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2003年08月10日(日)    ホーチミンへ 市内観光、クチトンネル

またまた、朝一の国内便でホーチミンへ。ハノイの空港は結構市内から遠いため、またまたお弁当をホテルから受け取ってまだ暗い5時にホテルを出発。日頃、早起きというものに慣れていない私にはかなり辛い・・。途中まだ暗い中、市場がもう立っていた。すごーい活気である。ハノイのガイドさんとはここでお別れ。すごく良くしてくれたので、おにぎりせんべいと、週刊文春とモーニングを押し付けて(?)さようならする。
ホーチミンに9時頃飛行機到着。すぐガイドさんに連れられて、お決まりの市内観光。中でも、戦争証跡博物館はやはりショックだった。まだ戦後30年も経っていないということに改めて気付かされる。「ここにアメリカ人は来る(っていうか来る勇気あるんですか?ってニュアンス)んですか?」とうガイドの兄ちゃん27歳ビン氏に問うてみた。はい、来ますよ。僕等はもう恨みに思ってない。忘れました。今では、アメリカ人も沢山きます。罪の意識で悪夢を見て眠れない(ベトナム戦争でかつて戦った)アメリカ人が自分が殺したベトナムの村に行って、お茶を入れてもらって、眠れるようになった。とかそんな話をしてくれた。
ヴェトナムの人々が過去を水に流そうとしているのが、というのが立派すぎる。どこぞの国のように「恨」のパワーだけでは、ネジクレタ未来しかこないような気がする。私はパンフレットに書いていた「ベトナム人は恨んではいけない。恨みは何も産まない。この歴史を正しく未来に伝えていくことが大切である。」と書いていた。ほんと涙が出てきました。

お昼ご飯は小洒落たヴェトナム料理の店だったが、美味しくなかった。
ダンナの食べているのと、まるで味が違った。一緒に焼いたんちゃうんかい?
ヴェトナムは品質の安定性の追及に関してあまいようだ。(これは随所で思い当たる。ホテルのサービスもそう)
ご飯のあと、ベトナム戦争時代に張り巡らされたクチの地下トンネルへ。戦争当時250kmも張り巡らされたという。
大柄なアメリカ人が入って来れないようにものすごく狭く中腰じゃないと通れない部分が多い。
実際に1F部分(地下3Fまであるらしい)トンネルの中を通ってみたが、中腰で通ったトンネルはひざがガクガク。(帰国後、中国語教室で一緒のH氏はベトナム在住6年で、H氏に聞くと、あれでもアメリカ人が通れないから仕方なく広げたそうな。地下3Fまで行くと脱出用の小船が浮いてるらしい(゚O゚;))
おまけに全部手掘りやわなぁ。
ベトナム人のメンタリティはやっぱすごいわな〜。
今ぐーたらしているベトナム人が道端にごろごろしてるけど、、、やるときはやるのね。
夕飯はベトナム風フレンチってことで、ガイドブックにも載っている店に行ったけど、おもいっきりハズレてました。(T_T)





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