| 2004年08月14日(土) |
やっぱり向いてる用途というものが |
昨日はお楽しみの生シラス。 でも9時半くらいに家を出て、東西線に乗って、銀座線に乗ったあたりから なんか寂しかった。(通路の天井の低さがたまらない)
そしてオレンジとカーキ色の東海道線。 更なるバッド旅人気分が私を襲う。
そしてあの、地元(北海道)の電車(今は違うようだ)を思わせる 4人向かい合わせに座る座席。
今住んでるところは、駅と駅の間隔が短いので、 両隣の駅周辺程度のことなら道も店もかなりよくわかる。
けれど北海道は広いので、隣の駅の土地の事情もかなりミステリアス。 あれが私を日々モラトリアム〜にしていた気がする。
そしてなんか知らないけど東海道って、更にぜんぜん止まらない。 品川の次が川崎、川崎の次が横浜、各駅停車なのに。 もう、連れて行かれるどうしようもなさ満載。
すっかり弱っちゃって、私はほんとに「ワールドワイドな活躍」とかと 関係ない世界で一生を終えよう。 と思いつつ、ハルタソに会ったらちょっとほっとした。
ハルタソの車はデカくてゆったりとして、天気もよくなってきて快適ドライブ。 名前忘れたけどジャンプのDVD(以前話題になってたやつ)見る?とか言うので、 それはどこが面白いのかと聞いてみたら、実は笑えるやつなのらしい。
結局見なかったけど、ひとつの謎が解けた瞬間だった。 (でもどうやってジャンプで笑わすんだろうという謎が今新たに生まれた)
茅ヶ崎の「あさまる」には至ってスムーズに到着した気がする。 「あの女、前に出すぎなんじゃボケ!」とかなんとか、ハルタソはいろいろあった。
偶然なのか、計算されていたのか、「あさまる」は開店10分後くらいだった。 けど外にウエイティング人員が数組いた。
屋根つきの座りエリアも軽く争奪戦。 ハルタソはよく気がつく人なので、若めのお年寄りなどにも席を譲る。 私は一見優しそうなのにわりと気がつかないほうだ。
異常なほど待たされることはなく、適度なところで入店できた。 しらす御前というのと生を頼んだ。
しらすおろし、大和煮?みたいなしらす、しらすかきあげ、生しらす、 ごはん、味噌汁、御新香、茶碗蒸し。 久しぶりの生しらすがとてもうまかった。 一匹一匹、目を合わせてから大事に食べた。
そして次は箱根へ向かう。 一日のうちに横浜から茅ヶ崎から箱根へ行くなんて、そして帰ってくるなんて、 神奈川県民の行動力と許容移動範囲はすごい。
そういえばハルタソは帰りの箱根のグルグル道、登ってくる車を見て私が 「これから行く人もいるんだね」と言ったら 「海で遊んで温泉入って泊まる人でしょ」と当たり前のように言った。
箱根は私の中で、山だ。近くには山と川と温泉しかないと思っている。 箱根行くからついでに海で遊ぼうとか思うものなのか。 神奈川県民はレジャーに貪欲、と心の日記にメモ。
それはいいとして、行きのお山のグルグル一本道も若干混んでいた。 腹の中でシラスが右に左に泳いでいて、ハルタソが何かを察知した。 「窓開けたら」と勧めてくれたけど、やたら生唾がにじむようになるまで逃げ道は取っておこうと思った。
結局、具合は「悪くなる予感」どまりで無事ににユネッサン到着。 カップルと親子連れで混みあっていて、「プールだ」とハルタソが何度か言った。
私は家族構成がら、あれ系施設をハルタソよりたぶん頻繁に利用しており、 間違ったイメージをしていなかったので、ハルタソが何を驚いているのか つかむのに時間がかかった。
とりあえず、私もハルタソも一度は体験してみたかった死海風呂に入ってみた。 私は浮いたけどハルタソがなかなか浮かなかった。脂肪がないから。
なんかのはずみで顔面が風呂につかった。 目が痛かった。危険を感じて口を固く結んだけど、無駄な抵抗。 ものすごい、体に悪そうなしょっぱさだ。 しょっぱい味大好きなハルタソも、やはり何かのはずみで口にしてしまい、 ひどい目にあっていた。
屋内には、他に快適に利用できそうな風呂がなかったので、 屋外に出てみた。
コーヒー風呂とかお茶風呂とか墨風呂とか、足裏を刺激する流れる温泉階段とか、 熱い石の休憩所?とか利用した。
私は露天好きなので案外良かった。山とか川とか見るのはいい。 隠れ宿系とか部屋に露天ついてます系の温泉旅館で長逗留したいなと思った。 働かなくなった頃に。
どこも混んでたので、ワサワサした気分を変えるためにエステかマッサージやろうということに。 どっちがいいか決められず、じゃんけんしてマッサージに決定。
20分なんだけど、久々のマッサージは気持ちよかった。按揉圧擦。 私をやってくれた日本人じゃない人は強めだった。 ハルタソの人は軽めだったらしいけど気持ちよかったらしく、結構気を取り直していた。
お土産買って、あったかい玉こんにゃく食べて車に乗った。 帰り道はいきなり渋滞気配。 でもなんだろう、首都高の渋滞みたいに殺伐を超えた諦め感が生まれないのは山だからだろうか。
豆腐屋、ひもの屋、スズヒロ、オープンエアーな空手道場、オーシャンビューな家 そういえば海方面は窓全開の家とか多かった。 ハルタソは「海風を常に感じていたいんじゃない?」と言っていた。
高速沿いのマンションも、灯りつけてカーテン閉めてない部屋が都内より多い。 ノリとしては「下町では鍵をかけてない家が多い」みたいなアレだろうか。
混んでたのはどのへんまでだろう? 海沿いの134号線から橋のとこまで? 途中でエネオス寄って、横浜駅まで送ってもらい、20時17分だったかの東海道線に乗った。
ボディボとかサーフボードとかと一緒の人がちらほらいて、 海好きはヤル気あるなと思った。そういう運動で体力ついてるせいだろうか。
せつない銀座線に乗って、日本橋ですがすがしい東西線へ。 家に着いたのは21時半前。
とりあえずコドモと抱擁して(行きの東海道線で「今ママはホームシック」とメールした) 死海風呂のしつこい残留物をシャワーでてきとうに流し、晩酌。
飲んだのはグリーンラベルロングとラガーロング。 肴:ゴーヤーチャンプルー、目玉おやじがプリントされたかまぼこ
ゴーヤーチャンプルーは、ハルタソと車の中で会話してて、食いたくなっていたので作った。 (ハルタソが語っていたのは「いかにゴーヤーが苦くてだめか」という話だったけど)
ユネッサンで自分用の土産に買った「がんこおやじの辛い味噌」とかいうのを入れてみたけど、 そんなにはヒットしなかった。
ダンナさんが金スマ見ていたので一緒に見た。 ヤワラちゃんが苦労話をしていた。
ダンナさんが昼間としまえんで見た、 「小学生と遊んでやってたタトゥーの若者軍団」のことを語りだしたので 私も帰りの横浜駅で見た、 「ちびっこが手放した風船を、どこからか現れた眉毛のない茶髪の若い男が 3回ジャンプして取ってあげた」 という話をした。 たまたま若者に対する家庭内好感度が上昇ぎみの一夜。
終わったらメールとかして寝たのかな。 今朝は8時くらいに起きて、がんこおやじの味噌についていたレシピのうち、 ナントカうどんていうのを作ってみたら、わりとウマかった。
以上。 洗濯物干して昼ごはん作ろう。
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