umityanの日記
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2003年09月27日(土) すばらしき女優さんかな「有馬理恵」。さん

すばらしき女優さんかな「有馬理恵」。さん
at 2003 09/27 15:52 編集

ほんと、久しぶりに演劇舞台を見た。「釈迦内棺唄」という演題である。最初、「釈迦内」って、何のことだか分からなかった。お釈迦様のことかなと思ったがそうではなかった。解説を読んだとき、ショックだった。昔、釈迦内村という村があって、そこで、死体焼き場を営む家族の、差別と偏見を受けながらも、力強生きていく、家族愛を描いた物語だった。その中で、唄われる唄が棺唄というわけだ。

俳優座女優の有馬理恵さんを迎えて、「希望舞台」という劇団が演じていた。
有馬理恵さんの演技がすばらしかった。あんなに細い体ながらも、面面で織り成す、しぐさ、セリフは見事なものだった。迫力というより、ど迫力と言ったが良いかもしれない。僕は演劇についてはまったくの素人であるが、ただただ、感動で、涙を禁じえなかった。

物語は、父親の死体を焼く釜を掃除しながら、さまざまな過去に思いを馳せている場面から始まった。釜に油が付着し、それをはぎ落としながら、せっせと掃除している三女、ふじ子(有馬理恵さん役)。生前、父親は、灰になった死体の燃え殻を畑に蒔き、コスモスの畑を作っていた。
あるとき語ったという父親の言葉があまりに印象的だ。「人の顔かたちが違うように、コスモスの花もまた一つ一つ違って風に揺られて咲いている」と。うんんんん、人の灰で育ち、花を咲かせたコスモスの花・・・・・・、、。そこには生前の人のどんな権力も地位も名誉も関係なく、一様に美しく咲いているわけだ。

現実にある、色んな差別やいじめを思うとき、あのコスモスの花を見たとき、なんだか、あまりにも現実が切なく、悲しく思える。

公演が終わって、僕はまだうつろな目をして出口に向かったとき、有馬理恵さんほかのメンバーの人が見送りをしていた。
僕は、有馬理恵さんを優しい目で見た。そのとき、彼女が手を差し出してにっこり微笑んでくれた。彼女こそ、僕が長年探し求めていた、銀河鉄道999のメーテルか?。僕は握ったね。強く。彼女の手を。かならずしも、肉付きはよくなかったが、あったかく、優しく、僕はいつまでも握り締めていたい衝動に駆られた。彼女の公演をまた再び見ることがあるんだろうか?。縁があれば、またきっとあえるに違いない。

僕の好きな女優さん、一人は、百万ドルの笑顔の、「永作博美」さん。そして、昨日新たに僕の心のノートに加わった人。その人の名は、いわずもがな、「有馬理恵」さんである。二人の更なる活躍を期待して今日は感動のペンを置こう。


2003年09月25日(木) 落ち葉と夢とお祝いと。(同窓会)

落ち葉と夢とお祝いと。(同窓会)
at 2003 09/25 00:15 編集

秋が静かに忍び寄ってきた。車で町を走ると、街路樹が黄色く色付いている。やがて、黄金色になり、葉っぱは、風で縦横無尽に舞い落ちるのだ。この光景を見るのが何故か好きである。我が人生のたそがれを暗示していると思うからだろうか?。

いや、そんなことはない。僕はまだ、夢多き、ロマンチストである。。まだまだ。くたばるには早すぎる。
夢、そう夢だ。夢を追い求めて生きていると、老いも忘れ、いつの間にか、浦島太郎になっていた。そんな、人生がいいと思う。先日、テレビで、三浦雄一郎さんだったっけ。70歳になって、エレベストの登頂に成功した。世界最高齢とのことである。やはり、これも夢をひたすら追い求めた結果である。一時、体調を崩し、ブランクの時代があったそうだ。それを夢のために見事に克服した。いやああ、本当にすばらしい人生だと思う。そして、いまなお、新たなる挑戦に挑もうとしているから、頭が下がる思いだ。落ち葉が夢の話に飛んでしまった。

ところで、落ち葉と言えば、それなりに思い出がある。よく、本に柿の葉っぱや、イチョウの葉っぱなんか、挟み込んで、しおりの代わりにしたものだ。席替えで、隣にマドンナちゃんが座ったとき、そっと、しおりをあげたりして。「にこっ」、と微笑んで受け取ってくれたときは、もう授業に身が入らず、ただ、照れ笑いしている僕がいた。今思えば、僕も純情可憐な男だったものよ。そして、いまなお、とっちゃん坊やみたいにして、純情可憐?。
こう書くと、今の若い人は、軽蔑の目を向けて、こう言うだろう。「気持ちわるーーーっつ」とね。

時々、昔の本を紐解いてみる。パラパラとページをめくると、昔の葉っぱのしおりがそのまま挟みこまれている。今では埃と垢にまみれて、薄汚れているが、懐かしくなり、昔を思い出してしまうのだ。今は、僕の唯一の財産として、本棚の、かなり重要な位置を占めている。

やはり、思い出は大切である。
その思い出探しのお祝いが11月にある。というより、忘年会兼同窓会みたいなものだ。
もう、すっかり大人になった僕たちは、アルコールがないと、容易には昔に戻れない。というより、アルコールは昔に戻るのに即効性があるから、皆、飲むのかもしれない。照れ隠しのためでもある。ただし、もともとのノンベーである者は別である。僕はもともとのノンベーではなかった。よかった。よかった。

ということで、今日はやっと、秋らしくなり、気分が良かった、秋の夜長ではないが、つい、思い出の旅にに浸ってしまった。「いとしきあの一夜、ではなかった。あの人よ、いまいずこ?」。誰ーーーれも答えてくれない。それでも、同窓会らしきものがあると、消息が分かるって寸法。
だから、中年になると、同窓会を皆、したがるのかなーーーー?。

たわいもないことを書いてしまった。そろそろ、明日のために休むことにしよう。


2003年09月23日(火) 彼岸と僕の誕生日

彼岸と僕の誕生日
at 2003 09/23 13:06 編集

今日はお彼岸の中日。太陽が真東から出て真西に沈むのだそうだ。西の彼方には浄土があると言われている。こんな日に墓参りなどして、先祖様に感謝申し上げるわけだ。彼岸も、盆も正月も、墓参りする。こういう習慣って、とてもよいと思う。なんといっても、自分は祖先があって、今日、ここにいるわけだから、先祖様に感謝するのは至極、当然のことである。

ただ、世の中は昨今、あわただしく、どういう方向へ進んでいるのか、よく見えない。造れ、増やせで発展してきた日本経済も、今では物あまり。売れない商品を大量に抱えた企業は、どんどんつぶれていく。かといって、製造を止めたら、今度は品不足となり、社会は混乱する。なんか、矛盾しているようだ。適正な製造に適正な消費と適正な利潤。これが理想だろうが、その適正さの目安が今ひとつ分からない。
結局、弱いものがつぶされていく。それを防ぐために、いろんな法律が出来るわけだが、既に遅しという感を免れない。
むしろ、法律をつくるなら、規制を強化する法ではなく、「心のビタミン増加法律」でも、先に制定し、そく、実行に移すべきだろう。心にビタミンが充満していなければ、世の中はよくならないだろう。

不運に打ちひしがれた時、人は先祖様の墓の前にたって、「申し訳ありません。こんなじゃなかったのに、なんか歯車が狂ってしまいました。」と、申し開きをする。
これじゃあ、あまりに悲しい。やはり、元気な姿で、感謝の気持ちを持って墓参りはしたいものだ。

それはそうと、彼岸が終わった頃、僕の云十回目の誕生日がやってくる。若い頃は、プレゼントをもらって、祝ってもらうことが楽しかった。プレゼントの封を切るとき、心がドキドキと高鳴ったものだ。最近ではその心の高まりもなく、「また、誕生日がやってきたか。いやだなあーーーー」と、どうしようもないその現実を、いとわしくさえ思っていた。
うんん、しかし、こういう気持ちを持つことは、やはり、間違っている。

イチョウの葉っぱが金色にに色付いて、やがて散って枝のみになる。それでも、翌年には又、若々しい見事な緑の葉っぱで覆われるのだ。人間もしかり。老いて死を迎えても、一粒種か二粒種か知らないが、自分の遺伝子を持った子孫が残って、娑婆世界を生きていくわけだ。その、子孫に自分が培った諸々の経験や、心のビタミンを授けるには、年月が必要だ。「老い」は、いわば、心のビタミンの貯蔵庫である。子孫はその心のビタミンを大いに吸収すべきだ。

結局、人間も、生あるものは皆、自然,言葉を変えて言うと、宇宙の循環サイクルに乗っかっている。誰がこしらえたかは知らない、世代交代のプログラムを着実に実行しているわけだ。ただただ、プログラムの精巧さに驚くばかりである。しかし、驚くばかりではいけない。進化の担い手として生かされた、生に感謝である。この気持ちで誕生日を迎えようと思う。

あちこちから言われるであろう、「誕生日、おめでとう」の言葉。素直に感謝の気持ちを持って、「有難う」と」言える自分でありたい。






2003年09月21日(日) おめでたい話、ふたつ。

おめでたい話、ふたつ。
at 2003 09/21 18:46 編集

最近、随分長く日記から遠ざかっていた。雑多、あわただしく、書く気がしなかったからである。世間では、小泉首相の総裁選での勝利により、解散風が強まった。国民の信任を新たに得て、改革を続行しようと言うわけだ。身になる改革なら、どんどんやって欲しいと思う。

無駄を省き、真にいいことに税金が使われるなら、何も問題はないが、私利私欲や、野心で、世の中が動かされたら、たまったものではない。
悲しいかな、人間はやはり、権力、名誉に弱い動物である。誰かが言っていたが、「人間は考えることを知ったがために、あらゆる欲を知ってしまった」と。うんん、確かにそうだ。ただ、考えることを止めたら、もはや人間ではなくなってしまう。したがって、自分のことも考えなくてはいけないが、少しは人に幸せを与えられるようなことを考えたいものだ。政治の世界では、なおさらのことである。
今日は、政治のことを云々するつもりはなかった。

話題を変えて、最近二つ、いいことがあった。そのことを書いておこう。
一つは、高校時代の旧友が、さる大学の助教授から教授へ昇進したことである。
昇進が遅かったのか、早いのかよく分からないが、まずはめでたいことである。これで、給料も上がるし、はくが付くというわけで、彼の昇進お祝いを、僕の住む町でやることに決まった。総勢、10名くらいやってくる。11月のことだからまだ、時間があるので、今から、どういう風にもてなすべきか考えている次第。

もう一つのいいこととは、やはりお祝いと言うべきだろうか。同じく高校時代の旧友が、都会の画廊で、個展を開くと言うもの。都会といっても、地方の都会。いわゆる、地元の都会と言った方が早いか。場所は、彼が個展を開く町でということになった。と言うことは、一泊旅行になりそうだ。久しぶりの旅も楽しいか。
彼の個展の成功を願って、お祝いをしようというわけだ。こちらも、11月。月に二回、一週間おきにお祝いだ。しかも、メンバーはほとんど、二回とも一緒。しからば、お祝いを一緒にしたらどうかという、意見があったが、どうも、ノンベーが多いせいか、二回やることに決定してしまった。まああ、僕は何回やろうと、一向に構わないわけだが。

そうこういうわけで、11月は忙しくなりそうだ。願わくば、仕事が順調にはかどってくれればいいのだが。
そもそも、このお祝いの企画は、やはり、高校の旧友で、今、歯医者をやっている人物である。ただいま、奥方と別居中で、淋しいのかもしれない。なんといっても、持つべきは友達ということで、あい企画となったわけだろう。

僕は時々思うが、「男と女って、一体なんだろう?」って。はれた、惚れたで、一緒になっても、長い年月がたつと、その思いも色あせてくる。一生をともにしようと誓った、あの宣誓のことばは嘘だったのだろうか?。その時は、そう思ったに違いないが、悲しいかな、人生のいろんなしがらみや、新たな欲は、あのときの誓いさえも反古にしてしまう。
所詮、男も女も、本能と欲をたっぷり体にまとって生きている動物なのだ。お互、どこまで、欲を捨てて、相、和するか、難しいテーマだ。相、和せなくなったら、やはり、別離しかないのかもしれない。

おやおや、お祝いの話が、とんだところへ、脱線してしまった。いずれにせよ、めでたいことは、心から「おめでとう」である。おそらく、そのとき飲む酒もおいしくなるだろう。今から期待している。




2003年09月09日(火) 日記と帽子と敬老の日。

日記と帽子と敬老の日。
at 2003 09/09 20:16 編集

9月になって、二回目の日記を書く。忙しかったわけではない。ただ、なんとなく筆が進まなかった。こういうときは、スランプと言うのだろうか。要は、心のどきどきがなく、平凡に、つつがなく生きていたから、書く材料が乏しいのかもしれない。
今日もそうだ。

のりちゃんは、相変わらず夏休みをエンジョイしているみたいで、お声もかからない。こういう時は、人って現金なものだと、つい思ってしまう。ま、これは仕方がないことだ。人は皆、自分の都合で行動しているわけだし、他人の都合に合わせているわけではないからだ。僕みたいに暇人ではないだろう。

本来、僕はせっかちで、ひととこにじっとしているのが嫌いな性分である。それが、たまに、じっとしているときは、まず、体調不充分の時と、手元に自由になる虎の子がないときである。今日なんかそうである。至って品行方正。こういう僕を見かけると、「へーーーー珍しいね」と、好奇の目で見られる。そんな時、僕は言ってやるね。「僕だって不死身の男じゃないんだ。たまにはじっとしているさ」とね。まあ、これは強がりかもしれないが。

それはそうと、今日もすこぶる暑かった。清涼飲料水を飲んでは汗を掻き、汗を掻いては水分を取る。これじゃあー、いたちの追いかけっこというものだ。何でも、最近、熱射病で亡くなる人が多いのだそうだ。昔は日射病というものがあって、今もあるだろうが、熱射病の方が幅をきかしているようだ。熱射病の方が、病状が重い印象を受けるが、これは当たっているのだろうか?。

僕の頭髪は、いまや 風前の灯火。帽子なしでは、即、ゆでだこになってしまうだろう。こんな時、帽子はありがたいものだ。テレビで言っていたが、最近、芸能人の間でも、帽子が流行しているそうな。そのせいか、街中を歩くと、それぞれに、お似合いの帽子をかぶっている人が目立つ。僕なんか、結構、幅というか、つばの広い帽子をかぶっている。そうでないと、「とっちゃん坊や」みたいに見えて、あまりに「おじん」臭くなってしまうからだ。つばがひろいと、それなりに、かっこよく見えるから不思議だ。「うつしっしーーー」と、気取りながら町を闊歩するわけである。一瞥を投げるのは小さな子供たちだけ。大人たちは怖そうに、目をあわさず、避けて通っているようだ。まああ、僕と言う人物を知らないわけだから仕方がない。

帽子も毎日かぶっていると、汗で黒い帽子にしみが付く。名誉の勲章ならまだしも、汗の塩分が乾いて、塩になったんだろう。違うのをかぶればいいのだが、どうも、かぶりなれたやつがいいので、そのままにしている。時々は水で洗って、元に戻るが、それもつかの間である。やはり、僕は貧乏性なんだろう。まだ、新調していない。誰か心ある方のカンパがほしいものだ。

そうそう、今日は、間近に迫った「敬老の日」のことをテレビで言っていた。なんと、百歳以上の人が全国で二万人以上いるのだそうだ。最高齢は116歳の女性。いやああ、お見事というしかない。もの珍しそうに、インタビューアが持っているマイクに興味を示していた。顔はさすがに年輪を重ね、しわで深く刻まれていた。やはり、人間は健康で、自然とともに、与えられた生を全うすることが、最高の生き方であると痛感した。僕もそうありたいと思っているが、日ごろの品行不方正がたたって、長生きも出来ないかもしれない。
それでも、「しぶとく生きてやるぞ」と僕の心が叫んでいる。

とりもなおさず、116歳のおばあさん、おめでとう。男性は114歳だそうな。こちらも、おめでとうだ。
ただ、悲しいことに、100才以上の大半が女性と言うから、これは不公平だぜ。神は何故に、こんな不公平なことをしたのだろうか?。女性は子供を産むから、「ご褒美」として、長寿をさずけたのだろうか?。男ってかわいそうだぜ。分からない。分からないところで、このペンを置こう。


2003年09月07日(日) 精神が集中しないぜ。この暑さでは。

精神が集中しないぜ。この暑さでは。
at 2003 09/07 00:03 編集

9月になって一週間が過ぎようとしている。相変わらずの猛暑が続いている。一体、日本列島はどうなったんだろうか?。天気予報では、至って冷静に残暑の厳しさを告げているが、本当のところは地球大気に何か大きな異変でも生じているのではないかと疑いたくなってしまう。

暑さ寒さも彼岸までというから、もう少し辛抱すれば、いつもと変わらない秋がやってくるのかもしれない。早く来い来い、お秋様である。春になれば「どじょっこだの、ふなっこだの」という歌があるが、秋の歌ってなんだろう?。そうそうあったっけ。「今はもう秋、誰もいない海・・・・」、「夕焼け小焼けの赤とんぼ・・・・」。まああ、これくらいしか思い出せない。やはり、秋って、物悲しく淋しいものかもしれない。それでも、秋は僕の好きな季節である。

「秋来たれ」と渇望しながら、昨夜は同学部出身の後輩と一献傾けた。親一人、子一人の彼であるが、その母親が今、入院している。仕事と看病を見事にやってのけている彼を立派だと思う。こんな時、いいなずけや、彼女が入れば大助かりに違いないと思うが、どうも、彼は、その辺がおくてなのか、はたまたマザコンなのかよく分からない。

往々にして、男にはマザコン的要素があると言われるが、確かにそうかもしれない。僕自身も、母親には頭が上がらないし、いつまでたっても、世間知らずの子供というレッテルを貼られている。まああ、それで、親子関係やら家庭が円満に行くなら良いわけである。

そういえば、最近火星の大接近とやらがあり、天文フアンを興奮させた。僕も何度か肉眼で火星を眺めた。そして思ったものだ。「あの火星に、生命体が存在していたらなあ・・・」と。はかない夢としりつつ、日夜励んでいる今日この頃です。

どうも、今日は精神が集中していないようだ。特に心配事があるわけでもないが、やはり、暑さのせいなんだろうか?。このへんで止めておこう。


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