| 2002年06月16日(日) |
ピント氏と共演、坂口安吾 |
土曜日は、ピント氏とパロシクスの共演が実現されました。
マティアスピントさん、本当にありがとうございました。 なんていうか、実現されるとはおもっていなかったので (みんな前の日までほんとかなーとかいってたくらいで。)
なんと、マティアスは、パロシクスの衣装をきてくれたん ですよ。彼がきるとかっこいいとみんな絶賛したものでした。
あの日の演奏はみんなの宝物です。
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そして、今日は、5年前に、よく空港で文庫本をかって 飛行機のなかでよんでいたのですがそれらが最近つかって いなかった旅行鞄からでてきてました。 おもしろいのけっこうあった。今日のおきにいりは 坂口安吾の「白痴」という本。表題作はよんでいませんが、 どれもとても、退廃的で、どうしようもなくて 逆にほっとした。不思議。
なんていうか、常にむなしくて立ち直ってなくて、 ずっとそのまま立ち直ってないのがとてもよい。 そしてずっと感傷的でいられるってのがある意味タフ。 全然、結論がないし。
「ただ私が行きる為にもちつづけていなければならないのは、 仕事、力への自信であった。だが、自信というものは、 崩れる方がその本来の性格で、自信という形では 一生涯に何日も心に宿ってくれないものだ。此奴(こいつ)は 世界一正直で、人がいくらおだててくれても自らを 誤魔化すことがない。」
「私の冷たい心が、女の空しい激情を冷然と見すくめていた。 すると女が突然目を見開いた。その目は憎しみに満ちていた。 火のような憎しみだった。」
「私自身もおもえばただの私の影にすぎないのだとおもった。 私達は早晩わかれるであろう。私はそれを悲しいこととも 思わなかった。私達が動くと、私達の影が動く。どうして、 みんな陳腐なのだろう、この影のように!私はなぜだかひどく 影が憎くなって、むねがはりさけるようだった。」
素直に鬱状態というか、このダメっぽさから 抜け出そうとしてなくて、しかもそれを嘆いていても 自分の感情すら自分をうごかせない事実にしばられている 姿がなんていうか、よくわかる。 主人公は男だったり女だったりするけれど、全部が まるでひとり日記みたい。相手からみたなにかっていうのは ないし、たいてい人をにくんでいるか、あいしているのに 悔しくなきわめいていたりだまりこんでいる人のすがた。 よくよめばよむほど、「客観的な自己分析」を本人が しているだけのことであって、それがいくら現実 らしくても想像にすぎないという設定のように思う。 すべてが、「自分でおもったこと」をかたっている にすぎないっていうか。
なんかぐるぐると、いつまでも終わらない話の ような気がしています。 終わる必要も、結論つけなきゃいけないわけでもなくて こうやって、矛盾とか調子のよさばかりがあって、何の誓いもない 人生の、あてどもない感じ。
「わからない話」もとてもいいですね。
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