「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEX|past|will
| 2007年04月04日(水) |
衝突事故から学んだこと |
昨日、建物の駐車場で、バックしてきた車にぶつかる事故にあいました。自分の身体に衝撃を受けたのは、強い風邪の為に目にごみが入り痛みで目を閉じていた時のことでした。気が付いたら地面に倒れていて、何が起きたのか理解するのに時間がかかりました。左肘を打撲し病院へ行きました。痛みが残りそうなので人身事故扱いにしていただきました。相手の方は私に何度も謝罪されました。そして私は、ぶつかった時の驚きで自分がわからなくなっている中、思考のどこかで「ベトナムに行ったらこんなときも一人だから」と感じていました。現実を見ようとしている自分。今思い返してみても素敵な自分だったなぁと思います。
今朝は、まだ服を着るのが不便でした。痛みに心が沈んでいる自分に、この出来事を長い視点でプラスに広げられればトラウマは取れると思いつき、気付いたことの嬉しさの中で仕事に出かけ左手を使わずに済むよう意識して、いつものように一日を過ごしました。 一日を終えて夕方には、一日前と比べて、痛みが小さくなっていました。「身体の傷はいずれ自分で回復する」と、いつも語っていることを自分の心に実感している自分を嬉しく感じました。 唯一残念に感じていたのは、バットが触れなくなることでした。ところがこちらも、昨年左足にギプスを巻いたときには、グランドで試合を見ながら、自分に「早く治りなさい」と言っていたのに、今回は違っていました。私の中に「今度は何ができるかな」と出来ることを探している、一年前と違う自分が居ました。自然に現実を生きようと出来ている自分を確認できて、心に喜びを感じました。本当に素敵な自分でした。
事故に関しては、相手の方の接触時の動きを見て自分はどうかなぁと考えました。私はいつもきちんと後方確認をしているか。ううん。何かに気をとられて忘れていることがあると思う。それから、自分の身体を自分で守るということを思えば、お互いの不可抗力だとも感じました。
予定では、今日私は病院を受診し診断書を警察に提出することになっていました。ところが夕方になって二つの気持ちの中で迷いが出てきました。 治癒していくことを感じられる気持ちよさ・成長している自分に対して、少し深まった自信・自分を守ることを自分に伝えられた嬉しさを実感している自分と、まだ残っている痛みや不便を感じている自分との相談。身動きが取れないほどの苦痛なら選択の余地はないけれど、自分にプラスはどっちなの?…。 病院の駐車場でしばらくしたのち、自分に「どっちもいいよ」が言えた時、診断書は不必要になっていました。痛みが引いていくのを楽しめる自分を持続させて生きるほうが楽しくて気持ちがいいからです。それに、やっぱりいろんなことを学んだ。より、長いプラスに広げられるほうを選択しました。一般的なものを置いて、心で解決した私なのです。
警察署に人身事故取りさげの申し出をして自宅に着いたら、昨日の事故の方が菓子折りを持って待っていらっしゃいました。事故の取り下げを伝えたら、驚いていました。「痛みが引いていくのが分かったから、もういいんです。それに、私もいつも必ず後ろを見ているとは…。私も自分を見つめる材料になりました。それから、昨日たくさん謝ってくださいました。だからもう大丈夫なんです」 それでも、どうしてと問い続ける先方さんに、「昨日帰りにフィリピンバナナを買ってもらったから…」と言ったら、笑っていらっしゃいました。
私も事故を起こすことがあるかもしれない。車に乗るということはそういうことなのだ。だから、より丁寧に自分を生きる必要があるのだなあと学んだ出来事なのでした。
|