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音のない声。

             byスイチ








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2004年07月17日(土) 『アナログ』6


+6+

 翌日、翌々日の通夜と葬儀はしめやかに行われた。
 交友関係が全く分からなかった伽也の式にはたくさんの人々が参列し、滴葉は心底驚いた。
 葬儀やその後の手続きも全て終わり、忙しい日々は瞬く間に過ぎる。

「滴葉ー、何してるの? お昼ご飯出来たってさ。食べようよ」
 部屋のドアが勢い良く開かれ、ヒヨリが飛び込んできた。
「ありがとう」
「……って…ほんとに何してるの…?」
 不安そうに小さな声で問いかけ、寄ってくる。
「帰る支度。もう何日もここに居るし。掃除もしないと伽也の家が汚れるだろ」
「そんな……。滴葉…帰っちゃうの?」
 滴葉はヒヨリの目を見てうなずいた。
「嘘……帰らないでよ、ここに居てよぉ」
 滴葉の腕を掴み、泣き出す。滴葉は困ったように表情を歪め、肩に手を置いて言い聞かせた。
「僕は伽也と同じで、やっぱり街に住むのは性に合わないみたいなんだ。僕はあの家で暮らす」
 ヒヨリは目元を真っ赤に腫らし、涙をこらえて滴葉に向き合う。
「じゃあ、ボクも行く。ボクもあの家に居る! 駄目だって言っても絶対について行くもん」
「ヒヨリ……」
「伽也さんの代わりにはなれないかもしれないけど、お父さんよりマシでしょ? ね? お願い、ボクも行く!」
「伽也の代わり……」
 手を下ろし、目を伏せる。
「お父さんに……話してくる!」
 滴葉が止める暇無く、ヒヨリは走って部屋を出て行ってしまった。
 滴葉が部屋の外に出たときにはすでにヒヨリの姿は無く、仕方が無いので未岐也が居ると思われる工房へと急いだ。

 未岐也は葬儀の後も相変わらず取り乱していて、とてもまだ小学生の息子が家を出て行きたいという話を冷静に聞くとは思えない。
 滴葉が工房のドアを開けた時、案の定未岐也の罵声が響いていた。
「ふざけるんじゃない! 誰がそんなことを許すと思っているんだ! 学校はどうする、あそこからどの交通手段を使ったって、べらぼうな時間がかかるんだぞ」
「eスクールに通う。ボクのパソコン持って行くもん。ちゃんと勉強する、登録先もお父さんが決めていいから」
「たわけた事を吐かすな! お前は一体何を考えているんだ。あんな辺鄙なところで何をやると言うんだ!」

「ボク……人形を…、人形を作ろうと思う。伽也さんの工房で」

「! 日和……」
 未岐也の動きが止まり、呆然とヒヨリを眺める。滴葉も同じだった。
「ヒヨリ……きみは人形を作ることから逃れるために家出をしたんだろう? それなのに何で…」
「滴葉の整備してて分かったんだ。人形師には人形師の数だけ、やり方、生き方があるんだって。想像したよりボク、ずっと穏やかな気持ちでできたもん。ボクはお父さんのやり方じゃ出来ない。でも、ボクのやり方がきっとある」
 滴葉と目を合わせてにっこりと笑う。
「だからね、ボク、やっぱり人形師になろうと思う。伽也さんの大切な滴葉に、ずっときれいでいて欲しいもん」
「伽也のように……なれると思っているのか?」
 静かな声で未岐也が問い掛ける。
「ボクはボクだよ。伽也さんのこと知らないし。でも、滴葉のこと大事に思ってる。立派な人形だからじゃない、人間でも人形でもどっちだって同じ。滴葉だから大切なんだもん」
「ヒヨリ……」
 にこりと笑むヒヨリに背を向け、未岐也は黙り込む。
 誰も何も口にしない空間が広がり、最初にそれを切り開いたのは未岐也だった。

「分かった」

「へっ? お父さん?」
「どこへでも好きなところへ行くといい」
 未岐也は静かに顔を上げ、二人の方を向いた。
 目元が赤く、頬にはうっすらと涙の筋が残っている。
「俺は日和が人形師になってくれるだけでいいんだ。才能は有る。ネームバリューも有る。しかし、必ずしも成功するとは限らない。少なくとも、日和自身の努力が無ければな」
「解ってる……」
「日和のやり方を見付けたいと言うのならば、それも良かろう。日和が自分のやり方を見付けて成功することが、俺の何よりの希望だからな」
 ヒヨリの頭に手を乗せる未岐也の姿は、初めて見る“父親”らしい姿だった。
 熱心さのあまり我を忘れていた彼は、憑物が落ちたように柔らかい顔をする。
「滴葉くん、きみは素晴らしい人形だ。伽也が……弟が作ったんだからな。今まで失礼なことを言ってすまなかった」
 伽也が、好きなのだ。
「いいんです。伽也のこと、僕も大好きだから」
「ありがとう……」
 伽也が、大好きなのだ。
 滴葉も未岐也も。
 どちらがより伽也を好きかなど、決められる筈が無い。



 結局、未岐也と紗代は三つの条件を出した。
 一つ目は未岐也が指定したeスクールの授業をきちんと受けること。
 二つ目はコンペには必ず出品すること。
 三つ目は月に一度は必ず滴葉と一緒に顔を見せに帰ってくること。
 そしてユリからも一つの条件が出された。ヒヨリ滴葉ともに、一日三食の食事を摂ること。
 色々と機械やサービスをすすめられたが、滴葉は丁重に断った。
 できるだけ、伽也の居た頃と同じままにしておきたい。便利なものはいくらでも有るけれど、そういう自由を伽也は望んではいなかった。

「本当に、これでいいのか? 後悔するかもしれないぞ」
 帰りの列車の中、窓際で外の景色を眺めるヒヨリに滴葉が尋ねた。
「……後悔なんてしないよ。自分で決めたんだもん。滴葉の家に居た間、少しも不便だなんて思わなかったし。平気だよ。滴葉も居るもん」
「自分が選んだ……か…」
「そうだヨ。タイムマシンはやっぱり無いけど、必要なんて、無いよね」
「……そうだな」

 自分の選んだ路。
 ヒヨリと選んだ路。

「ただいま。伽也」

 嘘を吐く必要の無い場所。

                                        Fin



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