また小説かきました!!題は「僕のセルマ」。 セルマという名前の、フランス人女性に恋をした物語りです。 私、どうしてもあの楽器が忘れないみたいでとうとうまた小説になってしまったのでした。すごくひまな人だけおよみください。
『僕のセルマ』
セルマは、奥まった席に黙って隠れるように座っていたから最初は目立たなかった。 たくさんの若くて、均整のとれたキャンペーンガールの華やかな立ち姿の後ろで、自分の出番は今ではないというような、ゆとりとも諦めともつかない落ち着きはらった態度が、逆に僕の目をとらえた。
今の僕には、女が集まっているくらいで、いちいち好みのタイプを検索するほどの若さも、思い上がった自信もない。 自分にはもうそんな気力はないんだ、と思って何年たったことだろう。
最近はやりのサービス過剰な露出の服はきていなくて、彼女はむしろ一つ間違えればいきすぎた古風ともとられかねないほど、ベーシックな服装をしていた。 しかし良くみると、それは単なるアンティークではなく、70年代風のドレスにヒントをえて、より現代的にラインを整えたデザインであり、彼女が控えめなわりには自分に投資している様子も伺える。
いったい彼女のターゲットはどんな男なんだろう。 それなりの、審美眼、経済力を暗に求めている趣味を表現していることは僕にもわかったけれども、単にそれだけでは、彼女はなびいてこないような予感がした。 おそらく彼女はいわゆる「力」じみたものを求めていない自立した女であり、しかし品のない男を極端に嫌うのだ。
言っておくが僕は、「落とすのがむずかしそうな女」だからといって奮起するタイプではない。 難しいそうに見せるのが必要な女には、愛される才能についての自信がないのだと思うからだ。手管をつかわなくても愛される女は愛される。
セルマを呼び寄せると彼女は意外にフランクな様子で僕に近付き、一緒にダンスをしてくれた。 軽やかな足取り、しかしサロン風のダンスを気負わずやっているようにみえて、それが遠めにでも明らかに磨きあげられていることがわかるような踊りをしてみせている。 リードされているのは僕だった。 僕は、セルマと踊っている自分が遠くからでも格負けした男にみえていることをその時かみしめたとたん、セルマに恋をした。
セルマはフランスからきた。 僕はフランス語はもちろんはなせない。おそらく彼女が幼いころから頻繁に経験してきた、優雅な世界にもこれから縁がない。 それでも僕はセルマを愛してしまった。
人はなぜ、もっとも縁どおいものに焦がれて求めてしまうのだろう。 不思議なことに僕はセルマをそのとき以来毎日思い出すのだが、彼女の顔がよく思い出せない。 すごくきれいだったからまっすぐにじろじろと見れなかったせいだ。
女を幸せにしてやりたいだなんて一度も思ったことがなかった僕だけど、セルマがきてくれるなら、彼女が一番輝くように愛したい。 僕はフランス語を勉強して、彼女にはきれいな日本語だけを教えてあげるんだ。 勝手な空想に身をゆだねることから、僕の今年の春ははじまった。
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