隠喩と暗喩の対話
日々の心象を抽象的な言葉で。隠喩のはけ口、いわばポエム。
実質2時間のしゃいんっぷりは眠くてちんでしまいそうだけど平和なだけましだとおもわれる森林公園行きの社内左側にこっくりさんとタッチペン。
爪が痛いのは内出血のため。これは徐々に前進しポロリと取れるのだろうか。そういえばどうやって消えていったのか思い出せない。トレーニングすれば覚えられるのだろうか。
ビーグル犬の雑種が噛み付き遠吠える酸味をかみ締めて逝く者は煌かない。
きっとキンパチのロンゲが黄緑の気取りによってキャラが割れる。
余剰の一日は殺人的でマジ気が狂いそうになりまくりすてぃだぜヘーイ。どんなにだれかさんたちがとやかく言おうとも、今は今なりに今だと跳ね除ける強さを強がりだとしても見せるのが公という。なぜなら、「けん」を「かん」と脳内発声してしまいがちな幼稚な画力で表すには、この世界は便座が冷たすぎるから。
「時が土曜日を闇に葬り去ろうとも」という出だしでファンタジー世界の主人公が切る痰火や見得のように仏陀斬ろうと言葉を選んでも駄目。
ようこそ森林公園へ。またアレっぽい風が吹きまわってしまうのだが、ブッチャーの入場のようにおどろおどろ踊ろう踊るしかなくはない。残念なことに、あるいは、せっかくだけど、そんな枕詞から始まる文脈は、本当に残念だったりせっかくだったりするのだろうか。シータクは疾走する。しかしこのシータクの運転手はあれこれ訊いてこない。このシータクは森へは向かわない。
なんだかんだでなんだかんだ楽しめてるのならそれでよいのではないかよいではないかよくないのかよいのではないか。わしゃしらん。
ラストデイオンジアース。耐震設計は脆弱。気力も減退。やわい筋肉痛とやわい腰痛と慢性的な偏頭痛とワイシャツと埃。睡眠時間は2時間予定。
500円で買ったくじには生々しい皮がへばりついていた。去った沙汰のニ、三日。鈍り押し寄せるのは寒波と看破とカンパと3%。
沸く蟲と悪臭と足の裏と男ドモの嬲り殺しとレスとレス。
今日は何のひっひふっへっほーぅ・・・。ゴミのように時間を浪費して棄てて年月を流して人生を流してナガシのナガレが穢れて腐る。空気に触れることなく手厚く保護されて桃を割ってみたら腐敗した胎児が真っ二つ。蛆虫にゃあ楽園だな。
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