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音のない声。

             byスイチ








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2004年04月20日(火) 『薄闇』(SS)


僕を呼ぶ声が聞こえたので、そちらへ行こうと思った。


外へ出ると、日は沈み、あたりは薄暗くなっていた。
少し歩いたところで外灯が点き、薄い影を地面に這わせた。
遠くで、チャイムの音が響いていた。

僕はただひたすら前を見て、ゆっくりと歩いた。

ちりちりと外灯の灯りが揺れた。
夜の帳が訪れるのを、揺れながら待っていた。

待っていた。


僕の辿り着いた場所は、学校の屋上だった。
先程鳴っていたチャイムの音は、おそらくこのスピーカーの響かせた音だろう。

そして、僕を呼んでいたのも、このチャイムに違いない。


外灯の待っていた夜が、ようやく訪れた。
飲み込まれるような暗闇の中に泳ぐ、小さな灯り。



屋上の縁に腰掛けて、脚を宙に投げ出した。

僕は以前、ここから全てを捨てた。
全てを、捨てた。

いや、全て捨てたつもり、、、だった。

どうしてもどうしても最後の一つを、手放すことが出来なかったのだ。
だから、全て捨てようと思ったことを酷く後悔した。
拾い集めようと思った。

けれど。
けれど、もう、遅かった。

手放してしまったものはきっと、もう同じようには戻ってこない。


思い出して、涙が零れてしまった。

何故今更、僕は此処へ呼ばれたのだろう。
何故今更、僕は此処へ足を運んだのだろう。

理由は、朧気に解っていた。


外灯の望んだ暗闇を見据える。

冷たいコンクリートに手のひらを突いて、腰を浮かせる。


そのまま、身体を宙に投げ出した。


あの時――そう、全てを捨てようとしたあの時と同じように、身体を投げ出した。
暗闇に吸い込まれていくのは、あの時と同じではない。

暗闇こそが、僕自身で。





目を開いたら、そこは外へ出た時と同じ、薄闇の世界だった。

真っ白い部屋で、僕は身体にチューブを繋げられていた。
僕の手のひらには、冷たいコンクリートの感触ではなく、温もりがあった。


おそらく、捨てた物は元に戻らないだろう。
今まで通りには、きっと戻らない。

それでも、最後に手放すことの出来なかった物がここに有る。

僕を呼び止めてくれた。
後悔させてくれた。

捕らえきれない程の暗闇をちりちりと泳ぐ、小さな灯り。



全てを捨てた。
捨ててしまおうと思った。


けれど、捨てられなくて良かったのだと思う。

                                              了




+++
久々に書き下ろしのSSを。
『漆黒』(2月4日)と微妙被り気味ですが、全く別物です。(言わなくても解る)
「僕を呼ぶ声が聞こえたので」と云うフレーズと、『全てを捨てようと思ったんだけどどうしても捨てられないものが有って、そしたら他の物を捨てたことも酷く後悔した』というシチュエーションを急に書きたくて書きたくて仕方なくなった結果がコレです。
薄っぺらい話でスミマセン。勢いだけで書きながら考えるとこういうことになります。
ちょっぴりノスタルジックな感じにしたかった。ので、文末をやたら過去形にこだわってみました。な…なんか変;;(ていうかシツコイ?;)



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