「静かな大地」を遠く離れて
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2009年01月12日(月) 百年

「100年に一度の危機」という常套句の上滑りが、危機意識の麻痺をまたことさらに募らせる。
2、3年経てば「あのころは“100年に一度”の大安売りだった」という規模の危機が波状攻撃して
来てないとも限らない。とはいえ、天界では実際2008年の秋に100年ぶりの現象があったらしい。

■太陽の黒点が約100年ぶりにゼロに、地球の気候に大影響か
 (2008年09月04日16時59分 / 提供:GIGAZINE)
 太陽活動が低下すると地球の天候に多大なる影響を与えることが知られていますが、
 この1ヶ月間、なんと太陽の表面上に1つも黒点が観測されていないことが明らかになりました。
 黒点の数は太陽から発せられる磁気の強さとも関連しており、かなり重要な出来事だそうです。
 太陽の黒点のデータは1749年からずっと集められており、
 前回、同じように黒点が全くなくなったのは1913年の6月であるとのこと。
 黒点は11年ごとに活動がゆっくりになり、数もゼロに等しいレベルまで落ちていくとのこと。
 しかし、通常はすばやく活動サイクルが元に戻るため、あまり問題にならないそうです。
 しかし今年に入ってから最初の7ヶ月はなんと黒点の平均数がわずか3つしかない状態が続き、
 8月にはついにゼロになったというわけ。
 一体、これによって地球にどのような影響がもたらされるのでしょうか?

記事は続いて、太陽活動と地球の地磁気との関係とか雲の量の変化による気候への影響に言及して
何となくまとめられているが、1990年頃の栗本慎一郎氏の著作を読んだ方なら戦慄を禁じ得まい。
だいたい1913年の翌年は1914年、第一次世界大戦勃発の年だ。ヨーロッパ文明の行き詰まりが
20世紀早々に引き起こした、どうしようもないカオス。本格参戦しなかった日本はむしろ特需で
経済的恩恵を受けた口で、戦車や飛行機や毒ガスまで駆使した近代戦の洗礼を受けなかったことが
日本軍部をして第二次世界大戦への準備を怠らしめた、という曰く付きの戦争だ。だが欧州文明に
とって、第一次世界大戦こそが世界の枠組みを塗り替えたGreat war=大戦争なのだ。ここから
第二次世界大戦の終結までを20世紀の三十年戦争として捉えたほうが妥当である、と佐藤優氏も
言っていた。ロシア革命で社会主義ソ連が成立し、オスマントルコ帝国とハプスブルグ帝国が崩壊、
現在のパレスチナ問題、アラブ世界やバルカン諸国の紛争も、この時からの錯誤が淵源だと言える。

太陽黒点は太陽活動の活発さに伴って増減することが知られ、およそ11年の周期をもつという。
この周期が、地磁気を通じて地球上の生物、なかんずくヒトの精神活動に影響を及ぼしてきた、と
栗本氏は考察を展開していた。人間が理性を以て社会も自然界をもコントロールしたいという願望、
あるいは仕切り切れるという自己過信を大規模に追求した実験が「近代」という営みだったとすれば、
第一次大戦はその文明の「根っこが腐っている」ことを如実に示した深刻なカタストロフだったのだ。

ここでヒトはもっと考え込むべきだった。いや、考え込んだ個体も沢山いただろう。博識で真摯な
知識人なら、その経緯をレクチュアすることも容易いことかもしれない。だが第二次世界大戦という、
規模だけは途方もなく悪魔的な歴史劇から東西冷戦のイデオロギー対立に至る流れの中、総じて人々の
関心は「いかに食っていくか?」というグローバルな椅子取りゲームにあった、というのが見取り図だ。
太陽黒点に左右される無防備なイキモノとしての自分たちを、しかと自覚する余裕も覚悟もないままに。
「根っこが腐っている」という言い方は佐藤優氏の口から聞いた表現だ。さしあたりの「腐った根っこ」
は、天地創造までさかのぼらずとも近代のはじまりに求められると思う。
これについて栗本氏が意外な場所、柄谷行人の思想を論じている途中でサラリと重大な指摘をしている。

■栗本慎一郎『鉄の処女』より
 もちろん、人間だけではなく、動物たちもすべて自分だけの脈絡や視界の中で自分のまわりの
 世界を構成して生きているのである。近代社会(市場社会)以前の、普遍的な非市場社会に
 生きていた人間たちも、そのことを知っていたのだ。だから、非市場社会の人々は、動物たちや、
 ときには植物などをも、人間よりも上でも下でもない対等の生き物だと見なしていたわけだ。
  しかし、近代社会ができあがった。その一つの原因は、人間が動物や植物よりも上位の存在
 だと主張したくなったことである。もう一つの原因は、人間たちが自分の勝手で見ていたり、
 一見、自由につかみとっているように思える空間も、どこか人間以外の誰か(たとえば神)が、
 人間にそうさせているのではないかという不安である。そこからの逃避が、一部の人間をして
 近代社会の建設を推し進めさせたのである。

ポイントは動物、および植物という。『パンツをはいたサル』で動物行動学を援用したり、向精神性物質
を含む植物と文明の動向を注視したり、あるいはロシアの政変時に動物園のゾウの救援に奔走したり健康
のためにヨモギを食したり、ダーウィンのミミズ研究を再評価しつつ「シンクリール」を開発したり無類
のネコ好きだったりと、ずっと栗本氏がヒト以外の動物や植物を重要なファクターと看做して来たのは
知っていたが、近代の「原因」を論じる際の第一項に動物と植物が挙っていたのは少々意外に感じた。
まだまだ「読めてない!」ということだ。不覚。

で、「近代」の家元である欧州人たちが、動物や植物を博物学的視線のもとに「眼で殺す」プロセスは、
おなじみ高山宏氏の解説で、極上のエンターテイメントとして、執拗なまでに追体験することが出来る。

■高山宏『ふたつの世紀末』より
 命名・分類とは、『鏡の国のアリス』の作者の洞察によると、人間対自然という対立関係の成立の
 原因でも結果でもある営みだ。「名前のない森」では仲のよかったアリスとX存在が、森の出口に
 来て、わたしは鹿、きみは人間だと「命名」が完了した刹那に、お互い飛び逃げてしまうという
 悲しい事態をルイス・キャロルは寓話化していた。世界を距離をへだて、命名をへだてて、要するに
 オブジェクト(対象・もの)として眺めるという構造において、ピクチュアレスク−崇高美学と
 ナチュラル・ヒストリーには何の径庭(ちがい)もない。前にも言ったように<距離>の美学たる
 崇高美の定式化はバークの『崇高と美の起源』で、これは一七五七年。まちがいようもなく、それは
 一七五〇年代の事件であった。そしてリンネ・システムが一七五三年から一七五八年にかけて。
 単なる偶然の一致なのだろうか。

「虫も殺さぬ顔をして」動植物を「額縁が殺す」まさに「自然のかけらもない」姿勢を非ヨーロッパの
ヒトに向けた欧州人たちが、「世界をクック」してきた過程が極まったのが19世紀末帝国主義全盛の
時代である。コンラッドの『闇の奥』の新訳もされた藤永茂氏の『「闇の奥」の奥』というエッセイが、
知られざるアフリカの搾取と殺戮の地獄図、そして現在にいたるまで続く欧州人の心の闇を抉っている。
しかし、とはいえ、人と人の間のことは、まだしも20世紀の知的成果が物事の理非に道をつけている。
だが、動植物については、いまだに「庇護すべき自然」という修整近代モードが盤石なままではないか。

動物園を訪れるたびに、どうして人間は動物園など作るのか、そして財政状況も慢性的に緩くない中で
全国津々浦々の大きからぬ都市にまで必須インフラとして維持され続けるのか、自然と遠く離れた生を
決定づけられている現代の子供たちが、なにゆえ幼少期を動物園やドウブツ意匠と親しく過ごすことに
なっているのか、毎度のように考え込んでしまう。でも、お目当ての仔キリンに逢いにゆくと、そんな
ややこしいことは忘れて、この世ならぬたたずまいにただ時を忘れる。つくづくヒトは妙なイキモノだ。
最近はエンリッチメント展示だのピースだのクヌートだの、そんな感じで来る。手強い。アナどれない。
植物にしても状況はかわらない。プラントハンターたちが地球を股にかけて跋扈した時代から、農薬も
バイオも何でもありの現代までまっしぐら、およそ敬意の対象とは思えないつきあい方が定着している。

学問は、ヒトの世界像のありようをも対象とする。というか知の根源的な動機はそこにしかないだろう。
そこで得られつつある知見からすれば、ヒトと動植物を隔てるものの根拠はまこと脆弱なものらしい。
「情報」という概念を機械情報、社会情報、生命情報という側面から腑分けしつつ、生命情報としての
情報の重要さに注意を喚起する西垣通氏の発言が補助線になるような気がしている。

■西垣通『情報学的転回』より
 言語学的転回に続くものとして、情報学的転回(informatic turn)というものが出てくるわけです。
 (中略)私としては、それが人間のロボット化や拝金主義や相対主義的ニヒリズムと一体にならない
 ように、ここでIT文明のゆくえについて自覚をうながしたいわけです。そういう意味での情報学的転回
 とは何なのか。
 端的に言いましょう。人間とは生物なのだというところから出発して、われわれが生きている生命環境
 を尊重しようというテーゼに基づいて、もう一遍根底から物事を考え直してみようということなのです。
 (中略)言語学的転回は、ローカルな、あるいはマイナーな文化も大事だということを言ったわけです。
 しかし、そこでは人間の問題しか視野に入っていない。人間と、それ以外の動物や植物とのあいだには
 明らかに線が引かれています。

引用部分では触れられていないが、世間で流布している「情報」という概念のイメージは、西垣氏の言う
機械情報に偏りがちである。しかし、「情報」なるものの本質をつかまえようとするならば結局のところ
重要なのは生物が受容する意味の世界、生命情報である。アフォーダンスの概念などを思い浮かべると、
社会情報を織りなす言語の世界の基底にもまた、身体的あるいはイキモノ的な感覚宇宙の質感がありあり
と層を成していることが了解しやすいだろう。それは、ミミズが巣穴を塞ぐのに都合のよい葉っぱの形状
を「感じ分ける」力と、ヒトが言葉を交わし社会を営むこととのあいだに橋を渡すような「情報」概念だ。

そうした人間観、世界観への扉が開けつつあると同時に、むしろその逆、機械情報的な世界観を強化して
どうにか世界を仕切りきるのだ、という近代の断末魔めいた欲望もまた、世界を覆い尽くさんとしている。
西垣氏の『1492年のマリア』は歴史フィクションの形で近代が孕んだ悪夢を哀切に描き出した秀作だ。
往年の山田正紀にも似た主題と物語造形で、イベリア半島を追われるユダヤ人たちの運命をコロンブスの
「新大陸発見」と絡めてなかなか読ませる。そこをこそ近代の淵源と見るなら、続きの物語はこうなるか。

■高山宏「豚のロケーション」(『終末のオルガノン』所収)より
 そもそも<近代>全体が、実存的「豚(マラーノ)たち」による<定位>の試みの総体ではないか、
 というので、僕は『メデューサの知』という一冊を仕上げてみたのである。(中略)
 視覚と言語、総じて<表象>と呼ばれる営みについて、これほど高い自意識に達した文化圏はたしかに
 十七世紀オランダをおいてないように思われる。そこが商業の帝国であったことと無縁ではないだろう。
 スピノザ同時代にはまだ一国家としてろくな体もなしていないオランダは、あらゆるレベルにおける
 漂遊(ノマド)性が他のヨーロッパ諸国におけるよりよほど高い「ポップな」水準に達している。
 だから亡命の「豚たち」のたまり場となった。亡命ユダヤたちの多くが商人であるのはなかなか面白い。
 故郷喪失を<実体>喪失と言い換えれば、彼らが実体なき記号論的営みとしての商業になぜあれほどの
 才を得たかがわかる。

イベリア半島を追われた沢山の隠れユダヤ教徒がネーデルランドに流れ込む。レンズを磨き、地図を描き、
座標軸を駆使しながら、亡命者=はずれ者たちは世界をひたすらに見る。地球の反対側まで船を送りこみ、
「発見」を繰り返しながら、数値の編み物と化した世界を見続ける。その果てにチューリップ・バブルを
嚆矢とする、信用肥大経済の崩落を繰り返す。二十世紀を通過した我々は全くこの業病を克服していない。
「そう、もう一度言おう。ぼくらも立派に豚なのだ」というのが「豚のロケーション」の末尾のセリフだ。

■安冨歩『生きるための経済学』より
 私がここまでに述べたことは、「私たちの生きるこの社会経済の全体が西欧起源の<選択の自由>
 にすみずみまで絡めとられており、ゆえに、この社会は価値を生み出すことのない完全な死に体に
 なっている」ということではない。「そのような神学的ともいえる認識の枠組を、社会経済の
 ありのままの姿を無視して押しつける」ことを批判したのだ。実際、序章でも見たとおり現実の
 イチバは人々による生きたコミュニケーションによって構成されており、そのなかから今日も
 価値を生み出し続けている。経済活動のすべてが、死に体となっているのではなく、多くの部分が
 生きて作動しているがゆえに秩序が形成され、価値が生み出されている。

生きて動いている場には、創発がある。自生的秩序も生まれる。何が課題なのか、というコンセンサスすら
見えにくい混沌とした世界の中で、安冨歩氏の「ハラスメント史観」とでも言うべき社会的諸関係の捉え方
や西垣通氏の「情報学的転回」は少なくとも“ありがちな罠”から逃れるための有効なツールにはなりそうだ。
実践的な武器と練達した知恵と気を確かに持つ意志の力が、こんな時代には生き延びるために不可欠なのだ。

■池澤夏樹『世界文学を読みほどく』より
 人間全体がこの先この地球の上で生きていくということに対して、ゲリラ的なふるまいを取らざるを
 得なくなってきた。その辺が一種の結論のようなものであります。
 ですから、全体を認識しようという意図ももうないと言ってもいい。それを持つことは先天的に
 禁じられている、今はそういう時代なのだと思います。今のこの世界に生きて、世界全体を意識しよう
 ということは、短すぎる梯子で屋上へ登ろうとしているようなもので、梯子を立てかけて登っていくと、
 上に手が届かない。そういう梯子しか持ち得ない、
 そして、この「長い梯子がない」ということですが、今だからないのではなくて、「本質的にない」と
 いうことなのではないか。そういうことがようやくわかったのが今ではないか。 

ゲリラ的といっても、チェ・ゲバラのように革命を戦い抜こうというのではない。ありもしない「長い梯子」
に救いを求めるのではなく、まして長くもない梯子を長いと強弁するのでもなく、密林に散開しながら時に
連携する局地戦の闘い方で「大きな敵」を押しとどめていくしかないということだ。「アラビアのロレンス」
が抱え込んだ背理に疲弊しきってしまう前に、歴史の織り物の随所にタテヨコナナメの亀裂を走らせること。
支援キットとしての世界文学もある。コミュニケーションと創発の回路は、決して閉じられてはいない。



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