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2025年08月31日(日) 雑色商店街サマーフェスティバル

今日は雑色商店街のサマーフェスティバルで演武を行いました。12名の生徒達と演武を行いました。緊張もするけど自分が人生の半分以上をかけて頑張って来た、この極真空手を沢山の人の前で披露出来る事に喜びを感じながら演武をさせて頂きました。この演武を12名の生徒達と行う事が出来た事に感謝したいと思います。私の次男も演武を行ったのですが、どうやら好きな子が見に来てくれていたらしく、「あー好きな子が見に来てる!緊張するー!」と言っていたので、「頑張ってカッコイイところを見せろよ!」と言いました。あとでその子からLINEで連絡が来たそうです。演武には沢山の人が見に来てくれました。心から感謝を申し上げます。


2025年08月30日(土) 大号泣

家族で「ジョーイ」と言う映画を見ました。この映画は私が子供の頃に見て感動して大号泣した映画です。52歳になり久しぶりに見てもやはり同じように大号泣して感動しました。この映画を見たおかげで、人間はいつ死ぬか分からないのだから一生懸命頑張って生きなければならないと思いました。本当に本当にとても良い映画です。本当に良い物は時間が経とうと時代が変わろうと色褪せない物です。人間の心はいつの時代も根本的には変わらないのだと思います。


2025年08月29日(金) 親の影響

最近、子供の頃の事をよく思い出すようになりました。母や姉や妹とLINEで子供の頃の話をするようになったからだと思います。私が子供の頃、母は音楽が好きでステレオで音楽をかけながら掃除をしていました。カーペンターズとかビートルズとか安全地帯とかサイモン&ガーファンクルとかを聴いていたと思います。自分の趣味はかなり親の影響を受けていると思います。


2025年08月28日(木) 7日間で2キロ落とす

次男は福島で体重が2キロ増えたそうです。その増えた体重を東京に戻ってきて1週間で元に戻したそうです。子供は代謝が良いから体重もすぐ落ちるのだと思います。


2025年08月27日(水) 何気ない事だけど

私がお風呂に入っていたら長男が来て「今度のLIVEの服、これでどうかな?」と聞いてきました。なんか分からないけどとても嬉しくなりました。「おー!カッコイイじゃない?」と答えました。本当に何気ない事ですが、とても嬉しく感じます。いつか子供達が出ていってしまったら本当に寂しいだろうなと思います。


2025年08月26日(火) 食事

私は、とても健康的な食生活をしていると思います。お昼も妻に作って頂いたお弁当を食べているので、朝昼夜の全ての食事を妻に作って頂いています。必ず出してもらうのは野菜とタンパク質になる物です。夜は炭水化物は摂りません。妻のおかげでかなりバランスの良い食事を摂れていると思います。1番は塩分に気を付けてもらっています。たまに外食をすると全てが塩っぱく感じます。そのぐらい妻が塩分に気を使ってくれているのだと思います。私は妻に出された物には醤油などはかけないようにしています。私は甘い物もほとんど摂りませんし、パンやラーメンなどもあまり食べないので小麦もあまり摂りません。あと食べないように気を付けているのはウインナー、ベーコン、ハム、ソーセージ、チーズなどの加工された物です。干した肉なども食べないようにしています。お酒も普段は飲まないようにしています。でも楽しむ時は楽しみたいので、友達と飲みに行く時や家族で外食をする時には気にせずに食べるようにしています。


2025年08月25日(月) 正念場

昨日は京都から帰って来て帰宅したのは8時30分過ぎでした。それからお風呂に入って荷物の整理をしたりして12時ぐらいに寝て、今日は6時に起きて7時30分から10時30分まで仕事をして大森道場へ向かいました。大森道場に着いて神棚の榊の水を替え、道場の掃除をしました。やはり京都での疲れがあるせいでとても身体がだるかったのですが、頑張ってウエイトトレーニングと柔軟体操と瞑想と呼吸法と型を稽古しました。このダルい時に頑張って稽古すると、いつもの元気な時の稽古より3倍心が強くなります。そしてこの出だしがとても大切です。ここをサボってしまうと自分がどんどん崩れて行ってしまいます。だからここがすごく大切な正念場だと思います。ここをしっかり頑張ると自分がどんどん前に進む事が出来ます。今日は自分に負けないで頑張れたと思います。


2025年08月24日(日) 2025極真祭

とてもとても忙しかったけれど、とてもとても有意義な京都でも3日間となりました。前田水蓮、馮旭、馮瞭、菅野陽生、宮��光の5名が参加して、3名入賞する事が出来ました。試合に出場した選手は京都と言う遠隔地まで来て試合に出場させてくれた両親や家族に感謝して欲しいと思います。そして勝った事を今後の人生に生かし、負けた事を今後の人生に生かして欲しいと思います。勝った事で驕ってしまえば、勝った事で自分を駄目にしてしまい、勝った事を無駄にしてしまいます。負けて挫けてイジけて落ち込んでしまっては、挑戦した事を無駄にしてしまいます。この出た結果をどう受け止めて、どう受け入れて、これからの人生を生きて行くか?そしてどう言う人間に成長して行くのか?それが武道です。これは私が実際に私が現役時代に勝ったり負けたりして、今の自分があり感じている事ですが、勝った事だけが素晴らしい訳ではありません。後に自分の人生を振り返って考えたら、自分を良くしてくれた素晴らしい負けがあります。出た結果をどう受け止めて、どう受け入れて、その結果に尊敬の気持ちと感謝の気持と忍耐の気持を持って、その後を生きて行くかで、自分の人生は大きく変わります。空手はスポーツではなく武道です。今回の結果からそんな事を考えて今後の人生に生かして欲しいと思います。


2025年08月23日(土) くたくたになる

島津アリーナにて2025年極真祭、全日本体重別空手道選手権大会が行われまた。私は型競技、セミコン、全日本体重別、全てで審判に入っていたので、くたくたになるぐらい疲れました。型競技が終わったあとに、1人の選手が私に「本日は審判をして頂き、ありがとうございました。」と挨拶に来てそのあとに「審判の先生方はどのようなところを1番見ていますか?」と質問をされました。私も型競技の試合に出場していた時に審判をしてくれた支部長にどこを良くしたらもっと良いか?を聞きに行きました。その頃を思い出し熱い気持ちになりました。今は審判をしていますが、その頃の熱い気持ちを私の魂や身体は忘れていないのだと思いました。だからこそ責任のある審判をしたいと思います。


2025年08月22日(金) 京都へ

朝の仕事を終えて、急いで新幹線に乗り込み京都へ向かいました。京都に着き急いで電車に乗り円町にある島津アリーナで行われる審判講習会と支部長会議に参加しました。なかなか忙しい1日でした。夜は支部長の仲間と食事をしました。お互い忙しいのでこんな時ぐらいしか集まれませんが、情報交換をしたり、思い出話をしたり、話は尽きませんでした。明日から極真祭と全日本体重別空手道選手権大会が行なわれます。


2025年08月21日(木) 私が思っている身体を動かす理論

私は人間の身体を動かす事に着いて直接的には不思議な力は何もないと思っています。もちろん気力や胆力や根性と言うもので不思議にも思える力の使い方や素晴らしいプレイが生まれたりもするのですが、不思議な力が人間の身体を動かす訳ではありません。脳が身体を動かす事では司令塔となります。車で言えば運転手の役目をします。だから運動神経が悪いとか不器用な事の原因は身体に指令を与える脳にあると思います。なのでよく自分の身体を観察してあーでもないこーでもないと思いを巡らせながら考えて感じて、自分の身体を動かす必要があると思います。何かが出来るようになる時はだんだんとではなく、何かのキッカケで骨を掴んだ瞬間に一気に出来るようになります。自分の身体がどの方向にどのように動かしやすいかと言う自分の身体の特徴を理解するため、そしてその可動域を広げて、自分の身体を大きく動かせるようになるために柔軟体操が大切になります。そして自分の身体のフレームとなる骨格を動かす筋肉は強ければ強いほど、自分の身体を速く動かせるようになりますし、自分の身体を強く動かせるようになり、重いものを持ち上げたり、押したり引いたりする事が出来るようになります。なのでやはり自分の身体を動かすうえで1番大切なのは筋肉と言う事になります。その身体を速く強く動かし続けるために大切なのは人間の身体のエンジンとなる心臓となります。なので柔軟体操と有酸素運動とウエイトトレーニングは必須となります。身体操作や技術を身に着けるため空手で言えば基本稽古や移動稽古や型やミットやスパーリングが大切です。その稽古の中で自分の得意な動きを編み出し、苦手な技も出来るようにしていきます。その柔軟体操やウエイトトレーニングや有酸素運動や身体操作の稽古の中で気力や根性や胆力が養われて行きます。これは私の考えですが、やはり身体を動かす事で1番大切な物は筋肉だと思います。脊髄などを損傷して脳が神経を通して筋肉に命令を出せなくなってしまえば人間は指一本動かす事は出来ません。と言う事は身体を動かすのは気力でも根性でも胆力でも気でも精神力でもありません。ましては骨が身体を動かすなんて事は絶対にありません。稽古をすればするほど自分の限界にぶつかります。それを受け入れて前に進んだり、時には後退したりしながら頑張る事をやめてしまうと不思議な力に頼りたくなってしまい、わけの分からない理論を言うようになってしまいます。そしてここで1番怖い事は、そのような事を言い出し始める年齢になる時には、自分の理論を否定してくれる人がいなくなってしまっている事です。私はそうならないよう自分の足元をしっかりと見て、常に自分を見つめ直して前に進んで行きたいと思っています。


2025年08月20日(水) 家族が帰って来る

家族が帰って来ました。家族が帰って来たのもつかの間で金曜から日曜まで私は極真祭のため京都に行きます。妻も長男も次男も東京に帰って来たばかりでまだスイッチが入ってない状態のようです。その気持ちは私もとてもよく分かります。福島での生活が楽しければ楽しいほど、心を元の位置に戻す事が大変になります。もうそんな事を繰り返して私も32年になりました。長男は霊山のアイスクリームを福島が実家だった同じ中学校の友達と食べに行って来た事だったそうです。次男は私の両親と喜多方でラーメンを3軒はしごして食べたのが楽しかったそうです。妻は高校の同窓会や1番仲の良い友達と飲めたりしたのでそれが楽しかったのではないかなと思います。私は1番仲の良い親友と一緒に温泉に行って、帰りにいつも行きつけの「ひだまり」と言うお店でその友達と友達の奥さんともう1人の親友とで飲んだ事や両親と家族とで焼肉を食べに行ったことや相馬市の松川浦にお寿司を食べに行ったことやいつもの仲間で飲めた事がとても楽しかったです。次男は私の両親と話している時に「パパはやると言ったら必ず最後までやり遂げる人だったよ」と私の話をされたそうです。両親にそう思ってもらえてたんだと嬉しい気持になったと同時にこれからもそう生きていかなければいけないなと思いました。


2025年08月19日(火) 東京に骨を埋める

福島はとても心地が良かったです。私が普通に生きて行くのならば、あんなに住みやすい町はないと思います。両親もいるし友達もいるしどこを歩いても思い出がたくさんあるし、私にとってはとても良い町です。私は上京する時に、もし挫折して福島に帰る時が来たら、その時は東京から福島まで歩いて帰ろうと思っていました。何故そう思ったかと言うと、東京から福島まで歩いて帰る事より東京にいる事が大変ならば、それはもう仕方ないなと思ったからです。東京から福島まで歩いて帰るのが嫌ならばもう少し踏ん張って頑張れるだろうと思ったからです。でももう福島には帰れないだろうなと思います。私には妻もいるし子供達もいるし大切な道場も生徒達もいます。自分の大切な物の全てが東京にあると言っても過言ではありません。そのぐらいの時間を私は東京で過ごしましたし、それだけの物を頑張って築き上げて来ました。だからもう泣き言は止めて、東京と言う場所に骨を埋める気持で生きて行こうと思います。明日は家族も帰って来ます。明日はもっともっと元気になると思います。


2025年08月18日(月) 通常の1日を

朝の仕事から始まり、自分のトレーニング、指導と通常の1日を頑張りました。今回の帰省は三泊四日と言う短い時間でした。私も本当に歳を取ったのだなと感じました。若い頃は福島みたいな田舎には二度と帰らないと思っていましたし、東京に戻って来るのもそんなに億劫ではなかったのですが、前回の帰省ぐらいから東京に戻って来るのが、本当に億劫になりました。東京に帰りたくないと思ってしまうようになりました。戦場に戻るのが辛い歳になって来たのかもしれません。家族もまだ福島にいるので、帰っても1人と言う事が寂しさを倍にさせたのもあると思いますが、1人が本当に寂しくて昨日は電気もテレビも付けっぱなしで寝ました。真っ暗で何も聴こえない事にとても寂しさと苦しくさを感じました。それでも朝起きていろんな事に追われて仕事したりトレーニングしたりしているうちに寂しさも忘れ、生徒が稽古に来て生徒と接していると、とても楽しくなり、やはり自分の居場所はここだと思えました。今は家に帰って来て風呂を沸かし、食事を作り、洗濯をし、夕食を取って少しゆっくりとしています。今日もまた寂しい夜を過ごします。


2025年08月17日(日) さあ明日から戦いが始まります。

東京へ帰る新幹線の中にいます。今上野をでたところです。もう少しで東京に着きます。また明日から戦いが始まります。私にとって東京は自分の戦う場所だし自分が夢を叶える場所だと思っています。今日は私の両親と妻と長男と次男とで相馬市の松川浦に行き、お寿司や海産物を食べました。そのあと菅野家のお墓参りをして、そのまま両親に福島駅に送って頂き、私は14時16分福島発の新幹線に乗りました。たくさんの友達にも会うことが出来てとても嬉しかったです。私は常に正しい道を自分が歩けていたとは思っていません。人の道を踏み外してしまった時期もあります。でもいつも必死に一生懸命に強くなりたいと思って生きて来ました。だからこそ今は全てが良い思い出となっています。そしてその自分の人生の道中でたくさんの良い友達と出会う事が出来ました。それが私の財産です。皆で集まるたびに誰かの訃報を耳にする事が増えましたし、いつも集まるメンバーも何名か亡くなってしまいました。でもだからこそ皆で集まる1回1回を大切にしたいと思います。この日記を書いている今、東京に到着しました。戦場に戻りました。さあ明日から一生懸命に戦いたいと思います。


2025年08月16日(土) 福島

世界の平和、日本の平和、福島の平和、東京の平和、私に関わる人の平和、全ての人の平和願います。本心から誰かが不幸になって欲しいなんて誰も思っていないと私は思っています。今日は両親と長男と二本松までラーメンを食べに行きました。帰りにゼビオスポーツによりスイーツを食べました。この記憶を長男がお祖父ちゃんになるまで覚えていて欲しいと思います。夜は友達と飲みました。小学校と中学校の友達に37年ぶりに会いました。その友達は小学4年生の頃に私は先生を筆頭にクラスの皆からイジメにあった時に、由一私と話をしてくれた友達でした。私がその事を話すと、そのあとに私が成り上がって行き中学校で番長になって行く姿を見て、本当に憧れていたと言ってくれました。私は曲がった道を歩んで来ましたが、イジメられっこから、学校一の馬鹿から、成り上がっていく私を一人でも認めていてくれた人がいた事に感謝しました。その人達の期待を裏切らないように生きて行きたいと思います。


2025年08月15日(金) 今回の帰郷の理由

今日は今回の帰郷の理由である実家の片付けをしました。10時から初めて途中休憩をして16時過ぎまで片付けをしました。ゴミ処理場に4回ゴミを運び、大きな机を4台外の駐車場に出して粗大ゴミで運んでもらうよう手配しました。なかなか大変でしたが、母と妻と長男と次男と私で頑張りました。夜は皆で父に焼き肉をご馳走になりました。普段だべれないような焼き肉なので子供達もとても喜んでいました。


2025年08月14日(木) 福島の夜

福島へ帰って来ました。次男は昨日の夜から妻の実家に行っていると思っていたのですが、私を驚かせるために両親と一緒に次男も私を迎えに来てくれました。夜は親友と温泉に行き飲みました。馬鹿みたいに飲んで馬鹿みたいに酔っ払いました。生まれ故郷の福島の町が私を馬鹿みたいに飲ませて馬鹿みたいに酔っ払わせたのだと思います。本当に楽しい夜でした。帰りは友達とタクシーで帰ったのですが、何故か少し歩きたくなり、実家と少し離れた場所で降ろしてもらい、星空を見ながら1人で歩きました。こんな綺麗な星空を20歳までは毎日見ていたんだと思い、何故自分はこんな良い場所を捨てて東京へ行ったのだろうと思いました。もちろん空手でチャンピオンになるためなのは分かっていますが、自分がどうなりたくて東京へ行ったのかを再確認しながら星空を見ていました。


2025年08月13日(水) 妻と長男が帰郷する

妻と長男が福島へ帰郷しました。次男は私の実家に泊まっていて今日は野口英世記念館や飯盛山や喜多方へ行ったそうです。野口英世記念館は私も子供の頃に行きました。野口英世が19歳で上京する時に「夢が叶わなければ故郷には二度と帰って来ない」と柱に書いたのを見ました。私が小1で初めて読んだ本は野口英世の伝記でした。貧しい家に生まれ、子供の頃に手を火傷して手を開けなくなり、貧乏な事と手の事で虐められてもめげずに生きたお話し、そして野口英世の母は貧しくても頑張って働き子供の教育に力を入れた事など、子供ながらにとても感動しました。飯盛山は白虎隊が自決した山です。私は日本の最後の侍は会津藩の人達だと思います。次男にも戊辰戦争で最後まで闘った魂を感じてくれたらと思います。私はトレーニングをと柔軟体操をして、夜は川崎に国宝を観に行きました。国宝を観るのは2回目ですが、小説を読んだあとだったので、いろいろなことにも気づくことが出来て理解が深まりました。2回観ても涙が止まりませんでした。2代目花井白虎も3代目花井半次郎も花井半弥もみんなそれぞれに狂っていると思いました。芸に生き芸に狂い芸に命を賭け芸に死んで行った凄い人達だと思います。何回観ても色褪せないとても良い作品です。


2025年08月12日(火) プロ野球観戦

朝は仕事をし、仕事の後に柔軟体操とウエイトトレーニングをしました。夕方からは神宮球場にヤクルトvsDeNA戦を観に行きました。今回はヤクルトの応援で観に行きました。琥白のお友達も一緒に行きました。琥白がお友達と話しをしているところを見てて、普段お友達とはこんな感じで話をするんだと微笑ましく思いました。最後は村上選手がさよならホームランを打ちました。素人の私が観ても凄いスイングでした。琥白もお友達も大喜びでした。妻はヤクルトファンになろうかな?と言っていました。私も村上選手と長岡選手のファンになりました。


2025年08月11日(月) 次男が初めて1人で新幹線に乗る

先に福島へ行く次男を8時25分のバスに乗り蒲田駅へ蒲田から京浜東北線で東京駅へ行き、私の実家に次男が泊まるので、お土産を買い、次男を新幹線のホームに送りました。10時発のやまびこ133号に乗り次男は福島へ行きました。出発するまで次男に手をふりました。次男もニコッとして私に手をぶり返してくれました。新幹線が走り出したあとも見えなくなるまで手をふりました。妻と一緒に東京に来る時に私と妻の両親と妻のお世話になった方が見送ってくれた事を思い出しました。新幹線が出発するまで見送ってくれました。その時の妻の両親の顔が今でも忘れられません。自分の子供を送り出す気持が今は少しは分かりました。またすぐ会えるのに、見送りながらちょっと悲しくなりました。次男を見送ったあと少し上野をブラブラ歩き、大森道場へ行きトレーニングや柔軟体操や部位鍛錬や型を稽古して、鷲神社に参拝し、大森道場の神棚の榊、酒、塩、米、水を替えました。次男が福島に到着する11時33分の10分前に次男に電話したら、次男は寝ていたから電話もらって良かったと言っていました。電話して本当に良かったです。その後、ちゃんと福島で降りて、私の父とホームで合流し、私の両親と昼食にお寿司を食べたそうです。初めて1人で新幹線に乗った今日の日をいつまでも覚えていてくれたらなと思います。新幹線の中で私にニコッとして手を振る次男がとてもとても可愛かったです。私の両親とどんな話しをしているのだろうと思います。


2025年08月10日(日) 鬼滅の刃2回目

「鬼滅の刃 無限城編」2回目を観に行きました。何回観ても涙が出てしまいます。悲鳴嶼行冥の思い、お館様の思い、胡蝶しのぶの思い、善逸の思い、猗窩座の思い、狛治の思い、慶蔵の思い、恋雪の思い、狛治の父の思い、いろんな人の思いが自分の今までの人生とオーバーラップするものもあり、涙が止まらなくなってしまいます。次回作を楽しみにしています。


2025年08月09日(土) ポリープ除去

大腸と胃の内視鏡検査とポリープの除去をしました。除去したポリープが悪性の物か良性の物かを検査してもらっています。麻酔を打たれてから意識がなくなるまで頑張って粘ってやろうと道場訓を読みましたが、3つ目の質実剛健の所で意識がなくなり、次の瞬間には目を覚まし1時間が経っていました。麻酔で意識がなくなると1時間も6時間も目を覚ました時には一瞬に感じます。不思議な感覚だなと思います。ポリープを除去したので今週はゆっくり休もうと思います。


2025年08月08日(金) 長男と語り合う

夜中に長男と1時間ぐらい話しをしました。プロ焼きの話しやギターの話などをしました。いろいろ話していて長男の方が私よりも知識がある事も増えて来ました。身長も追い抜かされたけど、他の事もどんどん抜かされて行くのだと思います。長男が20歳になったら一緒にお酒が飲めたら良いなと思っています。


2025年08月07日(木) 長男の進路

長男は自分の進む道を決めたようです。私は自分の子供に対して、無理に勉強しろとも言いませんし、何かを強制する事はほぼほぼありません。ただ1つだけ言っている事は、自分の行きたい道を早く見つけろ、そしてその道を行くための努力だけはしろ、です。自分の人生は自分の思い通りに生きれば良いと思っています。自分が臨む人生を生きてくれればそれで良いと思っています。結局人生なんて自分が満足できれば良いし、自分が納得できれば良いし、自分が後悔しないなら、それで良いのだと思います。一方通行のたった1回の人生だから迷う事も間違う事も後悔もあるかもしれないけど、自分の行きたい道を一生懸命に一歩一歩、踏み出して行けば良いのだと思います。私は親としてそれを応援してあげるだけです。


2025年08月06日(水) 今日という日だから

戦争のない優しい世の中になって欲しいと思います。そのためにも強くならなければいけないと思います。その強さを正しい事のために使って、その強さを優しさや愛情に変えて行けば、きっと戦いはなくなると思います。先ずは自分からそれを始めて行こうと思います。その力と愛情と優しさで妻と子供達を幸せにしたいと思います。そして道場の生徒達にもそれを伝えて行きたいと思います。


2025年08月05日(火) 力道山未亡人を読んでいます

「力道山未亡人」を読んでいます。力道山がアントニオ猪木を何故付き人にして電話番をさせていたのか?を知りました。少し納得が出来ました。でもやはりその人の身体的にコンプレックスのある部分を仇名にして呼んでいた事には疑問が残ります。師匠と言えどアントニオ猪木さんはどれほどの屈辱を感じたか?と思います。それを力にして頑張って、いつかその事に感謝出来るようになるか?その事を卑屈に思って恨みや愚痴を言って生きて行くか?はその人次第だと思います。私達の時代はそんな事は日々の日常の中で頻繁にありました。それを力に変える事が出来た人が強い人間になる事が出来ました。でもこれからはそんな事が行われない世の中になって欲しいと思っています。私も人に対して愛情を持って接したいと思っています。優しさの中に厳しさがあり、厳しさの中に優しさがある指導をして行きたいと思っています。


2025年08月04日(月) 私が思うカッコイイ格闘家

私がカッコイイと思って憧れた日本人の格闘家を書きたいと思います。ファン目線で書かせて頂くので敬称を略させて頂きます。極真空手家の黒澤浩樹、松井章圭、数見肇、大道塾空手家の市原海樹、プロレスラーの田村潔司、船木誠勝、キックボクサーの立嶋篤史、プロボクサーの辰吉丈一郎、坂本博之、大相撲の貴乃花です。ファイトスタイルと言うよりは戦いに臨む姿勢や生き方や立ち振舞がとても好きです。自分もそんな人間になりたいと思って試合に出ていました。


2025年08月03日(日) 国宝を読み終える

「国宝」の上下巻を読み終わりました。読み終わってみて、私はこの作品が大好きになりました。映画と原作はもう別物と言って良いほど違う展開ですし違う結末ですが、映画も良かったけれども、この原作となる小説もとても良かったです。私には映画も原作も喜久雄にとってはあれがハッピーエンドだったのではないかな?と感じました。またこの作品をいつか読んで見たいと思います。その時に自分がどんなふうに感じどんなふうに思いどんなふうに考えるかが楽しみです。


2025年08月02日(土) 落ちていく事に抗いながら

今日は足のトレーニングをしました。右膝は4回手術を、アキレス腱も切っているので、左足と比べるとどうしても筋肉の量が少なく、膝も少し変形しているように感じます。でもだからこそしっかりと鍛えておきたいと思います。悪い所を大切にしすぎるという事は、悪い所を補強していないと言う事になるので、しっかりと膝の状態の様子を見ながら、慎重に鍛えて行きたいと思います。50歳にもなると頑張って鍛えても落ちて行く部分があります。その落ちで行く事に抗いながら頑張って行きたいと思っています。


2025年08月01日(金) 時の流れの早さ

8月がスタートしました。月初めなので鷲神社へ参拝し、大森道場の神棚の榊、米、塩、酒、水を替え、今まで道場を運営して来れた事への感謝を述べ、これからの道場の発展を祈願しました。今月で道場も開設23年になります。空手を始めてからは37年です。本当に時が経つのは早いです。歳を取るほどに時間が過ぎるのが早く感じるようになります。本当か?は分かりませんが、歳を取るほどに時間が過ぎるのが早く感じる事には何個か理由があるそうです。理由の1つは、人生における1年の割合の変化だそうです。1歳の子供にとって1年は人生の全てですが、50歳の大人にとって1年は人生の50分の1です。このように、年齢を重ねるにつれて、人生における1年の割合が小さくなるため、時間の流れが早く感じられるようになるそうです。もう1つは新しい経験の減少だそうですら、子供の頃は、初めての経験や発見が多く、1日1日を新鮮に感じます。しかし、大人になるにつれて、新しい経験が減少し、毎日がルーティン化してしまうため、時間が早く過ぎると感じやすくなるのだそうです。そしてもう1つは、脳の活動の変化だそうです。脳の活動量や代謝の変化も、時間の感じ方に影響を与えます。子供の頃は脳が活発に活動しており、代謝も高いため、時間がゆっくり流れるように感じられます。一方、大人になると脳の活動量が減少し、代謝も低下するため、時間が早く感じるのだそうです。1つ目と2つ目の理由はどうしようもないけれど、2つ目はどうにかなりそうです。歳を取っても新しい事にどんどん挑戦して新しい発券や新しい経験をして行けば、時が過ぎる早さを遅くする事が出来るかもしれません。確かに確かに私は6月から新しい仕事を始めましたが、それから2ヶ月経ったのですが、けっこうこの2ヶ月は長く感じている感じがします。


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