君に会う嬉しさの 胸に深く 水色のハンカチを ひそめるならわしが いつのまにか 身にしみたのよ 涙の後をそっと 隠した色よ
月影の細道を歩きながら 水色のハンカチに つつんだささやきが いつのまにか 夜露にぬれて 心の窓を閉じて 忍び泣くのよ (水色のワルツ)
大正後期から昭和初期の歌謡曲をあつめたという音源を 先日あずかった。 現代曲をふいて、指と一緒にあたまがしどろもどろに なっていた私は、そうだあれをきいて安らいでみようと 思ったんです。
ワルツなのでこれは3拍子(あたりまえか)。 「東京だよお母さん」とか「高校3年生」とかもはいってる。 でも個人的にはこの曲が一番「しみた」。 静謐な悲しみと孤独の世界...。美しい。 同時に日本の「歌」の奥行きと洗練も感じる。 今はもう亡きアルフレッドクラウスに歌ってほしいとも 思った。彼がよく歌っていた「春の嵐」みたい。ノーマン とかじゃなくて、これは女性の歌らしいけどやっぱり アルフレッドクラウスに...。 クライマックスの押し出しで、かならず声が太くなって も変にならないいわゆる「なんでも歌えちゃう人」じゃなく て、おさえのきいた人に。おさえることによって深みが よりよくでるっていうのかな。 「水色」のハンカチで「忍び泣き」してるんだけど、 心の中には「嵐」吹いてるんだよ。そして、「春」は 戻ってこないんだよね。 もし、トランペットでこれを吹くとすると...。 自分は好きだけど、ここまで表現できて伝えられるか どうかはかなり不安。 いや、疑問。 というよりできないかも。 「鳴り」で聞かせる曲じゃないものは、逆に自信がないと できないものかもしれないな〜と思った。
ここしばらく、どこにいっても「がっちり食べる」「栄養 バランスのよい食事をとる」など肉体的なバイタリティを 確保することに注意をとられていた(今日ももれなく スライス牛と、ハンバーグに『ライス大』であった) 私なので、気分がすっかりビビッドになっていたんですけど、 こういうデリカシィというか、忍耐を表現するような 静かな強さもないと、それこそバランス悪いですよね?
というか、デリカシィを維持するためにバイタリティを 求めていたはずなのに、課題に振り回されてそれを 忘れていた。 まったくおはずかしい限りです。 水色のハンカチはもっておらず、パステルの大きな 明るい柄かはっきりしたチェック、あるいは冠婚葬祭用の 白しかハンカチしかもっていない私は、台風もまだ到達 していないサッポロで、静かに反省するのでした。
秋の夜は、深いね。
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