ツバサ*黒鋼×ファイ - 2006年12月09日(土) 血の匂いがする。 ファイは持ち上がりかけた瞼を押しとどめる。 けれどぴくりと反応した体を気配に聡い相手が見逃してくれるはずがなかった。 「寝たふりなんかしてんじゃねぇ」 鋭い語気に気圧されたわけではないがファイは目を開けた。といっても片方だけだ。左目は今はいない優しい少年に捧げた。惜しいとは思わない。本当は命だってあげてしまう予定だったのに、目の前にいる男がそれを許さなかった。 だからファイは今、ここにいる。 「血なら必要ない」 「知ってる」 彼の食事のことを一番知っているのは黒鋼だ。 「じゃあ何、黒鋼」 「姫が帰ってきた」 「わかった、行くよ」 短く返事をしてわざわざ言いに来た彼の横をあえてゆっくりとファイは歩いていく。彼に近づけば近づくほど血の匂いが濃くなって本能が疼く。けれどそんなものに屈する気はさらさらなかった。 威圧感のある体躯を通り過ぎたそのとき、しかし行く手は阻まれた。 「――黒鋼。まだ何か?」 手首をつかまれたファイは慌てる様子もなく相手を振り向いた。落ち着き払ったその様子を黒鋼は少しの間凝視して、そうして力を入れれば容易く折れてしまいそうにみえる骨ばった手首を容赦なく締め上げる。 「―――」 声は上げないけれどひくりとファイの眉根が僅かに歪んだ。けれど男は容赦しない。指の力を弱めないまま。 「名を呼んだくらいで逃げられると思うな」 「………」 それだけ言うと黒鋼は手を離す。 けれど無論ファイには分かっていた。離れた身体とは裏腹に、相手が先程よりよほど自分との距離を詰めたことを。 だけども認めるわけにはいかなくて、そのまま物理的距離を遠ざけることしかファイには出来ず。 はやくはやくと急く両足を出来るだけゆったりと動かしてその場を去る。 ―――それは、残酷なほど明確な宣戦布告だった。 ...
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