xxxxxx 表面張力(仮)

虚実入り乱れても記録
20010802--



2001年12月31日(月)

大晦日の夜

 友人ムや先輩方と蕎麦を食べてきた.大学の近所の美味しい店.
 江戸時代のモノだろうなと思う蕎麦猪口が並ぶ.小皿は多分印判.店はやっぱり混んでいて,人が「何時までやっていますか」と訊ねている.びっくり.深夜まで営業しているそうだ.ここに三年もいるのに知らなかったよ.
 お腹が空くからと思って天ぷら蕎麦にしてみる.かりっと揚がった衣の口当たりが好き.海老がやけにおいしい.

 今夜も泊まりで,でも徹夜で論文執筆.去年もここで新年を,新世紀を迎えた.

 自分の信条や美意識から考えて,そして相手のことも考えておそらく「最悪」と呼びうる始まりをしたこの一年.どう振り返ってもどうしようもない日々だった.
 どんなに楽しいことがあっても,幸せなことがあっても,喉の奥に魚の小骨が引っかかっている感覚から逃れられない.
 その小骨の名はいろいろある.


 昨夜は久々にテレビを観ていて,タモリ倶楽部の空耳アワーで姉と笑い転げていた.
 タモリ倶楽部は高校生の頃から観ている.夜中,受験勉強だったり遅い帰宅だったりして,ふと気づくと放映しているから観る,という,なんて正しい深夜番組の見方をしていた.
 笑って笑って,なんとなくすっきりした.そのときは.
 やっぱり,しかめ面しているより笑っている方がずっといい.軽くなるよ.笑い声に吹き飛ばされるように何かが消えていく.たとえ一瞬でも,瞬間的なモノでも.
 そうやって日々を過ごしている.


 一人で生きていける道を考えるとか,覚悟を決めるとか,能力の差を実感するとか.
 自分の汚泥を見据えるとか,過去を振り返るとか,「前向き」の意味を考え続けるとか.
 多分.
 それは転換期であり必要な時間であり,これまでの選択や与えられた情報から辿り着いてしまう曲がり角や二股の道や下り坂であり,東京駅で先の見えない選択肢が並んでいるような,そんな.

 というよりも.
 もう先には道すらないのかもしれなくて.


 その感情を引きずって年を越さない方がいいよ
 先程,Sさんからそう言われた.わかってる.自分でもそんなこと,いや,自分だからこそよくわかってる.でも感情を絶つことなんてできない.この波は飽きるまで寄せては返す.

 引きずっていくだろう.ならいいさ.飽きるまでつきあうから.
 そうやってワタシは新年を迎えよう.気分新たに,とまではいかなくても,少なくともこの一年は終わる.明確な区切り.自分で引く線.ここでこの時間は終わらせる.




 …もう少しで新年です.
 今年一年,さして明るいとも元気がでてくるとも言い難い内容の文章であるにも拘わらず,読みに訪れて下さいまして,誠にありがとうございました.

 平々凡々のワタシにもそれなりに色々とあり,おそらく皆様にもおありだと思います.連鎖が,たかだか12/31から1/1に日付が変わっただけで断ち切れるとも質が変化するとも思えない.それも確かだと思います.
 けれど,これを自分の区切りとして,何かを吹っ切れるように自分でし向けるいい機会だとも思います.新たな年,新たな日々.目の前にあるのは真っ白な,道すらない広々とした地平線.

 皆様の迎えられる年がすばらしい一年でありますように.



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 あまり更新されませんが、その期間はおそらくきっと、元気にやっています。

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