頃まで、ネオンの町を徘徊した。歌もしこたま歌った。もち、僕は最近お気に入りの中島みゆきさんの「地上の星」。曲も好きだが、この詩がまた好きである。まだ、詩がよく理解できていないが、それいけで歌っている。彼は、なんだったけ。「ギザギザハートの子守唄」といったっけ。この歌もまたいんんだよなーーーー。彼の十八番である。結局、飲んで歌って騒いだだけで、本命の話は何もしていなかった。遊びに来たのは分かるが、何か話したかったのだろう。

何かの話を聞いたのは翌朝。といっても、午前様だったから、当日になるか。見送る一時間前だ。駅の中の喫茶室だ。どんちゃん騒ぎの余韻を残しながら彼が語ったことといえば、やはり、故郷にいる「老いた母」のことだった。彼は長男。都会の画廊と田舎の画廊を年に半々、行き来している。その母は介護施設に入っている。介護レベル5の重症だ。危ない状態にあるようだ。僕も2年前に、ばあ様(といっても、山の神の母であるが)を亡くしたので、色々と、段取りというか、あれこれを聞きたかったのだろう。

生物学的に言えば、人間であれ、あらゆる生命体は子を産み、一定期間そだて、役目を終えると死んでいく。そうやって、未来永劫、生がつながっていくわけだ。まさに、リング、輪廻だ。それでいいのだろう。とはいえ、死へ向かう旅を見送るのは、残ったものにとっては辛く悲しいもの。いずれ我々にもその順番が巡ってくるだろう。

またまた、僕は叫びたい。まだ、役目を終えていない女性の方々に。「どうか、子どもを生み育ててください。なんなら僕にもまだ余力はあります。いつでも、ご用命ください」と。これまた、むなしい遠吠えでしかないのか?。

衆議院選挙の投票も間近。僕が立候補していたら、こう公約を掲げる。「三人以上、子を産んだ家庭の子ども達の教育費は高校までロハだーーーー。ただだーーーー」と。これくらいの思い切った改革をしないと日本は駄目になる。そんな気がする。高齢者に金をかけるのは悪いことではない。ただ、それ以上に、若い人たちに夢や希望を与えられる、環境つくり、子育ての支援にもっと、力を入れるべきだろう。









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