ひさしぶりの日記です。わたしはその間いろいろしていましたが、 なんだか今はぼけっとしています。あんまり文字がうかばなかった のです。ちょっと書いたりもしてみたこともありましたが、なんだ か書けなかったんです。トップページより日記の方がアクセス数が 多いんですからもうすこしマメに堅実に日記もかけたらいいんです けどね。たまに書けなくなるのです。
私は、先日わけあって京都にいってきてました。 時間がすこしあまったので、京都観光をすることにして、八坂神社 のお祭りと祇園、健任寺(神仏混合ですね)を見学したんですけど、 一番ぴたっときたのは健任寺です。
栄西の禅宗のお寺で、もっとも修行の厳しいお寺だそうで、お風呂 に入る時も話したり笑ったりするのがだめなんだって。 でも、みにきてる人たちは方々でねころがってかなりくつろいでま した。 私は「修行の厳しいお寺で仏様に足むけてねてもいいのか〜?」と びっくりしてましたが、よく見ると天井に大きな壁画があったので す。2尾の龍が仏典を守る姿が描かれていましたが、ずっと見てい たかったほど貫禄と迫力があって美しい絵でした。「2尾が協力し あって守る」という構図がめずらしいんだそうです。龍はもちろん 想像上の動物なんだけれども、こういう動物に仏典を守ってほしい と願ったたくさんの人々の気持ちがなんだかわかるような気がしま す。私もしばらくごろんと寝転がって眺めてました。
秀吉の茶房も残されていましたが、すごく小さな薄暗い部屋でした。 こんな小さな部屋で考えごとをしてたんでしょうか。でもなんだか 落ち着きそうでしたね。
俵屋宗達の描いた「風神雷神図」日本史の資料集の表紙なんかでよ く見られるもので、誰でも見たことがあると思われます。金屏風 でしたが、「白」の面積が多いので画面が重くならないんだそうで す。風神も雷神もその筋肉の動きから、「降りてくる」ところなの か「昇っていく」ところなのかがどうしてもわからないしかけにな っているんだとか。私は「ふしぎな格好で宙にういている」と感じ ました。表情もなんとなくユーモラス。
なんとなく健任寺にいてみて感じたのは、「おおらかさ」です。 訪れる人々もなんだかみんな一様にリラックスしてのびのびして いるような気がしました。襖絵も、36枚に及ぶ大作から、かなり マンガみたいな絵柄のものまでさまざまでしたが、ご説明によると とにかく一番厳しいお寺だそうです...。 でもそこでなんとなく思ったの。人が、厳しいなにかを実現しよう と思ったら、その環境はおおらかじゃなければいけないのかなって。 当時、芸術家や学問を学ぶ高僧が好んであつまったといわれるその 場所で、やたらと緊張して、がちがちに固くなるだけがいちばん 人のエネルギーをひきだすかというとそうじゃないってほんとに 思ったんです。小さなことに左右されず、でもちゃんと大事なこと に集中するとか、ものごとを長い目でみて考えるとかそういうこと をすごく感じました。単純なんだけど私はこのお寺のような人に なりたいなって思ったんです。大きくて深い芸術と、等身大の ユーモアの精神、そしてだらだら寝かせてあげることもできて、 だけど厳しい修行にむかうこともつつんであげられるっていう。 ほんとに気持ちのいい場所だった。
舞子さんがおつとめしているので有名な通りは、昼間なのであいて いませんでしたが、そこをとおって祇園にむかうとお祭りの最中 なので人込みがものすごく、そこはさっさと通り抜けて八坂神社へ。 京都の街は、方向音痴で「地図の読めない女」の私でも十分歩け ます。そこではお神輿が出発するところで、真っ白いお化粧をした 小さな男の子が金の烏帽子をかぶってひとり祭られて、まず塔を 3周してからやっとお神輿の出陣です。私が見ていられたのはそこ まででしたが、楽しい観光でした。
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