ものを買う…とか捨てる…とか、片付ける…とかそういった類いのこと。
私は「もったいない」と言わずにいたい。 言わずに済むくらいお金持ちでいたい、という意味ではもちろんない。 そしてもちろん、言わなくて済むくらい徹底した、無駄のない生活をしたい という意味でもない。
私はわたしの心が求める程度にものを捨て、 ものを買い、 気持ちのよい生活を求めたい。
つまり、浪費家ではないと自分を強く信じているからこう言うのだけれど。
むしろお金のかけ方を知らない。だからものの価値がわからない。 それは両親の価値観で形成された実家に疑問を持つことなく暮らしてきた結果で、 生活のどこがお金のかけどころかわからない。
だから今できることは、固い財布の紐をたまにはゆるめつつ、 すこしずつ「快適」の「値段」を知ることかと思う。
だからそれに関しては「もったいない」と言わない生活がしたいのだ。
2010年01月27日(水) |
ノー・ストレス・ライフ |
なにもせずとも適量のご飯がもらえて、寒くも暑くもなく、 快適でストレスとなる要因が一切ない環境で育てたサルより ちょっとしたストレス下(ごはんが数日に一回なくなるとか?)で 育てた子の方が長生きすると誰かに聞いた。 出典不明。
けれど人間社会の環境なんて 「ちょっとしたストレス」なんてレベルではない。 否、それとも繊細すぎるのかも。
ストレスのない生活をするには意識のレベルを下げて イラっとしなければいいのかなと思う。
過敏にならず、細かいことは気にしないで、 ただ受け入れて面白がっていればいいのかな。
まるで隠居。
* * * *
繰り返し呟く言葉がある。どちらも、私が誰かに言われた言葉だ。
「だいじょうぶ。ここは日本なんやから、少なくとも言葉は通じるもん」
「遊ぶときは本気でやらないと!」
そういえば… と、ふと思い出す。
恋みたい。と思ったもうその瞬間には、恋心を持っているのだということを。
それは恋しいと思う心であって、同性にだろうと家族にだろうと動物にだろうと、なんにだって恋心は向かってゆく。
大好きなケーキがあるけれど、頻繁に食べ過ぎたら新鮮さがなくなるから今日はやめておこう。 という心理も明らかに恋だ。
* * * *
自分勝手な私は、自分が求めるものは強く欲し、 しかし自分が求められても汲み取れない。
本当は求められたい。 求められ続けるには、求められたときにきちんと返さなきゃいけないんだ。 そうだ。
そんな幼いことをふと思い出したりする。
私は背がそこそこ高く、肩幅が広く、けして痩せてはいなくて、 だから、誰がどう見ても体格がいい。 ヒールが少しある靴が好きだから、なお迫力が出る。
電車に揺られながら何気なく立っていると、 たまに回りが女性ばかりの時があって、そんなときに自分の体格のよさが際立って、 ちょっと寂しい。
華奢になるには骨太すぎて、痩せても可愛らしいフォルムにはならない。
§ § § §
小さくてころんとした子もかわいいし、 背が高くてスレンダーな子はもっと可愛い。 どっちも私にとっては「華奢」に近い。
華奢なのが常に憧れだ。
2010年があけまして いきなり車がぶっ壊れたり、 いきなり怪我をしましたり、 なんだか幸先不安な気もしたり…
けれど、今年の「がっかり」はもう払ってしまって、 あとは幸せなことばかりだと信じます(断言)。
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今日もそんなあれこれでどうにも体調が悪く、 一日中寝ておりました。 起きてみれば、すっきり、…したと思う。
今年も幸せな一年でありますように。
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