| 今日もよくダレてます | |||||
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| 2005年05月16日(月) |
| のんびりと療養して今回はゆっくりと自分を作り直すつもりでいる。 だから、なんと言われようと構わなくて 自分のいいように過ごしている。 もちろん、自分の中では葛藤があるけれど 少しずつテンションを上げたり、感じ方を変えたり こだわりを少なくしたりして、何があっても それを自分の気持ちの楽なほうに考えるようにしている。 問題は収入なのだけれど、深く追い詰めて考えないことにしようと。 それでなくても突き詰めて考える癖があるから。 なんとかなるだろう、わがままもいっちゃおうか、 甘えても構わないぐらいの気持ちを持つようにしている。 負い目を感じると、よくない。 脳天気なぐらいでいいんだと。 それと生活することの全般を自分の部屋でなるだけできるように。 水回りについては、風呂場でてきるように。 変な話だが、私は気を使ってしまって台所にたつことができない。 いても、10分が限度だ。 だから家族には内緒で洗面台で洗い物をできるようにと スポンジとふきんと洗剤を準備して、片隅に置いている。 ただこれだけで、すごく気楽になれる。自分が楽になって驚いた。 こんなことだけでも私はずいぶんと負い目を感じているらしい。 洗うものはスプーンとコップぐらいだからこれで十分。 私が使いやすいもの、使いやすい配置、そういったことは ことごとく家族から拒絶され、捨てられたりされてしまっていたから 私はただ我慢するしかなかった。 何がなくても、あっても、文句言えない。黙ってやるか 家族の手の届かないところは黙って私がやっておく。 私は何も言わないから、家族は気づかないけれど。 悪い所はよく見えるが、よい所は黙ってるとまったく見えないものだ。 批判ばかりされてきたから、やる気も失せる。そんなもんだ。 だから余計な親切はしないことにした。 私はふきんやタオルを洗おうとすれば、替えのものを出して取り替える。 が、家族は替えを出さないで洗濯してしまう。 するとないまま一日が終わる。下手すると次の日もない。 いつも流しのところに洗い終わったスポンジがそのままだ。 私は洗い終わったら、水をきって、スポンジ置きにもどす。 流しではまた汚れ物や汁を流すから、それに浸りっぱなしのスポンジは とても不衛生だと思う。でも、黙っている。 洗い物が苦手な家族はフライパンを洗うことを知らない。 鍋も汚れがついたままだ。 台所で何か作るには、まず、洗い物から始めないとできない。 これは抗議したことがあるが、性格だから治らないと逆に怒られ それからは黙っている。洗い物から始める料理は面倒だ。 料理は終わった時に調理器具もほとんど洗ってしまってしまいたい。 だが、家族はそのままだ。 その次に使おうとすると、やはり洗い物から始めなければならないから なんだか、とても億劫になってしまう。 トイレや風呂に入っていると、確認もされずに電気を消される。 別にいじわるなのでなくて、いないという思い込みや確認するということを 知らないだけだ。まるで自分たちだけが生活する場所という感じ。 湯船に浸かってるときに電気を消されるのは、とてもみじめだ。 そのくせ、私が風呂に入ってるのが分かった途端 なぜか知らないが、ドアを10センチぐらい開けて覗き込む。 何の意味があるのかわからないが、なぜか覘いて見ている。 声もかけずに黙ってするから、気分が悪い。 台所や風呂だけでもこれだけ、いや、まだあるのだけれど ただひたすら我慢して使ってきた。生活の全般がこんな感じだ。 提案しても抗議しても結局何も変わらないし、逆に私が攻撃されて拒絶される。あるいは妄想と言われるか。(笑) 生活のベースを私の部屋に変えてしまおうとひょんなことから思いついて。 模様替えしたいと思っていたけれど、頭がうまく回らない。 すると私は買い物に出て、意味もなく、いろんなモノを眺める。 それがいい刺激になって、ああ、こうすればいいかなとか こんな便利なモノがあるんだとか、あれもやるといいなと 頭が回転を始める。たいしたモノは買わないけれど。 買い物はよい刺激だ。ウインドウショッピングとでもいうんだろうか。 日中起きていられること、体を動かすこと、気持ちよく過ごすこと これをし始めたらなんだろう、気持ちがいい。 まだまだ今までのツケがあって、いろいろとやることはあるんだけど 億劫ではなくて、あら、時間が足りなくてできなかったわ 明日しようかしら、ぐらいの気持ちになった。いい傾向だ。 自分で満足しているから、後悔もなにもないわけで だから今までは凹みはないけど平坦な気分から じわじわとこれでよしという満足感を得られるようになった。 普通の人から見れば、まだまだかもしれないけれど、それでいい。 感情のアップダウンが激しいととても疲れる。 だから、平穏に生きることとちょっとしたことに幸せを感じるのがいい。 私は息子の姿を眺めることと、hiroに触れていられれば、それでいい。 愛する人たち。そして、かけがえのない友人たち。 hiroが今日は会える?と。 うんうん。 少し遅くなりそうだけど、会おうね。 やった〜。またくっつこう。あの腕に触ろう。あの優しい目を見つめよう。 他愛無い会話をして幸せを感じよう。 愛する人がいる。愛されてもいるんだと思う。こんな私でも、だ。 大事にしたいと心から思うし、ずっとそうでありたいと思う。 人を愛する。 心穏やかに生きる。 幸せを感じる。 これがこれからの私の生きるポイントかもしれない。 |