セクサロイドは眠らない
MAIL
My追加
All Rights Reserved
※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →
[エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう
俺はさ、男の子だから
愛人業
DiaryINDEX|past|will
2004年06月02日(水) |
「どうして、僕が腕を失ったか。話したかな?」「聞いてません。」「僕が、自分で切り落としたのさ。」 |
今日こそは、勇気を振り絞ろう。
私は、その屋敷の、張り出したベランダで遠くを見ている美しい青年のことを考える。
いつもいつも、この道を通っている私に、彼は気付いているかしら?
道端から大声で叫んでも、私の声は彼の耳に届かないんじゃないかしら?
もう、何年も恋している。彼がいつからか、ピアノを弾くのをやめて、何もしなくなったことも。毎日、ぼんやりと外を眺めているだけのことも。体を動かすことさえ億劫がって、座ったまま、彫刻のように美しい横顔を通りにさらしていることも。身の回りの世話をする女性が常時何人もいることも。
私は、今日、勇気を振り絞る。
だって、明日は二十歳になるんだもの。
二十歳になった途端、きっと私は、どうしようもなく意気地なしになるにちがいない。
だから、今日。
--
待っている間、屋敷のドアの前で小さく身震いする。
そして、私は、その屋敷に迎えられ、彼の部屋に通された。
初めて間近で見る彼。私は、小さく、あ、と驚いた。彼には両腕がなかった。何という事か。彼に恋して、毎日彼を見ていたつもりでも、私は彼のことを何も知らなかった。
「私のこと、ご存知でしょうか?」 私は、その冷たい美貌に問い掛ける。
「ああ。知っているよ。毎日ここを通ってる。」 「私、あなたの事、ずっと考えていたんです。」 「僕のことを?随分と物好きだな。」 「ええ。だって。あなたのことを好きになってしまったんですもの。」 「はは。馬鹿馬鹿しい。」 「本当です。あなたのそばにずっといたくて。」 「きみが僕の何を知っているというんだ?」 「何も・・・。多分、何も知りません。」 「だったら、どうして、好きになんかなれるんだよ。」 「ピアノ。」 「?」 「ピアノをずっと弾いていたことを知っています。素敵でした。」 「ピアノを弾く奴なら幾らだっているさ。それに、もう、このとおり。ピアノなんか弾けない。」 「分かってます。でも、もう弾けなくても、あなたが好きなんです。」
彼は、あきれたように笑った。
そばにいる使用人の一人が、彼の口にグラスを持って行く。
「ほら。僕は、飲み物だって一人で飲めやしない。」 彼は、ゲラゲラ笑った。
多分、グラスの中身はアルコールで。彼は、もう、既にかなり酔っていた。
「きみも何か好きなものを飲むといい。」 彼が言うから、レモネードを頼んだ。
「酒は?」 「まだ飲めません。私、明日、二十歳になるんです。」 「真面目なんだな。」
彼は、それから、延々と、酒を飲み、私とくだらないおしゃべりをした。
そして、夜が明ける頃、私達は、結婚の誓いを交わした。
--
「いいかい?僕のそばにいて、何か面白いことがあるなんて期待しちゃいけない。僕は何もしてやらない。お前も好きにしていいさ。」 彼が言う。
私は、それでも、勝手に彼の傍らで眠り、使用人に代わって彼の唇にスープを運ぶ。
そんな日々でさえ、恋する若い心には、楽しくてしょうがないものなのだ。
彼は時折、イライラして、誰も寄せ付けなくなる。私のことも。
そこいらのものを蹴って壊し、悪態を吐く。
そんな時、私は、涙をこらえて彼の姿を見守る。目を逸らしてはいけないような。そんな気がしたから。
--
ある日。
部屋中のものをめちゃめちゃにして、ぐったりとソファに横たわる彼のところへ行くと、彼が話し掛けて来た。
「あきれたかい?」 「いいえ。」 「まだ、最初だからだ。みんな愛想をつかす。」 「私は。だって、あなたの奥さんですもの。」 「どうして、僕が腕を失ったか。話したかな?」 「聞いてません。」 「僕が、自分で切り落としたのさ。」 「まあっ・・・。」 「無論、一人じゃできない。僕を一番可愛がってくれていた使用人に命じたんだ。」 「そんな・・・。」 「その使用人は、首になった。腕を失ってピアノが弾けなくなった僕は、一族の厄介者になり、この屋敷に閉じ込められたんだ。」
私は、泣いていた。
「泣くなよ。」 「だって・・・。」 「僕は、解放されたかったんだ。」 「これが、あなたの望んだ解放ですか?」 「ああ。そうだ。ピアノなんか弾けない役立たず。」
私は、そっと彼を抱き締めた。
ピアノから逃げ出した今でも、こんなに自分を責めている。
「僕は・・・。」 皮肉な笑みを浮かべながら、彼は笑って言う。
「きみを抱き返さないよ。」
分かってる。
それから、朝まで、彼の背中にしがみついて、私は眠った。
--
私は、彼を抱き締める。
それしか、術がない。
そんな時、彼はなぜか、私から顔を背ける。
--
とても悲しい現実。
不思議な事に、私は、彼より長生きすると思ってた。それなのに、知らぬ間に蝕まれていた私の体。
「まだ、若いですからね。癌というのは、若い肉体と相性がいい。」 医師は、悲しそうな顔でそう言った。
私は、泣いた。
あの人のそばに居てあげられないことで、泣いた。
--
「何なの。これは。」 彼は、また、鼻で笑った。
「随分とお金が掛かったの。あなたの新しい腕。」 「要らないよ。こんなもの。」 「お願い。ね。」 「なんでさ。腕なんか、要らない。」 「私のために。」 「きみの?」 「ええ。この腕をつけて、私を抱き締めて。」
彼は、しばらく黙り込み、それから、笑い声を上げた。 「馬鹿な。きみが何を期待しているか知らないが・・・。」
彼は、背中を向け、もう二度と私の方を向いてくれなかった。
--
「さようなら。」 私は、朝早く、鞄一つでここを出る。これ以上、ここにいたら、彼に病気のことが知られてしまうから・・・。
さようなら。
使用人の女の子達は、皆、泣いた。
--
そこに残されたのは、一対の義腕。
彼は、そばにいる使用人に頼む。
「これ、どうやって使えばいいのかな・・・。」
彼女は涙をこらえて、その腕を拾い上げる。
彼は微笑む。 「案外と・・・。違和感がないものだな。」 「ええ。奥様は、旦那様の体を知り尽くしていましたわ。」 「僕は・・・。」
彼は、そっと自分の体を。その新しい腕で自分自身を抱き締めた。
寂しい夜は、眠れないんだ。きみが抱き締めていてくれないと。誰かがぬぐってくれなければ、涙も流せやしない。抱き締めて欲しいなんて、きみはひどい嘘つきだ。
本当に抱き締めて欲しかったなら、なぜ今、ここに君はいない?
|