よく、何のため?とか、 それができて何になるの?とか、 それって本当に必要なことなの? っていう疑問がうまれます。いろんなことについて。
イソップ物語りの中に、原作のなかに「猪の牙」というお話があるのを御存じでしょうか。
●ある平和な時代に、森の中で岩を使って自分の牙をといでいる猪がいました。 そこにキツネが通りかかり、猪のまわりをいぶかしげな顔をしてぐるぐる一周したあとこう訪ねたのです。 「こんななごやかな森の中で、がりがり牙で岩をかっちゃいているなんて、おまえさんぐらいのものだよ。どうしてそんな意味のないことをしてるんだい」 猪はこう答えました。 「今の森がおっとりしているから、その間に牙を磨いているんだよ」 キツネは、さすがに猪は猪突猛進というだけあって、昔のくせがやめられないのだなとしか思いませんでした。 「そのがりがりしている音が耳障りだね、まったく」といいながら、キツネは散歩にでかけていきました。
しばらく後に、平和だった森に、突然よその森からたくさんの動物が食べ物をとりに引っ越しをしてきました。 よその森では、食べるものがみつからずに、常に食べ物をめぐって争いが起きていたのです。よその森から平和な森へ食べ物を探しにきた動物たちに話してきかせる暇はなく、平和な森の動物達は次々となぎたおされ、あるいは食べられてしまいました。
牙をみがいている猪をおろかものだと笑ったキツネの、なごやかな森でやわらかいものばかりをのんびり食べていた牙は、よその森の動物たちにはむかうには丸みをおびていて抵抗できませんでした。キツネは死んでしまいました。 牙を磨いていた猪は、よその森の動物たちと戦って重傷をおい、磨いた牙は折れてしまいましたが、命はとりとめました。●
というものです。 なごやかな森ではするどい牙は必要のないものでしたが、『牙は必要になってから磨くのでは間に合わない』ということです。 今自分がする予定のものだけを準備するだけでも十分時間がかかりますが、目の前のことだけに終われずオールマイティな準備をしていなくてはいけない。 すくなくとも楽器演奏に「つけやき刃」はあんまり通用しないということです。 だって「磨いてあった牙」でさえ、『戦えば折れる』し、猪は重傷をおったのですから。
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