すばらしい日々
2006年06月28日(水)  袖触れ合いまくり

あの人に対して不満が無かったわけじゃない。
むしろ最近は目の前でも、そうでない時も文句ばっかり言ってた。
だけどそうじゃなくて良いと思えるところも沢山あった。

例えば真剣に生徒の事を、その家庭の事を考えているところ。
例えば私達が生意気な事を言っても笑っていたところ。
例えば私達の進路について真面目に考えていてくれたところ。
例えば自分の学生時代の話、失敗談や恋愛話ですら話してくれたところ。

どんなに経営が問題なくても、
家庭から、生徒から、教師からある程度の信頼を得ていても、
結局は友達が言うように
「出る杭は打たれる」。

あの人と会わなくなる時は
私からあの人の前から去っていく時だと思っていた。
「サヨナラだけが人生」なんて事はないだろうと思っている。
たった21年間の人生経験だけども。
ただ別れは突然くる事のほうが多いとは思っている。

今日という日をすごしながら
「身近な人が不知の病に侵された時ってこんな感じなんだろうか」
と、ふと思った。
今すぐ目の前からその人がいなくなる訳じゃなくて、
だけども確実に別れはやって来る。
一見穏やかに過ぎていく時間の中で
悲しさとか、やり切れなさとか、申し訳なさとか、
どうしようも出来ない自分に対する苛立ちとか、
そういう感情が渦巻いている。

私に出来る事、やるべき事は
「どうしても嫌な事は拒否して、我慢できなくなったら遠慮せずに逃げる」。
それから今まで培ってきた信頼を守る事。
それぐらいしかない。
だけどせめてそれぐらいの事はしたいと思う。



2006年06月26日(月)  おかげさまで

私のおかげだって言われて
始めは嬉しかった。
だけどすぐに罪悪感と不安を感じた。

あの子は自分で決めたんだろう。
っていうか私のおかげのはずが無い。

「私のおかげ」って言葉で
あの子の意思が消された気がした。
何だか悔しいよ。
偉いのは自分で決めたあの子なのに。



2006年06月25日(日)  七年たったけど今日も元気です

二日続けて
心の中がほわっとする事があった。

一つ目は前の日記に書いた事。
二つ目は教育実習に行って来た友達から聞いた話。

私の中学時代の社会の先生と友達が話す機会があったらしい。
私の事をまだ覚えていてくれたらしい。

先生、私また頑張るよ。
自分から楽しくしていくよ。


2006年06月23日(金)  一駅先まで

みんな色々考えていて
みんな色々悩んでいる。

私を救ってくれるのは
いつも意外な人からの言葉だ。

彼とこんなに話したのも久しぶりで
こんなに深い話をしたのも久しぶりだった。
もしかしたら初めてかもしれない。

「そうやって色々考えてるだけでもいいんじゃない?」
「大抵の人みたいに流されて、とりあえず就活ってのじゃないだけ。」

これでいいのかな。
どうすればいいのかな。
そうやってウジウジ悩んで焦っていた。

だけど悩んでいるのは私だけじゃなくて
みんな確実じゃない毎日を生きてる。

それでもいいよって
それが嬉しかった。

私が思っている以上にみんな大人だった。
私も大人になれるかもしれないと思った。
成長できるきっかけがつかめたような気がする。

みんなが頑張るから
私も頑張るよ。


2006年06月11日(日)  海の向こうでも

あの頃、一緒に毎日を過ごしていた人たちの今を見て
みんなそれぞれ、それなりに希望を持って
それなりに楽しそうに生きているんだと分かった。
じゃあ私のやり切れなさはどこから来てるんだろう。
何にとらわれているんだろう。
みんな楽しそうに見えているだけかな。
見せているだけかな。

頑張って考えたけどやっぱりよく分からない。
やりたい事がないから?
分からないから?
何だか違う気がする。

諦めているようでいて諦めきれていないからか。
やっぱり分からない。


2006年06月04日(日)  10年たっても

今日、小学校時代の友達に偶然会った。
高校3年の時の模試成績優秀者一覧に載ってた名前を見て
頑張ってる事は知ってた。

久しぶりに会った友達は
相変わらず綺麗で輝いていた。
それに比べて私は「変わってないね」って言われるし
大学もショボイとこだし、頑張ってる事は無いし
輝いてるなんてお世辞にも言えない。

会った直後は「私も頑張ろう」って思ったけど
どう頑張りたいのかなって考え込んでしまった。

社会的地位を得たいのか
それとも自分が学びたい事を学びたいのか。

どっちを選べばいいのか分からなくなって
またぐるぐる考えるだけになってしまう。

そんな事を考えてたらまた悲しくなってしまった。
私が悪いのに。


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