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2025年04月30日(水) 4月最後の日

今日は4月最後の日でした。道場はお休みでしたが自分のトレーニングをし、道場の神棚の榊、米、塩、酒、水を変えて、神様に道場を今まで運営して来れたことに感謝し、これからの道場の発展を祈願しました。そのあと鷲神社に参拝してから帰宅し次男とボーリングをしたり、次男の食べたい物を買物したりしました。普段は子供達と一緒に何処かに行ったり出来ないのでとても楽しい時間を過ごす事が出来ました。


2025年04月29日(火) 決心

最近なのですが、ある事を決心しました。私は新しい事を始めようと思います。何故それを始めようと思ったかというと、10年後の自分のために、妻のために、子供達のために、道場のために、道場生のためにです。自分に今必要な事をしっかり頑張ろうと思います。


2025年04月28日(月) 世界大会に出てみたい

次男が空手の選手になって世界大会に出てみたいと言っていました。世界大会に出場した選手にサイン書いてを頂いたり、一緒に写真を撮って頂いたりする事で、世界大会に出場した選手を身近に感じ、自分もそうなってみたいと思ったのかもしれません。


2025年04月27日(日) 第7回全世界ウエイト制空手道選手権大会

今日は第7回全世界ウエイト制空手道選手権大会でした。東京城南京浜支部の道場生も観戦に来ていました。私は男子中量級の1回戦8試合の主審をし、女子の準決勝を6試合と男子の3位決定戦の4試合を副審でジャッジしました。やはり今大会は荒田選手の試合が感動しました。結果は残念でしたがとても良い試合でした。荒田選手は試合を観戦した人の記憶に残る熱い試合をたくさん残しました。極真空手の歴史に名前が残る素晴らしい選手です。私も荒田選手にはたくさん感動をもらいました。極真空手の選手はみんな素晴らしいです。次男は荒田選手と宮本選手と本村選手にサインをもらい写真も一緒に撮ってもらったと大喜びして帰って来ました。試合後で疲れていて悔しさも残るなか嫌な顔1つせず子供達にサインをあげたり写真を撮ってあげたりするなんて本当に素晴らしい選手達だと熱い気持になりました。次男は荒田選手みたいになりたいと言っていました。いつか荒田選手の主審で試合をするのが夢だと言っていました。荒田選手、宮本選手、本村選手、本当にお疲れ様でした。そして本当にありがとうございました。


2025年04月26日(土) 2025年国際親善大会

2025年国際親善大会が終わりました。私が運営する東京城南京浜支部からは、前田水蓮、馮旭、紫牟田芽生、松井真生、今野頼、小枝怜生、馮瞭、菅野陽生、小枝蕗生、今野譲、林田斗夢、宮��光の12名が出場しました。馮瞭が優勝、馮旭が準優勝、菅野陽生が第3位に入賞しました。入賞した人も負けてしまった人も頑張ったと思います。この結果を次に繋げ、この結果が価値のあるものだったと後に言えるようこれからも頑張って欲しいと思います。東京城南京浜支部から国際親善大会で優勝者を出す事が出来た事はとても嬉しい事です。この結果に辿り着くまでに22年間、この東京城南京浜支部で稽古に励み、ここまで繋いでくれた道場生と東京城南京浜支部に関わって頂いたご父兄様や関係者の皆さんに感謝を申し上げます。国際親善大会優勝と言う素晴らしい結果を出した瞭には、稽古に励む姿勢や後輩に胸をかしてやり、この経験をまた次の人達に繋いで行ってあげて欲しいと思います。国際親善大会で優勝者を出すまでに22年かかりましたが、これからさらに生徒達と上を目指したいと思います。譲が試合のあとに「来年はメインの舞台で戦います。」と言ってくれました。とても嬉しかったです。今いる道場生の中から必ず近い未来に全日本や世界大会で入賞する選手を育てて見せます。道場生のみなさん、みんなで一緒に頑張りましょう!ご父兄様にもこれからも変わらぬご協力をよろしくお願い致します。


2025年04月25日(金) 充実した1日

本日は2025年国際親善大会と第7回全世界ウエイト制空手道選手権大会の審判講習会と全世界支部長会議が行われました。朝は仕事をし少しだけトレーニングしてから会場の東京体育館に向かいました。久しぶりに会う仲間達といろいろと情報交換をさせていただきました。夜は家族でTVでプロ野球観戦しながら食事をしました。その後は鬼滅の刃の遊郭編を見ました。充実した1日でした。


2025年04月24日(木) 最後から二番目の恋

「続・続・最後から二番目の恋」を見ています。中井貴一も小泉今日子も坂口憲二も内田有紀
も良いです。「最後から二番目の恋」は2012年に放映したので、もう13年前と言う事になります。だからその時の中井貴一が演じる長倉和平と今の私は同じぐらいの年齢になったと言うことです。そして今の長倉和平は10年後の自分なんだなと自分と重ね合わせながら見ています。しみじみといろんな事を感じながら見ています。私も老いに抗いながら老いを受け入れながら毎日いろんな事を思い、いろんな事を考え、いろんな事を感じて、毎日を思いっきり楽しんで生きて行きたいなと思います。第二話で坂口憲二演じる長倉真平が子供達を抱いて「俺は幸せだー!」と言っていたシーンがとても心に響きました。私も長男と次男と一緒にお風呂に入っている時やオムツを変えている時はそんな気持でした。長男も次男もとても可愛くて、大好きな人が隣にいてくれて本当に毎日が最高に幸せでした。もちろん今でもそれは変わりません。最近は妻や子供達にダメ出しされる事も増えて来ましたが、家族の幸せを守るためにあと10踏ん張り頑張ろうと思います。


2025年04月23日(水) 私の体調

私の今の体重は91〜93キロです。体重は毎日微妙に上がったり下がったり変動していますが、そこはあまり気にしないようにしています。体調は凄く良いです。身体の筋力や持久力や瞬発力や柔軟性も40代前半に戻ったんじゃないかっていう感じです。毎日の積み重ね大切なのだと思います。生きている時間は限られているからこそ頑張りたいと思います。


2025年04月22日(火) 熱しなければ水となる

自分の身体も心も気も技も力も毎日の積み重ねで作られていき、毎日変化しています。一見同じように見えますが、決して同じではありません。自分の身体や心や気が水だとしたら、それを鍛錬して作って行く中でお湯となります。その熱いお湯の状態が自分の身体や心や気や技や力が高まっている状態です。しかし熱するという努力を怠れば、お湯もすぐに水に戻ってしまいます。そのぐらい人間の身体や心や気は弱いものです。努力を怠ればすぐに元の木阿弥となってしまいます。だから毎日を大切にいかなければいけません。私はそう思って毎日の稽古に取り組むようにしています。


2025年04月21日(月) Facebookをやっていて良かったこと

Facebookをやっていて良かったと思う事があります。それは何年前の今日の出来事みたい感じで、自分が載せた事がその日、初めてFacebookを開いた時に出てくる事です。私はFacebookを13年前に初めたので13年前の今日まで記事が上がって来ます。それを見る事で、自分が忘れてしまっていた事を思い出す事が出来たりします。今日は長男の夜泣きが酷くて外に散歩に行った記事が出てきました。長男は夜泣きをした時は土手に行くか電車を見せると夜泣きが止まりました。妻は本当にあの時は頑張っていました。長男に「ママに感謝しろよ!」 とメッセージを付けて、その記事の写真をLINEしました。


2025年04月20日(日) 野球観戦

今日は個人レッスンを3回指導したあと明治神宮野球場に巨人VSヤクルトのプロ野球観戦に行きました。長男は今日も朝4時起きて野球部の試合に行きましたが、試合には出場出来なかったそうです。それでも野球が好きで、チームの仲間がヒットを打ってさよならで勝ったと喜んで帰って来ました。プロ野球観戦ではずっと大きな声を出して応援していました。延長10回まで試合をしたので帰りは10時過ぎになってしまいましたが、長男が頑張って応援していたので9時を過ぎても帰ろうとは言えませんでした。朝4時起きで野球の試合に行き、夜の10時過ぎまで大きな声を出して応援してるんだから長男は本当に野球が好きなんだろうなと思います。残念ながら巨人は延長10回さよなら負けでしたが、最後までどちらが勝つか分からない良い試合でした。


2025年04月19日(土) 好きな格闘家

私が今まで好きになった格闘家を書きたいと思います。あえて極真空手は抜きたいと思います。先ずはボクシングです。マイク・タイソン、モハメド・アリ、マービン・ハグラー、トーマス・ハーンズ、辰吉丈一郎、坂本博之です。キックボクサーは、チャンプア・ゲッソンリット、ロブ・カーマン、リック・ルーファス、立嶋篤史、武田幸三です。プロレスや総合格闘技では、アントニオ猪木、ジャンボ鶴田、スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、前田日明、船木誠勝、田村潔司が好きです。格闘技では技術のある戦いよりも、魂のぶつけ合い、感情と感情のぶつけ合い、生き方と生き方のぶつけ合いのような試合が好きです。


2025年04月18日(金) 師匠の命日

本日は、私の師匠である廣重毅師範の命日でした。私の指導者としての模範は廣重師範でしたし、本当の意味での挨拶や礼儀や先生として立ち振る舞い方や道場の運営方法や指導方法などは廣重師範から教えて頂いたと思っています。本当の意味での私の先生でした。でも私が本当に成長出来たのは廣重師範から離れてからだと思います。先生から離れて、自分が誰にも頼らずに1人で稽古をし、指導をし、道場を運営するようになってから、廣重師範の言葉を思い出し、自分で考えて答えを出し、廣重師範が言っていた事を本当の意味で理解出来るようになったと思います。人間は親や先生から離れて苦労をして本当の意味で大人になるんだと思います。廣重師範の言葉で1番印象に残っているのは「相手の苦しさは分からない、自分の苦しさはよく分かる。でも相手も同じように打ち合って動いているのだから、相手も自分と同じように苦しいはずだ、どちらが歯を食いしばって頑張れるかが勝負なんだ。」です。その言葉を思い出し、国際親善大会に臨む生徒に「相手も苦しいぞー!」と何度も言いました。その言葉を言ったあと廣重師範の写真を眺めていたら、生徒の1人がそれに気づいて私を見ていました。その時に私はふと今日は廣重師範の命日だったんだと気が付きました。もしかしたら廣重師範が私がちゃんと指導しているか見に来たのではないかなと思ったりしています。


2025年04月17日(木) 休日の長男

長男は休みの日に5時に起きて部活の試合に出かけて行きます。夕食の時に私が試合はどうだった?と聴くと、長男は「試合には出れなかった...。」と答えました。もう抱きしめてあげたくなってしまいました。私は「そうか、お前はえらいぞ!」と言いました。勝負や競争の世界では、頑張ればいい事があるなんて甘い世界ではありません。でも頑張った事は絶対に無駄にはなりません。今やっている事に直結はしなかったとしても、絶対に自分の財産になっていると思います。レギュラーじゃなくても試合に出れなくても頑張っている長男を私は誇りに思っています。


2025年04月16日(水) 長男の身長

長男は学校の身体測定で身長が171.8センチだったそうです。私は172センチあるのですが、このまえ長男と並んだ時に私のほうが少し背が低かったので、どうやら私は身長が縮んでしまったようです。たぶん171センチぐらいかと思います。私は中学年の時は171センチだったので、中学生の時の身長も抜かれてしまいました。私はそれから1センチしか伸びませんでしたが、長男はもう少し伸びそうな気がします。頑張ってたくさん食べて180センチを目指して欲しいと思います。


2025年04月15日(火) 楽しみ

今年は好きなアニメのTV放映や映画上映が続きます。先ずは5月に呪術廻戦が映画上映され、7月にダンダダンのTV放映と鬼滅の刃の映画上映があり、9月にチェンソーマンの映画上映があります。とても楽しみです。先日ワンピースのエッグヘッド編のTV放映も始まったので毎日がとても楽しい事だらけです。


2025年04月14日(月) 階段と呼ばれるキックミットの稽古方法

今日は階段と呼ばれるキックミットを蹴る稽古をやって見ました。階段と呼ばれる稽古は、1の号令で1本蹴ります。2の号令では2本蹴ります。3の号令では3本蹴ります。それを、4,5,6,7,8,9,10と左右行います。なかなかしんどいです。たぶん4〜5年ぶりにやったと思います。でも4年前に膝の手術をし3年前にアキレス腱の手術をし1年半前に股関節の手術をしたので、階段のミットがまた出来るようになるなんて思ってもいませんでした。それをまたやれる自分になったのだから、なかなか凄いなと思います。もちろんもう試合に出る事はありませんが、試合に出る生徒達の相手が出来るぐらいにはいつも身体を作っておきたいと思います。


2025年04月13日(日) 有意義でした。

うかうかしていたら4月も終わってしまいます。1日が過ぎするという事は自分が1日死に近づいていると言う事なので、うかうかしていては行けないと思っています。毎日を大切に生きたいと思います。今日も頑張ったと言える1日にしたいと思い、今日を頑張りました。今日は個人レッスンを5回指導しました。とても有意義でした。


2025年04月12日(土) 私は妻を

私は、妻を「弥生ちゃん」とよびます。それは何故かと言うと、私にとって妻は今でも変わらずに初めて会った頃の弥生ちゃんだからです。そりゃあお互いに出会った時より31年歳を取っているわけですし、子供もいたり、日々の日常に追われ、自分の良いところばかりは見せて居られなくなってしまっていますが、やはり妻は僕にとっては今でも出会ったころと変わらず「 弥生ちゃん」です。なので私は妻を「ママ」と呼んだりはしません。逆に言えば、妻にはずっ弥生ちゃんのままでいて欲しいと思っています。


2025年04月11日(金) Love Letterを見て

「Love Letter」を見て思った事を書きたいと思います。先ずは鈴木蘭々がメチャクチャ可愛いと言う事です。鈴木蘭々はポンキッキーズとかやってる時から可愛い人だなと思っていましたが、2025年在で西洋風な可愛い人が増えて、目だけが肥えて52歳になった現在の私が見てもとても可愛い人だと思います。柏原崇もとてもカッコイイです。今でも通用するカッコ良さだと思います。そして豊川悦司がメチャクチャ良いです。あのひょうひょうとしているのだけれど本質的な優しさや強さを持っている人を演じれる感じがとても良かったです。「 今度は愛妻家」を演じた豊川悦司ま大好きです。自分とは真逆に違え人だからカッコイイと思うのかもしれません。「Love Letter」本当に見て欲しいです。青い珊瑚礁を歌う豊川悦司、7元気出すかー!私は、元気でーす!」と言う中山美穂、そしてラストシーンの酒井美紀が演じる藤井樹が藤井樹のラブレター的な図書カードを受け取るシーンは号泣必至です。人を好きになるって本当に素晴らしいだと思います。たとえ別れる事になったとしても、一生懸命に恋愛していれば、それは後の人生でずっと自分を支えてくれる自分にパワーをくれる思い出に鳴っていると思います。そしてどんなに悲しい別れがあったとしてもまた新しい素晴らしい恋愛をして欲しいと思います。


2025年04月10日(木) Love Letter

岩井俊二監督の「Love Letter」を久しぶりに見ました。この作品は1度目に見た時にはそんなに感動しませんでした。なので今回見ても大部分を忘れていました。そのおかげでとても感動する事が出来ました。前に見た時はそんなに感動しなかったのに、今回は感動したと言う事は自分が変化したのだと思います。この作品を見たのは1995年なので私は22歳でした。若かったのかもしれません。今は52歳になり、自分なりにいろいろな事を経験し考え方も感じ方も思い方も変わったのだろうと思います。30年間で、この映画の内容と自分の経験と重ね合わせられる物が増えて、その自分の体験と重ね合わせて感動したのではないかなと思います。私が思った事は最愛の人を亡くしたとしても、その人との思い出は1つも無くなる事は無いと言う事、そしてその人との楽しかった出来事や時間は永遠に無くならないという事です。そしてそんなに素晴らしい恋愛を出来た事は人生で本当に本当に素晴らしい時間を自分が生きていたと言う事だと思います。自分がこの世からいなくなろうと、1000年経って自分達の存在を誰も知らなくなってしまったとしても自分がこの世にいた事もその人がこの世にいた事も2人が素晴らしい恋愛をした事も永遠に無くならないと思います。そんなふうに思える恋愛を私も出来たから今こうしてそう思えるのだと思います。


2025年04月09日(水) 桜が咲く季節になると

桜が咲く季節になると前橋妙子初段の事を思い出します。前橋妙子初段は2019年4月27日に亡くなったので、4月27日になるともう9年が経つ事になります。あれから9年も経つなんて本当に時が過ぎるのは早いです。前橋妙子初段が亡くなる少し前に「自分の余命を知ったとしたら、先生ならどんな最後にしたいですか?」と聞かれました。私は「自分らしい最後にしたい」と答えました。そして「でも今はその自分らしくとは何なのか?まだ分かりません。」と言いました。あれから9年が経ち、その時に自分が言った自分らしく最後を迎えると言う自分らしさと言う物が少し見えて来ました。それを書いておきたいと思います。自分らしさとは自分が今までどう生きて来たか?自分が今までどう人に影響を与えて来たか?もしかしたらそれは自分という人間をどう演じて来たか?と言う事なのかもしれません。本当の自分の本質と言う物は別な物なのかもしれません。だとしても自分がこの世を去る最後の時だからこそ、頑張って自分らしさを演じきる事が自分らしく最後を迎えると言う事なのではないか?と思います。自分のあとに残る人の事を考えて頑張って最後まで自分を演じきる事が自分らしくと言う事になるのではないか?と思います。私は先生として、夫として、父親として、男として、人にカッコイイ事も立派な事も言って来ました。最後までその言葉を覆す事のないように生ききりたいと思っています。それが最後まで自分らしく生きる、自分らしい最後を迎えると言う事になるのではないか?と思っています。私には、もう少しこの世で修行が残っています。自分がこの世から去る瞬間まで修行は終わりません。その瞬間まで修行を続けて生きたいと思います。そして、この世から私が去る時には自分らしく人生を全う出来るようになっていたいと思います。さあ明日からまた修行が始まります。


2025年04月08日(火) 大切な奇跡が起きた日

1983年4月8日金曜日に私は10歳でした。その日に私にとって、とてもとても大切な事が起こります。10歳の私には、自分にとってそんなに大切な事が起きているなんて知る由もありませんでした。1983年4月8日金曜日は21年後の2004年に出会う妻が生まれた日です。もし妻がこの世に生まれていなければ私はとても寂しい人生を生きていたでしょう。妻がこの世に生まれず出会わなければ長男と次男もこの世に生まれては来ませんし、私のたくさんのパッピーは無かったと言う事になります。1983年4月8日金曜日は私にとってとてもとても大切な奇跡が起きた日です。私がこの世から消える瞬間まで絶対に忘れないとてもとても大切な奇跡が起きた日です。4月8日は、お釈迦様が生まれた日と言われていますが、私にとってはそれよりももっともっともっと大切な奇跡が起きた日だと思っています。


2025年04月07日(月) 今やらないと

私は今52歳です。あと何年動けるだろう?動けるというのは今の空手での力や技などのパフォーマンスを保てるだろうと言う事です。5年?10年?15年?20年?ん〜〜答えは出ませんが、どんなに頑張っても15年が限界かな?!と思います。残された人生だって分かりません。今頑張っておかないと本当に後悔する気がしています。今出来る事を今思いつく事を全部やっておこうと思います。頑張ります!皆さん応援よろしくお願い致します!


2025年04月06日(日) 私と次男

次男は私が見せた映画をとても気に入ってくれたようです。「菊次郎の夏」「ライフ・イズ・ビューティフル」「サイン」「シックス・センス」「ぼくらの七日間戦争」などをもう1度見たいと言って来るようになりました。やっぱり次男と私は趣味が合うようです。次男とは好きな映画やマンガもけっこう同じですし、ゴジラやウルトラマンが好きなところも似ていると思います。


2025年04月05日(土) 妻の誕生日会を

妻の誕生日は4月8日なのですが3日前倒しで横浜のフライデーズで妻の誕生日会を行いました。妻には「お金も大変だし、家でやろうよ。」と言われましたが、ここは頑張ってカッコつけないとと思い、フライデーズでやる事にしました。妻の誕生日会は何かよほどの事がない限りはフライデーズでやるようにしています。それはフライデーズで誕生日会をするとサプライズケーキが来て店員さんをお祝いの歌を歌ってくれるからです。妻と始めて出会った時にフライデーズで食事をしたのですが、その時に妻がサプライズケーキで祝ってもらっている人を見て「本当に嬉しいだろうね!」と言っていました。それを覚えていたので妻と付き合ってからは妻の誕生日会はフライデーズで行っています。もう十数回やっているのでサプライズでもないんですが、これは初心を忘れないためと妻を大切に思っていると言う愛情表現として儀式のようにやって行きたいと思っています。もちろん家計が大変な時も家族がいろんな事で大変な時もあります。でもそんな時も美味しい物を食べて菅野家の最大の功労者である妻を皆で祝ってあげたいと思います。


2025年04月04日(金) 真白には

昨日は長男に背を抜かれた事を書きましたが、次男には長男より早く身長を抜かれると思います。次男は現在小学5年生ですが身長154センチで体重70キロで足のサイズは25センチです。もちろんまだ声変わりもしていないおこちゃまなので、中1ぐらいの声変わりをする成長期で抜かれてしまうと思います。私がいままで見てきた子達の情報から考えても次男は180センチ以上は行くと思います。そうなると菅野家の男で私は1番小さくなってしまいます。次男は骨格もしっかりしているのでウエイトトレーニングをやって筋肉や骨に負荷をかけて行けば185センチ以上で体重はナチュラルで100キロぐらいは行きそうです。次男なら私の身長も体重もウエイトトレーニングの記録も抜いてしまいそうです。そんな事になったら極真空手の選手には持って来いなのですが、次男は気は優しくて力持ちのタイプなので少し勝負事には向いていないかな?とも思います。でもこの先の未来は誰にも分かりません。なんでも良いから大きな夢と目標と情熱を持って思いっきり青春して人生を謳歌して欲しいと思います。いつか妻と長男と次男と皆でビールを飲んで馬鹿な話しをしてたくさん笑いたいなと思います。


2025年04月03日(木) 琥白へもう少し

昨日の日記に長男と並んだ時に長男に身長を抜かれていた事を書きました。その事をもう少し書いておこうと思います。始めて長男を見たのは2010年12月24日金曜日の朝でした。妻の母から生まれたばかりの長男の写メを送って頂き、福島へ向かう新幹線の車中で長男を始めて見ました。新幹線の中からの朝日が綺麗に見えたのを覚えています。私の両親が車で福島駅まで迎えに来てくれ、妻と長男がいる病院まで送ってくれました。私の朝食まで買って用意してくれていた母と何故か車中で口喧嘩してしまいました。子供が生まれて親になったと言うのに随分と自分は子供だったのだなと反省しています。妻の病室に行くと妻も長男もいなくて、看護師さんに長男を連れて来てもらい、廊下で長男を始めて抱っこしました。その時、私は少し前に売ってしまったバンソンの白い革ジャンを着ていました。長男を始めて抱っこした感想は、抱っこしている長男を落としたら死んでしまうからしっかり抱っこしなきゃと言う責任感と自分の血を分けた子供なんだと言う愛情でした。その時から父親としての責任感が生まれたと思います。妻は私と違って長男が生まれた時はもうしっかりと母親になれていました。長男は顔をくしゃくしゃにしてピエーピエーと泣いていました。あの時は私の手に抱かれて小さかった長男が私より大きくなるなんて思いもしませんでした。本当に可愛かったなーと思います。私はけっこう頑張って長男と遊んだと思います。妻と結婚してからはほぼほぼ外に出る事はなかったので、休みの日や週末の夜は皆で食事をしましたし、休みの日は必ず子供と遊んでいました。それでも今考えるともっともっと抱っこしたかったなと思います。その時々の長男の姿を本当に愛おしく思います。今日、長男に「通信簿どうだった?!」言ったら「何それ?!」と言われました。どうやら今は通知表と言うそうです。長男の通知表の成績は私に勝るとも劣らない成績でした。将来どうなるやら本当に心配です。でも長男はギターの腕前はなかなかです。親バカになるかもしれませんが、才能はあると思います。そして長男は度胸が良いです。空手の試合の前もギターのLIVEの前もいっさい緊張しません。LIVE直前もお友達とペラペラしゃべっていて、そのままステージに上がっていました。度胸の良さは妻に似たんだなと思います。一昨年私は股関節の手術をしました。その入院中に雑色のお祭りで演武があったのですが私に変わり妻がステージに上がり演武の挨拶や解説をしました。何十年と場数を踏んだ私が見てもなかなか良かったです。次の日に妻が面会に来た時に私が「緊張した?」と聴いたら「凄く気持が良かった!」と言っていました。人前に立ってそんなふうに思えるなんて本当にうらやましいです。長男もそんな感じらしいです。根性と度胸は鍛えるのが本当に難しいので素晴らしい才能を持って生まれたのかもしれません。これから長男にいろんな事を抜かれていくのだろうと思います。私も父親ですから、少しでも長く強い父親の背中を長男に見せてあげたいと思います。長男が20歳の時はガチの組手をしたいと思っています。長男がもし私に勝ったら、ビールで長男の成人を祝ってあげたいと思います。たぶんその時は私は感動して泣いちゃうだろうなと思います。それまでは頑張って鍛えていこうと思います。それまでは強い親父でいたいと思います。


2025年04月02日(水) 琥白へ

妻が「琥白!パパより大きくなったんじゃない?あとで並んで見たら?!」と言われたので、長男と並んで見ました。なんと少しだけ長男の方が背が高くなっていました。私は172センチなので長男はそれ以上と言う事になります。長男の身長が170センチになった時から、これはいつかは抜かれるなと思っていましたが、遂に身長で抜かれてしまいました。この先あとは何を抜かれるのだろう?と考えると少しさみしくなりますが、絶対抜かれないだろう事を書いておくと最重量体重です。私の人生の最重量体重は107キロなのでこれは絶対に抜かれないと思います。あとはベンチプレスとスクワットの記録です。私のベンチプレスのMAXは180キロなのでこれは抜かれないと思います。スクワットのMAXは260キロなのでこれも大丈夫だと思います。でも今の自分と言う事で言ったら、もうどんどん抜かれるんだろうなと思います。抜かれた気持は寂しいのが20%で嬉しいのが80%です。「まあ何はともあれ、パパの背を抜くほど無事に成長して大きくなってくれて、本当にありがとう!琥白、本当におめでとう!これからもいろんな部分でパパを追い抜いて行ってくれ!頑張って青春を謳歌してくれよ!」今週末は妻の誕生日と共に長男が私の身長を抜いたお祝いをしてあげようと思います。


2025年04月01日(火) 新たなスタート

2025年のワンクールが終わり、今日から4月が始まりました。とても寒くてあいにくの雨でしたがそんな事には負けていられないので、いつも通りの時間に家を出て、途中まいばすけっとで榊を買って鷲神社に参拝し、道場の神棚の榊、米、塩、酒、水を替えて、神前に今まで道場を運営出来た事の感謝と先日の審査会と試合の無事を感謝して、今後のさらなる道場の発展を祈願して道場の掃除を行いました。そしてジムに行きトレーニングを1時間行い、道場でストレッチをしながら生徒を待ち、春季短期集中セミナーの指導を終え、昼食を取り、書店に本を買いに行きました。買った本は細田昌志著の「格闘技が紅白に勝った日」でした。そのあともう一度ジムへ行きランニングをし、道場へ戻り指導をしました。一般部には瑛太郎と陽生が稽古に来たので、私も一緒に頑張って稽古をしました。道場を閉める前にまた軽く掃除をして道場をでました。4月のスタートも良い感じでスタート出来たと思います。


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