Written by いずみ
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不良妻・不良母同盟

□ベビースリング愛好会□

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2001年09月23日(日) たっけ誕生秘話。だって、今日で1歳だったの。。

ただ今PM10時ちょいすぎ。
どうもこんばんは〜、不養生母、いずみ@病みあがりデース。
昨日、遂にお熱が37.8度を超え、おまけに貧血を起こしてドーン…
病院で点滴してまいりやした。たいそうしんどかったです。
が、復活。これもすべて昨晩のざ・や・くのおかげです。
ご心配してくださった皆さん、すいませんでした。
私の世話&たっけ@今日で1歳の世話をしてくれたかーちゃんとーちゃん、
ご迷惑をお掛けしました。

つうわけで、今日は本来ならば、我が家のアイドル・たっけの
栄えあるお誕生日だったのであーる。
しかし、この愚か者の母がぶっ倒れたため、大事を取って
なーんにもナシの、な一日でした。ごめんよ〜〜〜〜(T-T)

さて、今日は、そんな病みあがりの体を引きずりながら、
午前中時計を見ては、母と呟いていた。

 母 「たっけ〜、丁度今ごろ、ママは病院でイタタイタタ言ってたのよ〜」

 私 「そうそう、で、ご飯が喉を通らなくてねぇ〜。」

たっけ「?」

…当たり前である。たっけは知ったこっちゃない。
とはいえ、子供は2歳くらいまでは、お腹の中にいた頃の記憶もあるそうだから
もしかしたら

「オレ様だって苦しかったい。」

と思っていたかもしれない。よくぞ、ここまで育ってくれたよ、我がせがれ。

丁度一年前の、たっけが生まれるまでを語ろう。

○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。。

それは朝5時半ころ。
 約1ヶ月前から「お腹張りすぎ。実家帰って寝てなさい」指令を受け、
 すっかり怠け病どっぷりだった私は、そのお腹の張りで目が覚めた。
 それも珍しいことではなかったが、その時は何故かダンナに声をかけた。
 「お腹、痛いの。生まれるかも。」
 「!?マジで??」
 「う〜ん、でも、まだまだ先だよ。寝てて。」
 そのまま粘る。


7時頃?だったかな。
 ところが、その張りが、30分おきくらいに来るので、取り合えず
 1階の居間へ降りていってみた。
 秋分の日で休日だったが、うちのダンナが出勤だったので、
 母が弁当を用意のためにもう起床。お腹の張りを報告。


7時半か8時半(いい加減)。
 ダンナ起床。
 会社に行こうかどうか迷うダンナに
 「どうせ今日は生まれないよー(^○^)ノ゛」
 …と、のんきなことを言って、後ろ髪引かれるダンナを送り出す。


10時半頃
 この頃にはもう張り→痛みに変わり、しかもすでに10分おき。
 病院に電話。
 看護婦さん「おしるしありました?」
   私  「いえ、まだ…」
 看護婦さん「じゃ、それがあったらまた連絡ください(^^)」
 10分おきに陣痛来たら連絡って言うから、、、と、ブツブツ言いながら
 トイレに行くと、ぷちん、と血が。おお、おしるしじゃん。


11時
 父に連れられ病院到着、入院手続を慌しく済ます。
 子宮口がまだ1センチしか開いてない、と言われ、取り合えず
 子宮口を柔らかくする薬を突っ込まれる。で、病室が満室だったため
 陣痛室へ直行。のんきに昼飯を出されるが、喉通らず。
 この時いずみ、実はお恥ずかしいことに2週間以上大切に大切に
 うんちゃんを溜め込んでいたため、浣腸のことで頭が一杯だった。
 「早くしてクレー」
 陣痛間隔、すでに5分おき。


11時半
 「まだまだお産は先なんだから、体力つけないと。」と、
 強引に飯を流し込まれて数分、もう2、3分おきの陣痛で声にもならず、
 「か、看護婦さん、、、はやく来て、か、浣腸ぅ、、、」
 母、慌ててナースコール
 「浣腸、してやって下さい」


11時45分
 「じゃ、機械付けてからにしましょうねー」
 のんきに看護婦さん登場。それどころじゃねぇって、この痛み。
 体を動かした途端、バシューッッと、おもらしのような、そうでない感覚。
 そう、まさに破水。突然看護婦さんオペモードの顔つき。
 すぐ向かいの分娩室にお姫様抱っこで担ぎこまれる
 (↑一人の看護婦さんに!確かに、たくましい感じの方でした。。)


12時頃
 ダンナ到着。陣痛に苦しむ私の手を握ることもなく。。。(汗)
 予定外の出来事で、ぽかーん、である。


12時30分
 色々準備をしてからの分娩開始。開始後30分で産声が。。。
 元気マン・たっけ誕生。
 生まれた時からたいそうイイオトコであった…(バカ親)
 でも、この頃はまだ、か弱いネコちゃんのような泣き声。
 そのあまりの弱弱しさに、逆にどこで泣いていてもたっけだと分かった…
 今となっては信じられない話である。ふっふっフ←??


○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。○。。

と、いうわけで「超・安産」の称号を手にした私であった。
なんとも、親孝行なムスコよ。。。うむうむ。
あまりにあっけなくお産が終わってしまったんで、臨場感もなにも…(汗汗)
なので、ますます母になったのねッって言う感覚は、正直なかった。
そのまたちょーど1年前に、妊娠5ヶ月目で、チビたんを失ってしまったのも
影響あるのかもしれないなぁ。。
子供は妊娠したら、生まれるものだとばかり思っていた私に、
大きな衝撃を与えた大事件だったもの。
妊娠しても、無事産まれて、この手で世話してみないと…と、
思うようになってしまったし。
前にも言ったが、今だって、たまに母である感覚がなくなるときがある。
ま、たった1年で絵に書いたような理想の母になれるわきゃないか。
という結論で終わったのだが。
今でもその思いは変わらない。

たっけ〜。こんな頼りないかーちゃんだけど、これからもよろしくね。
さて、これから誕生日プレゼントに、めいっぱい愛のチュ〜を
送って差し上げよう(イヤだって・・・)

PS(後日談):お産の時にも頑なに我が腹の中に居住しつづけたうんちゃん、
        翌々日、恥ずかしながら看護婦さんに相談し、便秘薬を。。。
        ところが、それにも屈することなく腰を据えていたため、あえなく浣腸。
        約、3週間ぶりくらいに、この貧乏神(?)は去っていったのである。
        以来、ワタクシ、か・い・べ・んvでございますわっ
        お食事中の方すいませんでした。。。


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