今日もよくダレてます
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久しぶりの救急

2005年06月19日(日)
あれから、と、いうのは母親の元恋人を見てからかもしれないが
どうもイライラする気分があって
例えばあれをしなければならない自分がいて
それができないということに関しても、いいや、とは思いつつ
自分にもイライラしていたと思う。

イライラというか、歯がゆい、今、思えばそういうことなんだろう。

なんとも動かしがたい事実があって
人の受け止め方はまたそれぞれであり
受け止め、流し、あるいは今後に訂正していく、と
私自身もまた軌道修正してきたが
自分にとってはBADDESTなことが重なり合い
事実を受け止める許容量を越してしまったようだ。

ここ数日いろんなことが重なり合って
それでも平気なはずだったのに
hiroの今日は結婚記念日だから、帰るねのメールが決定打となって
私はまた自分を見失い、わけがわかんなくなってしまった。
それでもこの感情はいつまでも続かないから
何か気分転換でもして、発散すれば、治ると思い
一人であれこれやってみたが、結局何も手につかず
釣りですから、数回キャスティングすると、もう疲れ果ててしまった。

それでも場所を変えて何度かトライしたが
釣れた魚にも興味がなくて、リリースして、帰った。

また始まったと思った。
絶望感がむくむくと顔を出してくる。それと焦燥感だろうか。
死にたい衝動と、絶望と、腹の底から湧き出すなんともいえない気持ち悪いもの。
泣いてしまうと、過呼吸になるのはわかっていたから
泣かないよう、そして、自分の思考を止めようとしたが薬も効かない。

とりあえず、過呼吸程度ならいつか治まると
部屋の中で悶々としていたが、涙も止まらないし
あのいてもたってもいられない時間が過ぎるだけで
何時間たっても小さくならないどころか、逆に苦しくなってきた。
部屋の中だ私はまたあの苦しみに耐え、もがき転がり続けた。

心の中で、先生、助けてと出てきたので
これは自分で対処する範疇を超えているんだろうと
震える手でなんとか電話して診察を受けることになった。

経緯を話すと、先生はそれをまとめてカルテに書く。
紙が足りなくなって足したので、今回はずいぶんと書くんだなあと。
それだけ今の状況は先生から見れば、重要なのだろう。
話していくだけで、少しほっとしてきた。
これは話しちゃいけないよ、と冗談を交えつつ
私の言いたい悪態を先生が代弁して言うから、笑ってしまった。

ね、こういう気持ちない?
あります、まったくその通りです。
だから、こういう所にあなたは今後注意していったほうがいいね。
はい。
んで、今回は症状が始まってからどうしてたの?
とにかく気分転換をと考えて、釣りに行ったり、音楽を聴いたり
本を読んだり、でも、続かなくて。
暴れたりはしなかったの?
それは考えませんでした。
成長したね〜。
(;´-`).。oO(ぇ・・・・)
以前、数年前の私なら自傷行為や暴れだしてしまってたかもね。
傷つけたいとかは、考えなかったの?
はい、それは全然。
うん、いいね、えらいね、よくできたねぇ。
子供のようにほれられて、なんだか照れてしまう。

家に帰るとまた元にもどりそうだ、と、言うと
そうだね、入院は考えていないでしょ?と。
はい、できれば、と言うと、待ってね、薬の処方考えるから。
夜中だから、頭が回らんぞ〜と言いながら
何パターンかを提案してきた。
だが、私には帯に短したすきに長しの薬で
鎮静剤の注射しようともなったが、今後次回の診察日までのことも考えて
追加の薬の処方となった。

今の私の薬の内容は安定剤がないそうだ。
って、処方見ると、あるんだけど、ごくごく軽いものばかりで
ききゃしないよって感じ(笑)

イライラするときの頓服と、眠剤の追加をもらった。
処方箋がないから、何の薬かわからないけれど。
でも、先生の処方はうまく私に合っているから、安心だ。

先生から私のこともいろいろ指摘され、まったくその通りだと思い
私だってそうですよ、と、例え話をされるととても親近感がわく。
夜中にこんな患者を相手していたら、睡眠不足だろうなあと。
だから、よほどのことでないと、あの病院は救急で診察してもらえない。
逆に言えば、先生が診察すると決めたほど、私の具合は悪かったのだろう。

よく、暴れたりしなかったね。
ご褒美にいい薬を処方するよ。

と、ご褒美の(笑)お薬をいただいた。
飲むときの説明を聞いて、今、まず頓服と眠剤飲んで。
多分今この時間だから(真夜中の二時)、明日はお寝坊してしまうかも。
いいよね〜、寝坊しても、ゆっくり眠って〜。

今日の先生は本当に優しかった。
それは何を意味するかというと、私が具合悪かったということであり
適切な状態で診察を受けたというであり
先生の診察で回復への方向へ向いたということだ。

先生は優しいけれど、容赦もない。厳しいところもある。
私は先生の診察で、少しずつ成長している部分があるのだなとそう感じた。

先生の意向で診察室に母親は入れず、私は先生と二人きりで
長時間にわたる診察を受けた。
いつもの診察なら、ほかの患者さんもいっぱい待っているから
なかなか時間がとれない。

本当に今回は母親は関係ないの?と先生が念を押す。
はい、今回は母親はまったく関係ありません。
で、ここまで連れてきてもらったの?
はい、自分では運転できませんでした。
そうか、じゃ、お母さんには僕からも説明しなくちゃね。

いつもは母親のことで具合の悪くなる私。
今回はいろんなことが重なったけれど、母親とは無関係だ。

お待たせしました、と、先生が待合室にいた母のところに行き
今回、娘さんはいろんなことがあったようですけれど
お母さんは何も関係ないですよ、ご心配なさらないで。
しかし、家に帰っても何があったのか、といつめてはいけません。

母は神妙な趣きで、は、はいとうなづいた。

今日は娘さんを連れて来てくれたそうですね。とても適切な判断でした。
私からもお礼を言います。
ほら、お母さんにありがとうは?

先生に促されて、ありがとうございました、と、私。

よし、これでいい。
薬の説明はわかったね。
帰ったら、すぐ、イライラの頓服と眠剤を飲みなさい。
明日は寝坊してもいいから、ゆっくり眠りなさい。

はい。ありがとうございましたと、先生にも頭を下げた。

この苦しみ、もがいて朝を迎えることもできただろう。
我慢すれば、できただろう。
だが、そうすれば、私はもっとひどくなり、暴れていたかもしれない。
自傷していたかもしれない。
我慢強い私はそれでも我慢しただろう。
次の診察日までこのままでいたかもしれない。

だが、診察を受けてそれが適切であったことがよくわかった。
診察を受けられて、よかった、と、思った。

ほかの患者さんもきっとそうなんだろうけれど
こんなときに、安心して入れる懐が、私には、ない、と、そういうことだ。
それがあったら、診察も受けずにすんだだろうが
ないから、先生に泣きつくのだ。
そういう人生を私は歩んでいるのだ、と、いうことを、しみじみと感じた。

鎮静剤と、眠剤はとてもよく効いて、そのまま私は23時間眠り続けた。
懐の代わりに先生とお薬。
起きて何時だか、何曜日かもわからず、ボケた頭で考えたら
寂しいもんだな、と、思った。




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