| 2003年01月23日(木) |
新説「泣いた赤おに」 |
しばらく、情熱的なまでに日記のつづいていた私ですが、 この二日間ほとんど書くひまがありませんでした。 それは、「しゅぎょう」していたからです。
かでるでのコンサートは、「トランペットがよかった。」 といい残してくださるようなお客さまがたにもめぐまれ、 お琴のメンバーも集中力がたかくて、きびしい曲では あったけどすごく充実していました。めずらしい編成 だけれども、また演奏したい曲です。
そのあと、ヤマハセンターにむかい、K森くんがH野口さん にレッスンをうけている風景を見学させていただく。 非常に教示深く、実際に何度も演奏してくださり、 また普通質問されるとこたえにくいようなことにも わかりやすくストレートにレッスンしてくださるので、 とても充実した時間になりました。 私が実際みれたのは「ルスティーク」でしたが、しばらく 吹いてない曲なんだけど、忘れないうちに自分もさらって みたいと思わされました。
しかし私達にとって連日の「しゅぎょう」はこの後が はじまりなのです。 K森くんのひとりまえにハイドンのレッスンなどをうけて いたのりちゃんとあわせて4人で晩ごはんを食べにいく ことに。会場はじゃこせんべいが名物の『天銀』である。 これが、すごかった...。 普段は、「のまない、食べない、話さない」のが私 なんですけど、この日はH野口さんの予想をうわまわる ハイパワーの長時間の持続性にまきこまれ、自分の 人格以上のテンションをわたし(たち)は午前3時まで キープしたのだ。家についたら4時だった。 よくわからないが、K森くんとのりちゃんは「モトカレ& モトカノ」だったことになったし、H野口さんと私は同期 の桜(笑)であったことが判明して、「先生をおもてなし する」ような雰囲気はまるでなくて話しがあちこちにとび まくり、そこにすべて嘘と虚飾がないためたびたび火花が 散る。しかしあとくされはないのだった。というか常に 前進していないと「遅い」と指導がはいるためである。 というかその間もひっきりなしに飲んでいるのでものを おぼえていられない(笑) 私はのりちゃんがお酒をのんでいるのをはじめてみた。 酔っぱらってたわけではなかったが天然ののりちゃんは そこにいると場がなごむ。しかし、のりちゃんはお嬢な ので終電で帰宅した。 そして終電でかえるはずだったK森くんは、実際一緒にの んだことはなかったのですが、とってもおもしろい人で 「男らしい」ことがわかる。クリニックのためにドンジョ バンニのオペラの全通しをぬけてきたのだからそのいきご みはすばらしい。でも、自分がオペラのメンバーだったら そういうやつがいると困る...よ..。でも私はその時困って なかったので彼のオペラでの身の上は気にしてないけど。 大丈夫だったんでしょうか。
しかし、「男になるため」にH野口先生は若干20才の K森君に過酷な「しゅぎょう」を命じていた。よくやった と思うけど、二日目になるとこれが3倍の要求になる。 しかしこれにもよくこたえ、K森君は「男」デビュー した。たまに超純粋な質問をするのが、みていて非常に ほほえましいというよりおかしくて笑いがとまらなく なる...。 やっぱりのりちゃんは終電でかえった(みんなで写真 をとって。この辺まではたのしい飲み会なのだが 彼女がいなくなると「しゅぎょう」になってしまう)。
つまり、話は前後するけどふつか連続で初対面同士で 「しゅぎょう」をしてたのだ。 ふつかめなんて結局「朝帰り」でした。一度3時に おひらきになったのですが、H野口先生のホテルまで タクシーでおみおくりする際、あたらしい話題が はじまってしまい、朝の五時半まで、ロビーのソファー でだらんと3人で座りながら話し込んでいたのだ。
もちろんラッパが集まっているのだから、ラッパ談義に 花がさいてるのはあたりまえなんですけど、それが ずれるとめちゃくちゃずれまくる。 ふつかめの「しゅぎょう」の夜半すぎ、話題は「童話」 の謎、ということになった。
私は、「好きな歌、」「好きな曲」をはなしている うちに、小学校のころからの自分のなやみである 「泣いた赤鬼」についての話しをしてみた。 泣いた赤鬼って話しは、人間となかよくしたい赤鬼 が親友の青鬼の提案で八百長をやって人間となかよく なるけど、青鬼は、「自分とかかわっているとまた 人間にきらわれるから」という理由で、「旅にでます。 会うことはないでしょう、いつまでも君の友だち あおおに」という置き手紙をのこして姿をけしてしま う。その手紙をよんだ赤鬼は、いつまでもその手紙を 手にして泣いていた....という話し。
私はこの話しを読むよむたび、「じゃあ赤鬼はどうすれば よかったのか」がわからなかった。人間と、青鬼と、 どうして二者択一しなければいけないのか。 なぜ両方と幸せにくらせないのか...。なにかを犠牲 にしないといけないっていうのが、不幸せを義務づけ られているようで、そして、私も赤おにだったら、 その手紙を読んでやっぱりいつまでも泣くだろうと。
しかしH野口さんのきりくちはこうだった。 「泣いてる場合かよ。人間なんかほっといて、赤おには 青鬼をさがしにいかなくちゃいけない、すぐに。」 という。 「でも、青鬼を探しにいったら、人間とはなればなれ になるんですよ、赤おには....。」というと、 「実はこうだったって、青鬼を紹介すればいいじゃない か。」 「でも、紹介したら、演技してたってばれてまた赤鬼 は人間たちに信用されなくなるんじゃないですか」 「青鬼を失ってまで、人間たちと仲良くする必要なん てあるのか。赤鬼が一番大切にしなきゃいけなかった のは青鬼だろ。泣いてないで探しにいくんだよ!!」
「でも、青鬼は、どこにいったかわからないんですよ。 どうやって探すんですか」とたずねると、 「そんなの、四方八方、手をつくして必死にさがすん だよ!!青鬼をわかってくれない人間たちなんかと その後なかよくしてどうするんだよ。青鬼がどこかで おもいつめてひとりで自殺するかもしれないじゃない か。その遺体がどこかでみつかった時のむなしさって これ以上のものはないだろう。一刻もはやくさがせよ !!手紙よんでないてんじゃねえよ。赤おになんてち っともかわいそうじゃねえんだよ、青鬼はどうなった んだよ。」
「そっか..いや、そうです、探しにいかなきゃだめ ですね、赤鬼は。」 「あたりまえだよ。」 「そうですね、わかってくれない人間より青鬼の方が 大事ですよね。」 「そうだよ、青鬼だけがいれば十分なんだよ。どっちも 仲良くするなんて必要ないんだって」
もちろん、わたしだって青おにを気持ちを考えると せつなくてしかたがなかったんだけど、探しにいく、 っていうのは浮かばなかったんです。 たしかに、泣いてるだけじゃだめで、探しにいくべき だと思う。自分が青おにだったらそうしてほしいかも しれないし、赤鬼だったらそうするべきだと思う。 一番大切なものを必死にまもらなければいけない、 そこで、センチになって泣いて時間を見送っている 心の痛みに似たものは、自分がかわいいだけの 弱い欲張り根性なのだっ!!と新境地を開拓した。 子供のころから、「どうすれば両方と赤鬼はなかよく なれるのだろう」とばかり思ってたけど、なんか 考えがかわりました。大切なのは本当に自分のことを おもってくれるたったひとりの青鬼であり、それを 犠牲にしたことを泣いて悔いるだけでなく、気がつい たらすぐに青鬼を探しにいかなきゃいけない、必死に。 でも、人は赤鬼のように、まちがえて大事なものを 犠牲にして欲の対象をいたずらにひろげてしまうこと があると実際思う。そして青鬼のような人も人間の ような人もいる。八百長をとおしてじゃないと赤鬼を うけいれようとしない人たち。そういう人もいる、 この話しのようにそういう「村びと」たちに理解されない 赤鬼の気持ちもわからなくもない。
でも、「やってしまった」時、泣いてるだけじゃ だめなんだね。必死に、自分の「青鬼」をとりかえしに いかなかきゃね。どこにいるかなんて、わからなくて もさ。ほんとその通りだよ。
この「新説*童話をきる」シリーズは(笑)、「シンデ レラ」「赤頭巾ちゃん」「よだかの星」などにも発展し た。しかし、その間「男デビュー」のK森君はほとんど しゃべらずだまってきいていたのだからすごい(数時間 におよんでいたが眠らず起きていた、というか二人とも 声がでかいので眠れなかったとも思われる)。 そして、旅にでるといっていなくなった青鬼を「おもい なやんで自害しているかもしれない。緊急に探すべき」 とそくざに強烈に案じるH野口先生の感じ方が、実際 それと似た場面にあたった時の「赤鬼」役にはどうも そくざにはうかばないことが、また、「愛されるがわ」に いる人間の甘さ、「愛するがわ」にいる青鬼の孤高な 純粋さのコントラストとなり、「赤」と「青」という 色わけにも反映されている気がします。
でもね、私はちょっと思ったの。私が青鬼だったら 自殺はしない。たまに、別の動物の名前をかくなり うまく人間達に隠して、赤鬼に手紙をかくよ。 ほんとはさみしくても、「あたらしい山のなかで たのしくくらしてる、今度こっそり別の場所であいに いくかな。」って。 もし赤鬼がおっっかけてくれなかったら、探し当てて くれなくても、「きっと赤鬼は自分の痛みをわかって くれてるから、自分はしんじゃいけない」って。 だって自分が死んでしまったら、赤鬼のことを 思い続けることができなくなる。いつかまたあえる かもしれないうちは、それが絶望にちかくても、 確信がなくても私は自殺はしない。生きて愛して いたいからです。(ていうか絵本のなかでは赤鬼 も青鬼も男性らしいので結婚はできないかもしれな いけどね。)やっぱり、青鬼も赤鬼にとっての ほんとの友だちである自分を赤鬼からきりはなして 音信不通にしないでほしかったよ、私にしてみると。
書くと妙にシリアスですが、こんな話しのさなか 「ブラントの2番」を浪花節にうたいながら、かなり 変な『両足ぞろえジャンプ前進』などの連続をして音楽を 表現してくださるH野口先生は常にユーモアの精神を 忘れないのだった...。
しかし、まさか始発でかえることになるとは思わなかった ですよ(笑)。ちなみにこの二日間の隠しキーワードは 「一流の香りがした」でした(爆笑)。
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