umityanの日記
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2005年06月30日(木) 僕の口癖。

人にはそれぞれ、口癖があるようだ。もちろん、この僕にもだ。僕の場合、その口癖が時の流れとともに変化してきた。

昔は「わおーーーつ」と、おらびながら店(スナックや小料理屋)の玄関をくぐったものだ。店の住人は、びっくりしたような顔で一瞥を投げ、すぐ笑顔に変わる。「なああんんだ。○○ちゃんね。驚かさないでーーー」と言うのが決まり文句。

しばらく、「わおーーーつ」が続いた。何かに感動し、驚くたびにその言葉を使った。その後、新たな言葉が付け加わった。「わおーっつ」と言えば、ママ曰く。「驚かさないでー」。その後に僕がこう言うのだ。「ママ、ごめん。今日も決まってしまったか?」と。最初、何のことか、ママも分からず、口をポカーンとしていた。店の扉をくぐるたびに、「今日も決まったか?。ごめん」と言って、喪黒服造調のハットを脱ぐ。かくして大笑いだ。

僕の腹の中は、「今日もセンスの良い服をきているぜ。ママ、そう思わない?」と聞きたかったのだ。誰も褒めてくれないから、自らおらぶことにした。その効果があって、最近は、「○○ちゃんは、いつもよく似合う服を着ているねーー」と、ママのほうから言うようになった。こうなると、この口癖も死語となる。第三者には、まだ何のことか分からないと思うが、よく考えてみると、つまらない自己顕示欲の発現でしかなかった。と、同時に場を和らげる効果もあったようだ。

死語とはなっても、いまだに時々使っている。時々使うと、それなりに効果はある。人間って不思議なものだ。時々言って、時々、褒められると、たとえそれがお世辞であっても、嬉しいものだ。かくして、売り上げに協力ってことになる。

こういうくだらない言葉ばかり使っていては品位がないと反省し、この頃、新たな口癖を生み出した。その言葉の使いどころは、こうである。

たとえば、店(スナック、小料理屋、クラブ等)へ行って、女性の手や、ひざ小僧の上に手をやったとする。一般的にはセクハラになりかねない。そんな時、「これは罪なことか?」と言いながら、冗談ぽくタッチすると、女性も、「うんんん、駄目よ。罪なことよー」と応える。そう言われると手を離す。「いや、罪じゃないわよ」と言われると、しばらくタッチしたままだ。「女性の手って、柔らかくて、綺麗だね」と言うと、女性もまんざらではなさそうである。

事あるごとに、「これは罪なことか?」と連発するために、最近は、女性にそのお株を奪われてしまった。僕が言う前に、「それは罪なことよ」とか、「それは罪なことか?」と言われてしまい、大笑いだ。ぼくも返す言葉が無い。

まあ、こいう冗談が通じているうちは、僕も好意的に見られているのだろう。
ただ、この口癖も品位ある言葉とは思えない。いつまで続くことやら?。
今日の格言だ。

  「いつまでも続くと思うな。品位のない口癖」

僕も新たなる口癖の開発が必要かもしれない。







2005年06月29日(水) さらば六月よ!!。

いやああ、今日は本当によく仕事をした。自分で自分を褒めてやりたい。この言葉は確か、有森裕子さんの言葉だったっけ。やはり、集中力か?。集中力があると、仕事に疲れを感じない。「もっと、もっとやるでーーーー」と、更なる意欲がわいてくる。超零細個人事業主だから、こういうことが出来るのだろう。時間は無制限一本勝負だ。

ただ、今回の頑張りは切羽詰って、やらざるを得ないからやっていると言うのが真実だ。これじゃあ、褒められたものでもない。やはり日頃の心がけが肝心だ。そう思いながら、つい安易に流れてしまう僕の優柔不断さ。

実のところ、ここ一週間くらい、のりチャン先生と会っていない。きっと、彼も、新しい組織の中で、奮闘しているに違いない。そう思うのは、誘いのテルが無いからだ。傍らで、山の神が、「今日は、のりちゃんのお誘いはまだね?」と、皮肉っぽい顔をして言う。僕はすかさず応える。「そんなにしょっちゅう誘いはないよ。ホモ達でもあるまいし」と。「あなたの心に曇りが見えまーす。うそをついていますね・・・」。こういうくだりで、占いをする人がいたっけ。当たらずといえども遠からじか?。

本当のところ、一献、喉を潤したいと思っていた。ただ、一人で出かけるのは億劫。なにか切っ掛けがないと動きたくは無い。幸か不幸か?、今日は切っ掛けがない。しからば仕事に邁進するかということで、決着だ。心の切り替えは意外と早い。ストレスがたまらない所以だろう。てなわけで、今、隙間の時間を利用して備忘録の編集だ。

僕の好きな月、六月とも明日でお別れだ。いろんな思い出を有難う。又、来年、会おう。さらば六月よ・・・。「さらば愛しき人よ」なら分かるが、「さらば六月よ」とはこれいかに!!。深く考えない、考えない・・・・。



2005年06月28日(火) 屈託の無い明るさとは?。

六月もいよいよ終わりになりかけている。振り返るといろんなことがあった。初旬には、仲間達とのささやかな旅行。その、喜びもつかの間。中旬には、わんさと仕事が舞い込んだ。この下旬には、その対応で追いまくられている。机に向かってする仕事は苦手だが、背に腹は変えられない。老骨・・じゃあない。若骨に鞭打って頑張っている今日この頃である。

いつも思うが、人間って現金なものだ。忙しくなると遊びが欲しくなり、遊びすぎると、「これでいいんだべか?」と、本来の貧乏性が顔を出し、不安になる。まさに、ちゃらんぽらんの人生だ。まああ、こうやって齢を重ねながら、天国か地獄か分からないが、そこへ続く階段を一歩、一歩、登っていくのだろう。

最近、僕の嗜好と言っていいのか、好みが色々と変わってきた。まず、毎朝飲んでいたコーヒーにそれほど執着がなくなった。むしろ、茶のほうが良い。娑婆世界は茶ブーム。僕もそれにあやかっているのかもしれない。朝は、カテキン茶で乾杯だ。又、昔、嫌いだったゴーヤが好きになった。これも健康食品ブームのあおりか?。あの、苦味が何ともいえないんだよなー。「まずい。もう一つ」と言うことになる。

大きく変わったことと言えば、女性に対する好みかもしれない。昔は、なよっとしていて、おしとやか。控えめで優しそう。かつ、知性的。そんな女性に惹かれていた。然るに、この頃は、暴れん坊で、野蛮で、ちょっと抜けていて、機関銃みたいな女性に惹かれている。まあ、一言でいえば「じゃじゃ馬」タイプか?。手に負えないところが魅力なのかもしれない。食事に誘えば、ガツガツとよく食べ、大声で歌い、人の背中をぽんぽんと叩く。カラオケの点数では僕を負かす。僕が、「コスモス」みたいな、優しい曲を歌うと涙ぐむ。帰るときは、決して後ろを振り向かず、急ぎ足で去る。この心理は一体・・・・・?。要するに喜怒哀楽がきわめて顕著なのだろう。物事がはっきりしているから、こちとらも疲れない。褒め言葉でいえば、屈託の無い明るさを持った女性と言うことになる。

そう、そうなんだよなーーー。屈託の無い明るさ・・・。これこそ、今時の女性の特徴でかもしれない。と言うことは、おしとやかで、控えめで、優しそうで、なよっとした女性が少なくなったわけだ?。多分、それは言えてるだろう。

時代とともに価値観も変化する。今は、明るさを武器にして生きなければ、本当に生きているという実感を持てない時代である。男も、女も、屈託の無い明るさとはどういうものかを真剣に考え、未来への生きる術としたいものだ。

僕も時代の趨勢に遅れまいと、じゃじゃ馬女性を先生として、日夜、猛勉強しているところである。「あんたはもう手遅れよ」という声も聞こえそうだが・・・。


2005年06月26日(日) 思いがけないこと。

雨乞いを止めた途端に雨が降った。自然は何と意地悪をするのだろう。それでも救いの雨だ。ほんのお湿り程度だったが、水に飢えていた早苗や植物達が、ひと時の安らぎを得た。きっと、自然に感謝しているだろう。もちろん、この僕も。

日常生活の中においても、色々と、ちぐはぐな事というか、思いがけない事というか、すれ違いと言うか、不思議なことが起きる。最近、こんな事があった。スーパーでスイカを買って帰ったら、その日の夕方に、もっとでかいスイカを頂いた。最初から予知できていれば、スイカを買わなくてすんだ。これは、よくあることだ。

以前、何かの本で読んだことがある。「自分が欲している時は人も欲している
」と。自分が今、欲しいものは人も欲しいわけだ。スイカが食べたいと思ったら、人も食べたいと思っている。喜ばれるプレゼントとは、そういうものかもしれない。従って、プレゼントの中身が重なることはよくある。

プレゼントで思い出した。そろそろ、お中元の時期だ。いつも、何をあげようかと迷うことが多い。意を決して、「これに決めた」と、差し上げると、めぐりめぐって、自分が上げたやつが、また自分の所へ戻ってくる。不思議なことだ。コーヒーを上げれば、又コーヒーが戻ってくるし、油を上げればまた、油が戻ってくる。メロンならメロンが。ビールならビールが。あげればきりが無い。まあ、お中元等で差し上げるものは、ある程度、限定されるから、商品がダブルことは仕方がないと言えば仕方がないか?。いずれにしても、思いやりが循環して円滑な輪が出来たことの証明になる。日本的特徴の一つである。

男女間のプレゼントと言えば、やはり、自分が一番大切にしているものを相手に上げたいものだ。古い話だが、女性ならその黒髪を、男性なら、黒髪に刺す櫛を・・・・・。うんんん、江戸時代ならそういうのもいいだろう。

とか何とか言いながら、僕は現代版で、それを実行している。よく、知り合いの女性に言っている。「君の長い黒髪はとても美しい。髪を切ることがあったら僕にくれないか?。君の髪で、鬘をこしらえ、風前の灯火となった、僕の頭にかぶせよう」と。反応はいまいちだ。従って、いまだに、黒髪を手にしていない。それでも、僕はまだ期待してる。思いがけないことはきっとある。必ずや、黒髪が手に入ると。恐らく、その頃は、僕は全つるりんの、スキンヘッドになっているかもしれないが・・・・・。

本題からずれてしまったので、ここいらで、この書面を閉じよう。





2005年06月25日(土) ひさびさに、雑草と格闘だ。

久しぶりに野良仕事をした。例によって、草刈機械を左右に振り回して、「ばった、ばった」と、雑草をなぎ倒していく。これがまた快感だよなー。何故に快感なのか?。その理由が、先程見たテレビで分かった。人間の脳は継ぎ足しの三重構造になっていて、一番奥の原始脳は、爬虫類と同じ脳なのだそうだ。爬虫類は口に放り込まれるものが、食えるものか、食えないものかに関わらず、ばくっと食らいつく。食えるものだったら、胃袋に流し込み腹を満たす。まあ、これが快感と言うわけだ。ただ、ここで学習したわけではない。次に口に放り込まれるものが食えるものか?、食えないものか?、の判断は出来ない。ここらあたりが、二重構造の哺乳類や、三重構造を持った人間の脳と違うところらしい。

僕の雑草刈りは、ひょっとすれば原始脳を使っているのかもしれない。手当たり次第に、別の言葉で言えば、見境なく雑草を刈り散らす。まさに原始本能そのもの。闘争本能と言っても良いかもしれない。目前の敵は、縦横無尽に伸びた雑草だ。「それいけーーーーワンワン」ということで格闘を始める。見事に勝利を治め、快感だーーーと言うことになる。特に学習は無い。あるとすれば、蛇が怖いと言うくらいか?。

この考えはちょっと、飛躍しずぎか?。見方を変えよう。世間様では、腰振り振りのダイエットをやっている人も多い。僕の場合はこの雑草機械がその役目を果たしてくれる。機械を振り回すことにより、腰の左右の肉・・・筋肉と言わせてもらおう・・・が、ぷるるん、ぷるるんと揺れる。小一時間もすれば、汗とともに、脂肪が流れ、「おやっ、引き締まったぜ」と感じる。
シャワーでボディーを洗いながら、逆三角形の上半身を眺める。よかった、長方形、もしくは台形ではなかった。快感ーーーーと言うことになる。

先ほど蛇が怖いと書いたが、時々、蛇の抜け殻を見つける。ぞっとして、たじろぎ、あたりを見回す。いないようだ。機械の音で蛇も逃げたに違いない。抜け殻があるということは、蛇もいるわけだ。恐らく田植えが始まっているので、そちらの方から逃げて、この茂みにやってきたのだろう。「こちらにはご馳走はありませんよ」と言ってやりたいが、蛇君も命がけだ。こちとらも雑草との格闘に命がけだ。願わくば、出会いませんようにと祈るしかない。

かくして、僕の雑草刈りの労働が終了する。久々に大量の汗だ。この暑さだもの、仕方がない。もう、雨乞いは止めた。自然のことは自然に任せよう。
シャワーの後のビールならぬ鉄管ビールはうまい。だから又、労働の意欲がわくわけだ。


2005年06月23日(木) 雨よ!!早く降って欲しい。

今日もどんよりとした曇り空。待てど暮らせど雨は来ない。待つという身は本当に辛いものだ。人間なら、待たせた人に愚痴の一つでも言えるが、相手が自然とあらば、そういうことも言えない。ただ、雨乞いするしか手立てはないのだろうか?。

人を「待つ」・・・・ということでは、僕にも苦い経験がある。二十歳前後だったか、デートの約束をした女性が来なくて、延々とバス停の前で待っていた。とうとう来ずじまいで、僕は悲しさのあまり、四畳半一間にあしらえた、りんご箱ベッドのなかで、おいおいと泣いた。思えば純粋だったものよ。幾たびか、同じような経験を重ねた。次第に心臓に毛が生えていったのだろう。一端の大人となってからは、女性との約束は30分が限度だということで、待たないことにした。もちろん、事前に連絡があり、納得できる理由があれば別だが。

要は思いやりだ。相手を思いやる気持である。双方にこの思いやりがあれば、待つ、待たせるという出来事は、たいした問題ではないだろう。僕は何時間でも待ちまっせーー。

ただ、ビジネス社会での待たせるという行為はタブーである。ある時は人格を疑われる事もある、遊びにいたってさえそうである。マージャンなんかに誘われて、決まった時間に遅れると、そりゃあもう、皆がぷんぷんした顔で待っている。宮本武蔵ではないが、そんな時に限って勝ってしまう。結局、もう、おまえは誘わないということになる。やはり待たせたものが一番悪いようだ。

何はともあれ、約束があれば、待たせると言う行為だけは慎みたいものだ。
雨よ、早く降って欲しい・・・・・。




2005年06月21日(火) 雨と涙とため息と。

当地では、ほぼ、田植えが終わりつつある。ただ、悲しいかな。雨が降らない。地域によっては、田んぼにひび割れが生じているところもあるそうな。雨って、降りすぎると迷惑だし、降らないと、雨乞いをしたくなる。人間の気も移り気だが、自然もまたそうである。

僕は雨が好きだ。六月の雨は特にそうである。ジャージャーと降ったり、しとしとと降る雨を見ながら、物思いにふけるのに好都合だからである。昔は、喫茶店の窓から、外降る雨をよく眺めていた。ため息をつきながら、一杯のコーヒーで何時間もねばっていた。他人から見れば失恋でもした可愛そうな男に見えただろう。その本心は??。実は、美しいアルバイト女学生のご寵愛を得んがためだったと言えば、僕も若かったぜ。涙ぐましい努力に涙が出るぜ。ということになるか?。こんな、やるせない、けだるい、悶々とした日々が僕の青春だったわけだ。時がゆるやかに流れた。

今や、喫茶店も少なくなった。たまたま見つけた喫茶店に、喪黒福造みたいな中年の男が、にんまりしながら座っていると、気味悪がられ、怪訝な顔をされるのが落ち。もはや時代は変わったんだ。仕方がない。それでも、時々は馴染みの喫茶店で、コーヒーをすすりながら、外を眺めてはポカーンとしている。雨が降っていると、なおさら、そうしていたい。

何故だろう?と考えてみた。きっと、雨粒の一粒、一粒が過去に流した涙の一こま、一こまを演出するからに違いない。又、雨音は人生を振り返るときのBGMみたいなものだ。かんかん照りのなかでは、現実の不快さが先に立ってしまう。人間の心もデリケートというか、複雑と言うか、現金というか、掴みがたいものだ。

なにはともあれ、今、こちらでは切に雨が欲しい。僕の心も雨を待っている。
泣きたいわけではない。ただ、静かに思いを馳せたい。若い時とは違い、それが今の本心だ。



2005年06月19日(日) 恐怖映画は怖いけど面白い。

昨晩、土曜日はゆっくりと映画鑑賞にひたった。ゆっくりというより、逃げ腰と言ったほうが正しいか?。「リング」というタイトルの外国版だ。日本版は、既に見ていたので、そう怖くは無いと思っていたが、さにあらず。怖さに変わりは無かった。一人で見たのがいけなかったのかもしれない。

田んぼに囲まれ、周りはシーンとした一軒家の居間。寝そべりながら見ていた。山の神は二階のベッドで、とっくにご就寝中だ。ご苦労様です。テレビの音声だけが聞こえる。が、時々、「ガタッ」と物音がすると、もうおっかなびっくり。ぱっと飛び起きて、防御体制をとる。原因が猫の「もこちゃん」だと分かり、ほっと、胸をなでおろす。

ひとこと苦言を言ってやった。「猫だから、にゃーーーんと声ぐらいは出せよ」と。もこちゃんは知らぬ存ぜずで、一瞥を投げて台所の方へ消えていった。可愛げのないやつだぜ。猫好きの人には申し訳ないが、どうも、僕は猫は苦手である。犬なら大歓迎だ。一緒にテレビ鑑賞をしながら、怖い場面では、ぐっと抱きしめてやると、「もっと、もっと」といわんばかりに、ほほをなめてくれるに違いない。考えすぎかーーーーー?。

リングとは、直訳すると「輪」である。以前、このタイトルを見たとき、「輪の一体何が怖いんだ?」と思った。ストーリーの設定は、のろいのかかったビデオを見た人は一週間後に死ぬ。原因が分からないままに、ビデオが人から人へと伝えられ、見た人が次々と死んでいくという内容だ。この連鎖反応をリングというのだろうか?。子どもの命をまもるべく、一人の女性と恋人が原因解明に乗り出す。さまざまな恐怖を乗り越えて、事件の本質に迫っていく。

前髪を振り乱した女性がテレビの中から出てくるシーンがあった。のっそ、のっそと立ち上がった、僕は思わず目を閉じた。次に、顔のシーンが出てくると思ったからである。母親や、ばあさまが両手で顔を隠して、赤ちゃんに、「いないいないばー」と言いながら、顔をぱっと見せる光景を思いだした。赤ちゃんは、見慣れた顔に出会い、にこっと笑う。それは愛嬌があって、怖くもなんとも無いが、髪を振り乱した女性が、ぱっと顔を上げ、凍てつくような目で「ぎろっ」とにらまれると、それはもう恐怖のあまり心臓まで止まりそうになる。

そんな時、僕はどうするかと言えば、台所、二階へ続く階段、隣の部屋等の電気を全部つけて明るくする。寝るまでそういう状態にしておく。明るければ、恐怖心も和らぐ。電気代がもったいないが、恐怖におびえ続けるよりはましだろう。

人間って不思議なものだ。怖いとわかっていながら、覗きたくなったり、見たくなったりする。この心理はいかに?。思うに、「1パーセントでも、救いの光明がある。更には、フィクションだから怖くないよ」という脳細胞の言葉が、こわごわ見る、覗くという行動を起こさせているのかもしれない。

昔、じいさまや、ばあさまに言われたことがある。「死んでしまった人間はちっとも怖くない。本当に怖いのは、生きている人間じゃぞ」って。小さい頃はそうは思わなかったが、大人になり、娑婆世界の色んなしがらみの中に身を投じた時、確かに。そういう面もあるなーと思う。

僕の好きなもの。モーツアルトと一杯のコーヒーとメーテル。嫌いなもの。地震、雷、台風、蛇、そして、恐怖映画ということになるか?。ただし、恐怖映画は嫌いだけど見たい。うんんん、これは好きということか?。




2005年06月18日(土) 男たるもの。

昨日の続きを書こう・・・。おっと、今日の続きだった。

クライアントと一時に待ち合わせをしていた。正味時間、十五分の仕事である。往復には半日以上かかる。仕事とはそうしたものだ。無事にこなした。食事に誘われた。残念ながら僕はとんぼ返りを余儀なくされていた。丁重にお断りして、即、帰路の途へ。

ハンドルを握りながら考えた。何故、最近の男達は元気がないのだろう?。思い当たることがいくつかある。一つは女性達が強くなったからだろう。女性達がどんどん社会へ進出してきた。大地を揺るがすがごとく猪突猛進している。その結果と言ってはなんだが、男達は身の置き所が無い。怖くて、路肩にうずくまっている感じだ。いまや、日本は女性天国の国へと変貌しつつある。かならずしも、悪いことではないが、なんだか男達があわれで、かわいそうである。

テレビで見た。子育ての栄養源として、用済みのオスはメスのえさとなり食べられてしまう昆虫がいるそうな。又、しゃけは、故郷の川を登り、産卵が終わると、メスしゃけは、力尽きたオスを食うそうだ。自然がこしられた摂理とは言え、オスは、はかなくも悲しい存在ではないか。

人間社会はどうだろう?。同じような傾向がありはしまいか?。
見かける男性、男性が皆、元気がなく、目に精気がない。ぷち、ぷち、ぷりんなのは女性ばかりだ。うんん、いけない、いけない。僕も男だった。そもそも、こういう現象を作ったのは、他の誰でもない。男達自身である。ただ、自らが招いた結果ではあっても、じっと手をこまねいていてはいけないだろう。男達よ大志を抱け!!!。握るハンドルに力が入った。

混乱する頭をかかえながら、無事に我が家へ到着した。既に夕方になっていた。あたふたと用件を片つけていると、そこへ、久々の久々に弟(仕事仲間)からテルが。「○○ちゃん、時間ある?。よかったら、ちょっと飲みたいなーーー。」いつもの口癖である。少々、疲れてはいたが、断らないのが僕の主義。指定された場所へ赴くと、なんと、そこには仕事仲間の娘さんを同伴していた。すらりと伸びた背丈に、魔女のごとき美貌を持った女性・・・。かもしかのような手に、白魚のような足が・・・。おっと、逆か。白魚のような細い手に、カモシカのような美しい足が、にょきっと生えていた。よく笑い、元気印そのもの。喪黒福造もたじたじだ。

しゃなりのママの店で一時を過ごし、かもしか女性の友達が経営しているというスナックへと導かれた。カラオケで歌いたいと言う。異存はなかった。着いた店は、以前、色んな会で利用していた店だった。今は経営者が変わっていた。ママをいれてカウンター女性は4名。半年前に開店したそうだ。

あたりを見回すと、な、なんんと、そこには、「かこ」という源氏名を持つ、過去の女性がいた。すっかり、記憶の彼方へと追いやられていた過去がまざまざとよみがえってきた。世の中が狭いと言うか、めぐりあわせというか、この出会いはまさに不・思・議。
かくして、僕の日記の一ページを飾ることになったわけだ。

しばらく、だべっていたところ、かもしかの女性が退散すると言う。なんでも、次の予約が入っているそうだ。「ええっつ、僕達はつなぎだったのか?」と思ったが、まあ、これは仕方がない。結婚の前準備だろう?。

僕は歌った。例の、「メリジェーン・オン・マイマインド・・・・・・」。わおーーーーーつ、95点だ。この店がオープンして以来の最高得点だそうな。「かこ」という女性の見つめるまなざしが、僕の歌にプラスαーを生じさせたのかもしれない。嬉しかったねーーー。弟も果敢に挑戦した。点が肉薄したかに見えたが93点どまり。勝ったぜーーー。これはいたし方の無い現実だ?。

気をよくした僕は、その後、何度か挑戦したが、もう二度と、甘い蜜をなめることは出来なかった。歌を境に僕達の気力は失速へと。元気なのは女性陣ばかり。弟は口癖の「眠い、眠い」の連発。てなわけで、僕達も退散することに。ただ、僕の目だけは、まだ、「ギンギラギン」と輝いていたようだ。

午後、11時半に無事に帰還。男たるもの、もっと強くならなくちゃ。それが今日の格言だ。乱れもせず、酒にもおぼれず、品行方正に徹した僕の一時だった。品行方正の定義がよく分からないが・・。 [編集する]

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2005年06月17日(金) 遠出して思ったこと。

今日は仕事で遠出した。隣県まで車でドライブだ。久々に行く都会は、行きかう人も多く、また、女性が皆、綺麗に見える。ファッションもすごい。非の打ち所の無いスタイルとはこういうものか?。さっそうと、僕の目の前を過ぎていく。

黒カバンに黒のハット。よれよれの背広に、でかでかの靴。喪黒福造スタイルの僕には目もくれない。世の中は変わった。確かに変わった。昔は好奇の目で見られた僕も,今は、しがない、おじさんにしか見えないのか?。悲しいぜ。

てなわけで、最近は黒のカバンを止めて、茶色にした。でかでかの靴を止めて、スマートな上げ底の靴にした。靴のかかとが高くなっても、如何せん、足が長くなるわけではない。相変わらずの胴長短足だ。かくわが身を変身しても、人の見る目は変わらない。そのことに気がついた。よしーーーーっつ、要は中味だということで、日々研鑽に努めている今日この頃である。

都会を歩いて気がついたことがある。男達に元気がないことだ。このごろ、ノーネクタイのサラリーマンの姿が目に付く。やはり、きりっと締めたところがなくなると、ますます男達が悲惨で、哀れに見える。「暑さなんてなんのその。ドンと来い暑さよ」という威勢のよさはどこへ行ったのか?。今では過去の遺物なのか?。

とあるビルの屋上でコーヒーを飲んだ。十五階のレストラン。一面ガラス張りだ。都会の風景が一望できた。山の中に立派な建物が建っていた。学校かホテルだろう。いやああ、都会の風景はすばらしい。緑に囲まれた要塞って感じの所が、あちこちに点在していた。その姿を僕は宇宙ステーションから見ているような感覚である。文明は男達を置いてきぼりにして、どんどん進展していく。複雑な子持ちになった。
おっと、既に0時を回った。続きは明日にしよう。


2005年06月16日(木) 予想が的中。

つつがなく今日も終わりそうだ。まだ分からないが・・・・。仕事は相変わらず忙しい。怠け者の僕にとっては良い傾向だ。今、こうやって備忘録をしたためている。どうも、のりちゃんからの誘いがありそうな気配。彼も最近、忙しかったと見え、一週間近く会っていない。恋人でもないのに、そう頻繁に会う必要もないのだが。何となく気になる存在だ。

単身赴任というのは、やはり何かにつけて不自由であるし、淋しいのだろう。僕にはその経験がない。彼は、もう慣れっこになっているというが、一人で食う食事は味気ないのだろう。僕が恰好のえじきと言うわけだ。

おっと、今電話あり。予想通り、のりちゃんだ。でさあ、出立だ。備忘録をここで閉じよう。


2005年06月15日(水) 田植えが真っ盛りだ。

田植えが真っ盛り。機械がものの見事に苗を植えつけていく。便利になったものだ。人手もほとんどいらない。人間の英知に脱帽。

そういえば、僕も学生の頃、い草刈りのアルバイトをしたことがある。畳表になるやつだ。寒い時に植えて、田植えの前に刈り取る。その刈り取りをはじめ、一連の作業を経験した。一家総出でも人が足りず、僕みたいな未経験者でも、若い労働力として重宝された。中腰になり、慣れない手つきで、い草を「バッサ、バッサ」と切っていく。腰が痛いのなんのって。たまったものじゃない。切るだけなら、面白みもあるが、それだけではない。

当時は、い草をきった後、薬が入っているような泥水に浸す。十分、液がしみこむように、両足で揉む。マッサージの揉み揉みとは大違いだ。その後、あぜ道に並べて乾燥させていた。今は乾燥釜みたいなものがあるので、道端に乾すことはしないようだ。乾しあがった後、今度はそれを回収する。まあ、ここまでが一連の流れと言うことになるか?。

僕は毎日実家から自転車で通勤だ。朝6時くらいから夕方の6時頃まで、フルに働いた。美貌の顔も泥だらけになり、作業着も泥と汗で真っ黒。最初の二日間は、それはもう、くたくた。バイトの職種を間違えたかと後悔もした。ただ、一度やったからには、笑い者になりたくない。「なさねばならぬ」と、心に鞭打って一週間の作業工程をクリアした。無事に終った時、もう二度と、このアルバイトはすまいと思った。農業ってほんまにたいへんだばい。嫁っ子も来ないわけだ。

そんな僕の心も知らず、更なる労働の要請がーーー。「今度は田植えになるから、引き続きしないか?」と言われた。「とんでもありません」と丁寧に断り、ほうほうの体で逃げ帰った。母は、にやにやと笑いながら、一応満足そうだった。

        車で通る田んぼ道。
        今はなき人の輪。
        ただ、ガチャン、ガチャンと、
        機械手だけが孤独に動く。

        父母の姿もみえじ、田んぼ道。
        おらべども応えるものなし。
        いかに、世の中が移ろいても、
        早苗は大地に根をおろす。

        わらんべ帰る田んぼ道。
        今、通るは田植え機械。
        人、いずこに去りぬ。
        早苗のみぞ、それを知る。

田植えが終ると、緑のじゅうたんが目を楽しませてくれる。日ごとに成長し、秋にはたわわな稲穂に変わる。自然の営みはなんと素敵なことか。僕も、実り豊かに成長したいものだ。かく言いながら、日々、懺悔の繰り返しでは、しめしもつかないか?。
       
        
        
        


          


2005年06月12日(日) 六月の空。

六月の空。
どんよりとした曇り空。六月はこんな天気が続く。季節の移ろいの中の一コマである。湿気があり、爽快な五月の風や空とは違う。そんな六月でも僕は好きである。一番の理由は、暇が出来ることだった。「だった」という過去形を使ったのは、今年の六月はそうではないからだ。

仕事がたまっている。同じ内容の仕事なら、時間もとらずに片つけられるが、種類の違う仕事だと、頭を切り替えなければならない。
おまけに、法律をはじめ、色んな仕組みが、どんどん変わっていく。その仕組みをマスターしていくのに、結構骨が折れる。一応プロとして自認しているならば、そのことに対して努力を払うのは当然のことと言えば当然だ。

本来僕は怠け者。どうしても安易に流されてしまう。今年を反省するには、ちと、早すぎるが僕の課題ということになるか。

何となく詩を書いてみた。

       六月の空

   田んぼに六月の雲が浮かぶ。
   一匹の雨蛙が水面を破る。
   父、母と離れたのだろうか?
   何を思って泳ぐのか知らねど、
   田植え前の静寂な一時。

   書斎より眺める六月の空。
   アジサイがねぐらか、雨蛙。
   もう、食事は済んだか?
   動かず、葉っぱと同化す。
   自然の中のアクセサリー。

   故郷を思い涙す。
   母も同じ空を見ているのか?。
   移ろい、移ろぐ季節のなかで、
   六月の空が優しく微笑む。
   そっと広げた昔のアルバム。

お粗末でした。心とは裏腹にちょっと神妙に
成りすぎたようだ。日曜日の夕方の一時でした。そろそろ、現実に戻って、くずかごにたまった、書類の残骸の整理にかかろう。
   

   


2005年06月11日(土) 午前様はこたえるぜ。

入梅して、いよいよ田んぼに水が張られた。毎年見る光景だ。麦刈り後の肥沃な大地が、水面に早代わり。この後は緑のじゅうたんが一面を覆うことになる。人の英知と自然の営みが変わることなく繰り返される。

今日、都会から客があった。早速聞いてみた。「都会にもこんな田んぼの風景がありますか?」って。「もちろんありますわよ」との返事。そうなんだよなあーーー。都会というところはほんの一部。一歩、抜け出すと、どこも同じなんだ。日本は田園の国なんだ。覚めやらぬ頭でそう思った。

実のところ、昨夜は久々に酩酊した。まずは、異業種交流会に出席し、ビールジョッキで三杯半を飲んだ。結構、話が弾んだせいもある。一時間の交流が終わって、どうすべきか考えた。同伴のボスは、そそくさと別口へお出ましだ。馴染みの店で、焼酎でも飲んで帰ろうかと思った矢先、のりちゃん先生からのお誘いが。本来なら、金曜日の夜は、奥方が待っている都会の我が家へ帰るはずなのだが・・・。「何事かあったのかしら?」と思ったが、それ以上の詮索は止めにした。

渡りに船とはこのことだ。僕にとってはグッドタイミングだ。和服のママの小料理屋で落ち合うことにした。酩酊途上にあった僕は、そこで本格的に酩酊。よくだべり、よく飲んだ。BGMはママ嗜好のフォークソングがーーー。カラオケでもあれば、「コスモス」やら「白いブランコ」やら、「メリジェーン」なんかを歌うところだが、ここではそうはいかない。おらぶには空間が狭すぎる。

不思議なものだ。僕の心を察知したのか、のりちゃんが次へ行こうという。二人の頭の中には既に、共通の店が浮かんでいた。工藤静香さんを彷彿とさせるような美人カウンターレディー、奈美ちゃんが勤める店だ。なあんと、そこのママさんは異業種交流会のメンバー。これもまた縁。

僕たちはタクシーで乗りつけた。店の中はほぼ、半分くらいの客がいた。カウンターレディーは4−5名はいる。奈美ちゃんは僕たちに付きっ切り。店替わりをした奈美ちゃんにとって、僕たちは救いの客と言うことになる。めったに歌わない、「のりちゃんが、そこで歌をおらんだそうだ。僕には記憶に無い。僕も歌ったそうな。記憶にございません。完璧に酩酊だ。

どのくらい、そこの店にいたのだろう?。気がつくと、のりちゃんと僕はタクシーに乗っていた。僕一人が、さる店で降りた。奈美ちゃんが以前、勤めていた店で、かつ、僕がママさんから勘当された店である。今は復権している。まさに、感動のきわみだぜ。完璧に酩酊しているとは言え、アウトドアでは僕も紳士。しばらくいたのだろう。無事に午前2時に帰宅。もちろん、合鍵を使って我が家へ侵入。何事も無かったかのように、ベッドへ滑り込んだ。山の神は高いびきで、ご就寝中だ。これにまさるスリルは無いだろう?。

翌朝、今日である。山の神が開口一番、聞いてきた。「あんた、昨日は暗示に帰ってきたの?」。僕はすかさず応えた。「うんんんん、一時くらいだったかなーー」。「よくそんなに遅くまで飲めるわねーーー」。「ごめん、ごめん。のりちゃんが帰らなかったものだからーー」。これで一件落着。

よくよく考えると、僕も罪深い男だ。根っから酒好きでもないのだが、娑婆世界との交流が僕の趣味みたなもの。そういうことにして、今日も懺悔である。
おかげで、午前中は頭ががんがん。午前様はこたえるぜ。幸い来客は午後からだったのでよかった。

さあ、来週からは、もっと、品行方正な僕ちゃんであろう。





2005年06月09日(木) 小旅行を終えて。

旅から無事に帰還して、しばらくは腑抜け状態だった。異郷の地へ行くと、脳細胞が興奮し、それを沈めるのに時間がかかるようだ。

僕たち12名の兵達は、小型の観光バスを借りて、北へ北へと走った。車窓から見える風景は緑に覆われた山、小刻みに波打つ海。繰り返し、繰り返しその風景があらわれた。田んぼの真ん中にいると、ついぞ、海を見たことが無かった、やはり海はいい。海は広いな大きいな・・・。
入り江を往来する船を見ながら、ふと、誰かが言ったが、船は右側通行のようだ。知らなかった。僕たちは子どものようにはしゃいだ。しがらみから開放された大人のとる行動は、はしゃぎしかない。男って単細胞だぜ。

平日旅行のためか、休憩ポイントは透いていた。海を見ながらの昼食とあいなった。めいめいが。好きなものを注文する。僕は手ごろなところで、スパゲティー・ミートソースにした。中には、サイコロステーキ定食を食べるものもいた。結構なことで・・・・・。腹を下さなけりゃいいが。

目的地のある市街地へ着いた。ホテルに着く前に、有名な寺をニヶ所、訪れた。うっそうとした木立の中に寺はあった。いややあ、広いのなんの。こんなに広けりゃ掃除も大変だべ。誰かがつぶやいた。さもありなんと思う。
住職の妻らしい人が現れ、抹茶を振舞ってくれた。寺の歴史などを聞きながら、抹茶をすすった。おいしかった。時間がゆっくりと流れた。

夕方の五時を過ぎた。ホテルへのチェックインだ。山間部に長ひょろいホテルの全貌が見えた。道すがら、はたと思ったが、どこにも、遊興の施設が無い。ホテルの周りは山と田んぼばかりだ。普通、温泉地ならば歓楽街があるはずだが、ここには何も見当たらない。どうしたわけだ?。

どうも、この地は湯治客の集まる温泉地のようだ。知らなかった。それにしても、ホテル代が一人当たり二万円を越すとは、これいかに?。その懸念はいっぺんに吹き飛んだ。ホテルの中は別天地。何でも揃っていた。わざわざ、ホテルの外に探索に行く必要は無い。部屋も立派だった。障子を開けると、一面大きなガラス窓。外は広い庭園。緑がまぶしかった。夜になるとライトアップされ、それはそれは美しい。湯治にはもってこいか?。知らずメーテルに思いを馳せた。

宴会も豪華だった。料理は最高。湯治場とあって、騒ぐ客は、ほとんどいなかい。われわれも、品行を保つべく黙々と箸をすべらした。やがてアルコールが効き始めたかと思う頃、お開きだ。遊びに来たわけではない。あくまでも、研修旅行だ。そういうことにしておこう。

さあ、あとは自由時間。先輩諸氏としばらくの間、歌謡ショーを見た。その後、僕のお決まりコース・・・。マッサージをフロントへ注文。これが気持いいんだよなあーーーー。魔法の指が引き締まった僕の筋肉をほぐしていく。幾度となく経験した快感である。さてと、今日の揉み手は、どなかたかしら?と、期待に胸を膨らませていたところ、ドアのノックオンが聞こえた。

なななんんんと、登場したのは七十歳はすぎたかと思われるおばあちゃん。「揉まれる方はどちらさま?」ときた。友人達は知らぬ存ぜずで笑いをこらえている様子。「ぼ、ぼ、ぼくです」ということで、見事、魔法の指ならぬ、婆法の指の餌食となった僕でした。それでも、さすがに年期が入っていた。つぼはちゃんと押さえていたようだ。さすがの僕も延長は取りやめ、ワンラウンドのみのマッサージで終止符を打った。

いやはや。旅は予期せぬことが起きるものだ。寝るに限るということで、皆よりは早く船をこいだようだ。マッサージと早寝が功を奏し、翌朝は絶好調。朝湯にひたり、バイキングの朝食をとった。たらふくまんまで、元気一杯。
帰路につく前に買い物だ。

有名な窯元を紹介してもらい、そく出向いた。いやああ、陶芸はすばらしい。こんな土から見事な陶器が出来るなんて神業みたいだ。仲間の一人が、抹茶茶碗を手に取り、値を問うたところ、二十五万円。「えええっつ・・」と驚き、そっと、元の位置に返した。知り合いの紹介と言うこともあって、今日は一割引で売ってくれた。僕はマグカップ二個、八千円で買い、千円負けてくれた。いやああ、気に入ったものだから、嬉しいぜ。

とまああ、こんな調子だ。あとはガラス工房で、滴り落ちないという、醤油さしを二個、他には海産物などを市場で買った。めったにしない買い物なので、結構、面白い。瓶入りの酢らしき物を650円で先輩が買った。僕も買いたいと思って、500円へ、値引き交渉。それは駄目ということだったので、止めようとしたら、なんと600円なら良いという。「乗った」ということで、購入。側にいたいた先輩が、「俺、650円で買ったよ」と不満そうに言ったので、店の人も、仕方なく50円を返した。今日の格言。「駄目もともとでも、一応は言ってみるものだ」。

少なかった荷物が帰りには膨らんでしまった。帰りのバスの中では、皆が「おねんね」タイム。品行方正な僕だけが、目はギンギラギンと輝いていた。
夕方、無事に我が家へ帰還。冥土への旅以外は、帰るところがあるから幸せというものだ。小旅行だったが、あらためて、旅の面白さ、良さをかんじた二日間だった。








        


2005年06月05日(日) 旅行より僕は旅が好きだ。

明日から一泊二日の小旅行である。毎年この時期には、十数名の仲間達との旅行が計画される。行き先はたいがい温泉場。今年も例外にもれない。

ふと思った。旅行と旅はどう違うのだろうか?。居所を離れて、どこかへ行くという点では同じである。ただ、旅行と言うと、いかにも現代的で、はいからな感じがする。旅といえば、やじさん、きたさん、山頭火みたいに、諸国を行脚するようなイメージ。なんとなく古風さを感じる。又、目的と言う面から考えると旅行には、しっかりした計画性があり、旅には、そういったビジョンがない。行き当たりばったりの感じである。

僕は、どちらかというと、「旅」というイメージが好きである。時間と金さえあれば、ぶらり旅をしたいところだ。あんぽんたんで、ちゃらんぽらんで、ふうけもんで、能天気の僕は、昔、思ったものだ。晩年になったら、銀河鉄道999のメーテルのような美しい、優しい女性を伴って冥途の旅をしたいものだと。日本国内のみならず、世界中の隅々まで、「愛はいりませんかあーー?、愛はいりませんかあーー?」と、おらびながら旅をする。そんなことを思い、こしらえた詩がある。
           旅

      君は旅が好きだろうか?
      頭に網代傘、ワラ草履をはいて
      手に鈴と応量器をもち、
      ひたすら世界を巡り
      愛を語ろう。

      疲れたら、ひとときの憩いを持とう。
      差し入れられた握り飯をほおばり、
      荒れた御堂をねぐらにしよう。
      みなぎる僕のエネルギーで
      冷えた君の体をあっためよう。

      旅の果て、僕は死を迎えるだろう。
      消えかかる細胞のひとつひとつに、
      君との思い出を深く刻もう。
      閉じかかるまぶたの中に、
      涙に濡れた君の顔が映るだろう。
      愛と悲しみに満ち満ちた君の顔が。
      
僕もロマンチストだったものよ。アニメの中のメーテルならば、「さもありなん」と思えど、昨今の女性の場合は、いかがなものか?。

懐の中に路銭を忍ばせて、いとしい女性と旅をしたと仮定しよう。それもかなりの大金を持ってである。僕たちは、テクテクと歩くだろう。愛は疲れを知らない。そう思っていたが、こんなスピード時代に徒歩とは、これいかに?。「ホテルに泊まりましょうか?」。「そうすべか」となる。みなぎる僕のエネルギーは汗臭くて、「たまんないわ」ということになるか?。消えかかる細胞のひとつ、ひとつに宿るのは苦い思い出ばかり。僕のまぶたに映るのは、にんまり顔の君。「まだ、くたばっていなかったのね」といっている。これじゃああ、あまりに可愛そうだ。ドラマの見すぎだ。ちと、冗談がきつ過ぎたようだ。

ただ、実話だと思うが、テレビで見たことがある。ある老夫婦が、キャンピングカーをねぐらにして、全国各地を旅していた。女房はあまり体が丈夫でなかったが、旦那が、かいがいしく女房の世話をしながら、人生の旅をしていた。これこそまさしく愛ある旅である。涙が流れた。

僕が晩年に求める旅があるとすれば、そんな旅がしたい。ただ、残念ながら、今回行く旅、旅行はそんな種類のものではない。仕事仲間が互いの疲れを慰労しあい、更なる親交を深めようという旅行である。これも又、可なりか?。











2005年06月04日(土) 隙間商品について。

今日、六月四日は虫歯予防デーだ。それにしても、うまい語呂合わせである。七月十日は、納豆の日。何となく納得。僕に虫歯は無い。納豆は大好き。何の関係も無いか?。こういう語呂合わせを利用した宣伝は、それなりに効果があるのだろう。

語呂合わせといえば、綾小路君麻呂さんの漫談を聴いて大笑いしたことがあった。著作権法の問題があるので、どこまで書いていいのか分からないが、いくつか書かせてもらうと、「女性もにこにこできるのは二十五才まで、ニヤニヤ出来るのは二十八歳まで。三十五歳で立派な赤ちゃんを産みます。産後の日立がいい。三十九歳になって産休」。

いやああ、それにしても、言葉というものは使い方によって、いろいろと面白いものだ。
言葉でも、商品でも、創意工夫が凝らしてあるものは魅力がある。いわゆる隙間商品といってよい。

会社勤めをしている頃、トップからよく言われた。「隙間商品を狙え。開発しなさい」と。昨今、巷には、あふれんばかりの創意工夫された商品、便利商品であふれている。貧弱な僕の脳みそでは、もはや、隙間商品について、考えることすらおぼつかない。

昔、「三高」という言葉がはやった。女性の結婚の条件だったか?わすれたが、要するに、「背が高く高学歴で給料が高い」ことが、理想の男性なんだそうだ。世の中はそんなに甘くはありませんぞえ・・・・。

と、同時に、「三K」と言ったかなーーー。就きたくない仕事の三条件だったっけ?。「きつい、汚い、給料が安い」。そういう仕事が敬遠された。あああああ・・・、何と言うことだろう。人間、裸になれば皆、同じじゃないか。情けない。その時、僕は思った。この「三K」にこそ、隙間商品のヒントが無尽蔵に隠されていると。

最近、国は失業率の高低で、一喜一憂している。フリーターの増加が、失業率を押し上げているのかどうかは知らない。思うに、フリーターと言われる人たちは、隙間商品の開発に一番近い立場に身を投じているような気がする。三Kも経験するだろう。そんな経験の中から、いい商品、いい言葉が生みだされてくるような気がする。

かと言って、フリーターという職種を推奨しているわけではない。やはり、安定は必要だ。色んな経験の中から、自分の生きるべき道を見つけ、妻子を養えるだけの力が求められる。いくいくは、世の中の先駆者、推進役となって、次世代を担って欲しいと思う。昨今、若い人たちが少なくなった。だからこそ、若い人たちに求める期待も大きいわけだ。

隙間商品かあーーー。そういえば僕の歯は隙間だらけだ。虫歯はなくとも、いかにして透いた歯を穴埋めするか?。無い知恵を絞って考えてみよう。 [編集する]

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2005年06月03日(金) 生は命の燃焼である。

入院していた母の弟(叔父)が見事に退院した。医者からは、駄目かもしれないと言われていた。母と見舞いに行ったとき、体に取り付けられた管の多さに、蓋然とした。意識はあったので、母と「頑張って、頑張って」と何度も叫ぶと、「うん、うん」とうなずきながら、手を握り返してきた。その時の印象が今も忘れられない。

その叔父が退院し、今は自宅で通院しながら療養している。母が聞いたそうだ。「僕と一緒に見舞いに言ったことを覚えているか?」って。叔父の返事はこうだ。「いや、全然覚えていない」と。

これには僕もまいった。生死の境にあるときは、意識があるようでも、誰かは判別できないこともあるわけだ。回復した時には既に、記憶が彼方へと飛んでいるのだろう。母にとっては今はもう、たった一人の弟である。良かった。良かった。

病は気からと言うように、「生きる」という強い意志力を持ち続けられれば、細胞だって、その意志を受け継ぎ、生きようと努力するに違いない。生命の不思議な面である。

相撲界のプリンスと言われたニ子山親方が亡くなった。五十五歳と言う若さだった。小さい体ながら強靭な足腰で、大きな力士達を「ばった、ばった」と、なぎ倒していく姿に勇気ずけられた人は多いだろう。僕もそうである。心からお悔やみを申し上げます。

長生きすることは、確かに尊いことである。ただ、大事なことは、人生は生きた長さではなくて、いかに命を燃焼させたかである。二子山親方は、まさに、その手本を見せてくれた人である。どんな逆境にあっても、それをはねのけ、最後まで闘い続けた。「まだだ、まだだ」と燃焼させた。その姿に心から、「ありがとう」と叫びたい。

叔父にも、ニ子山親方のように、不屈の精神力をもって、これからの人生を燃焼させて欲しい。




2005年06月01日(水) 水無月の初日の雑感。

五月にさらばして、六月の初日を迎えた。天候は曇り。梅雨、間近か?。少々、風あり。蒸し暑さ無し。いやあああ、六月だ、六月だあ・・・っ!!。ジューン・ブライドでもあるまいし、そんなに感動することもないか?。

そういえば、先月、同業者で後輩の結婚式に参列した。嫁さんは終始、笑顔。旦那は、緊張してか、顔が引きつっていた。その時思った。「こりゃーー女房にしかれるぜ??」。やはり、度胸は女性の方が上かもしれない。これぞまさしく夫婦円満の秘訣か?。思えば僕も随分、しかれてきたなーーーー。じっと手を見る。

今日は、朝から我が家を取り囲む田んぼでは、麦刈り後の田焼きが行われている。乾燥しているとあって、麦の切り株たちがよく燃えること。瞬く間に、黄金色のじゅうたんが、真っ黒い肥沃な大地に早代わりだ。やがて、耕されて、水が張られる。浅くなければ1000平方メートル(一反、300坪)のプールがあちこちに出来る。我が家はプールに浮かんだ要塞という観を呈する。泳ぎたい衝動にかられても、いかんせん、浅すぎる。

昔は、水すましや、おたまじゃくしや、あめんぼう、めだか達が、すいすいと泳いでいた。見事な泳ぎに惚れ惚れとしたものだ。今や、無表情な水面が、時折、風でなびくだけ。それでも、苗が植えられると、無表情な田が、緑のじゅうたんに変わる。苗はぐんぐん生長し、裏切らず我々の胃袋を満たしてくれる。自然の営みはなんと素晴らしいものか。

いつも、何かを裏切っているのは人間ばかりである。思えば過去の生き様は懺悔、懺悔の連続だった。恐らくはこれから先も、懺悔、懺悔で日々が流れていくことだろう?。

ふと、思った。神様も、人間の懺悔、懺悔の言葉に、いい加減、飽き飽きしているのではと。たまには、人間の善行に対して、「よし、よし」と頭をなでたいに違いない。「お前は、よいことを言うなあーー」と、風前の灯火となった、わが頭をなでてもらいたいぜ。

水無月の初日というのに、くだらない話に終始したようだ。気を引き締めて、仕事に戻ろう。


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