古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2003年11月05日(水) 誰がなんといおうと

先日、非常に近しい人がこの世をさりました。

おわかれもしてきましたけれど、実感がわきません。
私は一度も泣いていません。いなくなった気がしない
からです。

学生だったころ、「福祉施設を演奏して巡回したい」
という希望をだしたとき、多数決で、それは却下
されました。ほかにすることがたくさんあるとか
いう理由だったかもしれません。演奏回数をふやす
には全体の状態が不安定であるという理由もあった
ような気がします。でも、
私は、十分にお金を準備できないとか、自分で
好きなように出かけられない人々のところへいって、
世界一の演奏をすることが夢で、そのために日々の
練習をしていました。
圧倒的多数でそれは却下されたので、「誰も自分の
気持ちをわかってくれない」と思って私は、世界
でひとりぼっちのような気がして、いつまでも
ずっと泣いていました。

その時、その人は私の真正面にたって、
「誰がなんといおうと、おまえはおまえだ。自分の
やりたいことを信じろ。」
と言いました。そのとき、その意見に対して反対
しなかったのはその人だけだったのです。

あれから十年以上の月日がたって、施設関連の仕事を
すると、すぐに「慰問」とよばれ、ある種、音楽会と
は別物あつかいされることに強い反感をもちながらも
自分なりに信念をもって活動を続けています。
私はそのたびに、その人の言葉を思い出して、
音楽家としての誇り、誠実さを胸に焼きつけて
人の前にでて演奏してきました。

「わからない人の前で、何をやっても大差がない」
「誰が何をやってもよろこんでもらえる」
と思われることもある。
わからないなんてあるか?
何をやっても、とはどういうつもりだ。
......私はそういう人間蔑視が大嫌いだし、おおげさ
じゃなく、キタラやサントリーで吹くぐらいつもりで、
ベストをつくすことが自分のプロとしてのプライドだと
思っています。
でかけられない、というのは、こばめないという
こと。そんな人達の前で、汚いものがだせるだろうか。
純粋でなければいけない。
磨きたてられてなくてはいけない。
そういうプライドは口にだして語る必要はないけれど、
けっしてひとりで育てたものではありません。
私も人に助けられてそう信じられるようになったの
です。

よーく思い出すと、当時の自分にとって、どんなステイタス
よりもそれが憧れであったことが思い出されます。

当時から、決して天才タイプではなかった私でした
けれども、熱い信念があって、それにエネルギーを
えて練習していました。

正直いって、これまでのあいだ時々それをわすれた時も
あったかもしれません。私も必死だったから。でも、
これからはいつも忘れないでいようと思う。
その知らせをきいてまっ先に思い出したのはその場面
だったからです。

まだ新婚の若い奥様を残して、勝手な人だと思う。
でも、絶対私はわすれません。
それにいなくなったとも、思わない。
だから、一滴の涙も流すつもりはない。
私が泣いていた時、味方になってくれたその人の顔、
姿、トランペットを楽しそうに吹いていた音、
それは絶対に消えません。

だれがなんといおうと、私はそう信じています。


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