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昨年、北海道に引っ越した恵里花と優花が出稽古に来てくれました。特に恵里花とはほぼ毎日一緒に稽古していたので引っ越した時は寂しいかったです。恵里花も優花も1年ぶりに稽古に来ても全然違和感なく道場に馴染んでいました。私も全然違和感がありませんでした。いつもいる生徒で稽古している感じでした。恵里花とは組手もしました。突きの強さがかなりアップしていました。1年間頑張って稽古を積んだ事が手を合わせて分かりました。凄く嬉しく思いました。優花は1年前はたどたどしく話していたのが、しっかりと話せるようになっていたのでビックリしました。こうやってまた繋がっていける事は凄く嬉しいです。また稽古に来る日を楽しみに待っています。
稽古のあと生徒達の飲みに行きました。いろんな話も出来てとても楽しかったです。みんなで一生懸命稽古して良い汗を流して美味しいお酒を飲んで楽しい話をする。最高です!
私はお風呂の中で読書をします。私は約10分の入浴を3回繰り返します。1回目は半身浴、2回目は全身浴、3回目は半身浴という感じです。その本によって変わりますが、だいたい1回の入浴で小説なら10ページぐらい読みます。漫画だったら3話ぐらい読みます。外に出ている時は体を洗ったり水を浴びたりしているので本は読みません。長風呂が好きな人にはお勧めです。
私は極真空手が最高なところは稽古が苦しい事だと思っています。この苦しさや厳しさが最高のストレス解消になります。ミットを思いっきり殴ったり蹴ったりする事もストレス解消になると思いますが、私が思うストレス解消はそこにはありません。苦しい厳しい稽古を大きな声を出して一生懸命に稽古していると、頭の中から自分に起きた嫌な事や今現在抱えている悩みやストレスの事を忘れてしまいます。キツイ事をやる時はそれをやる事に精一杯になりますから、その事に全力で集中しています。だからその瞬間だけはどんな悩み事も頭の中から消えてくれます。だから稽古していると身体が苦しいぶん頭も心も軽くなった感じがします。誰にでも自分が抱えている嫌な事や悩みやストレスはあると思います。それは頭や心からなかなか離れてくれません。考えても仕方のない事ほど人間は悩んでしまったりします。そんな時、私は道着を着て一心不乱に稽古します。本当にお勧めです。
すごくやる気のあった幼稚園生の生徒が組手が怖くなったと話を聞きました。私はその子に、組手が怖くなった事は悪い事でも恥ずかしい事でも無い事を話しました。怖いという事を知った事は成長です。怖さを知らない人はただの無知なだけです。怖さを克服したところに勇気があります。そして怖さを克服して強くなった人は優しい人になれます。だから私はその子に「先生と一緒に頑張って稽古して怖さを克服して、本当に勇気のある強い人になろう!」と話しました。やはり己に克つです!
長男は昨日からお友達の家にお泊りに行きました。次男は長男がいないので遊ぶ相手がいなくて寂しいせいかずっと私と遊んでいました。今日の朝に長男が帰ってくると次男は長男にかまって欲しくて、テレビを見ている長男にずっとちょっかいを出していました。2人を見ていると兄弟っていいなと思います。
本日は私の恩師である黒澤浩樹先生の一周忌でした。黒澤先生が設立した聖心館で一周忌として行われた試合の開会式に出席させて頂き、黙祷をし、生徒の皆さんに先生から学んだ事などを話させて頂きました。生徒の皆さん、とても礼儀正しく元気で溌剌として気合いも素晴らしかったです。黒澤先生の魂はしっかりと生徒の皆さんの中に生きていると思いました。帰りの電車の中で黒澤先生の試合でセコンドにつかせて頂いた事、黒澤先生の合宿に同行させて頂いた事、黒澤先生と一緒に稽古やウエイトトレーニングをさせて頂いた事、黒澤先生とドライブに行かせて頂いた事、黒澤先生と一緒に食事させて頂いた事、いろんな思い出を思い出しました。
仕事がら子供達と一緒にいれる時間が少ないので休みの日はなるべく子供達と一緒に遊ぶようにしています。今日はみんなでお花見に行き、一緒にお風呂に入り、一緒にご飯を食べて、ご飯の後はカブトムシのオモチャで遊んだり、ウルトラマンごっこをしたり、みんなで布団の中で遊んだり、私が馬になって遊んだりしました。子供達と遊んでいる時間は本当に楽しいです。こんな時間がずっと続けば良いなと思います。でもすぐ大きくなってしまうんだろうと思います。
今日は少し自慢話を書きたいと思います。年齢を聞かれたので「45歳です」と答えたら「エーッ!ウッソー!見えない!」と言われました。そのリアクションが素直に嬉しかったです!30代の頃は若く見られたら、自分は貫禄がないのかな?と思ったものですが、45歳にもなると若く見られる事も嬉しく感じるようになりました。これも極真空手のおかげだと思います。おそらく歳は皆が時間とともに平等に取るものではないのだと思います。物事に一生懸命取り組んでいたり、目標を持って挑戦していたり、しっかり身体を動かしていれば、肉体の加齢を遅らせる事が出来ると思います。「やっぱり極真空手最高だな!極真空手をやっていて良かったな!」と思います。
ウエイトトレーニングを始めてもう少しで2ヶ月になります。今日は足腰のトレーニングをしました。少し前に無理をして腰を痛めてしまったので、その反省を生かし無理せずにトレーニングしています。45歳だという事を自覚しながら少しずつ目標を達成して行きたいと思います。ウエイトトレーニングを始めてから少しずつ筋力がアップして身体も変わってきたような感じがします。残念ながら体重は落ちるどころか増えてしまっています。まあ焦らずに頑張りたいと思います。
今日は雪が降っていましたが、錦糸町にある母方の先祖のお墓参りに行きました。母の目の手術の無事と回復をお願いしてきました。
次男は最近、髪の毛を縛るのが好きらしく、妻に髪を縛ってもらっています。髪を縛って女の子のような感じになっています。ちょっと女の子っぽい所があるのかなと思いきや、とてもやんちゃな事をしたりもします。髪を縛るのも今しか出来ないと思うのでもう少しあたたかく見守りたいと思います。
私は今45歳です。残りの20年で自分にしか出来ない事をやりたいと思います。どんどんやって行きたいと思います。そう考えると時間が残り少ないなと思います。20年の目標は出来ました。また新たな事をやりたいと思います。
今日は私の運営する道場の昇級審査会と組手競技支部内交流試合でした。私の長男も昇級審査会と試合に挑戦しました。審査会と試合での長男を見て、成長した所は褒めましたが、悪かった所は叱りました。成長したのはジャンピングが130回以上出来た所でした。よく頑張ったと思います。そんなに良い所はなかったけれど勇気を出して試合に出た事は偉いなと思います。叱った所は稽古で注意された所が1つも改善されていなかった事です。そして試合で負けた後に隣の子と話をしたりして、人の試合を見て何かを学ぼうとしていなかった事です。これからも頑張って成長して行って欲しいと思います。
土曜日は長男も次男も三回稽古に参加します。彼らにとってはなかなか大変な事なんだろうと思います。道場の行きや帰りに息子達とおにぎりやパンなどを一緒に食べる時間も私にとってはとても楽しい時間です。今まで空手をやっていて本当に良かったなと思います。
道場とは、今までや現在の自分の地位や名誉などの衣を脱ぎ捨てて、真っさらな気持で新しいものを学ばせてもらえる素晴らしい場所です。一生懸命に稽古し汗をかいて自分の心と身体と向き合える時間です。そして自分が新たな事に気が付いたり向上したりする事が出来ます。道場では社会的な地位や名誉は関係なく一生懸命に稽古している人が尊ばれます。私はそれが道場の良さだと思います。今までの自分や現在の自分の衣を脱ぎ捨てて謙虚な姿勢で何かを学ぶ事は何歳になっても大切な事だと思います。
今日から国際親善大会に向け本格的に型の稽古を始めました。今回から決勝の型を変えようと思っています。始めは観空をやっていました。次が五十四歩をやっていました。五十四歩では極真祭で2回準優勝したので、今回からは満を持して私の一番得意な型で臨もうと思います。先ずは予選型の最破をしっかり稽古したいと思います。今度こそは必ず優勝してみせます。
朝に所得税の確定申告と納税を済ませました。昼は昨年の11月から工事のためお休みしていた矢口区民プールに3ヶ月ぶりに泳ぎに行きました。今日は久しぶりだったので軽めに泳ぎました。クロール600m、バタフライ200m、平泳ぎ200m、背泳ぎ200mの1200mを40分かけて泳ぎました。それでも久しぶりだった事もあり凄く疲れました。でも凄く楽しかったです。道場に行く前に次男と脾臓ごっこをしました。脾臓ごっことは次男の胸や肩などの強い場所を少し強めに叩き、それを次男が我慢して、次は脇腹の弱い所を指で突くと次男はくすぐったいのと面白いのでゲラゲラ笑います。そんな事を飽きずに数十分やっていました。そう言えば長男が小さい頃は長男とも同じ事をしていました。いつまで子供達に遊んでもらえるのかな?と思います。
3月13日は私と妻が結婚式と披露宴をした日です。2010年なので早いもので、もう8年が経ちました。最高の1日でした。感動の1日でした。夢のような1日でした。感謝感謝の1日でした。なんと三次会まで行いました。私はフラフラになるまで酔っ払い妻に抱えてもらいタクシーに乗ったのを覚えています。最高の1日過ぎて、まだみんなと離れたくない、まだ幕を下ろしたくないという感じでした。私と妻の結婚式と披露宴と二次会と三次会にご参加頂いた方々、皆様への感謝の気持は今でも忘れていません。皆様のおかげでとてもとても幸せな家庭を築く事が出来ました。10年後もカッコイイと妻に言ってもらえるように男を磨いて行きたいと思います。私と妻のどちらかが先立つ時に、私と結婚して良かったと言ってもらえるよう頑張りたいと思います。
この時期は、いろんな意味で人が新たな場所へ移動する時期なので別れがあり出会いがある季節です。最近、私の道場でも6年間稽古した生徒が引越しの為に私の道場を離れる事になりました。その生徒の最後の稽古のあとに送別会をした時、こんな事がありました。私はそれを見てはいないのですが、送別会の場所は道場の向かいにある店でした。その生徒は先に帰るので、私は「じゃあな!」と店の外まで送り出しました。私はそのまま店に戻りました。笑顔で見送ったものの、やはり長い間、私のもとで稽古をした生徒でしたので私もその生徒の後姿を見てこみ上げるものがありました。その時に一緒に店にいた生徒が見たそうですが、その生徒は1度道場のあるビルの前で立ち止まり礼をしてから帰っていったそうです。私はそれを聴き嬉しくなりました。もう私には教える事はありません。なぜなら私が空手道を通して学んで欲しい事をその生徒は学んでいたからです。空手の技術はあり意味で言えば何処ででも誰にでも習う事が出来ると思います。でも私は他の道場ではあまり学べないだろう事を教えてきました。だから私は本当に怖い先生です。拳骨をする時もあります。怒鳴る時もあります。特に礼儀作法を守らない時には強く叱ります。そのせいで辞めていく生徒もいたのかな?と悩んだ事もありました。でもこれだけは胸を張って言えます。私は生徒に対して真剣に向かい合っています。生徒を自分の子供だと思って向き合っています。生徒に一生懸命向かい合っているから厳しい言葉も言います。でもそこには愛情があります。その生徒が道場のあるビルに礼をして帰った話を聴き、自分の指導は間違っていなかったと救われた気持ちになりました。その生徒に教えられた気がしました。その生徒は本当の意味で私から巣立って行きました。もう何処に行っても礼節を守り人から重宝される人になると思います。自分の身に付けた事で自分の人生を輝かせ、親孝行をし、人の役に立ち社会に貢献する人になってくれると思います。私はその生徒に出会えた事に感謝しています。
次男の通う幼稚園の卒園礼拝に行きました。幼稚園の卒園生に道場の生徒もいるので、とても感動しました。子供達の写真がスライドに写されその子供達の夢を先生が読みました。子供達の様々な夢が叶うと良いなと思いました。夢や目標を持つことは素晴らしいです。夢や目標は人生を輝かせてくれます。私ももし夢や目標を持つ事がなければ、私の人生はつまらないものになっていたと思います。長男は卒園礼拝の時の夢は「地球を守る自衛隊」でした。長男はその夢は今も変わらないようです。次男の今の夢はウルトラマンになる事だそうです。どんな夢でも良いからそれに向かって頑張って欲しいと思います。そのあと「ウルトラマンジード」の映画を観に行きました。次男はテンションが上がりすぎてウルトラマンと一緒に戦っていました。そのあとみんなで一蘭にラーメンを食べに行きました。夜はみんなで乾杯してご飯を食べました。菅野家では夕食の時はみんなで「お疲れ様!」と乾杯してご飯を食べます。この時間が私にとって至福の時間です。
ここのところ身体中が筋肉痛です。空手の稽古も真面目にしていますし、ウエイトトレーニングも週に4回頑張っています。でも体重が全然減りません。これは今は気にせず頑張りたいと思います。自分の身体の中を変えていけば良いと思っています。そしてそこから体質を変えて行ければ必ず自分の姿は変わって来ると信じています。今までは炭水化物を抜いて有酸素運動をしていたのでグンと体重が減っていましたが、そのせいで自分の筋肉まで減らしてしまっていたようです。そしてこの方法はすぐリバウンドするので、ずっとストイックに続けなくてはいけません。なので今は栄養をしっかりとってウエイトトレーニングで筋肉を増やし、空手の稽古やランニングや水泳で有酸素運動をし心肺機能を高めて要らないものを落として行きたいと思います。全てはこの先も自分の空手道を追求して行くためです。自分が遠くまで行く事が出来れば生徒も遠くまで行く事が出来ます。だから頑張りたいと思います。
また新たな門を開きました。昨日書いた日記は新たな門を開いて一歩前に踏み出す自分を励ましていたように思います。勇気を出して新たな門を開き一歩前に踏み出した自分を少し尊敬します。人生は一度だから悔いの残らないよう、自分が死ぬ時に納得できる生き方をしたいと思います。新たな門を開き一歩前に踏み出した瞬間に「よく頑張ったね!」という声が何処かから聞こえて来たような気がしました。いつか今日を振り返った時に「よく頑張ったね!」と言えるよう初志貫徹したいと思います。
私の座右の銘です。この言葉は、アントニオ猪木さんが引退の時に言った言葉です。「この道を行けば、どうなる事か?危ぶむなかれ、危ぶめばそこに道はなし、踏み出せば、その一足が道となり、その一足が道となる、迷わず行けよ!行けば分かるさ!」出来るか?出来ないか?を考えるぐらいならやってみろよ!やれば分かるだろ?!でも歳をとるとそれが出来なくなります。やる前にいろんな事を考えてしまいます。そして最悪なのは、やらない理由、やれない理由を自分の前にたくさん並べて、やらない事ややれない事を肯定して自分を納得させてしまいます。人は挑戦を諦めた時に老いが始まるとアントニオ猪木さんは言っていました。私は何歳になっても挑戦する人間でいたいです。そしてそれが私の自分らしさだと思っています。前橋さんが自分の余命を私に話し「先生なら自分の余命をどう生きますか?」と聞かれた時に私は「自分らしく最後まで生きたい」と言いました。その時に自分らしさとは何かを考えましたが答えは出ませんでした。あれから2年が経ちようやく答えが出ました。前橋さんに話したように私は最後まで自分らしく生きたいと思います。最後まで自分らしく生きなければいけないと思います。見ていて欲しいと思います。
私は本当に出会いには恵まれています。極真空手と出会えた事、良い先生に出会えた事、良い先輩に出会えた事、良い同輩に出会えた事、良い後輩に出会えた事、良いライバルに出会えた事、本当に凄い人達に空手を習えました。本当に凄い人達と稽古が出来ました。本当に凄い人達と試合で闘う事が出来ました。私にとってそれは一生の財産です。これからも財産を増やして行ける生き方をして行きたいと思います。今を一生懸命に生きる事、新しい事に挑戦する事が、また10年後20年後に人生を振り返った時に私の財産になっていると思います。そんな活動をして行きたいと思います。
昨日行った「生き物になれる展」でいろんな事が勉強出来ました。ダンゴムシは昆虫ではなく、もともとは海から進化した甲殻類だそうです。なので乾燥に弱いそうです。なのでお腹を乾燥から守る為にダンゴになるそうです。あとは蟻が天敵なので、蟻の攻撃から身を守る為にダンゴになるそうです。ペンギンは冬の間はずっと泳いでいる事、ペンギンが1例になって歩くのは1列で歩いた方が氷の割れ目などから身を守る事ができるからだそうです。馬の尻尾は全部毛でシマウマの尻尾は途中から毛になっていました。シマウマの鳴き声はワンワンだった事にビックリしました。この歳になっても知らないことだらけなんだなと思いました。何歳になってもまだまだ勉強ですね。
お台場にある未来科学館で行われてる「生き物になれる展」に行きました。子供達も妻も大喜びしてくれました。私は平日は自分の稽古や仕事と、自分の好きな事ばかりさせてもらっているので、休日ぐらいは良い夫と良い父親になろうと、今日は並び役で頑張りました。そのおかげで子供達に全部のアトラクションを体験させてあげる事が出来ました。妻に後で写真や動画を見せて貰ったら、子供達が凄く楽しんでいたので、もうそれで満足です。妻がカメラを向けると子供達は良い顔をします。やっぱり子供はお母さんが好きなんだなと思います。「生き物になれる展」も凄く勉強になりましたが、この未来科学館にある全てのコーナーがとても勉強になりました。発癌のリスクの下げ方、地球の未来、放射能の事、災害、宇宙ステーションの中、アシモ、いろんな事が勉強出来ました。子供達に凄くお勧めです。未来科学館の隣が国際文化交流館でいろんな国の国旗があったのですが、長男は私より国旗を知っていました。家のお風呂に世界地図と国旗のシートが貼ってあるのでそれで覚えたようです。帰りにお土産を買いました。長男は虫が入っている琥珀を買いました。いつか長男の誕生日に琥珀を贈ろうと思っていたのですが今日になりました。次男はサメのポーチを買いました。妻と子供達のおかげで本当に楽しい休日を過ごす事が出来ています。私の人生は家族のおかげでとても幸せです。家族にはいつも感謝しています。
長男も次男も土曜日は3回稽古をしています。なかなか頑張っているなと思います。私が空手を始めたのは15歳の時でしたが、息子達は2人とも3歳で始めました。小さいうちから空手を始められて羨ましいなと思う反面、なかなか大変な事をしてるなと思ったりします。私は自分の意志で空手を始めたので初めて大きな試合で優勝した時や全日本の最終日の開会式の舞台に初めて立った時は、空手を始めた日の事などを思い出しました。でも息子達は気がついた時にはもう空手を始めていたので、それはないのだろうと思います。私はいつも自分で新しい扉を開いてきました。息子達にもいつかそうなって欲しいと思います。そして私はまた新しい扉を開きたいと思います。私ももう45歳、人生に悔いは残したくありません。今出来ない事は来年になったらもっと出来なくなってしまいます。常に挑戦する勇気のある人間でいたいと思います。
褒められる事ではありませんが、私は高校を退学になりました。高校を退学になった私がまた高校に行きたいと思った理由は空手をやる時間が欲かったからでした。そして高校を卒業したのは20歳の成人式の後でした。私は卒業文集に「人より遠回りしたぶん、人より遠くまで行きたい」と書きました。その気持ちは今でも変わっていません。人より前にとか、人より高い所とかではありません。私はただ人より遠くまで行きたいです。
今日はとても風が強かったです。夜はそのせいもあってか家の周りで「火の用心」と町内の方が周っていたそうです。次男はその声を聞いて「あれは何て言ってるの?怖い!」「火の用心、怖い!」と言っていたそうです。私も確かに子供の頃は、夜に遠くから聞こえて来る声って不気味に感じました。次男はビビリなところも私にそっくりなようです。
kanno
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