ゆうべの酒日記

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2006年07月09日(日) 今日はやることが色々

昨日はずっと家にいて洗濯と内職とゴハンと
と思いきやショップ99と下の薬局にマイバッグ持って行った。
でもマイバッグ小さいから結局袋が二つ加わった。
(でっかいマイバッグはコドモが学校に持ってってから行方不明だ)

コドモは午後から少し遊びに出て、学校の校庭解放で友達と遊んで帰ってきた。
ダンナさんも適度な時間に帰ってきて、カッちゃん死んだ、と言った。

うちのダンナさん経由の話なので、カッちゃんが何の病気だったのかは定かじゃないけど
縦隔腫瘍というやつだったのではないかと思う。
セコイ人だったけど屈託のない善人だったので、色々痛い思いをしたことを想像すると眉間に皺がよる。
でも死んだことについては実感が湧かない。年齢的には60歳くらいだったんだろうか。
にしてはツヤツヤして若々しい顔してた、昔っから患ってたけど。

いよいよ悪くなって入院して手術した後は、見る影も無くおじいさんになったと聞いた。
そういう姿になったら、ましてや体が辛いのだし、わざわざ人に逢いに行くなんてことは考えないと思うのだけど
それでも長野の病院を一度退院した後、長年住み込みで働いた目白台の寿司屋に戻り座りながら勤務して
うちのダンナさんのお父さんやダンナさんにも一ヶ月前くらいに会いに来て、一緒にパチンコ屋行ったりしていた。
目白台の寿司屋さんはカッちゃんが入院したあと代わりの人を雇わなかったので、
出前なんかはどうしてるんだろう?と思ってたけど、早期にこうなるのがわかってたのかな。

飲んだのはグリーンラベルロング3。
肴:茄子鶏海老カレー

テレビは、ぴーかんバディを見た。
緑黄色野菜を食べないと老けるってことで、41歳だったかの女性が5人くらい
多く食べてる順に段の上から横並びさせられてたけど、真ん中にいる伊藤まい子がダントツに若く
最上段の人と最下段の人は普通に二人とも老けていた。
この場合、最上段に立ってる人のほうがより恥ずかしい気分だろうなと思った。
でもとりあえず私も、冷蔵庫からプチトマト出して食べてみた。

そのあとタイトル忘れたけど暴力団の跡継ぎで腕っ節は強いけど2桁の足し算ができない長瀬が
縁故の力を利用して高校の3年生になり、卒業できなきゃ跡は継がせてもらえないというドラマを見た。
これは長瀬の十八番な豪腕バカキャラで、結構面白かった。
終わったら寝た。

夢ではアケミちゃんと学校行ってた。
遅刻ギリギリかと思ったら、遅刻してて、先生の野際陽子が座ってる前に行って
帳簿に理由を書いたりなんだりしなきゃいけなくて、私は、もっと大幅に遅れてくれば黙って入れたのに、と思い
「あーあ鬱陶しい、今度からもっとガッチリ遅れて来よう」とかなんとか、聞こえよがしに言った。
学校に入ると、アケミちゃんと変な通路を通って隠れるように教室へ向かった。
途中の廊下に、黒人の乳児と白人の乳児が寝かされてて、そういえばここ託児あるんだったなとすぐに納得。
ところが、移動できないと踏んで寝かされている乳児なのに、黒人のほうがハイハイをはじめた。
ついには立ち上がって、オマエも一緒に行こうぜというふうに、白人の乳児を抱っこしたけど
いかんせん大きさが同じくらいなので白人の乳児は頭からゴチンと落っこちた。
泣いたけど、高さが所詮さほどでもないのでたいした事はないだろう。
と思いつつ、それは思い出だった。
いまはもう、同窓会みたいな場所にいて、その子達らしい少年達や両親らしき黒人が、
ブリティッシュパブみたいなところに集っていた。
私はニユキ先生を探した。唯一私にお世辞を言ってくれたことのある、当時20代の青年だった。
見つかったニユキ先生は、もともと色黒だったけど、更に黒人と見まごうような巨漢老人になっていた。

あとは、会社でネットしてたらスパムメールみたいなのがいくつか来た。
そのとき上司が仕事を持ってやってきた。
やばいと思って露骨にモニターを斜めにした。液晶じゃなくてデカイモニターだった。
そのうちモニタのデスクトップにエロ広告が次々ポップアップしはじめた。
これはもう、と思って上司に「ウイルス拾っちゃったみたいです」とカミングアウトした。
そして何故かモニタの裏に繋がっていたLANケーブルを抜いて、駆除を始めた。

コドモが先に起きてた。私が起きたのは10時ちょっと前。