「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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職場の近くで知り合った男性に、あなたの事を知りたいと伝えられました。こういうのは過去にもありましたが、以前の私はその方に対して、一人の人として興味を持つ余裕はありませんでした。ところが今回の私は、少し違っていました。私は、この言葉が女性からのものならば、そのまま肯定しただろうと感じたのです。 偶然ですが、私は、最近「男女の違い」を検証していました。たとえば「男っていうのは…」という方もいらっしゃいます。この言葉を自分の中でイメージするのは初めてですが、そのような視線で見てみると、世の中にご自分を語って下さる男性はとても少なく、語って下さったとしても頑固さを感じてしまう言葉を使われる方が多いです。数日前の政治家のように、わざわざご自分を悪者にしてしまうような発言をされる方もいらっしゃいます。つまり、「男って…」という言葉を利用させて頂くと、このところ感じていたいくつかの疑問は、すんなり解決してしまうのです。この小さな結論は、私にとって意外な展開でもありました。 そして次に、その「男性」を、「頑固でおかしい」と否定してばかりいたら、もしかするとすぐそこにある大切なことを見逃すかもしれないと思えたのです。それに、私がいつも、男性を「男性という固定観念」の中で見ているとしたら、私自身の生き方として悲しいと感じました。そしてプラスの視線で見ていると、いろいろなことを発見できることに気が付きました。 それから、先日、実際に自分の捉えた視点を元に動いてみました。すると、起きた出来事に拘っていた自分に気付き、「現実はいつも流れていて、大切なのは未来なのだ(過去を見つめた上での未来です)」と実感することに繋がりました。やはり、いつもニュートラルでいることが何よりも大切なのです。ちなみに、ニュートラルで居ることは、プラスで居ることよりも大切です。なぜなら、プラスであるというイメージを持っている中で反対のことが起きてしまったとき、自分で描いたイメージの分だけ戸惑うからです。それに、ニュートラルというのはほんのり柔らかなプラスなのです。 では、女性はどうでしょうか。最近では、女性がバスの運転手さんや駅員さんをされていたり、いろんな発言をされているのを拝見します。それでも私は、心の面では「女性=受身」のイメージを持っていると感じています。男性も女性も、「女性は受身である」というイメージを持っているように感じるのです。 そして私も、過去は、弱いことが男性に愛される条件のように感じ、依存を繰り返していました。元夫と結婚した理由のひとつには、「この人なら私を守ってくれる」がありました。今でも時に、他者の意見を鵜呑みにしていたり、自分を伝えるのを忘れているときがあります。ですから私も、女性として「女性とはね」とまとめてみて、自分を「女性という固定観念」から外してあげると、今後もゆったりフワフワ生きることが出来そうです。そして、私は女性として、「女性の素敵さ」を語っていきたいです。
話は戻りますが、人はもともと、一人の人です。そして私は今、自分には過去とは違う関わり方を知っています。自分に丁寧に生きる私は、どなたとも、プラスの視線で語り合うことができるだろうと感じています。 私はいつも、プラスの視線で自分を見て、自分を肯定した視線で社会を見て、私の見たこと感じたことを、やさしい言葉で表現していると、赤ちゃんも子どもも大人も、男も女も外国人も、皆それぞれに育ちあえる素敵な社会になるのです。 ということで、私は自分の今後の展開が楽しみなのです。そして、こんな私の心の片隅には、過去にあった別の情景が浮かびます。ずーっと昔、男性の前で包丁を振り回した私が居ました。そして、あの時の自分はどうなったのかと自分に問いかけても、今は分からない。だから、これからも、やさしい細胞を育てる自分を意識して、今後の自分を楽しみにします。
姉から手紙の返事が届きました。手紙によると、姉は昨年実家を出ていました。そして実家にいた頃を振り返って、「あの頃は、きつかった」と。手紙に向かって「あの家を出れてよかったね」という思いがわきました。それから、「きつかった」と書いている姉の文字を何度か読みかえしました。「きつかった」は九州の方言です。こちらの言葉では「しんどい」と同じ意味なのかな。 本当に、私たちはきつかった。姉も私も、そしておそらく、弟もきつかったのだと思います。便箋を封筒に戻した後、私の心は「会いたいね」と言いました。
** 〜Toi muốn đi Baseball〜 **
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