酒でつぶれた秀樹を介抱したことは2回ある。
1回目。高校卒業間際か、卒業した直後か。秀樹が同じ高校のバンド連中と家で酒を飲み始めた。いや、外で飲んでさんざん酔っぱらってそれで皆で家に来たのだったかな。平日、まだ明るいうち。外で飲んでいたとしたらいったいどこで飲んでいたのやら。とにかく普段からよく知るバンド連中全員がぐでんぐでんになっていて、同世代の酔っ払いなど見たことない僕はただびっくりしている。全員が訳のわからないマントラのような言葉を喚き散らし、秀樹は僕を見て「俺、今すごい酔っぱらっているからー」と自慢げに叫ぶ。
シナリオ通り。全員が頭をかかえうーうーうなりながら床に転がり始めた。メンバーの一人が台所の床に吐く。僕は激怒して秀樹に「何だこれ、お前ら何やってるんだ」と怒鳴る。酒を飲み過ぎて苦しいとき怒鳴られたりすることがどれぐらいつらいかは18歳の僕にはわからない。両親は仕事で家におらず、素面の人間は僕一人。とにかく吐瀉物を掃除する。しばらくすると同様に床に倒れていた秀樹が吐いた。黙々と秀樹の吐瀉物を掃除し、ソファーに寝かせる。
後で誰かが「あのとき茂樹が秀樹のゲロを掃除しているのを見て、ああやっぱり兄弟だな、と思った」と言った。
2回目。大学1年生。椎名町の6畳間のアパートで二人暮らし。秋のある晩、秀樹は大学のバンドサークルのライブにでかけ、僕は一人で本を読んでいた。深夜。誰かがドアを叩く。秀樹のサークルの部長ともう一人が、酔いつぶれた秀樹を抱えて部屋に入ってきた。池袋の公園でサークルの屋外ライブに参加したあと、秀樹と秀樹のバンド仲間はしこたま飲んだのだそうだ。そのうちバンド仲間はぶっ倒れ、秀樹は「◯◯(バンド仲間)は俺が連れていくんだー」と宣言、彼を自転車の荷台に乗せ、ペダルを踏んで走り出し、2秒で転倒、そのまま秀樹もつぶれてしまったとのこと。
「じゃあよろしくなー」と、これまた酔っぱらっている部長ともう一人は帰っていく。よろしくな、って。ため息をついてとにかく秀樹を布団に寝かせる。すでに吐いてきたのか、唇の端がかすかに汚れており、それを拭き取る。本の続きに戻ろうとしたら、今度は秀樹の口からなんだか泡みたいなものが吹き出してくる。透明で、不潔な感じはしないが不安になる。まさかこのまま急性アルコール中毒か何かで死ぬんじゃないだろうな。いよいよ容態がおかしくなったら救急車を呼ぼう。
徹夜することに決め、秀樹の手を握る。たまに吹き出す泡を拭き取る。秀樹の手は暖かく、これなら心配ないかな、と思いつつ、それでも心配でずっと手を握る。秀樹の寝顔を観察する。
秀樹の手を握るなんて、と思う。小学生低学年のとき以来じゃないか?
空が白みはじめ、鳥の鳴き声が聞こえる。僕は、今はもう眠っているだけの秀樹の右手を握り、顔を見ている。
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