HUNTER×HUNTER*キルア×クラピカ - 2005年11月28日(月) カツンという音が背後からしたかと思うと同時に真後ろに気配を感じて、クラピカは身を翻して後ろに飛び退いた。 「またお前か」 予想通りの人物を目に認めて大きくため息をつく。 「ひでー。そんな露骨に嫌な顔すんなよなー」 目の前の少年は抗議の声を上げながら口を尖らせた。 「何の用だ、キルア」 何度言ったか知れない質問をクラピカは繰り返す。キルアはしばしばクラピカが一人の時を狙っては何かとちょっかいをかけてくるのだが、こうも度々一人の時間を邪魔されてはたまらない。今もクラピカの右手には読みかけの本が握られていた。 「別に用なんてないんだけどさ」 しかし案の定、キルアの答えも何度聞いたか知れないものだった。 クラピカは更に大きく息を吐いた。午後の柔らかな風が栗色の細い髪をさらさらと揺らす。 「キルア。この際だからはっきり言うが、遊び相手なら他を探してくれ。私はそういうのには向かないよ」 さりげなく言葉を選びながら彼は言うが、 「嫌。ゴンはすぐ寝るし、オッサンは趣味じゃねーし。他の奴になんて興味ねーよ、俺はあんたとアソビたいの」 即答で期待はずれの返事が返ってきた。 「………」 しょうがないので放っておくことにする。軽くキルアを一瞥して再び本に目を落とす。 時々木漏れ日が風に揺れて少し黄ばんだ紙に薄い影を落とすが、たいして気にはならなかった。 「あんたさー、ほんっとに男なの?」 しばらくおとなしくしていたと思ったら、開口一番がこれだ。 キルアはお構いなしにクラピカの顔をまじまじと見つめ、何とも失礼なことを聞いてくる。 「私が女に見えるか?」 「うん」 じろりとキルアを見下ろして凄みの聞いた声で聞き返すけれど、相手は無邪気に即答した。その屈託のない様子になんだか怒りよりもおかしさがこみ上げてきてしまって、クラピカはくすくすと声をもらした。 「へえー、そんな風に笑うの初めて見た」 「おかしな奴だ」 パタンと手元の本を閉じて相手に視線を向けると、アイスブルーの鮮やかな瞳にぶつかった。 ―――本当に。 試験会場での彼を思い出しながらクラピカは思う。 ほんの子供のようなあどけない顔をして実に不釣合いなほど残酷にその手を血に染める。けれど裏世界に染まったように見える瞳の中に、ゴンと同じような純粋さを感じ取らずにいられない。 やはりまだ11歳の少年ということか、などとクラピカが考えを巡らせていると、キルアも顔を近づけてクラピカを観察していた。 「やっぱキレイな目だなー」 「……」 「あ、別に紅くなってるわけじゃないよ」 無意識に顔をしかめたクラピカにキルアは付け加える。 「あんたもさ、過剰に反応しすぎなんじゃない?目に対してさ」 「余計なお世話だ」 ぷいと横を向く。相手は肩を竦めただけて反論はしなかった。 「でもさあ、奴等もバカだよね。生きてるときの目の方が魅力的なのにさ」 「……………」 「だってそうじゃん?フツーの茶色から紅に変わる瞬間とかさ。生きてなきゃ見れねーじゃん」 「並大抵なことではどちらにしろ色は変わらない」 すかさず釘を差すクラピカに、キルアはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。 「だから価値があるんじゃん。―――例えば、自分の手で俺だけの為にその目が紅くなったら…」 「は?――ちょッ、キルア何を!」 意味深な笑いと言葉に気を取られていると、キルアはするりと上着の脇から手を滑り込ませた。 「考えただけでゾクゾクするよ。殺すより断然楽しいじゃん」 「キルア!!」 クラピカは抗議の声を上げて抵抗する。しかし不意をつかれた上に相手はキルアである。逃げられるはずがなかった。 そうこうしているうちにキルアはもう片方の手で器用にクラピカの衣服の紐を解き、胸元に口付けを落とした。 「!」 「そんな暴れんなよ〜。もう遅いぜ?だって俺ずっとクラピカのこと狙ってたんだもんね」 「私は男同士で馴れ合う趣味などないっ」 「んなこまかいこと気にすんなって。だってあんたもろ俺の好みなんだよねー。ま、俺上手いからさ、心配すんなよ」 ――――前言撤回。 こいつのどこが純粋な11歳だっ! 状況に似合わない無邪気な笑顔を浮かべるキルアに、クラピカはなおも食い下がった。 「私の意思は!!」 なかなか諦めの悪いクラピカに、キルアは一瞬きょとんとして、すぐににっと自信ありげに微笑んだ。 先手必勝。 抗う間も与えずに硬直するクラピカに、深く口付けた。 「意識革命って、」 まだ微動だに出来ないでいる相手に対して、 「結構カンタンに起こるんだぜ」 秘密をそっと告げる子供のように楽しげに、呟いた。 「…………」 やっと覚醒したクラピカはこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、ゆっくりと息を吐いて観念したようにぱたりと力なく腕を落とす。 お構いなしに吹き抜けていくサラサラの風が少年の髪を揺らし、肌をくすぐった。遠くで鳴く鳥の声に耳を傾け、クラピカは自然に意識を委ねた。 太陽は、まだ見上げるほどに高い昼下がり。 これがまだ、はじまりに過ぎないことを、彼は知らない。 ... ため息の金の色*オーラン×ナユタ - 2005年11月07日(月) 美術学校を卒業した後も、オーラン・ジャグーンの名はとどまるところなどありはしないとでもいうかのように、知れ渡っていった。小さなコンクールから、画家の登竜門と呼ばれる権威のあるそれまで、彼が出品したあらゆる作品はそのたび美術界を席巻した。 『天才』と。 ひとは彼をそう呼んだ。 絵を描きはじめてからずっと、それは彼を指し示す言葉だった。 「ナユタ」 「………ラザフォード」 ぼう、と、目の前の絵画に神経のすべてを注いでいたナユタは後方から掛かった声に不承不承、首を傾けた。 「やっぱり来ていたんだな。相変らず見事だよ、オーランは。君もそろそろ絵筆をとるのをやめたくなってきたんじゃないのかい?」 にやりと狡猾な笑みを向けて嫌味を並べるラザフォードを、彼こそ相変らずだと思いながらナユタは呆れたように吐息をつく。 「ラザフォードこそいい加減やめれば?オーランを引き合いに出して自分自身を貶めるようなこと言うの」 「な!僕は君がオーランの側にいるのが理解できないと言ってるんだ!!」 「何度も言うようだけど、向こうが勝手についてくるの。代わってあげようかって、前にも言ったじゃない」 「っ、」 ナユタの冷静な切り返しにラザフォードはぐっと詰まる。彼らの会話は大抵こんな感じで彼は彼女を言い負かせられなかったことに、いつも軽い屈辱を覚えるのだが、それでも会う度何のかんのと突っかかってくる。 そんなに気に入らないなら無視すれば良いのにとナユタは思うが、それこそ彼のプライドとやらが許さないのだろう。厄介な男だがどこか憎めない感も否めないのは、長い付き合いのせいかもしれない。 それはもう5・6年は前になるだろうか。悩みぬいたあげくに結局絵を捨てることが出来なくて、ナユタは覚悟を決めて美術学校に入学した。 そこで出会ったのは既に数々のコンクールを連覇し、『天才』の名を欲しいままにしていたオーラン・ジャグーン。絵画の才能はそれは素晴らしかったけれど、その他のことはどこか抜けていて、いつもボタンをひとつ掛け違えていた。 「ナユタ!」 少しばかり思考が遡っていたナユタに、よく通る明るい声が向けられる。びくりと肩を震わせて声のする方を振り向いた。 「オーラン」 思えばその時からずっと、なぜか『天才』オーランはただの凡人であるはずのナユタ・ランタンを気に入って彼女の後を追いかけてくるのだ。 「見に来てくれたの?嬉しいな」 「やはり見事だよ、オーラン。今回の作品も素晴らしいとしか言いようがない」 くせのある金髪を無造作に揺らしてナユタの元に向かってきたオーランは、思ってもいない方向から発された声にいつものことながら頭の中でクエスチョンマークを描く。 「え――、と」 「ラザフォード」 これまたいつも通りにぼそり、とナユタが助け舟を出すと、パン、と両手を合わせてにっこりと笑った。 「ああ!ラザフォード。えーと、久しぶり…だよね?」 何とも自信のない口ぶりに、ラザフォードはギュッと唇を噛み、隣でナユタは深くため息をついた。いっそわざとじゃないかと思うくらいに、オーランは彼の名前を覚えようともしない。 「それでナユタ、どうかな、これ」 目の前に飾られた自分の作品を他人事のように指差して、彼はニコニコと笑いながらナユタに向き直る。もうこの瞬間に、ラザフォードの名前などすっかり忘れているだろうことは、あまりにも明白だ。さすがにラザフォードが気の毒というか、何となくいたたまれないような気がしたけれど、真っ直ぐに自分を見つめてくるオーランの瞳に押されて、ナユタは再びオーランの絵画と対峙した。 「………いいんじゃない」 それ以外に何を言えと言うんだろう。 思わず感嘆のため息を漏らして二人に向き直ると、オーランのもの凄く、嬉しそうな顔とかち合って、少し驚く。しかしその直後、憤懣やるせない、といった表情のラザフォードを目に認めて、ナユタはしまった、と思った。 「じゃあ、私、他のも見たいから」 そそくさと立ち去ろうとする彼女の足音に、 「ありがとう」 オーランの声が重なる。何だかどうしようもなく気恥ずかしくなって、ナユタは少し頷いただけで2人を振り切るように走り去った。 そんな彼女の後姿を、笑顔のままオーランは見送る。隣ではラザフォードが驚きと怒りが混ざったような複雑な表情でオーランを見つめていた。 「なぜだ?」 握られた拳が、堪え切れないとでもいうかのようにぶるぶると震えている。 「なぜあんな凡人を気にかけるんだオーラン!」 「わからない?」 思いがけず返ってきた返事に、驚いて目の前の男を凝視する。さっきまでナユタに向けられていた笑顔は既になく、そこには冷ややかな瞳を称えた、別人のようなオーランがいた。 「僕にとっては、彼女以外の全ての方が退屈だよ」 ふ、と笑う表情は、先程の笑顔とは似ても似つかない。 「ナユタは、すごく魅力的な人間だよ。君には分からないかな、ラザフォード」 「!!」 愕然とするラザフォードを置いて、オーランはナユタの走り去った方向へひらりと歩き出す。 カツカツと彼の靴が床を叩く音が、ひどく冷たく響く。 ゆっくりと遠ざかっていくその後姿さえ、今のラザフォードには得体の知れない、恐ろしいものに思えた。 なぜ、だなんて。 そんな愚問があるだろうか。 スタスタと若干足早にホール内をオーランは進んでいく。 5年前美術学校で彼女に出会ってから、僕の世界はがらりと変わった。有体に言えば、灰色だった世界に、美しい色が溢れた…そんな感じだった。 それ以来、僕のインスピレーションの源はナユタ以外有り得ないのに。 思いながら、ふと、オーランの足が止まる。ナユタのあの横顔が、前方にあった。あの頃より長くなった綺麗な黒髪を掻きあげようともしないで、目の前のカンバスをじっと睨んでいる。挑むように、戦うように、以前とまったく変わりない光をその瞳に秘めて、じっと。 君にそんな顔をさせる作品に、嫉妬するよ。 我慢が出来なくなって、静かなホールの中をオーランは走り出した。靴音に気付いたナユタがこちらを向く。ちょっとびっくりしたような顔。彼女の名前を呼んで、オーランは真っ直ぐにナユタの元へ向かっていった。 ...
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