| 今日もよくダレてます | |||||
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| 2006年01月11日(水) |
| 息子のことで仕事を休んだ。 学校に行ったり行かなかったり。 私は今までの経過があるので、自分の好きなようにやらせていた。 三つ子の魂百までとはよく言ったもので 私はやっととれたと思われる結婚での旦那からの呪縛を彼はまだひきずり、自分で自分にプレッシャーをかけ続けている。 あなたはもう自由なのだから、何してもいいんだよ。 そう言っても彼は今まで自分で何もしたことがないから つまり親の責任と称して全てを親が指示していたことや 母親がやるべきことだと言われて私がやってきたことばかりで 彼は彼自身が歩いて経験して失敗して生活や社会の中での学習をしていなかったので、どこからどうしたらいいのか、わからない。 それから父親からのかなりの無言の重圧を受けているから恨みもある。かといって親ということにかわりはないから、子供として親に愛情を求めるわけだけれど、離婚、そして、私の病気と、彼にとってはつらい数年間だったろう。 甘えんぼですねているが、素直に愛情も受け入れられない。それはありし日の私の姿であり、旦那の姿なんだろう。 今日の息子はすねながらも、私が声をかけておしりをポンポンしても無言だった。拒否はしないから、きっとこれがほしかったのかもしれない。 学校の先生もいらしてくれた。この方はとても静かで穏やかな方だ。そして息子の扱いも知っている。 こうなったのも元々はというと、あの結婚生活で旦那に合わせていたことが原因かと思うと腹が立つ。これこそが親の責任だろう、と、そう言いたい。あの重圧がなかったら、もっと伸び伸びしていただろうな。 私は特に何するわけでもないが、今日は家にいることにした。何も考えずにフツーに息子に接した。息子は反抗的だったが、それでも時間になったら、明日のために風呂に入ったから、少しは落ち着いたんだろう。 イトコからも、前の私に戻ったようだ、と、言われた。だから、いつものように息子に接した。これでいいのかな、と、思う。 子供というのは本当に親を見て育つものだ。そして親から愛情と肯定を欲している。親の責任というのは、そういうところで重要だ。環境とかじゃない。金銭でもない。 旦那はいつも親の責任と言っていた。子供が怪我したら親の責任。忘れ物したら親の責任。けれど目には見えない大事な責任をあの人は放棄した。 そして自分が愛情を受けられる母親のいる元へと行った。(ゆがんだものではあるが、唯一彼が受け入れられる場所だと思う) おもしろいものだ。 旦那も未だに子供なのだろう。 むしろ息子のほうが早く成長して心が成熟するかもしれない。 私はそんな息子の姿を見ていられるという、幸せは私が独り占めだ。 |