古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2002年11月14日(木) アンドレのブラント2番

今日、先月末に買ってからというもの毎日ジャケットを
眺めながら聞いているブラントの2番(アンドレアンリの
演奏しているもの)の楽譜を、キクヤで待ち合わせして
30フンまたせてしまった(ごめんなさい)村田さんから
うけとった。

これでやっと練習できる。

異常なまでにききこんでいたため、ほとんど空で歌える
ようになっていたのですが...

と、思っていたのはほとんど勘違いだったことに気が
つきました。勘違いというのは、感動したのは事実なの
ですが、想像していた楽譜と全然ちがったということ
です。

まずイントロ(歌謡曲でいうとサビスタートで最初から
はまってもりあがっている感じかな)の部分なんですが、
私はアンドレの演奏をきいて、なんて『ロマンティークで
優しくて、寛容』なんだろうと思った。そして、そういう
表情をだそうとする時に自分だったらあらわれてしまいが
ちな、「ツメのあまさ」「しまりの悪さ」なんてもちろん
ない。流れ過ぎず、希望にもあふれている。旋律は
メランコリックだけど涙はみせないって感じ。
にくたらしいわー。
で、どんな指示が楽譜に書かれていたかというと、

なんと「Allegro con fuoco」(火のように)
だったんです!

これが「炎」なんだとしたら、

この炎に焼かれて死にたい(笑)。
いや、包まれたまま永遠に生きていたい、とも
いえるな...。
どっちなのかはどうでもいいです。
全身火傷しても気がつかないかも。
とか考えてるわたしってひょっとしておばかさん??

同じ楽譜を、アンドレの演奏を聞かずに「ふうん
Allegro con fuocoね。」と思ってひとりでさらっていた
としたら、わたしだったら、もっとキツク、激しく、
でもただそれだけで後にはなにも残らないような
イメージになってしまいがちです。そこには
あんまり未来像はない(そんな余裕がない)ので、自分も
同時に燃え尽きて聞いてる人のことなんて考えられないこ
とでしょう。
なんて、だめな私なんでしょう。

最初から、盲目な情熱にはしると全体像が見えにくいと
いうのは、構図が頭にはいってなかったり、客観的に
練習できてない時におこりがち。でもそれはある意味
自分の好きな曲だと思う程起こりやすい状態でもあります。

アンドレにレッスンされる度にかならず一度はいわれる
(実際のところ一回のレッスンで5回以上いわれてる)
「君は戦いすぎている。なぜそんなに戦うんだ。」
という言葉の意味があらためてわかりました。
それは、ラインハルトにいわれた
「僕は君を試していないんだ。」
と共通しているような気がする。

油断すれば、殺される。だから戦う。
信じればだまされる。だから身をかたまらせておびえる。
失うかもしれないと思う。だからテに入れようとしない。
愛されていないと思う。だから愛さない。
むくわれないと思う。だから努力しない。
利用されると思う。だから利用しようとたくらむ。
そういう、人にたいする強いさい疑心、自分にたいする
自信のなさ......、
私は人を、自分を、音楽をいつも信じていたい。
どうして、そういう自分の正直なきもちから逃げて
生きてきたんだろう。
そんなさみしい、こころを閉ざした演奏を誰もききたいとは
思わない。音楽をきくとき、誰が不幸を味わいたいと思うだ
ろう。閉ざされたこころを開いてほしい、疲れた体を
いたわってほしい、絶望を希望にみちびいてほしい、
すべての感情をゆるしてほしいと思って人は音楽を
もとめるんじゃないかな。何にもうめてもらえない
孤独でさえ、すくわれるんじゃないかと期待してるん
じゃないかな。少なくとも私はそうやってきいてしまう。

今日おもった。「自分がいやだ」とかそんな悠長なこと
言ってる暇はない。ほんとはこんな風にふきたいんだ。
アンドレにいわれて、忘れられない言葉はたくさんあるけど、
今日はすごく、胸にやきついた言葉がある。
「僕は君のことを何もしらない。
 でもひとつ、言えることがある。
 君は、ベストを尽くしていない。」
「どうして自分の気持ちを隠すんだ。すばらしいのに。
 何がこわいんだ。」
「やってみろ。こわくなくなる。」
「なぜ練習しないんだ。」
「今の君にはトランペットしかない。僕もそうだ。」

私は、トランペットなしでは生きていけない自分に気が
つくことがこわかった。弱くなるような気がして。
たいしたうまくもないくせに、そこまでいれこむのが
かっこわるいような気がして。
もっと何かにだまされるような気がして。もっと打ちのめされる
ような気がして。これ以上泣くのはいやだと思って。

でも今日の自分はそうじゃない。
10年まえの、楽器をはじめたばかりの自分は、
楽器にしても、その他についても、毎日限界をこして
いて、つらくて泣いていた。
そういう自分じゃなくて、もっとさらっと、クールに
要領よくやれたらいいのにと思ってた。まわりの
うまい人がみんなそう見えた。
かならず泣くことが必要だとはおもわない。
でも自分はなにか、大事なことに気がつくときには
たいてい泣いている気もする。
別にいいや、泣いたって。
それが私なんだから。なんでそんな単純なことを
むずかしく考えて、あれこれ策をねろうとするのかなー。
それって才能がないせいかもしれないけど、別に
いいや、才能がなくても。どうでもいいかなそんなこと。
練習したくなった。その結果たいしたことがなくても
うけいれられると思う。

さって、11時をまわってますが、興奮しているので
気がすむまで練習しようと思います。






 









                                                                                                                                                                                                                                                                                           


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