武ニュースDiary


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2004年01月31日(土) 香港のドラマ「富士彩色人生顕真情」

金城武の出演ドラマリストには、なぜか落とされていることが多いのですが、
1995年、金髪時代、TVBSのオムニバスドラマに出ています。
春夏秋冬の4編をイーキン・チェンが狂言回しでつなぐ形で、
イーキン自身も最後の1編に主演。
何しろ広東語だし、字幕ないし、
他の部分はどんな話だか、絵を見て想像するしかないのですが、
武出演部分だけは、どうしても知りたくて、
大分前に、知り合いの知り合いの普通話も解する香港の人に
アルバイトで普通話(北京語)に書き取ってもらいました。

それを日本語で台本のような形に整理したものの、
わかりにくいお話だし、文字だけではどんなものかと
アップするきっかけがないまま、個人的にプリントをおわけするだけでした。
先日、愛ちゃんに機会をいただいて、みなさんにお見せすることができました。
それで、こちらでもリンクしておきます。
映像で見ていない方はわかりづらいかも知れませんが、
ご参考までに。

ところで「Lovers 十面埋伏」、久しぶりに昨日、
進捗状況に関するニュースが数紙に出て、
もう内容はご存知と思いますが、あとで時間がとれましたら、
訳文を記録しておこうと思います。


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BBS 14:00


2004年01月29日(木) 今年の武の仕事

申年の映画界で最もセクシーなのは誰か?――ということで、
28日の中国時報が4人、あげています。
2人の影帝、トニー・レオンとアンディ・ラウのほかは、
�爛▲献�喜劇王�瓩陵世豺發ぅ船礇ΑΕ轡鵐繊爾函�
優れた容姿で多くの女性ファンによだれを垂らさせる金城武。
武が入るのは、台湾の新聞だからということもある気はしますが。

トニーとアンディは現在、中・香・台3地で最も人気のある映画界のキング。
2人とも「無間道」シリーズで、その勢いをますます高めています。
トニーは、カンヌ、香港、台湾と賞を総なめ。
今年はウォン・カーウァイの「2046」でカンヌでまた賞をとるかもしれないと。

アンディは去年、台湾の金馬奨で1票差でトニーに敗れたものの、
今年は金城武と共演の、チャン・イーモウの大作「十面埋伏」が
早くもセンセーションを巻き起こし、
アンディ、武もさらに名を高めるであろうとしたあと、
武についての叙述が――

「ことに、過去にアン・リーの「グリーン・デスティニー」出演の機会を
逸した金城武にとって、この映画への期待はさらに高い。
金城武の今年の仕事の重点は、映画とCMにある。
英・日・中・台湾語を流暢に話すことの出来る彼は、
2004年の映画の契約はすでに一杯で、CMも4本が確定している。
それ以外のものについては、マネージャーがゆっくりと
彼のために選ぶのを待っている状態だ」

チャウ・シンチーが抜けたが、ごめんなさい。
あまりに茫漠としてはおりますが、
一応、今年の武の仕事に言及した記事ということで……。


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BBS   0:20


2004年01月27日(火) ニッキー・ウーと金城武の交友●追記(訂正)

香港のDerrickのサイト(Takeshi Kaneshiro Net)のBBSへの投稿で、
ニッキー・ウーのファンサイトに書かれた、
ニッキーと武の交友についての文章が紹介されていました。
その文章がなかなか泣かせるので、ご紹介してみたくなり――

ニッキー・ウーはご承知の通り、アイドル時代の武とは
よく一緒に映画やテレビに出ていて、仲も良いらしく、
その縁で親近感を覚えるのと、
ビデオをいつも横で見ていた娘が、彼のファンにいつのまにか
なっていたのとで、ひとごとには何となく思えない存在です。

1は、ニッキーの言葉で、日本の雑誌のインタビューで
似たような記事を読んだ記憶があるのですが、こちらの方が少し詳しい。
ニッキーの誕生会の前に、武の台湾での誕生会にニッキーが駆けつけて
参加してくれたということがあって、これはいたく感激した武の
恩返し的出席だったと思います。
過去のDiaryをニッキーで検索してみてください。
志朋は陳志朋。ニッキーの属す3人組小虎隊(台湾の少年隊的存在)のメンバー。
もう1人がスー・ヨウポンです。

2は、2000年の金馬奨のときの話で、このときは総合司会が陶子、
司会を北京語のあまりうまくない香港のスティーブン・フォンと、
当時フーロンに加入してまもないニッキーがコンビで担当した
ということを承知するとわかりやすいでしょう。
ニッキーは今もフーロンなのでしょうか?

ちなみに、武は初めサミー・チェンと組むと言われていましたが、
サミーは歯痛で欠席、それでかどうか、
武が希望して朱延平監督と2人でプレゼンターを務めました。
ネットを探していただければ、
このときのやりとりを紹介してくれているところがあるはずですが、
この少し前、「スペーストラベラーズ」の台湾でのプロモに訪れた武が、
陶子のインタビューに答える中で、
朱延平の作品は「Quolity 不好(質が低い)」と放言して、
陶子を飛び上がらせたということがあったのです。

そのシーンを、この金馬奨で、2人の登場直前にスクリーンで流すという
いたずらな仕掛けの後、登場した武と監督。
発言の真意を説明しろと迫る監督に、武がニッキーを名指しで引っ張り込んで
弁明にこれ務めるという爆笑の一幕がありました。

1.ニッキー・ウーと金城武

金城武との間には特別な感情がある。
志朋が入隊した後、ぼくは初めてのソロルバムをリリースした。
ちょうどそのころ、金城武もデビューアルバムを出したんだ。
そういうこともあって、ぼくたちは仕事場でよく顔を合わせ、
自然に話をするようになった。

香港で仕事をするようになったとき、金城武も香港でがんばっていた。
誰であろうと、全然別の仕事環境に入ってやるときは、
新米としてばかにされるのは免れないと思う。
マスコミのあれやこれやの言い草や、他人がぼくらを見る目にぶつかったとき、
ぼくらはいつも互いに励まし合って、こう言い合った。
「今に見てろ!」。

その間(かん)、2人はよく比べられたが、
ぼく達は本当に良い意味のライバルであって、
相手を悪く言ったことは1度もない。
2人のつきあいはどんなものかって? 
そう、たとえば長いこと離れていたのに、会えばいつまでも話し込む、
そんな友人同士じゃないかな。
こんな友達関係は誰にとっても、なかなか得られないものだと思う。

その後、金城武は1人きりで日本に進出し、1、2年滞在したが、
初めの頃はきっとすごく大変だったに違いないと、ぼくは思ってる。
今、彼が成功したのは、当然のことだよ。
彼がずっとどう努力してきたか、わかっているから、
嫉妬なんかない。祝福の気持ちだけさ。

2.金城武のニッキー・ウーへの好意

1993年のことだ。
23歳のニッキー・ウーは、マスコミ各社が自分のために開いてくれた
誕生会に1人出席した。
金城武もニッキーを祝うために駆けつけた。
良く知った友人の姿は、ニッキーのその年の誕生日を
より心温まるものにしてくれた。

現在の金城武はトップクラスの芸能人と言ってよいが、
かつて一緒にがんばったニッキー・ウーのことは決して忘れない。
2000年の金馬奨授賞式典の折、
金城武の、ニッキー・ウーに対する深い友情が十分に見てとれた。
舞台に登場するゲスト達がみなニッキー・ウーを黙殺していた中、
金城武はニッキーを話題に引っ張り込み、
その夜、後方にひっこんでいた彼になんとか発言の機会を与えた
(もちろん、アドリブだ)。
ユーモアに包んで、どうということない行動に見えるが、
実はこのような配慮があったのだ。
芸能界の現実ではなかなかないことで、
たとえかつて兄弟のように親しんでいた仲間であったとしても、
必ずしも、自分が出世したとき、援助の手を伸べようとは思わないものだ。
(100% Nicholas Wu/奇隆専属版・奇隆與朋友より)

訂正
上の方で、武が朱監督とプレゼンターを務めることになった
いきさつに触れましたが、間違いがありました。
このとき、サミー → 江角マキ子 → 朱監督と、
(前2つは噂段階だったかも知れませんが)推移したと思い込んでいました。
指摘してくださる方あって、当時の新聞を調べましたら、
このとき、サミーはアンディと星光大道を歩いているんですね。

とたんに、2人の服装まで脳裏に浮かんできました!
アンディは白い中国服で評判になったんですよね。
武は黒の洋装で、白と黒の帥哥が、客席に隣り合って
親しげに話している写真が出てました。
そだわ!
私の頭では、完全に↑の図式ができてしまっていたので、
堂々と書いてしまいました。申し訳ありません。m(_ _)m
サミーの歯痛は2002年の金曲奨で、
結局武は誰とも組まず、単独でプレゼンターを務めたわけです。
(そばにいた陶子は、司会者としてで、組んだわけではない)
つつしんで訂正いたします。


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BBS   23:40


2004年01月26日(月) 大スターの特権

久々に小ネタが新聞に。
「スターの特権比べ」と題して、台湾の民生報に、何人かのスターのエピソードが。
トップに金城武の話があります。
他のスターは、ジャッキー・チェン、F4のジェリー・イェンらですが、
武の部分のみ。

********

芸能界のスター達が外に出かけたとき、
どんな礼遇を受けているか、知りたくはないだろうか?

一貫して態度非常に控えめな金城武だが、
最近北京でたいそう豪華な映画「マトリックス・レボルーション」を鑑賞した。
豪華だというわけは、映画会社が彼のために映画館を貸切にし、
観客は彼とマネージャーだけだったからである。
事前にそれを知らなかった金城武は館内に入ってびっくり。
映画会社はただ単に映画に呼んでくれただけで、
まさかファンに騒がれないよう気遣い、
こんな気前のよいもてなしをしてくれるとは予想もしなかったので、
彼は非常に恐縮したという。

そういえば、金城武はワーナーが投資した「向左走、向右走」で
互いによい関係で仕事をしていたのである。
金城武が「十面埋伏」の撮影で北京に詰めていたので、
彼が「マトリックス」がお気に入りなのを知った関係者が、
特にこのような手配をしたもの。
当然、再度の仕事をする機会を望んでいるということだ。

実は、金城武はチャン・イーモウの「十面埋伏」でも厚遇を受けている。
監督はあらかじめ武術指導を日本に派遣し、
彼に1ヵ月間、剣術と拳法をみっちり教え込ませたし、
後のウクライナロケの折は、撮影部隊はみなリゾートホテルに寝起きしたが、
金城武1人だけは、2階建ての小さな木造家屋に泊まっていた。
大スターであること、言を待つまい。
(民生報 2004.1.26)


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BBS  9:15


2004年01月24日(土) 「不夜城」評もう1つ

もう1つ、「不夜城」に関する文章を。
1998年に出た香港の映画雑誌のレビューから。
「不夜城」は、私が初めて映画館で見た武映画。
この映画の造りこまれ方、熱が好きです。

「不夜城」の宣伝がバンバン流れていた頃、
彼を30歳ぐらいだと思ってました。
その少し前(1年前だったですが)の記憶の「Misty」の印象との
あまりの違いに、いつのまに年をとってしまったのだろう、
あの若い顔は一体何年前だったんだろう……と、ひどく混乱した記憶があります。
映画を見るときには、もう実年齢は知っていたわけですが、
全然違和感ありませんでしたね。
ほんのちょっとしたしぐさ、身のこなし、表情、物の言い方、
すべて自然で、若い二枚目の俳優が初めてこうした役をやるときの、
頑張っている感じが微塵もないのに驚嘆しました。
それと、哀しみや悔しさや、感情の動きを表すときの、
少しも「記号」になっていない、奥深い表情にも。

それ以来(ビデオでの「世界の涯てに」の役柄本人としか思えない演技もですが)
俳優・金城武に、私は深い尊敬を抱いていて、
「不夜城」での少し変な日本語のアクセントを
�猖斉匹澂瓩班集修靴浸┿鏥�事を読んだときは、本当にびっくりしたものです。

「不夜城」

香港映画は故国を追われて外国に生きる中国人ものを、ことのほか好んで扱う。
一種の執着にまで達していると言ってもいいくらいである。
リー・チーガイ監督の「不夜城」は、近年珍しい物悲しさを覚えさせる作品だ。

映画は、日本で抜き差しならぬ状況の中国人たちを――
中でも、台湾マフィア、北京マフィア、上海マフィアの3つが対抗して
東京の歌舞伎町で勢力争いを繰り広げる様を描き出し、
「中国人同士が闘う」皮肉な味わいに満ちている。
映画の初めに、金城武が警察の不審尋問を受け、
彼の身分が日本人でも中国人でもないという、
まさに作品中の象徴的人物である事実が語られる。

彼ら在日の中国人たちは、飲茶をし、祭日を祝い、
中国式の生活を、他になすべくなく送っているものの、
もはや中国に帰ろうという熱い思いも衝動もなく、
海外移民の内心の思いが表現される。

金城武と山本未来の役は、1つの対比をなしている。
前者は生きることに投げやりで、何事によらず、気まかせ、
少々愚鈍にさえ見え、敵味方も峻別しない。
後者は1つ1つ意図を持って行動し、
細心に計画しながら事を進め、仲間さえ裏切り、生命力が強く、
にもかかわらず最後は非業の死をとげる、
まさに「せいては事を仕損じる」タイプである。

他の「女が男をだます」映画と同じように、
金城武と山本未来の出会いは「偶然」だ。
映画では、彼が、もし好奇心を起こして彼女の部屋に入ったり、
トランクを開けたりさえしなければ、
それ以後のことは何も起こらなかったかもしれない、と
絶えずフラッシュバックする。
だが、実はすべては早くからしくまれていたのであり、
悪女は、どうやって男の同情と憐憫をとりつけるチャンスをつかむか、
よく承知していたし(もちろん、男の最大の弱点は好色だ)、
潔白を証明するためには、命さえ賭けようとした。
男が何をしようと、
彼女がいったんこうと決めた目的を変えさせることはできないのだ。

もちろん、この映画の重点は、巧妙なストーリー展開にあるのではない。
「不夜城」の中の人物関係が複雑すぎるとか、
プロットが「ああ、こういうことだったのか!」と
膝を打たせるようなものでないと批評することだって可能だ。
しかしながら、映画が我々に伝えてくる最大のものは、こういうことだ
――人はもって生まれた条件の元で、
たとえそれぞれどんなやり方で立ち向かおうとも
(金城武のように成り行き任せであろうと、
山本未来のごとく手段を選ばず、全力で闘おうと)、
結局は宿命を逃れられない――。

人生に生まれ備わった鬱積は、決して解くことができぬものなのだ。
劇中の登場人物たちは、いつも六合彩を買う話をしているが、
だが、これら、落ちぶれてどん底まで流れ着いた人々に
安住の場と幸福をつかませるものは、六合彩には決してなく、
でなければ(山本のように)金を略奪するしかない。

「在日中国人」映画、「不夜城」は、日本人の原作で、日本の資金を使い、
しかし香港と中国の監督・俳優・カメラマンたちを用いて製作された。
映画の製作状況が映画の内容に融け込んでいるのがえも言われない。
(1998 鐘怡泰・文)


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BBS    15:20 


2004年01月21日(水) 推薦!「不夜城」

1998年の武の話をしたので、当時の映画「不夜城」に関する話題を。
ただし、文章は新しいもので、
先日、よそ様で張ってくださっていたURLで飛んだ先、
天極Yeskyという大陸サイト掲載の記事です。
DVDの推薦欄?で「不夜城」について書いています。

推薦 アジア随一のクールなマフィア映画――「不夜城」!

「不夜城」を初めて見たのがいつだったか、
またこれまで何べん繰り返して見たかは記憶にない。
ただ覚えているのは、初めてこの作品を見たとき、
ものすごく興奮し、25分見たところで一時停止して、
気持ちを落ち着かせてから、続きを見たことだ。
以後、ほとんど2週間ごとに見直したものだ。

これはマフィア映画だが、非常に特別なマフィア映画である。
マフィアを美化していないし、おとしめてもいない。
全編を満たしているのは、暴力ではなく、実に冷え冷えとした感情である。
この映画が好きな友人達は、�猜厳櫂泪侫�ア映画�瓩噺討屐�
私もその呼び名に賛成だ。
これは、私が思わず涙ぐんでしまった、唯一のマフィア映画なのだ。

香港のリー・チーガイが招かれて日本で監督し、
香港、台湾、大陸、日本から出演者・スタッフが参集した。
だから、この作品の国籍を言うのは難しく、
アジア映画としか呼べないのである。

音楽と主題歌がすばらしい。
ストーリーラインも、ラストシーンがやや瑕だが、筋道立っている。
名作と言えるだろう。
映画そのものについては多くを語るまい。
ただ一言――クール! とのみ。
私は討論の場で、しばしばこの作品のことを持ち出したものだが、
ほとんど関心を持たれなかった。
この映画を見て好きだという者も、決して多くないようだし、
賞にもめぐまれていない。
私に言わせれば、この映画は、最もないがしろにされているアジア映画だ。
内容ではなく、スタッフと出演者の概要を述べて、
映画のおおよその輪郭を伝えてみようと思う。

スタッフ
原作:馳星周

なんともまあ、変ちくりんな名前だが、日本人である。
わが国のチャウ・シンチーが好きで、こんな名前にしたのだそうだ。
原作は読んでいないし、他の著作についても知らない。
興味のある諸君は調べればわかるだろう。

監督:リー・チーガイ
香港の著名な監督で、東京映画祭で審査委員を務めたことがある。
今年の新作は、スター大集合のお正月映画「魔幻厨房」。

撮影:黄岳泰
映画を見て、すぐ撮影の見事さに注意をひかれた。
特にオープニングの長回しはすごい。
見ながらカメラマンは誰だろうと思ったものだが、
お年を召したベテランとは思わなかった。
香港の一世代上の映画人で、有名な監督でもある。
今年、彼についてみなもっと詳しくなるはずだ。

主題歌:B’z(The Wild Wind)
日本の音楽好きのみなさんなら、きっとよく知っているはず。
この歌は一言で言って、最高!

キャスト
劉健一:金城武

中国残留孤児の日本人を演ずる(注:これは誤り)。
彼自身の境遇に非常によく符合してている。
めったにない優れた容貌をしているが、容姿に頼る俳優ではない。
この映画が出色の出来である大きな原因は、
金城武の演技が出色だからだ。
私は彼が好きだ。「不夜城」と「恋する惑星」のゆえに。

佐藤夏美:山本未来
日本人女優で、私はあまり知らない。
ジャッキー・チェンの「Who Am I?」に出ていた,あの女優である。
この作品での演技はとても素晴らしく、悪女を生き生きと演じている。

楊偉民:ラン・シャン
アン・リーのパートナー。
日本の台湾マフィアのボスであり、健一の義父。
上品でがんこなおじいさんから、老獪なマフィアの頭目、
さらには猜疑心の強い王様まで、こなせないものはない。
彼の演技については言うことなし。

元成貴:エリック・ツァン
香港の大スター。この俳優について多くを語る必要はないが、
今回の彼の演技は今日の「無間道」に及ばない。
当時の彼の顔は役柄に対して明らかに若すぎるし、
また誇張された演技で、コメディーのパターン化演技を脱し切れていない。

黄秀紅:キャシー・チャウ
映画では元成貴の愛人で、健一や元の手下とも怪しい関係の女を演ずる。
本作での演技は凡庸。やはりテレビドラマ風の演技で、
役柄もそれほど重くないため、顔見世出演の嫌いがある。

ツイフー:修健
北京の俳優。中国の著名な老芸術家の子息。
映画での演技は非常に印象的。
北京マフィアのボス役で、生粋の北京なまりを話し、傍若無人さは圧巻。
�犹┝錣甅瓩箸いΓ格源�が彼の口から吐かれると――ぞくっとする! 
出番は少ないが、出色の演技で、作品を引き締めていると言えるだろう。
(2004.1.3)


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BBS    22:50


2004年01月19日(月) アニタの役はどうなった?(十面埋伏)

クランク・アップ後、大陸の「十面埋伏・Lovers」 情報も一段落、
ポツポツと出てくる程度ですね。
アニタ亡き後の脚本の改変に関する記事が成都晩報に。

「十面埋伏」アニタの役は脇役に

アニタ・ムイが世を去って後、
チャン・イーモウはアニタ・ムイが演じるはずだった役を
削除したというニュースが流れた。
しかし、記者が昨日、「十面埋伏」製作部の内部の人間から得た情報によると、
この役は削除されておらず、ただ、主役から脇役に変わっただけだという。

知られているように、アニタ・ムイが亡くなる前、
引退して長いブリジット・リンを代役にあてることが検討されたことがある。
しかし、アニタは突然病気で亡くなったため、
大スターと言われる人たちは、この残された役には乗り気ではなかった。
それは、1つには、アニタの死でこの役を得たのだと言われることを、
もう1つには、アニタと比較されることを恐れたからだ。
そして製作部にとって最も頭の痛かったのは、
アニタの役は、物語の全局面を左右する重要なもので、
完全になくすのは無理だったということだ。

製作部は最終的に、この役を主役から脇役に変更し、
その人物の身分や名前は変えず、ただ、多くの部分を
金城武、アンディ・ラウ、さらには宋丹丹にふりわけることに決定した。
また、スター達がこの役を敬遠しているという気まずさを解決するため、
緊急に内地のあまり名を知られていない女優にアニタの役を依頼したのだった。

現在、ポストプロダクションの最中であるこの作品は、
カンヌ映画祭にねらいを定めている。
公開は9月の予定。
(2004.1.19)


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BBS    23:05 


2004年01月18日(日) 1998年の金城武(星SHOW)

4ヶ月に渡る撮影を無事終了した金城武。
ファンは、早くも次作は? と考えてしまいますが、
ゆっくりしたいかもしれませんね。

日本でブレイクした1998年の金城武は非常に疲れていたようです。
いくら若いとはいえ、97年に何本も映画を撮った後、
寒い日本で「不夜城」の撮影、年明けにクランクアップすると、
プラダの広告でイタリアへ。
その前にJAAも撮っていたはず。
アメリカで映画の講座に行ったのもこの頃?
帰ってきて3ヶ月間、慣れない現場でドラマ出演。CMもいっぱい出てましたよね?
でも、オフの写真では、気持ちよい笑顔の彼しか
思い出せないんですけど――
日本での仕事が一段落した当時の台湾の芸能雑誌の記事です(月号不詳)。

金城武、年末まで消えることに決めた!

長期間の精神的プレッシャーに、金城武はとうとう耐えられなくなった!
天秤座の彼は、25歳の誕生日当日、こらえきれず、
沖縄から、マネージャーのヤウ・イージュンに電話をかけてきてこう言った。
「ぼくの誕生日の願いを聞いて! 年末まで消えさせてほしい」
そのため、ヤウ・イージュンは急いで次の映画のスケジュールを延ばしたり、
他の人間に変えたりといった手配を行なった。
というのも、彼女もまた、金城武に休暇をとらせてやりたいと思っていたからだが、
それはこの後更に長い道のりを進んでいけるようにするためだった。

人気が頂点に達しても、金城武の性格は以前と変わらずシンプルで、
ヤウ・イージュンの語るごとく、
「彼はお金にはあまり関心がなく、まして仕事中毒でもない。
ずっと願っているのは、本当に好きなことのできる、
自分だけの空間が欲しいということ」である。
金城武のしたいこととは何ぞや? 
脚本を書く、歌詞をつくる、バイオリンを買って家で練習する
、監督になる夢、チベットを旅する夢……
�爐舛腓辰塙佑┐討澆覘瓩世韻如�彼の願いは800をくだらない。

「神様、もう少しだけ」に出演していたとき、金城武の体調は非常に悪くなり、
長期にわたる疲労に加えて、高熱がなかなか下がらなかった。
それで、クランクアップすると即刻、台湾に�狷┐沖甬△蝓�休みを過ごしたのである。
公の人物は、まことに苦労のあるもののようだ。
(星SHOW 1998)


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BBS    23:25 


2004年01月17日(土) デビュー前夜の金城武(画像)

デビューアルバム「分手的夜裡」レコーディング中の
武と陳昇(ボビー・チェン)。
いただきものの画像です。

     重くてもいいという方はもう1つ(Click!)


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BBS 21:25


2004年01月16日(金) チェ・ジウとの共演話・続報

先日(1月8、9日分参照)伝えられた韓国の女優崔智友(チェ・ジウ)との共演話、
新しい記事を2紙に見つけました。
チェ・ジウ本人の話として出ていますが……
まだ確定した話ではないようです。
どうなるのか、もう少し、情報を待ってみたいと思います。

りんご日報(2004.1.16)
韓国の「漢城体育(ソウル・スポーツ?)」紙の報道によると、
韓国のスター女優チェ・ジウが、最近香港のある映画会社から、
10億ウォン(約650万香港ドル)で、
日本の名作「ラブレター」に似た恋愛映画「下雪ロ巴」への出演を依頼された。
だが、チェ・ジウの方では金城武を相手役にと希望し、
そうでなければ出演は望まないという。

記事では、チェ・ジウはこの映画に非常に興味を持っており、
2ヶ月間の北海道での撮影にも行ってみたいという。
しかし、相手役の男優にふさわしいのは金城武だけだと考えており、
もうそうでなければ、むしろ出演は辞退したいとのことだ。
この作品は、主人公の男性が異母妹をたずねて日本にやってくる。
偶然妹の親友のチェ・ジウに出会うが、
チェ・ジウは彼の妹が既に亡くなっていることを告げられず、
妹になりすますという物語である。

太陽報
先にチェ・ジウは、中国香港合作映画に出演することになり、
共演は金城武であることを明らかにしたが、
最近、彼女が韓国のマスコミに明かしたところでは、
この映画に出演するのは高額な報酬のためでは全く無く、
受けた理由は、なんと金城武と会えるからだという。

チェ・ジウは本気で、こう語った。
「私は金城武はこの映画にぴったりだと思います。
もし彼が受けないのなら、私は出ません」
現在、チェ・ジウはまだ正式な契約はしていないが、
もし、すべて順調に行けば、韓国ドラマ「天国の階段」の撮影が終了後、
3月ごろにクランク・インすることになる。
北海道で撮影を行い、2ヶ月間で撮影終了の予定。


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BBS    10:35 


2004年01月15日(木) 「十面埋伏・Lovers」昨夜クランク・アップ●記事追加

昨日ニュースが言われていた通り、昨夜6時に全撮影を終了したそうです。
やっとほっとしました。

「十面埋伏」クランク・アップ
チャン・イーモウと主演者ら160人で祝う
  14:30

「OK!」
金城武とアンディ・ラウの智勇を尽くした闘いのシーンが終わると、
チャン・イーモウは、高く手を掲げた。
武侠大作「十面埋伏」の、秋冬125日間にわたった困難と緊張に満ちた撮影は、
昨夜6時、北京映画制作所のスタジオで幕を閉じた。
撮影中は�爛泪好灰澆砲茲訶雹�事件�瓩筬犹誉遒任遼織泪好灰澆竜�者殴打告訴事件�瓩覆鼻�
不愉快なごたごたも起こった。
なかでも主演予定であった女優アニタ・ムイの病没による
脚本書き換えは大きな出来事であったが、
それでも、全体としては影響を受けずに済んだ。

ほっとした表情の張偉平は、にこやかに記者に向かって言った。
「今イーモウと電話で話したところです。
彼は、撮影は非常にうまく行った、素材は豊富にあり、
これからの編集作業のために良い基礎が準備できた、と言っていました」

その晩8時、監督のチャン・イーモウ、プロデューサーの張偉平、
そして三大主役の金城武、アンディ・ラウ、チャン・ツーイーら
スタッフ、出演者160人余りは、
北京亮馬河ビルディングで催された盛大なクランク・アップ式典に出席し、
撮影終了祝いのテーブルを共にした。

張偉平によると、チャン・イーモウは今日から第一段階の編集に入り、
春節の後、すぐオーストラリアに飛ぶ。
ポストプロダクションはすべて、かつて多くのハリウッド大作や
「英雄」の編集が行われたスタジオで、3ヶ月をかけて行うという。
(北京青年報 2004.1.15)


もう1つ、別の新聞。
微妙に違っている部分もありますが。

「十面埋伏」昨日クランクアップ
盛大な宴会で�牘冤梱瓩燭舛鬚佑�らう
16:00

昨日午後、「十面埋伏」は北京撮影所のスタジオ内で、
最後のシーンの撮影を完了した。
その晩、亮馬河ホテルで盛大な宴会が開かれ、
100名を越すスタッフと、チャン・イーモウ、全出演者が出席して祝ったが、
マスコミは参加していない。

チャン・イーモウは、「英雄」に続く武侠大作「十面埋伏」を
5ヶ月近くをかけて撮影、昨日午後、北京撮影所でクランク・アップした。
昨夜は、2人のプロデューサー、張偉平と江志強がわざわざ駆けつけ、
監督チャン・イーモウと全てのスタッフの成功を祝った。
張偉平によると、撮影隊は四川から北京に戻ってからは
大変順調に撮影を続け、予定の10日間より早く7日で完了した。
アンディ・ラウは、香港でアニタ・ムイ関係のことを終わらせるとすぐ北京に行き、
最後のシーンを撮った。

映画は現在第一段階の編集に入っており、その一部を初めて見た江志強は、
「チャン・イーモウの智恵は実に深い。
『十面埋伏』は『英雄』よりもっといいよ!」と感に堪えて言った。
また聞くところによると、広電部部長趙実は、先頃オーストラリアに
映画制作に関する視察に訪れたが、
現地の最も著名な編集スタジオで、
思いがけず「十面埋伏」のフィルムの一部を見、
帰国後全国映画製作会議の席上で、大いに賞賛したという。

チャン・イーモウ監督はまもなくオーストラリアに渡り、
ポストプロダクションを完成させる。
製作会社はカンヌ映画祭への参加に間に合わせることも考えているという。
「英雄」の成功のおかげで、「十面埋伏」は公開前から、
すでに多数の映像製作会社から版権の引き合いが張偉平のもとに来ている。
張偉平は、その折には公開競争方式をとるだろうと話している。
(南方都市報 2004.1.15)


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BBS 


2004年01月14日(水) 「十面埋伏・Lovers」、今日クランクアップ予定

予定、って、もう夜だから、終わったかどうかどこかでわかるかな……
この数日、めだったニュースがなく、便りの無いのはよい便り、の気分でしたが、
こんなニュースだと、日本語に直すのもウキウキします。

アンディ・ラウ、悲しみをこらえ、クランクアップ

アンディ・ラウは、一昨日アニタ・ムイの葬礼参加を終え、
その夜、北京に向かい、チャン・イーモウの「十面埋伏」の撮影に入った。
映画は今日、クランクアップの予定である。
この映画は長期簡に渡って撮影を行い、撮影地もウクライナから北京まで及んだ。
その間には、出演を予定されていたアニタ・ムイがガンでなくなるという不幸な事件もあり、
アンディをはじめ、撮影隊すべての心境に大きな影響を与えた。

が、「十面埋伏」の撮影は、旧暦正月前のクランクアップを目指して、急ピッチで進められており、
荷物をすっかりまとめて帰宅しての新年を迎えられるということで、
チャン・ツーイーと金城武の心も軽い。
2人は全く未知の間柄から、何でも話す親友になり、コンピューターゲームで交友を深めた。
撮影のないとき、初めはチャン・ツーイーは金城武がゲームをやるのをいつも見ていたのだが、
ずっと見ているうちに覚えてしまい、一緒にやるだけでなく、
撮影班が差し入れてくれたローストダックを一緒に食べたりした。

金城武、年越しは台湾で
北京での撮影中、2人とも王府井(ワンフージン)などに出かける暇はなかったが、
撮影所で飲んだり食べたりできたので、十分満足だった。
また、金城武とチャン・ツーイーの撮影中の怪我は、もうすっかり傷口がふさがり、
撮影終了は最高のお祝いといえる。
金城武は、今年はぜひとも台湾に帰って新年を迎えたい意向だが、
ただし、彼の髪は数ヶ月の間切っていないので、今では背中にまで届き、
ファンは後ろから見たら誰だかわからないかもしれない。
(台湾りんご日報 2003.1.14)

王府井は、中国語テキストの例文に良く出てくる、北京の賑やかな通りですね。


投票所 ←えっ! 逆転!? なんだか混んでる

BBS    21:35


2004年01月13日(火) 「Lovers」予告編放映・上映始まる

11日、永川での撮影を終え、北京に移動した「十面埋伏=Lovers」撮影部隊。
チャン・イーモウは、昨日から、金城武、チャン・ツーイーらと
撮影を開始したそうです。(民生報)

日本では一足先に予告が始まり、ひょっとしたら日本でプレミア……
なんてことはないか?


投票所 接戦中〜

BBS 9:30


2004年01月12日(月) デビュー前夜の金城武��

金城武は1つの例にすぎない��

陳昇(ボビー・チェン)はこんなふうに心を動かされるものを感じたので、
金城武が芸能界でずっと活動できることを願い、
喜んで参加し、この若者と一緒に仕事をしていこうと思った。
幸い、レコード会社はアルバムを出す期限については何も言わなかったので、
プレッシャーのない状態で、準備に1年余りをかけた。
そしてこの1年余りの間に、金城武は非常によい勉強の機会と
成長の場を与えられたのだった。

金城武は、ふだん仕事がないときはいつも「新楽団」にいて、
使い走りをしたり、雑用を手伝ったりしていた。
まるで他の職業での修業と同じように、�狠�稚�瓩�ら始め、
陳昇や黄連��との間に、一種の固い師弟関係を育んでいった。
陳昇は、みんな金城武をアニキと呼んでいると言った。
アニキとは「老大(ラオダー、長男)」の意味である。
金城武という少年は、実際、大変面白い人間だったからだ。
人々は彼には素質があると気づいた。
非常に高く評価される創造力だ。
この、音楽を全く知らなかった男は、ギターを弾き、ピアノを奏で、
さらには自分で作曲までするようになった。

今回、彼らは能力の限りを尽くし、どんなアイドル歌手たちとも違う製作方法をとった。
陳昇は、台湾のこの年頃の少年の、
あの、まだ無知でもあり、力もある状況を活写してみせた。
10代の若者なら、必ず世界とは何ぞやを追求するわけではない。
自分の感情や生活が彼らには1番重要なのだ。
本当に大きな現実にぶつからないうちは、
たとえ失敗しても、避けられない挫折として真剣にぶつかっていくだろう。

それゆえ、このアルバムでは、やはり愛について語らねばならないし、
少年の心をきちんと描き出さねばならない。
歌詞には今の若者の生活のあらましが、
学校や家庭から若者達の活動空間まで、
北京語から台湾語まで、適切に表現されていた。

陳昇の考えでは、CDは社会の公器であり、
どのCDにもそれを出した責任があるのだった。
彼らがレコード会社を一番悩ませたのは、
商業的ブランドからはみ出したやり方をすることだった。
というのも、彼らは、今流行しているものとは別に、
潜在的な流行というものが存在しうると考えていたからだ。
だから、今回、このアルバムで起用された、黄韻玲や李正帆のような編曲者は
今日最も理想主義的な色彩を持った音楽スタッフで、
その1人、韓美強はまだ芸術学院在学中だった。
彼らは金城武の感覚に合わせて仕事を進め、
決していわゆる通俗的流行に迎合しなかった。

レコーディングでは、金城武は同じ歌を1回1回通して繰り返し歌った。
今の歌手が、録音室で1節1節いい部分を切ってつないで
作り上げるようなやり方はとらず、
飾らない本物の効果を期待したのである。
というのも、陳昇は、金城武はそれをやれる歌手であり、
非常によく歌えると見ていたからである。
もしも金城武をどうしても「アイドル」として見るなら、
この少年は非常によい条件を備えているというに過ぎない。
その才能の部分を見落とさせてしまえる顔を生まれもっているのだから。

金城武は、まだ19にもならず、今年の夏、正式に芸能界にデビューする。
その時が来るまでは、彼はまだ1人の普通の男であり、
所属事務所の采配のもと、スケジュール通りに歌のレッスンをし、
ダンスの訓練を受け、自己をきたえ、
未来のすべてに向けて準備を終えようとしている。   (完)


投票所   ←2位ますます迫る!

BBS    22:35 


2004年01月11日(日) デビュー前夜の金城武��

金城武の歌手デビュー――つまり、芸能界への本格的デビューの直前に
台湾の雑誌に載った「金城武は1つの例にすぎない」と題する記事があります。
誌名は不詳なのですが、
人気が出た後から書かれたものではない、ということが貴重なので、
ご紹介してみます。1992年の前半でしょう。
多分3回で。

********

ここでは、金城武はほんの1つの例である。
身長178センチ、体重65キロ、1973年生まれ、19歳にもならず、
十分な若さと十分な長身の外形はこの芸能界でやっていくことができる。
彼は3年前「奇異果香檳汽水」のCMで見出され、
その後、何本かCMを撮っている。
CDを出すのは、綿密に計画された彼の芸能人生の
正式なスタートというににすぎない。

その外形、美貌から、彼がいわゆるアイドル歌手として
位置づけられるのは避けられない。
金城武の所属事務所は、彼を世間一般の流行歌手にはしたくないと考えて、
良いスタートが切れるようにと、
陳昇(ボビー・チェン)と仲間の黄連��が所属する「新楽団」に声をかけ、
この少年の初めてのアルバムのプロデューサーになってくれるよう頼んだ。

アルバムの録音中、陳昇は私に、
金城武のプロデューサーを引き受けた主な理由は、
この少年に、彼の心を揺さぶるような特質を
多く見出したからだと語った。

金城武は非常に聡明で、敏感でもあり、彼自身、
いわゆるアイドルにはなりたいと思っていなかったし、
流れ星のように瞬間だけきらめいて消えたくもなかった。
彼は典型的な今の台湾少年で、言いたいことをいっぱい持ち、
意見も自分なりの考え方もたくさんあった。
ただ、表現の仕方を知らないだけだった。

その年頃のこと、そのような青春に覚える感動は、
陳昇自身、かつて経験したことだったが、すでに記憶から去り始めていた。
だから、陳昇はこの少年が、心の内を語り、
この時代の若者の発想を伝えるのを手助けしてやり、
そのことで、彼を、自身が経験した
往時の記憶を補うものとしたいと思ったのである。
(続く)


投票所 ←あらら、またピンチ!

BBS    14:00 


2004年01月10日(土) 「十面埋伏」とアニタ・ムイ�◆平景酵鑛鵝�

武がほとんど姿を現さないこともあってか、怪我が悪化したと、
またニュースが出ているようです。
しかし、かつて出されたというフーロンのマネジャーのコメントに信を置くなら、
こう言うしかありません。
「無い傷は再発しない」

とにかく月末にはクランク・アップすると言っているのですから、
多少の揺れはあれ、あとわずか。
静かに待つしかないのじゃないでしょうか。

アニタと「十面埋伏」の記事、2回目で完結です。

***********

病気になって、彼女はにこやかに尋ねた。
「あなた方はそれでも私を使いますか」


けれども、世の事は予測できないものだ。
2003年9月5日、アニタ・ムイは記者会見を開き、
自分が子宮頸ガンにかかっていることを公表した。
ニュースは「十面埋伏」製作部に届き、みな不意打ちを食らった思いだった。
すぐアニタ・ムイが自ら電話をかけてきた。
「病気がガンだということはわかっています。
みなさんは、それでも私を使いますか?
今の健康状態はまだ大丈夫ですが、この病気はけっこう厄介です。
気になりはしませんか?」

張偉平は答えた。「がんばれると思いますか?」
アニタ・ムイはちょっと笑って、「できると思います」と答えた。
チャン・イーモウと江志強は、代役は全く考えない、最後までアニタ・ムイを待つと表明。
その間、アニタのマネジャーは製作部と密に連絡を取り合い、
アニタの病状は一定しないが、「十面埋伏」出演には十分自信を持っていると伝えてきた。

歓迎記者会見キャンセル

アニタ・ムイの体調を考えて、「十面埋伏」の彼女の出番は、
すべて北京と永川で撮影するよう手配された。
張偉平は2003年12月8日に北京でアニタのために、
盛大な参加歓迎式典を挙行することを決めた。
マスコミへの招待状は全て印刷し終わっていた。
ところが12月5日、張偉平は突然記者発表会を中止した。

当時明らかにされた理由は、撮影計画の変更だった。
しかし、数日前、記者がインタビューしたとき、張偉平は率直にこう語ったのだ。
「それは、表向きの理由ですよ。
本当はアニタ・ムイのマネジャーが電話で、
アニタは日本でのCM撮影から帰ってきてから、調子は最良とは言いがたく、
少し休息が必要だと言ってきた。
私達はマスコミを騒がしたくなかったから、原因をそう言うしかなかったんです」

張偉平は、「十面埋伏」はずっとマスコミをシャットアウトしてきたのに、
大げさな歓迎式をやろうとした理由は、アニタを喜ばせたかったからだと話す。
「マスコミが書き立てる出演辞退の記事は、
アニタの大きなプレッシャーになっていました。
彼女はにぎやかなのが好きな人でしたから、私はにぎやかな雰囲気を造って、
彼女に病魔に打ち勝つという自信を強めてほしかったのです」

悪い事態の予感

記者会見中止後も、製作部はなお、アニタ・ムイの一刻も早い回復を待ち望んでいた。
2003年12月中旬、張偉平は「十面埋伏」関連の仕事で日本に行った後、
すぐ香港に向かい、アニタ・ムイを見舞ったが、会うことはできなかった。
マネジャーが、アニタ・ムイの体調は最良ではなく、
面会はできないと話したと、張偉平は言う。
製作部は、すでに状況はあまり良くないかもしれないと感じていたが、
マスコミには依然として、アニタは辞退しておらず、待っている最中だと言い続けた。
「今になってみると、それはひそかな励ましと、望みであったのですね」
と、張偉平は言う。
12月24日、張偉平は電話をかけ、
アニタにクリスマス・イブの祝いを伝えたいと告げたが、
マネジャーは、アニタは病院で治療中であり、電話に出るのは難しいと答えた。

永川で、協和病院1番の医師を頼む

2004年1月6日、永川、アニタ・ムイ参加の予定日。
アニタがスムーズに撮影班に加われるよう、
張偉平は協和病院の医師を特別に頼み、
専任の調理師をそろえ、チャーター機を準備した。
チャン・イーモウも、アニタのために、
撮影が終わった後の控えのじゅうたんや居心地のよい場所を用意し、
アクション演技の際のスタントも決定した。
永川竹海はかなり寒いので、彼女の部屋は特に南向きを用意した。

2003年12月30日、永川。
アニタ・ムイ死去のニュースが撮影班中を駆けめぐった。
チャン・イーモウの提案で、撮影隊は仕事の初めに3分間の黙祷をアニタに捧げた。
その後、誰が代役となるのかが注目の的となった。
張偉平は、確かに代役を検討した、と話す。
だが、最終的に、アニタの「十面埋伏」中の役は、代役をおかず、
チャン・イーモウ監督が責任をもって脚本構成と進行の調整にあたり、
そのことで、この優れた芸能人への敬意を表すことに決まったのだった。
(新聞晨報 1004.1.5)


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BBS  1:55


2004年01月09日(金) 韓国女優との共演話・追加

昨日の韓国女優との共演の話は、女優の事務所から出たもののようです。
こういう段階で公になるものに、武が出るのかな〜という感じもあり、
事務所側の宣伝の匂いもしますが、
(たとえボツになったとしても、中国の映画会社が高ギャラで、
人気俳優の金城武を相手役にすえて交渉してくる、という話は
それだけでイメージアップですから)
今まで仕事としてはCMしかしていない韓国が,
新しいフィールドであるのは確かだし、
報道する各紙も、実現しても楽しい「話題」としてとりあげているのかもしれません。

一応、今日の大成報が、昨日は「未定」とあったタイトルも書かれて、
ほんの少し詳しいので。

********

チェ・ジウの事務所が明かしたところによると、
大陸のある映画会社が3000万台湾ドルを越える出演報酬で、
チェ・ジウに金城武との共演映画をオファーしてきたという。
映画会社はすでに韓国に向けて発ち、チェ・ジウの事務所と直接、委細を交渉する。
チェ・ジウが出演した中韓合作のドラマシリーズ「101回のプロポーズ」での
チェ・ジウの演技に監督は非常に満足し、
再び彼女に新作映画「漢城(ソウル)恋歌」への出演を依頼してきたものだ。

国境を越えた合作はすでに芸能界の潮流となっている。
韓国ドラマが日本で市場開拓を果たした後、
多くの韓国スターも、日本への進出を自身の芸能キャリア発展の新しい道とみなしている。
金城武は、その、台湾と日本の混血で多言語を話せるという魅力により日本市場に進出、
今も、彼の出演する携帯電話のCMは、流行の先端を行く。
彼が主役を務める映画「十面埋伏」は、昨年末、
日本のマスコミにより、2004年最も期待される作品とされ、
2大話題作として、木村拓哉参加の「2046」と並び称された。

近年、金城武は出演作の質を優先しているため、
日本での露出ははCMが主で、
最近では黒木瞳と共演したドラマ「ゴールデンボウル」があるのみ。
もし、本当にチェ・ジウとの映画での共演が実現するなら、
かつて、CMで韓国にブームを起こした金城武は、
中華圏、日本、そして韓国市場を股にかける、
国際スターの魅力を再び発揮することになるだろう。
(大成報 2004.1.9)


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BBS    10:10 


2004年01月08日(木) 金城武、韓国のチェ・ジウと共演?

東方日報と明報が短く伝えています。

ドラマ「冬のソナタ」で人気の韓国の女優・崔智友(チェ・ジウ)に
中国の映画会社が新作(タイトル未定)への出演を交渉中、
相手役にはすでに金城武が確定している――とか。

韓国関係のニュースは、確定したかのような記事のものでも、
これまですべて空振りに終わっているので、一情報として。
この2つの新聞はそんなにいい加減ではないと思いますが、
直接取材ではないようですし、見守りたいと思います。


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BBS  9:10


2004年01月07日(水) 「十面埋伏」とアニタ・ムイ� 平景酵鑛鵝�

大陸の新聞によると、アンディ・ラウは7日に永川に行き、
10日まで撮影を行なって、アニタの葬儀のため、香港に戻ると言われています。

11日頃、永川での撮影を終了、その後、再び北京に戻って、
セットでの室内部分を撮影、月末にはクランク・アップというスケジュールになりそうです。

ところで、亡くなったアニタ・ムイですが、
これまでの新聞ニュースだけを見ていると、
なぜ、重い病気のアニタがずるずると出演を辞退せず、
その結果、撮影は遅れ、脚本の書き直しを招くことになったのか――
このような影響をこうむっても、
なぜチャン・イーモウは、アニタをそこまで大切に扱うのか――
アニタが優れた女優だったとしても、今ひとつわかりにくいように思います。

一昨日(1月5日)の中国の晨報に、アニタ・ムイとこの映画との
そもそもの関わりからをまとめた記事が載りました。
多少とも理解を深めるために、ご紹介してみます。
長いので、2回に分けます(もしかしたら3回)。

なお、アニタの好きな歌手は西城秀樹と、先日のプロフィールにありましたが、
少女の頃は、香港のファンクラブの会長を務めていたそうです。
(8日の↓の西城秀樹の言葉によると、副会長)
明日のりんご日報に、西城秀樹がアニタのために追悼のコメントを寄せると、
アジアン・ドロップスのメールマガジンにありました。

私は病気です。それでも私を使いますか

アニタ・ムイは、「十面埋伏」に登場できずに終わった。
この、チャン・イーモウ監督、アンディ・ラウ、金城武、
チャン・ツーイー主演による武侠大作は、
アニタ・ムイを失って、埋めることの出来ない無念を残した。

アニタ・ムイは命の最後の時間に、最後の気力をふりしぼり、
大切な歌と映画のファンに、
自分の芸術の思い出を少しでも多く残したいと必死だった。
彼女は一度ならず、「十面埋伏」に参加する決心を明らかにし、
チャン・イーモウも、2004年1月6日を――つまり明日だが、
アニタが撮影に加わる日と決めていた。
だが、今はただ、人の生死ははかりがたいという現実を見つめるしかない。
記者は先日、プロデューサーの張偉平とメインスタッフに独占取材を行い、
アニタ・ムイと「十面埋伏」との、5つの思い出の真相をたどることを通じて、
アニタの最後の日々の、渾身の努力と、執念と勇気とを偲んだのである。

事の起こりはチャン・イーモウが「ルージュ」を好きだったこと

2002年の末、チャン・イーモウの、
興行成績2億をたたき出した「英雄」がまさに上映中だったころ、
「十面埋伏」の脚本はすでに準備が進められていた。
出演者には、香港・台湾の大スターを起用したい意向があり、
雑談のとき、チャン・イーモウがアニタ・ムイの名を出したのである。
張偉平の回想によると、
チャン・イーモウはアニタ・ムイの出演作「ルージュ」を非常に気に入っており、
またアニタ本人の仕事に取り組む真摯な態度は
芸能界の誰もが賛嘆するところだったので、
「チャン・イーモウは早くからアニタ・ムイと仕事をしたいと思っていた」
という。

2003年の初めになって、脚本の基本が出来上がり、
その中の、旅芸人の世界で高い地位を占める�狢膂晃罩瓩量鬚蓮�
出演部分はチャン・ツーイー、アンディ・ラウ、金城武ほど多くはないが、
ストーリー展開のばねとなり、「カギ」を提示する役割を持っていた。
チャン・イーモウは、アニタ・ムイは、毅然として、
勇敢で人の上に立つという気質にぴったりだと考えた。
最終的に、香港のプロデューサー江志強と相談し、
スケジュールなどについて確認した上で、アニタ・ムイが最終的に選ばれた。

対面。報酬は意に介さず

2003年の3月頃、チャン・イーモウと張偉平、江志強の3人は、
香港のシャングリラホテルで、初めてアニタ・ムイに会った。
張偉平は回想する。
このとき、アニタ・ムイは誰も連れず、
白のジーンズに白いシャツという服装で、1人でやってきた。

「全然スターぶったところがありませんでした。
江志強が私達を紹介すると、アニタ・ムイはあわててチャン・イーモウと握手し、
『よく存じています。あなたの作品は素晴らしくて、私は大好きです』と言いました」
張偉平は、そう語る。
「よけいなあいさつは抜きで、アニタ・ムイは、
先に大事な仕事を片付けましょうと言いました。
そこで、私達は脚本の話に入り、アニタは監督に自分の考えを伝えました。
役柄にはほぼ満足ということで、彼女は『十面埋伏』への出演を即答し、
出演報酬や待遇については、全然気にしませんでした」

交渉が成立した後、4人はホテルのレストランで夕食をとった。
アニタは少ししか食べず、よく話したと、張偉平は言う。

「彼女は、天性楽観的で明るいタイプで、他人によく心を開く人でした。
食事の席で、私達は香港の芸能界のことについてかなり話をしましたが、
アニタ・ムイは他の人のプライバシーに注意を払い、
人の品定めもせず、批評はいつも良い面を見ようとするものでした」

映画の製作部がアニタ・ムイと2度目に香港で会ったのは、
新型肺炎の流行していた時期のことだ。
このときは、チャン・イーモウと江志強の2人だけだった。

戻ってきて、2人は張偉平に語った。、
アニタ・ムイはレスリー・チャンの死で非常に憔悴している、
だが、それでもまるで勇士のように、芸能界を団結させ、
「1:99音楽会」(5月25日。新型肺炎SARSで親を失った子どもの
育英資金募集のためのチャリティ・コンサート)を
先頭に立って開催させたのだ、と。
チャン・イーモウは「断固とした闘士」という言葉で、
当時のアニタ・ムイを形容した。
そして、彼女が出演する「十面埋伏」の、
最終的詳細が基本的に確定した。   (続く)


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BBS  22:40


2004年01月05日(月) 「只要妳和我」の頃

歌手時代の話です。
以前紹介した文章にもあった通り、
陳昇というプロデューサーを得た金城武のデビューアルバムは、
台湾語の歌や、武自身の自作曲を含む、意欲的なものでした。
しかし、2作目「只要妳和我」には日本のヒット曲のカバーが収録され、
続いて「温柔超人」と、アイドル路線に傾いていきます。

その頃の雑誌記事から(ただし出典不詳)、
陳昇によって歌の面白さに目覚め、
歌手としてがんばっていた彼の姿がかいま見えます。
中に出てくるBEYOND(ビヨンド)は、香港のグループ。
彼らと交友を結んでいたことも、以前ご紹介した中にありました。
検索をかけてみてください。

*********

金城武歌う「只要妳和我」は日本のグループ、米米クラブの作品の編曲である。
ということは、陳昇(ボビー・チェン)と彼が強調してきた、
オリジナル曲、カバーはやらないという方針を、自ら破るものではないのだろうか?

「これはレコード会社と年代の要求なんです。
ボビーとぼくは当然、絶対やりたくありませんでした。
ボビーのアーティストかたぎからしたら、これは余計に受け入れられないことだったし。
それで、ぼくらは最後に、こうすればいいんじゃないかと思いついたんです。
つまり、この歌を普通のデモテープにしちゃうってこと。
そして、非の打ちどころのない編曲と演奏で、必ず原曲を越えようと決めたんですよ。
その結果、ファンの熱烈な反響を得て、成功することができました」

金城武と陳昇は、「好朋友」という歌を共作している。
これは、初めは恋の歌だったという。
ところが陳昇が、友情賛歌に変えてしまった。

「ぼくはボビーに対し、ほとんど頭に来てたんですよ。
ぼくが香港で映画の撮影に行っているすきに、
何にも言わずに歌詞を変えてしまったって。
レコーディングのときになって初めて知って、彼に強く言いましたよ。
「ぼくの作品は使うのやめましょう。
なんで歌詞をまったく別物に変えちゃったんですか」って。

ボビーはそれを聞いてひどく腹を立て、どなりました。
「この歌は、俺と、黄連��と君とで一緒に創り上げたものだ。
こんなことはこれまでになかった。
もしかしたら、これが最初で最後かも知れない。
どうして君はこんなチャンスをないがしろにしようとするんだ」

その後、家に持ち帰ってじっくり聞いてみて、
ボビーの歌詞にすごく心を打たれました。
彼のことを悪くとって、ほんとにすまなかったと思ってます」

実は、金城武は陳昇を「好朋友(親友)」だと思っている。
「ボビーはぼくに作曲と作詞というものを教えてくれたし、
世の中の見方まで教えてくれた。
彼はぼくが地道に歩んで、優れたシンガーソングライターになり、
独自の風格を作り上げることを望んでくれています」

金城武にとって、親友の定義とは何か?
「親友のためなら、どんなことでも進んでやる」
金城武にとって友情は一番大切なものだ。
友のためなら、艱難辛苦も辞さない。

親友の家駒(BEYONDの中心的メンバー。日本のテレビでの仕事中に事故死)が
「突然行ってしまった」ことに触れて、
金城武は「最近では、最大のショックだった」と言う。
「家駒の死を、ぼくは今でも信じられないし、受け入れることができないんです。
数ヶ月前、日本で彼と一緒に福山雅治のコンサートを楽しんで、
おしゃべりしたのをまだ覚えてますよ。
彼のファンが理性を失わないか、すごく心配です。
ファンクラブは残されたメンバーをこれからも支え続けてほしい。
彼らは香港で真に一級のバンドです。
音楽はものすごく引き込む力があるし、歌詞は内容がある……」
彼は暗い顔で言った。
「素晴らしかった家駒の姿は、いつまでもぼくの中に刻み込んでおきます」


投票所 ←2位接近!

BBS  23:45


2004年01月04日(日) 娘達は金城武が好き

「向左走、向右走」には、1場面だけ、原作者のジミー一家3人が特別出演していました。
原作者ということがわからなくても、気の利いた、いい味付けになっていたシーンでした。
そのときのエピソードと、「十面」関係でもう1つ。

**********

近年、ジミーの作品の映画化やミュージカル化が盛んだ。
ジミーの娘のロウロウは、
アイドルスターの范植偉や金城武と一緒に出演する機会ができて大喜びだが、
彼女には「パパが宇宙一すてき」なのだ。

今年、ジミーの『地下鉄』『向左走、向右走』が次々とミュージカルや映画になった。
小学1年生になったばかりのロウロウは、
河西岸劇団の女優だった母親の彭倩文の演技の才能の遺伝なのか、
演技することは学校に行くのと同じくらい、すごく面白いのだそうだ。
なかでも、一番好きなアイドル金城武に会えて、ロウロウは喜んでいわく、
「パパが1番かっこいい。金城武兄さんが2番目ね」
彭倩文は「娘はまだものがわかってないのね、パパが1番かっこいいだなんて」とからかう。

が、ロウロウが「向左走、向右走」に特別出演したときは、ぶつぶつ文句を言っていた。
両親と公園の池のそばで涼んでいるシーンで、
ロウロウは、武兄さんがちらばった原稿を拾い集めるのを、
手伝いに行きたくて仕方なかったのだが、監督に絶対ダメと言われて、
これが彼女の小さな不満になったのである。

元日の前の日、マカオでミュージカル「地下鉄」に出演したロウロウは、
1番つきあいの長いことになる�牋里砲い気鶚瓩箸蓮�
2人だけの演技をしたいとは言わなかった。
どうやら、彼女の心の中では、金城武と范植偉とでは
アイドルとしての順番が決まっているらしい。
ただし、どんなアイドルも、最高にかっこいいジミーパパには、多分及ばないだろう。

注:ジミーのアイドルはトニー・レオンである。
娘とは�爛献Д優譟璽轡腑�・ギャップ�瓩�あるようだ。
(星報 2004.1.4)

一方、大晦日の聯合報には、チャン・イーモウの娘について、こんな叙述が。

「チャン・イーモウの娘が、アメリカから重慶の父に会いにやってきて、
前々から憧れている(敬慕する)アイドル金城武と面会した」


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BBS  16:35


2004年01月03日(土) 「十面埋伏・Lovers」の今後

「十面埋伏」が今後どうなるかについて、
ここ2、3日出ていたニュースのまとめのような記事です。
「来年」は、という言葉が出ているので、年内の発言かもしれません。
後に出たニュースが最新かというと、そうでもないのが、中国のネット・ニュース。
しかし、脚本を書き換え、3人主役で行くというのは、間違いないようです。
よほど成算があるのでしょうね。

アニタを失い、�猖簓��畉鄒錣気蕕剖�力に

チャン・イーモウが撮影中の映画「十面埋伏」は、
主役の1人、アニタ・ムイの死によって頓挫することはない。
製作部は、アニタ・ムイがやるはずだった役に、
別の俳優を起用することはしないと決定した。
現在、改訂中の脚本では、アンディ・ラウと金城武の出演部分が増える。
プロデューサーの張偉平は記者のインタビューに答え、
「3大主役の『十面埋伏』もまた、来年、必ずめざましい好成績を収めるだろう」と語った。

武とアンディがアニタの役を補う

「当初、『十面埋伏』の脚本が出来てきたとき、我々は最高の脚本だと思った。
改定した今も、やはり大変満足している。
チャン・イーモウは経験豊富な監督だ。
新しい脚本は合理的に調整され、いくらか付け加えを行なった。
主として金城武とアンディ・ラウの出番が増やされ、
本来アニタ・ムイの役が担っていた役割を補うことになる」

張偉平は続けて、「急な改訂のため、3人の俳優はかなりの分を余分に撮影し、
映画全体にさらに合理性を加えることになる。
目下、チャン・イーモウと金城武、チャン・ツーイーは四川で撮影中、
アンディ・ラウはアニタ・ムイの件と他の仕事とで、撮影から抜けており、
四川に来るのは少し遅れるだろう」
脚本改訂後の俳優の出番については、張偉平はわざわざ順番を挙げてみせた。
「金城武が一番多く、次がアンディ・ラウ、チャン・ツーイーだ」

スターが映画のすべてを決めることはない

アニタ・ムイが世を去るとすぐ、
ブリジット・リンや宋丹丹が代役を務めるという情報が流れた。
アニタ・ムイについて、彼女が危篤になる前までは、
製作部は彼女の出演辞退の発表をじりじりと遅らせてきた。
張偉平はこう言っている。

「われわれは、アニタ・ムイをニュースの種にするようなことはできなかった。
亡くなる2日前になって、マネジャーの王敏慧からやっと電話が入り、
アニタ・ムイの健康を考えて、出演は望まないと言ってきた。
しかし、私はアニタ・ムイ本人の口からはっきりと告げられたことはない。
我々はこのような決め方は彼女を傷つけるとずっと思ってきた。
しかし、彼女が亡くなった今、映画のことはもうどうでもよくなった。
新たに俳優を用いないという決定は、チャン・イーモウの提案によるものだ。
この決定が、アニタ・ムイ本人に対し、
我々は我々なりの尊重を表すという最良の証明になっていると思う」

映画を3人の主役で支えることについては、こう話す。
「映画を決めるのはスターではない。
映画自身の出来は、監督の力と題材で決まる。
言い換えれば、映画は監督の芸術なのだ。
興行成績は、映画の出来を判断する最も重要な指標であり、
私は『十面埋伏』が必ずや、来年の映画市場において、
意気を奮い立たせるような好成績を収めるものと確信している」
(毎日新報 2004.1.3)


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BBS  21:40


2004年01月02日(金) ジミー原作・2つの映画化(「地下鉄」と「向左走、向右走」)

アニタ・ムイ後の「十面埋伏」についての情報は、落ち着いてきたように思われますが、
たまには違う話を。

「向左走、向右走」に続いてジミーの原作を映画化した「地下鉄」が公開になりましたが、
その批評が「左右」との関連で書かれていました。
「地下鉄」については知らないのですが(本は読みました。よかったです)、
その比較の上で、「左右」の見方がなるほどと思ったので、
紹介します。
例によって、構成にかかわるところは反転して読んでください。

「地下鉄」 夢を描き出せず

映画は観衆に夢を与える。
成功した映画は、90分の間、観衆の心をとらえ、夢の中に浸らせる。
お正月映画「地下鉄」は、残念ながらこれがかなわなかった。

この作品はジミーの絵物語の映画化である。
童話感覚がジミー作品の特色であり、お正月映画にはぴったりだ。
だが、ファンタスティックでロマンティックな映画に仕上がるには、
脚本家と監督の技量があれば十分というわけではない。

「地下鉄」は、トニー・レオンとミリアム・ヨン、チャン・チェンとドン・ジェの
2組の恋人の平行した物語を通して、主題を語る。
すなわち、人の愛にはみな�狃亳��瓩�ある、というものだ。
レオンとヨンの物語は写実的に描かれる。
レオンはヨンと知り合った後、突然盲目になる。
最後に天使の助けで、また光を取り戻すという脚色は、
映画の細部の描写に空白の部分を残し、またコメディ効果を造出した。
チャン・チェンとドン・ジェの物語の方は、あまりに雰囲気の表現(写意)に傾き、
いささかわかりにくい。

2つの物語の間をつなぐ話は、写実的にも写意的にもうまく処理できておらず、
ストーリーは自然な感じに完成されていないので、
観衆への感染力を欠く結果になった。
また、監督の、範植偉扮する天使の処理には大きな問題がある。
映画があまりにも写実的雰囲気で始まるので、
観客は、あらかじめストーリー紹介を読んでいないと、
範植偉が愛を教える天使だということがまったくわからないのだ。
困ったことに、この天使は全編を貫くキーとなる人物なのである。
このような欠陥は、監督の想像力の不足を示すものだろう。

この天使のイメージが成功していないことは、映画の後半で次第に表面化し、
観客に、混乱して、わざとらしいストーリーだと感じさせてしまう。
映画は初めから終わりまで観客の心をとらえることなく、
まるでできそこなった夢のようだ。
�狠浪偲艦型有瓩里錣兇髪譴亡�くようなセリフは、もっとわけがわからず、
何を指すのかはっきりしない。

ひるがえって「向左走、向右走」を見ると、
「地下鉄」より、確実に、きちんと組み立てられているのがわかる。
まず、脚色演出の2人が金城武とジジ・リョンを選んだのは、まことに正しい。
この2人のスター俳優は、外形から雰囲気に至るまで、
童話的感覚を大変よく備えているからだ。
だが、トニー・レオンとヨンの持ち味は、あまりに現実的で、年齢も高すぎ、
観客が自然に童話的世界に入っていくのが難しい。

次に、ジョニー・トーの映画的想像力は、はっきりと馬偉豪よりも上だ。
「向左走、向右走」は魂の結ばれた2人の恋人を、平行モンタージュによって語っていく。
脇役に医者と外食店の女が登場しても、2人は緊密に主役にからみ、
映画全体の調子を全く分散させない。
さらに、宋詩、ポーランドの恋愛詩、そしてバイオリンの調べが
この物語を感動的で、ロマンティックな魅力に満ちたものにしている。


こう言えるだろう。
「向左走、向右走」はジミー作品の映画化の最良の見本である。
それに比べ、もし、�爐�正月映画�瓩箸いΠ瓩�なければ、「地下鉄」は実は駄作だ。
今年のお正月映画は「無間道3」のマフィアの銃声を経て、
「携帯電話」の結婚悲劇の後、「地下鉄」が観客にほっと一息つかせたのは確かだ。
だが、プロデューサーのウォン・カーウァイに、
「お前も金のために判断を誤るときがあるのだな」とヤジを飛ばす観客の方が
きっと多いに違いない。
(楊勁松・文 京華時報 2003.12.28)


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BBS  23:0


2004年01月01日(木) 「十面埋伏」代役は立てず●期間限定・お正月古書店開店中●追記

「十面埋伏」代役は立てず 17:30

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

今年最初のDiaryは、やっぱり「十面埋伏=Lovers」で。
アニタ亡き後の映画制作について、正月早々から、
ずらっとニュースが並んでいますが、ソースはほとんど同じ。
そこで、簡潔な台湾の民生報の記事を――
4大主役から3大主役への変更ということで、決まりでしょうか。
代役候補としてマスコミ報道に名前があげられていた
宋丹丹は、助演者として出演が決まっている人だそうです。
で、それに変更はないと、張プロは言っています(というニュースがあります)。

「十面埋伏」はアニタのために脚本書き直し
彼女の役は他の俳優で替えず


アニタ・ムイが亡くなり、香港の芸能界では一斉に哀惜の声があがって、
活動がほとんど停頓してしまっているほどだ。
アニタ・ムイが生前出演することになっていた、
チャン・イーモウの新作「十面埋伏」について、
香港の安楽公司は、昨日正式発表を行ない、
アニタに代わる者はなく、従って代役をあたることはしない、
チャン・イーモウは脚本に手を入れ、役どころをアンディ・ラウ、金城武、
チャン・ツーイーの3人の主役に絞ることにすると明らかにした。

アニタ・ムイ葬送委員会は11日、告別式、12日、仏式で葬礼を行なうことを決定、
遺体は荼毘(だび)に付される。
現在「十面埋伏」のロケ中のチャン・イーモウは、アニタの死に痛恨の思いでいる。
アニタとは2度対面しており、アニタの病気を知ってからは、彼女と連絡を保ち、
撮影参加を待ち続けて、代案は何も用意していなかった。

この2日間に流れた、「十面埋伏」は、アニタの代役に
他の女優を当たっているという噂にを、チャン・イーモウは否定する一方で、
緊急の会議を開いた。そして最終的にアニタを記念するとともに、
撮影班のアニタに対する哀悼のため、
脚本を変更し、代役を使わないことが決定された。

「十面埋伏」はこのところ、四川で金城武とチャン・ツーイーの撮影を急いでおり、
美しい景観のもと、すべては順調に進められている。
2月で撮影が終わると、この映画は半年間もの撮影に続き、
ポストプロダクションを経て、夏休み時期の上映に間に合わせたい意向だ。
(民生報 2003.1.1)




期間限定・お正月古書店開店中

暮れに整理した武関係雑誌を、捨てるに忍びないので、
お譲りします。
2000年以降の新しいものばかりですが、ご入用の方はメールでご連絡下さい。1月9日まで。
委細は、
http://photo.www.infoseek.co.jp/AlbumPage.asp?un=114808&key=891679&m=0
をコピーペーストで飛んでごらん下さい。


追記 23:55

古書店開店期限を1月3日24:00までに変更いたします。
急に短縮してすみません。ご了解下さい。m(_ _)m


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BBS  22:05


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