なべて世はこともなし
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2007年03月26日(月)

ひでかすが愚にもつかない日記を書いてますが(人のこと言えるんかい)、一方で私が何をしていたかというと、…なんとなく忙しくすごしてました。いやー、2週間なんてあっという間ですね。


なんだかあたふたしている間にも時は容赦なく流れ、この間、アイルランドではSt Patrick's Day があり、夏時間も始まりました。


そうそう。St Patrick's Day 。今年もあったらしいですね。おなじみのパレードに悪天候のため中止になったらしい花火とかなんとかかんとか。7年だか8年だかアイルランドに住んでいる私にとってSt Patrick's Day はただの休日です。しかも、日並びがよく3連休だったので、私はさっさと去年に続きマンチェスターの友人宅に遊びにいってました。


2週間前に行くことを突然決めたので、すでにヒコーキは混んでおり、やむなく私は行きはくされRyanairでEast Midlandへ。帰りはくされ(フォントが小さいところに私の良心を感じ取ってください)エアリンガスでマンチェスターから帰ってきました。またいつものネタになる…と怒られそうなのであまり書きませんが、預託手荷物に金を取るとか、どっちもどっちでどうしようもない同士だと思います。実際、この数年のエアリンガスのRyanair化にはもはや止めようのない勢いを感じます。


で、今日はそうしてもよかったんだけど、あえてヒコーキネタには持っていかない。本日はバスネタです(どっちにしても乗り物系かい)。まずは私、ダブリンバスに謝罪をいたします。


前略ダブリンバス様。
今まであなたのことをあたかもバカでアホで信用の出来ない世界一どうしようもない会社であるがごとく日記に書き続けてきましたが、私が間違ってました。マンチェスターのバスもはっきり言って同レベルです。今後はダブリンバスのことは、バカでアホで信用の出来ない会社のひとつとして日記のネタにさせていただきます。かしこ



…あくまで冗談ですよー。何せ、ダブリンバスの運転手さんと、その関連会社で働いている方がどうやらこの日記を読んでくださっているようで、めったなことは書けません(書いてるじゃねえかよ)。


そう。マンチェスターで市バスに乗る機会がありました。月曜日がSt Patrick's Day の振り替え休日だった私に対し、イギリス(イングランド)はこの日は平日。友人は会社に行ってしまったので私は一人で街に行こうと画策したわけ。


バスに乗ろうとしたのはマンチェスターユナイテッドのスタジアムのすぐ脇のバス停。バス停の時刻表を見る。「ん?この時刻表は始発バス停の時刻なのかな。このバス停の通過予定時刻なのかな」と考え込んでしまうところに私はアイルランドに長く住みすぎているという事実がある。どうやらくされダブリンバスと違い、このバス停の時刻表らしい。時刻は朝のラッシュの真っ只中の午前8時。が、裏通りだからなのかダブリンと比べるのが悪いのか、目の前の道は渋滞もなく流れている。


で、時刻表を見ると、午前7時から9時までこのバス停を通過するバスはない。ほかの時間帯は15分おきくらいの割でバスが来てるのに。


どうやら朝のラッシュ時のみ別ルートで運行されているらしい。困ったことに土地勘のない私は果たしてどっちに行っていいものか思いあぐねる。ふと思い立って逆方向のバス停に行ってみると、おお、バスは10分後に来る。しかも、Trafford Centre行き。Trafford Centreとは、おそらくイギリスで一番でかいんじゃないかと思われる(推理です)ショッピングセンター。そこまでいけばきっと別のバスを捕まえることができるはず。で、逆方向のバス停へ。


で、2階建てのバスはすぐに来て、私はTrafford Centreへ。このままショッピングセンターに行くという選択肢はない。何せ、まだ朝の8時20分過ぎ。24時間営業のくされTescoじゃあるまいし、ショッピングセンターが開いているはずがない。で、バス停の時刻表を見ると、おお、たった2分後に町行きのバスが来る。


ところが、そのバスが待てど暮らせど来ないのだ。数分おきにバスは来るが乗りたいバスがいつまでたっても来ない。待つこと25分、ダブリンからはすっかり姿を消したミニバスがやってきた。これじゃないとは思いつつでも番号を見ると、あれ、待ってたバスだ。手を挙げてみると…止まった。


運転手はまだ下手したら10代じゃないかとすら思える(んなはずはないのだが)お姉さん。何というのか美人ではないが隣に住んでいそうなかわいいお姉さんでありていに言って私の好み。そのお姉さんの運転するミニバスにお客はまったく乗っていない。ほんとにこのバスでいいのかしらんと思っていると、次のバス停でコントローラー(路上でバスの運行管理をする人)が立っていた。


インスペクター:「あんた8時半のバスだよね。どうしたの(25分も遅れてるよ)」
運転手:「いやー、どっちに行っていいかさっぱりわからなくて



なんですと?


そういえばこのサイトを始めたホントの初期に「ダブリンバス事件簿」というのを書いた。その時に、道を知らない運転手というのを笑って、こんなことが起こりうるのはダブリンだけだと思った。だけど、お隣の大英帝国の産業革命のふるさとマンチェスターも同レベルだった…。


この運転手さん、左手に紙切れを持ってそれを見ながら運転してる。目を凝らしてみると、このバスの運行経路が描かれている。XX 通りをまっすぐ行って二つ目の交差点をXXアベニューへ…ってな感じに書かれたやつ。前は見ずともこの紙をしっかり見つつ運転している。



証拠写真。左手にしっかり握られた紙に注目。



まあ、確かにややこしいルートだった。Trafford Centreからマンチェスターユナイテッドのスタジアムまでの間、あちこちの工業団地の中を右に左に走り回り、道を覚えることにかけては人並み以上の能力がある自信がある私ですらこのルートを1回で覚えるのは無理。だからと言って右折レーンから左折していいという道理にはならないんですけどね。


で、上の段落を注意深く読んでくださった方は気がついたかもしれないけど、気がつくと私は再びマンチェスターユナイテッドのスタジアム脇まで戻ってきた。何のことはない、さっきバスに乗った通りから1時間かけて1本離れた通りに来ただけ。どうやらこのバスは、裏通りをカバーしながらも町に行くルート設定らしい。ミニバスを使っていたのだろう。その後もバスはあたふたを繰り返しながら、それでもなんとか町に着きましたとさ。


いやー、今日は意地でも更新がしたかったのです。なぜなら、本日サイト開設6周年記念ですから。更新頻度は下がったことは認めますが、このおバカな日記はまだまだ続く予定ですので今後もよろしくお願いします。


2007年03月16日(金)

さあ、St. Patrick's Festivalがやってまいりました。昨日(木曜日)からいろんなイベントも始まってまして、おなじみのパレード・花火はもちろん、移動式のしょぼい遊園地がオープンしたり、RDS(見本市の会場)では世界の食べ物を試食できたり、町のパブではライブ音楽のセッションが目白押し、この週末のダブリン(とおそらくアイルランド全土)は退屈をすることがなさそうです。


そんな中、私の予定はというと…


マンチェスターに逃亡


………。


実際そんなもんです。この週末に33万人もの人がダブリン空港を使用するそうですが、これってSt. Patrick's Festivalを見るためにやってくる人もいる反面、アイルランドから脱出する人も多数いるわけで。実際、今日のフライト、各航空会社のサイトで軽く調べたところ軒並み満席です。



ちなみにここまで書いたのが3月16日。いまいち記憶が定かでないのですが、時間切れになって最後まで書いていない模様。ボツ原稿なのですが、この更新頻度の低い今日この頃、これが闇に消えてしまうのももったいないので未完のままあぷしておきます。


2007年03月13日(火) Q400の胴体着陸騒動に一言居士

昨日の日記と今日の日記の共通点は、どっちも企んで書いていないという点です。つまり、書く前に「結論をここに持っていこう」とかそういうことをまったく考えていないのです。昔はほんとに今みたいに何も考えずにただつらつらと書きなぐってほぼ毎日更新していたのですが、だんだん更新頻度が下がるにつれて、日記の内容を考えながら書くようになりました。どっちがいいかはにわかには断じかねますが。というわけで昨日に続いて本日も誤字脱字御免、校正なしの思いついたままのテキトー日記です。


そもそも今日は日記の更新をするつもりはありませんでした。が、日本のニュースを見てしまい、おそらく他のブログでも取り上げられているであろうネタを私も取り上げようと思ったわけ。日頃は時事ネタをにわか評論家になったってつまらないのでやらないんですけど。


もうおわかりですね。そのネタは全日空の胴体着陸騒ぎ。


まず事実。私もこの件の「欠陥」が囁かれている機材Q400で出発地への引き返し騒動に巻き込まれたことがあります(関連日記はここここ)。そのうえで言いたいんだけど、私、このヒコーキが大好きなんですよ。油圧だとか構造だとかは私にはよくわからない世界です。だけどね、このヒコーキ、乗っててわくわくするのだ。「ああ、オレ、今飛んでるんだなー」って。


まず、プロペラ機であまり高い高度を飛ばないから地上の景色がよく見える。ある時なんて空から花火大会を見て猛烈に感動したこともある。全部かどうかは知らんけど、高いところを飛ばないもんだから、酸素マスクの設備もついてないらしい。


翼が高いところについてるからその翼と一緒に見る地上ってのがまたステキなんだ。機体中央部の席に座ると、主翼の車輪の格納なんかを見ることができて、着陸の瞬間なんてタイヤが地上を蹴るところを見ることもできる。とにかくね、もう男だったら絶対わくわくするって断言してもいい、ジャンボだなんだの大型機にはない魅力があるのだ。だから私はこの機材に乗る時は必ず窓際をリクエストしていつもコドモみたいに額を窓に押しつけて外を見ている。


もっと言えば、機体内には確か80か所だかにマイクロフォンがついてて、そこで拾った振動と逆の振動を与えることで機内の静音化に成功してるんだそな。実際ジェット機にはかなわないけど静かで乗り心地もいいし、もし、737かQ400どちらかに乗れて言われたら、私は迷わずQ400を選びます。たとえ今回の騒ぎの後でも。


…と同時に、ハインリッヒの法則に従えば、今回の騒ぎは重大事故への警鐘ととることもできる。


Wikipediaより転載。


「災害」について現れた数値は「1:29:300」であった。その内訳として、「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、300件もの「ヒヤリ・ハット」した(危うく大惨事になる)傷害のない災害が起きていたことになる。


(転載ここまで)


今回の騒ぎ、機長の冷静・沈着な対応で大惨事を防ぐことはできた。だけど、今回の件から学ばないと、このハインリッヒの法則に従えば、重大な惨事が後に起こらないとも限らないわけで。


で、全日空という会社、万が一にもこの後機体を全損するような事故が起こったりしたら大変なことになることは分かっているだろうから、何らかの再発防止策を出してくると思う。だけど、どうもマスコミは「Q400=欠陥機」として叩きたいみたいだから、おそらくそういう論調を張ってくると思う。


すると、昨今の日本の風潮からすれば、全日空がどんな立派な再発防止策を出しても、このQ400の使用をやめない限り、今度また何らかのさっきのハインリッヒの法則で300にあたる「ヒヤリ・ハット」で大騒ぎすると思う。ほんで乗客の不安をあおり、航空会社に対する悪い印象を与えようとするのではないかと。そういうふうに考えると、全日空はちょっとくらい損をしてもこの機材を手放せば、「公共交通機関としての社会的責任をきちんと負っている会社」なんて褒められるんじゃないかなと思う。


逆に、論理的に数字を使って「この機材は決して欠陥機じゃないんですよ」なんて証明しようとすると、たとえその証明が可能でも全日空は「欠陥機を使い続けようとする会社」なんて悪く言われて、数年前の日本航空みたいに叩かれる羽目になるかもしれない。


つまり、私のシロートの意見としては、「この機材は決して悪い機材じゃないけど、手放したほうがたぶん全日空にとっては正解」だと思う。


さあ、全日空がどういう手を打ってきますやら。ちょっと興味を持ってみてます。


2007年03月11日(日) いくら私が非モテ系顔だからと言って…

前日の日記でちょっと恥ずかしいながら私的なことを書いて、カッコよく「また日本に帰ります」と書いたまでは良かった。ただねえ、とんでもない問題が…。


金がない!


だいたい前回日本に帰ったのがたったの1か月前。その時も苦労して金をかき集めたのに、再び金がいる。今日本から買ってきたラップトップで日記の更新をしているのですが、こんな20万もするものを買ったから、ますます金がない。しかも、すっかりと忘れていましたが、日本の結婚式ってご祝儀を持っていかなきゃいけないんですよね。親戚だからご祝儀免除…なんてないよなあ。


ここだけの話、会社の持ち株制度に申し込んで株を買い始めました。何やら去年やった人が小銭を稼いだらしいのでよくはわからんがやってみようというわけ。何も説明も聞かずに始めたところ給料明細を見て真っ青になりました。


毎月8万円以上天引きされている。


かくして、今までだってかつかつだったのに、この株のせいで去年の暮れあたりから 家賃+クレジットカードの請求額>給料手取り額 という非常にわかりやすい赤字生活に突入してます。だいたい、こんな薄給の会社に5年も勤めている私が悪いのですが。かくして…


そうだ、転職しよう!


と唐突に思う私はやっぱり計画性がないんでしょうね。


で、唐突に転職を思いついた私は唐突にCV(履歴書)を書き始めました。で、最近のCVって自分の写真を添付してることが多いですよね。その流行に乗り遅れまいと私はひでかすに写真の撮影をお願いしました。


だいたい、不細工非モテ系の私は、自分の写真なんか撮ってほしくありません。自分の姿を鏡で見て「ああ、俺ってなんてかっこいいんだ」とナルシズムに浸れる人がうらやましい。私なんて(自虐的すぎるので割愛)。


で、私は知らなかったが、ひでかすは高校生だかの時に写真部に所属していたそうな。かくしてやたらと張り切るひでかすは、顎を引けだの頭をちょっと右に傾けろだのいろんな注文をしつつ私の写真をおおよそ20枚ほど撮影しました。


で、私がそれらの写真をデジカメのディスプレイで確認したのですが、いやー、唖然としました。


いつの間にか完全なオッサン顔になっている。


目もとのシワとかひげ面とかなんだか見ていて悲しくなった。なぜ自分が鏡を見たくないか改めて分かった気がした。当たり前といえば当たり前だが、年相応の顔になっているのだ。コドモの時に冗談で「カメラが腐るー」なんて言ってたけどそんなこともあり得る気すらした。


で、一度カメラの電源を切って入れなおしてみると、ディスプレイには


「カード異常です」の表示。


そう。私のひどい顔を20枚撮影したのでカメラのメモリーカードが壊れてしまったのです。…冗談のようなホントの話。そりゃ、1Gの大容量のくせドイツで20ユーロ程度とこのカードは破格に安かった。だけどさ、だからと言って、わしの顔を連続撮影したからと言って壊れることないだろ。フツー。


結局別のメモリーカードでふたたび20枚の写真を撮影し、ほとんど同じに見える20枚の中から一番まともと思われる写真を選び、CVに添付。で、それをラップトップのワードで作ったCVに添付して某所に送付。


返事はすぐに来た。


「添付ファイルを開けることができません」


ええ?と思って調べてみると、何やらこのラップトップに入っているWord2007で作った文書は、今までのWordと互換性がないらしいのだ。具体的に言うと、Word2007で作った文書は.docではなく.docxというフォーマットになってしまうらしい。慌てて古いフォーマットに変換しましたよ。


ちなみにWord2007、使いやすいようですが、どうも使い慣れていないので大変です。今までWord2000から2003などは何の苦労なしに乗り換えられましたが、今回のWord2007はかなり大幅に変わってます。ただ、Word文書をそのまま.pdfファイルとして保存できるなどなかなかの便利機能も搭載しているようですが。


2007年03月07日(水) ちょいと変化球な私的日記(いつもと雰囲気が違います)。

先月、親が始めた事業をちょいと手伝いに日本に一時帰国しました。その時に、その事業のアドバイザーさんが気を利かせてくれまして、うちのじいさんばーさんに両親、そして弟と6人の家族が全員揃った写真を撮ってくれました。その写真を見ながらつくづく思ったのです。


「これが最後の家族が揃った写真になるかもしれんな」って。


ものすごく幸いなことに、私の家は上に書いた父方のじーさんばーさんに加え、母方のじーさんばーさんまで全員がいまだに健在です。まあ、これを逆に言えば、100歳を超えて生きるなら別ですが、今からそう遠くない未来に何人もの人が死んでいくわけで。


弟は東京でなにやら立派に仕事をしているらしいし、その兄はアイルランドとかいうどこともわからない地に住んでいるしで、家族が揃ったってのは、そう、下手したら10年ぶりとかになるんじゃないだろうか。そう考えると、この写真はあとからものすごく貴重なものになるかもしれんなあ…と思ったわけ。


もう10年も前の話になるけど、母方のひいばーさんが亡くなった。94歳とかいう文句なしの大往生。ペルーだかどっかで生まれてスペイン語も話せたとかいういろいろ万丈な人生だったらしい。そのひいばーさんの葬式のときに、水戸黄門を見てすら涙する涙もろい母方のじーさんがぼそっと言ったのだ。


「今度またみんなで会おうよ。こんな葬式の場じゃなくてさ。みんなで会う機会を持とうよ」


言うまでもなく、みんな離れ離れに住んでいて、葬式でもない限りみんなが休みを取って石和温泉に行くなんてことはありえないわけで。当然のことながらそれから10年以上経った今日まで葬式以外で親類が集まったことはありません。でも、じいさんの「葬式じゃなく今度またみんなで会おうよ」という言葉は、私の心の中で大袈裟でなくずっと響き続けています。


考えてみると、みんなで会うことを一番難しくしているのは間違いなく私です。地理的に見て東京から一番遠くに住んでるのは文句なく私ですから。そんな自分自身に引け目を感じている…と書くとちょっと違うけど、でもやはり申し訳なく思っていることは否定できない。親が事業をやるから手伝いに来いといわれて二つ返事で引き受けたのも、そういう気持ちがどこかにあったからだと思う。そして、「アイルランドはそんなに遠くないんだよ」ということを見せたいという気持ちがどこかにあったのかもしれない。


そして、今度のゴールデンウィークに私のおじさんが結婚式をするそうな。これ、2月に一時帰国したばかりだからさすがにパスしようと思ったけど、一番最初に書いたあの写真が私の心を決めさせた。母方のじーさんばーさんと写真を一緒に撮れるのは今回が最後かもしれない。そう思った瞬間にいても立ってもいられなくなって会社に休みを申し入れた。受け入れられた。ゴールデンウィーク真っ只中ながらヒコーキも取れた。だから、日本にまた行きます。一枚の写真を撮りに。じーさんの「葬式じゃなくみんなで会おうよ」という願いを叶えに。




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