今日もよくダレてます
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病院にて

2005年05月14日(土)
木曜、あるいは金曜が私の診察日だ。
担当の先生がいる日。
3月に一度夜中救急で行ってからずっと一週間毎の診察だった。
なぜなら私にまだ危険が残ってるからだ。
マメに顔を出して様子を見せなさいと、そういう意味で。
目標はなんといっても「暴れないこと」だから、笑える。
もし暴れたら入院になるからね。よし、それを目標にしていこうか。

それが前回から二週間毎になった。
私の気持ちが安定しているからだ。
毎週行っても特に何もないですね。すごく安定しています。
まだ動くまでは行かないんですけど、落ち着いています。
最初は先生も少し不安だったのか
そう言っても一週間分のお薬しか出してくれなかったが
何度も同じことが続いたので、二週間のペースに戻った。
危機は回避したということか。

ところでその病院はいつも二時間待ちぐらいになる。
特に金曜はお休み前だから、なお更だ。
喫煙スペースに居座るスモーカー患者さんたちは仲良しになる。
顔ぶれも同じだし、中には一緒に入院していたなんて人もいたりするから
そのまた仲良しと言う感じで世間話をする。

その中で私はまだ新人だ。
症状も病歴も軽いほうだ。生活もまだましなほうだ。
聞くに耐えない話も何度となく聞いてきた。
何年の病歴か。入院したことがあるか。年金はもらっているか。
働いているか。家族はどうか。
この5点を聞けば、だいたいわかってしまうようになってきた。
病状や現状の様子、と、いうことだ。

金曜にある女性と隣になってタバコを吸っていた。
私はちょっと睡眠不足でぼーっとしていた。
すると
「私さ、25年よ」
いきなりこう切り出された。
ふと顔を上げると見覚えはあるけれど、お話したことはないような気がする。
「えっ?」と切り返すと
「病気になってから」と、煙を吐き出して少し笑っていた。
私の顔を見て、あなたはそんな悪くないわねと言い
でも働けないし、家の事もうまくできないと言うと
「顔を見たらわかるわよ。あなたはまだ働けそうだもの」

そこから彼女の話を聞き始めた。
発病は19歳の頃。躁うつ病だと言う。
躁になるとハイになって何日も眠れずに驚くようなことをしてしまう。
病院の屋上のフェンスの上を歩いたり
入院していて看護婦さんから鍵を盗んで逃亡したり
いろいろあったそうだ。
逆にうつになると動けなくなり、死にたくなる。
話を聞くと、私なぞはひれふしたくなるぐらいだった。
じゃ、年金もらってる?と聞いたら
先生のほうから勧められて障害者2級になったそうだ。
(先生から言うというのは、それだけ重症ということだ)
月にいくらもらってるけれど、と、いい
子供はいるの?と聞かれて、うん、息子が一人と答えると
何歳?と聞くので、16歳になったよ、と答えた。
すると、あら、うちと一緒、じゃ、仕事しないとねっとカツを入れられた。
そうそう、いろいろとお金かかるしね。
あなたならまだ年金はもらえないみたいだね。
うん、多分そう思う。先生も働く気は起きない?って聞くし。
やっぱり。
でも、今の所ムリなんだ。

と、私の病歴を話した。

彼女はあまり表情を変えない。
それでも言いたい事や思いは伝わってくるけれど。
少しトロンとした眼をしているのは薬のせいだろう。

私、これでも勤めているのよ。パートだけど。
そうなんだ、いいね。
きっとあなたにも、できるわよ。私でもできてるんだから。

パートで事務をしていると彼女は言った。
私は時折文字が読めなくなることを言ったら
カラカラと笑って、そんな時もあるわよと。

文字が頭に入らないというのは、私としては致命的だと思っていたのに。
彼女の言葉がとても意外だった。

じゃ、またね。
うん、またね。
元気で。

名前も知らないし、顔もよく知らないけれど
あそこの喫煙スペースにいるととてもよい心地になる。
私だけが苦しいわけではなくて、皆そうなんだ。
うつになると特に孤独が身に染みる。
けれどそんな会話の中でなんとなくわかりあえる会話ができると
孤独の殻は少し薄くなって、安堵する。

人は、なんであれ、共有したり、共感したりして生きていくものなのかもしれない。


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